ブランドの魅力を「伝える」ことを追求し、バーチャルからリアルへ

店名の「qqn’s」はフランス語の「quelqu’un(誰かの)」の略語で、人称や人物を特定しないことで「一人ひとりにとっての」というニュアンスが滲む。コンセプトは「as you like it~思想と美意識をまとう」。それぞれの客がお気に召すままに「自分のローブ(ドレス)」と出会い、服作りの背景に通う作り手の思いや考え方までも体感できる場が、「ケルカンズローブ」だ。
オーナーの佐藤亜都さんは、「子供の頃からファッションが大好きで、物心がついたときには自分で洋服を選んでいた」という。気づけば、将来はファッションの道に進むと、ごく自然に思っていたそうだ。服飾専門学校ではなく大学に進学。ゼミの案内文の中に「ファッション」という単語を見つけた早稲田大学の文化構想学部を選んだ。大学では入学の前年に「ファッションデワセダヲカエル」をコンセプトに立ち上げられた出版サークル「ENJI(エンジ)」に所属し、フリーペーパーの制作に熱中した。この経験を通じて、自分は服を作る側よりは、ブランドやその服の魅力を「伝える」側が合っていると感じるようになった。そして「2年生に上がる春休みにずっと行きたかったフランスを旅行し、魅了されてしまったんですね。ここに住みたい!と思い、3年生のとき、2012年の秋から1年間、リヨンの大学に留学しました」と佐藤さんは話す。

Profile/佐藤亜都(さとう・あづ)「qqn’s ROBE」オーナー
1992年生まれ。早稲田大学文化構想学部在学中に渡仏し、たまたま見たパリコレクションに衝撃を受け、ファッション業界を志す。セレクトショップで販売職を経験後、2015年からファッションIT企業でオウンドメディアの編集やSNSの運用を行う。SNSメディア「ROBE」(@robetokyo)を運営。20年春に独立し、モード誌のウェブメディアやファッション業界誌でファッションやフェムテックに関する記事の執筆、SNS運用に携わる。小さなブランドをサポートする「何でも屋」や文化服装学院での非常勤講師なども務める。

その後を決める体験をしたのは留学中、本場のファッションウイークを体感したいと訪れたパリでのことだった。「学生だけどショーが観たい」と一点突破。目の当たりにしたランウェイショーに衝撃を受け、モードの世界を伝えたいという思いが強く湧いた。「帰国後はファッション誌でインターンとして働いたり、東京のファッションウイークを観たり。ファッションの世界を実体験することで、自分が進むべきなのはやはりコレだと確信した」。
大学を卒業するとセレクトショップで販売を経験し、15年にファッションテックのベンチャー企業に入社。「社員が少なかったのでブランドのプレスリリース制作やイベントの企画など、雑用も含めて何でもやった」一方で、その会社のオウンドメディアとして立ち上げたのが「ROBE(ローブ)」だ。取材やライティング、編集、制作まで全て一人で担当し、「媒体を持てたのでファッションウイークをはじめ、コレクションや展示会などの取材を重ね、発信を続けました。その頃に出会い、強く共感したのが、現在のケルカンズローブで提案している自分と同世代のブランドたち」だった。それらブランドと共にセレクトショップでローブ名義のポップアップストアを展開したこともあった。「ウェブでブランドやコレクションの魅力を伝え、フォロワーは増えたのですが、共感した服を買いに行けない人たちも少なからずいました。もどかしさを感じていたときにポップアップを開催したところ、実際にお客様が来店して、対面でのコミュニケーションを通じて購入していくんですよ。リアルな空間の大切さを実感しました」。

「ROBE」はウェブに留まらずタブロイドも刊行した。創刊号は「your pink?」をテーマに座談会で論じ合った

その後、ウェブ領域のフリーランスライター・エディターとして20年に独立。コロナ禍のデジタルシフトも追い風となり、SNS運用の代行業務を含め順調に仕事を確保した。ローブをSNSに移行して継続しながら、大手出版社のモード誌のSNSメディアやユーチューブ番組の制作にも携わり、自身のファンも増えていった。約10年にわたり蓄積されたファッションの世界を伝える経験やノウハウ、コロナ禍を通じて増したリアル空間での体験の重要性を背景に、共感でつながったブランドやファンの存在も原動力となり、セレクトショップの開業へと像が結ばれていくこととなった。

ファッションと社会のリアルな接点となる場を醸成する

店舗は早稲田大学に近い鶴巻町の住宅街にあり、マネキンによる生活シーンを切り取ったウインドーのビジュアルプレゼンテーションが目を引く。売り場面積は約56㎡。奥へと広がる壁面や梁に施されたピンクと、レジカウンターとその横の壁面に配されたミントグリーンの組み合わせが印象的な空間だ。
空間は自らデザインした。「好きなものに囲まれていたい」という思いから、最も好きな色であるピンクを採用し、その色味にこだわった。「大人になっても可愛い服は着たいし、着られるよっていうメッセージを発信したかったので、その象徴として店独自のピンクを空間表現の軸にしました」と佐藤さん。職人に何度も試し塗りをしてもらい、やっと完成したのは青みがかったお洒落なピンクだ。もう1色を配したのは、「もともとバイカラーが好きだから。洋服のコーディネートにもよく取り入れているんですね。ピンクと補色の関係にあるミントグリーンを選び、トーンを合わせてアクセントを効かせました」。

ピンクとミントグリーンが印象的な内装
ケルカンズローブのウインドー

レジ横に壁面を設えたのは、アーティストの作品展示を行うことが目的だ。これまでも佐藤さんはSNSを通じてファッションの情報発信だけでなく、フェミニズムや政治のことなど社会的な課題についてもメッセージしてきた。「選挙に行こうとか、ファッションが楽しめるのは平和だからとか、フェミニズムのこととか、いろいろ。社会システムを変えることは難しいけれど、変えていこうという声を上げないと楽しめるものも楽しめなくなると思うからです。自分の考えは発言することが大切だと考えています。実際、ローブでの発信を見て来店する人もいます。ケルカンズローブを様々な考えを持った人たちが意見を交わせる場にもしていきたい。その取り組みの一つとして、私が理念に共感したアーティストの作品を展示する空間を作りたかったんですね。レジ横の壁面にはそういう役割を持たせています」。

アート展などに活用するミントグリーンの壁面

今年2月には猫のイラストで多くのファンを持つ漫画家・イラストレーター花原史樹の「おしゃれキャット」をテーマにした原画展を開いた。可愛らしい猫のイラストにNO WARやNO HATEといったメッセージをのせるなど、自身の思想を発信する姿勢に共感・共鳴し、佐藤さんが声をかけ実現したもの。原画と共に「FEMINIST」やケルカンズローブのコンセプト「as you like it」の文字を入れたグッズも販売した。
また、フェミニズムとの関連からフェムケアブランドの商品も常時取り扱う。「信頼できる製品を見極め、プロダクトだけでなく、背景にある理念がしっかりとしたブランドを扱っていきたい」と佐藤さん。現在はスタイリストの小泉茜が手掛けるモダンセクシャルウェルネスブランド「THE NEW CHAPTER(ザ ニュー チャプター)」、天然の竹由来トップシートを使用したサニタリーパッドを展開する「limerime(ライムライム)」を展開している。

  • 今年2月に開催した花原史樹の原画展
  • 花原史樹の猫グッズ
  • 「THE NEW CHAPTER」と「limerime」のフェムケア商品

デザイナーの思想と美意識を体感するエモーショナルな服たち

服はローブを通じて懇親を深めた東京発のブランドを集積する。26年春夏シーズンは7ブランドを提案。これらブランドからセレクトしたアイテムとのコーディネートを想定して国内外で買い付けた古着も揃え、小物や雑貨、シューズなどの個性派ブランドも展開する。

取り扱いブランドとのコーディネートを基準に国内外で買い付けた古着も提案
服はブランドごとにラックにディスプレイ
今年7月にポップアップを開催して好評だった韓国発シューズブランド「OFOF(オフオフ)」
ビーズアクセサリーブランド「TOOS(トース)」の小物

「Kanako Tamura(カナコ タムラ)」はデザイナーの田村佳奈子が22年に立ち上げたブランド。自身が幼い頃に憧れていた「愛をもって信念を貫く」という童話の中のプリンセス像をベースに、ピュアな心、周りに流されず社会の中で果敢に挑戦するストーリーをメイド・イン・ジャパンで服に体現する。可愛らしくも、大人の女性だからこその魅力を引き出すロマンティックな服は、デビュー5年目ながら多くのファンを持つ。佐藤さんも心を打たれた一人、「このブランドを扱いたくて、店のオープンを急いで進めた」と話す。今年4月に26-27年秋冬コレクションの受注会を行ったところ、「平日開催だったのですが、ひっきりなしにお客様がやって来る。すごく勢いのあるブランドだと改めて実感した」。
「Create Clair(クリエイト クレイル)」は19-20年秋冬シーズンにデビュー。デザイナーの安藤弥生が得意とする繊細なスモッキング刺繍によって立体的に表現されたディテールは、服にアートのような存在感をもたらす。佐藤さんはローブに送られてきたファーストコレクションの案内をきっかけにブランドと出会って以来、追いかけてきた。「スモッキングによる服作りを続けながら、シーズンごとに技術がレベルアップし、表現が洗練されてきている」とし、ウィメンズブランドながら最近では男性の着用者も現れ、ユニセックスへと領域を広げている。1点1点を丁寧に作り込むビンテージリメイクライン「ATELIER by Create Clair(アトリエ バイ クリエイト クレイル)」も好評だ。

  • Kanako Tamuraの「Cotton Princess Dress」
  • Create Clairの「Zip shirt jacket」
  • 「ATELIER by Create Clair」。ビンテージTシャツをリメイクしたケルカンズローブのための猫柄Tシャツ

「HOUGA(ホウガ)」は「"Unbirthday Party Dress" 365日分の364日、自分が萌芽する」をコンセプトに、ドレープやギャザーといった生地の分量感を駆使したユニークなシルエットのウェアを特徴とする。デザイナーの石田萌が19年春夏シーズンにブランドを立ち上げ、22年春夏以降は「Rakuten Fashion Week TOKYO」に参加するなどショーにも積極的に取り組み、ファンを増やしてきた。「1点1点の服作りも、ショーの表現も、とてもエモーショナル。一方、家庭で洗濯ができるとか、シワになりにくいとか、実用性にも配慮されています。ケルカンズローブのお客様にもファンが多く、20代から40代アッパーまでと年代も幅広い」と佐藤さん。今年6月にはオープン時に完売したアイコンドレス「kiki dress(キキドレス)」のカスタムオーダーイベントを実施。生地・カラーが選べるほか、グラフィックも選んでアイロンプリントできる。「前に買えなかったお客様がすごく喜んで、お客様と店との距離が近くなった。そういうイベントを今後も企画していきたい」とする。

オーダー会も人気だったHOUGAのアイコン「kiki dress」
花のキルトモチーフをつなぎ合わせたアクセサリーのようなトップスとシャツドレスのコーディネート(HOUGA)

ユニークな出自を持つのは「ritsu(リツ)」。自動車やロボットなど工業用試作モデルの開発を主事業とする開発総合支援企業の日南が、B to Cのチャネルに向けてアパレル・アクセサリーブランドとして21年にスタートさせた。シックなボヘミアンスタイル「ボホ・シック」をテーマに、3Dプリンターや同社が蓄積してきた技術を用いてロマンティックで都会的なスタイルへと収斂する服作りが特徴だ。デザイナーの堀江りつはパーソンズ美術大学を卒業後、ニューヨークのブランドで経験を積んだ。今季は「金魚」をモチーフに、ボホ・シックな世界観をTシャツやタンクトップ、ドレスなどに表現した。

  • 「ritsu」の金魚をモチーフにしたタンクトップ
  • キンギョソウを表現した「ritsu」のTシャツ
  • キンギョソウを表現した「ritsu」のTシャツ

産地の新興ファクトリーブランドにも着目する。「Loom(ルーム)」は織物産地である山形県米沢市の山口織物鷹山堂が26年春夏にスタートしたばかりのスエットブランド。ジャカード織で画像を織る独自技術「写真織(PHOTOTEX®)」と生成AIによる視覚表現を掛け合わせることで、新たな服飾表現を生む。佐藤さんの愛猫であり、ケルカンズローブの“チーフ・キャット・オフィサー”でもある黒猫のCCO(シシオ)をリファレンス画像として、ビジネスに関するキーワードや社会情勢などもAIに学習させ、遊び心と味のあるグラフィックを制作。オーバーサイズのウィメンズのタンクトップボデイを使ってメンズライクなデザインを施し、ゆる過ぎないシルエットに仕上げた。

「Loom」に別注したタンクトップ。「PHOTOTEX®」で愛猫CCOを表現

23年春夏のデビューからじわじわと人気を広げているのは「PoI(ポィ)」。ブランド名はデザイナーの神本麻希子による造語で、言語の理解を超えた擬音で気持ちが繋がることを表す。モードとフェティッシュなエッセンスを内包し、1枚で着ても、手持ちの服などと組み合わせても成立するデザイン・設計が持ち味だ。シグネチャーの一つとなっているのがチュールトップ。チュール生地にオリジナルモチーフをフロッキープリントしたアイテムで、横から見た裸体女性の正座像はデビュー時から人気を継続するモチーフだ。きものの帯のように伸びたフロントのリボンで多様なシルエットの変化を楽しめ、モードと可愛らしさを両立した「ribbon jacket(リボンジャケット)」、オーガンジーにフェザーライクな糸を織り込んでフェアリーな質感を生んだ生地による「Feather wide pants(フェザーワイドパンツ)」など、個性的でありながら自在なレイヤードでシーズンを問わず着回せるアイテムが揃う。
「Renran(リンラン)」はニット業界で毛糸の企画やニットウェアの生産に携わってきたデザイナー糟谷恵が23年に立ち上げたニットウェアブランド。Renranは「再び幸せが訪れる」の花言葉を持つスズランを意味し、中国語でリンランと読む。特徴的なのは、ビンテージやデッドストックのニットウェアを新たな形へと編み直し、新たな「物語」を宿すという姿勢。ベストやプルオーバー、スカーフなど様々なアイテムへと手仕事でリメイクしている。

「PoI」のチュールトップ
「Renran」のニットウェアと「Kanako Tamura」の巾着バッグ

「それぞれのブランディングを店舗もメディアとして『伝える』立場からサポートしつつ、私自身は店舗運営は初めてなので仕入れに関してはブランド側にアドバイスをしてもらいながら、一緒に成長していきたい。女性は歳を重ねたり、仕事や収入、体型や好みなどの変化によって購入する服や店が変わることも多く、必ずしもずっとお客様でいてくれるとは限りません。東京でさえ長年継続しているウィメンズのセレクトショップはあまり無いので、コンセプトからは絶対にブレず、お客様、ブランドと共に店の在り方を模索していきたい」と佐藤さん。オープンから半年と少しが経過し、「2回、3回と来店し購入するお客様も少しずつ育ってきた」という。26-27年秋冬シーズンは佐藤さんも愛着するブランドを加え、ケルカンズローブの個性を発信していく。

写真/遠藤純、qqn’s ROBE提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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