随所にストーリーを散りばめた空間作り

現在の和光本店(セイコーハウス)は関東大震災後に建て替えられたもので、1932年に竣工された。地階フロアは同年、「新商品売場」としてスタート。母体である服部時計店(現セイコーグループ)の創業者、服部金太郎の「常に時代の一歩先を行く」という考え方に基づき、後に和光となる小売部門として蓄音機やラジオなど時代の先端を発信する役割を担った。近年はインテリアや雑貨、ギフトなどを扱っていたが、90年以上にわたり培ってきた和光の仕入れや物作りの背景を生かし、若い層を含め世代を超えて新たな文化を体感できる場へとアップデートを図り、「アーツアンドカルチャー」という空間に結実させた。
リニューアルでは「時の舞台」をコンセプトに、延べ床面積434㎡の空間全体をがらりと変えた。内装を手掛けたのは、杉本博司と榊田倫之による建築設計事務所「新素材研究所」。中央に4本の頑健な柱が建つ構造を生かし、柱に囲まれた空間を「舞台」として贅沢に使い、周囲に「回廊」を巡らせることで外縁に様々なコーナーを展開できるスペースを生んだ。来店客は回廊に沿って歩みを進めるごとに異なるシーンと出合い、各ブランドの世界を散策することができる。

「舞台」と「回廊」からなる売り場

舞台を象徴するのは真ん中に据えられた「時計台」。セイコーハウスの時計塔と対になるイメージで、樹齢約1000年の霧島杉の6.1mと5mの天板を長針と短針に見立てた。2枚の天板は回転し、商品の陳列や演出に応じて什器としての形態を変えることができる。床には京都の町家の舗装に使われていた敷石「町家石」を、熟練の石工がサイズの異なる長方形に加工し、敷き詰めた。四方の柱を覆うのは「琉球トラバーチン」。沖縄の珊瑚や貝殻が堆積し圧縮されて形成された石灰岩による石材だ。

柱には「琉球トラバーチン」を設えた
回転什器になる「時計台」。床はサイズの異なる長方形の「町家石」を敷き詰めた

回廊は、古くから寺社の回廊で使われている敷瓦を再現した陶板を用い、斜めに敷き込む「四半敷」にした。陶板は釉薬を施して高温で焼き上げることで鈍く光り、一枚一枚が異なる表情を持つ。回廊沿いにあるポップアップスペースの壁面に使われているのは、京都市西陣の唐紙工房「かみ添」の唐紙。江之浦測候所の化石コレクションからウミユリ、アンモナイト、トンボを選定して図案化し、雲母摺りで仕上げた。じっくり見ていると図案が化石のように浮かび上がってくる感覚だ。他にも銀座通り側の建物入り口と地階を結ぶ階段には桜の花びらのような色と文様から桜御影とも呼ばれる「万成石」、階段周りの巾木や什器の足などには金属の表面を腐食させたような風合いの「古美色」などが施され、店内の随所に素材のストーリーが散りばめられている。店内のBGMは音楽家の石橋英子が担当。楽器はもとより多様な自然音を素材として、特殊な音楽ソフトを用いることで「変化し続ける音楽」を制作。反復しない、常に今ここにしかない音の風景を拓いていく。

  • 「陶板四半敷」の「回廊」
  • ポップアップスペースの壁には唐紙。写真はアンモナイト
  • 「万成石」の階段と「古美色」を施した巾木

地下鉄側の入り口横に設えられた床の間も象徴的。床框は東大寺が再建された鎌倉時代の古材、畳には水車の古材の上に平安時代の経筒の石製外容器が据えられ、取材時には枯れ始めた植物が生けられていた。平安時代には経典を残していくために筒に入れ、経塚を建立して埋納していたという。はるか過去の経筒と枯れゆく植物が見せる現在が交わる、侘び・寂びの情景が時の意味を問う。背景の壁面には、杉本がリニューアルに合わせて制作した「Brush Impression」シリーズのアートピース「和」。暗室内で印画紙に現像液や定着液を浸した筆で揮毫し、写真として浮かび上がらせる、写真の技法と書を融合した作品だ。回廊を移動すると「光」に出合い、客の頭の中で「和光」が像を結ぶ。

「Brush Impression」による「光」
地下鉄側にある床の間。杉本博司の作品「和」

プロダクトの価値を伝えるインスタレーション

舞台では、和光の独自企画や、クリエイターやブランド、産地などと協業したプロダクトを提案する催事が、月に2企画程度のペースで展開される。ファッション、アート、食など多様なコンテンツで、アーツアンドカルチャーの真骨頂を見せる。
オープニングで焦点を当てたのはウイスキー。江戸期に酒蔵として創業し、東北最古の地ウイスキーメーカーとして数々のヒット銘柄を生んできた安積蒸留所(福島県郡山市)と協業し、和光特別ブレンドの「YAMAZAKURA PURE MALT WHISKY Specially bottled for WAKO」を300本限定で販売した。「Bacarat(バカラ)」のタンブラーやフランスのバッグブランド「L/UNIFORM(リュニフォーム)」の特注フラスクボトル、栃木県黒磯の「antiques Tamiser(アンティークス タミゼ)」がセレクトしたアンティークグラスなど、ウイスキーをより美味しく嗜むためのプロダクトも提案し、好評だった。
次に展開したのは、がらりと変わって最新技術を駆使したプロダクト。ゴールドウインが実験的プラットフォームと位置づける「Goldwin 0(ゴールドウイン ゼロ)」と協業した。スパイバー社が開発した構造たんぱく質素材「Brewed Protein(ブリュード・プロテイン)」繊維を使った「Reaction Ring T shirt(リアクション リングTシャツ)」を製作。ゴールドウイン ゼロのデザイナーと共に、ブランドのテーマ「循環」を自然界の「Reaction-Diffusion System(反応拡散システム)」による「円」で表現した。共同制作によるインスタレーションも展示し、販売だけではないアーツアンドカルチャーならではのアプローチを見せた。

「ゴールドウイン ゼロ」と共同制作したインスタレーション
オープニング催事「YAMAZAKURA PURE MALT WHISKY Specially bottled for WAKO」の様子

その後も、日本の美意識を受け継ぎながら進化する「江戸切子」、フランスの磁器産地リモージュで作られ続けている「リモージュボックス」と、時代も国・地域も超えて和光のフィルターを通したプロダクトを集積。取材時はミラノを拠点とする日本人デザイナー桑田悟史が手掛けるメイド・イン・イタリアブランド「SETCHU(セッチュウ)」にフォーカスしていた。和洋折衷に由来するブランド名が表すように、異なる二つの要素を組み合わせ、新しい価値を生み出すことが大きな特徴。その「クラシックなものに一捻り加える」服作りは海外で評価され、日本でも注目を集めている。今回は2024年秋冬コレクションから同ブランドのシグネチャーの一つである「ORIGAMI(オリガミ)」シリーズをセレクト。オリガミジャケットはまさに折り紙のように折り目に沿って畳め、その折り目によって着用時には身体に沿う立体的なフィット感を生む。折り紙の発想で機能とデザインを融合したオリガミシリーズのインスタレーションに加え、代官山のアートギャラリー「gallery ON THE HILL(ギャラリーオンザヒル)」と協業し、紙による表現を追求する黒谷和紙作家のハタノワタルとフラワーアーティストの篠崎恵美の作品を共存させた。ファッションとアートの融合だ。

今年10月に開催した「セッチュウ」の催事。「紙」をテーマにしたアートと融合

ブランドと共に創出する「ここだけ」の世界

回廊沿いに展開される常設ブランドも粒揃い。
「Tu es mon Tresor(トゥ エ モン トレゾア)」は、デザイナー佐原愛美によるデニムブランド。「女性のためのセーフプレイスを作りたい。女性の視点を通して、女性の身体や感性に寄り添ったデニムを提案する」という理念に共感し、取り組みに至った。今季の新作や定番に加え、アーツアンドカルチャー限定アイテムとして、ブランドで初めてカシミヤ混のデニムを使ったジーンズ2型とジャケットを製作。肌に触れる生地の裏側に起毛加工を施し、毛玉を一つひとつ取り除くことで、肌触りの柔らかなデニムに仕上げた。

「トゥ エ モン トレゾア」のデニム

「The Elder Statesman(ジ エルダー ステイツマン)」は、ロサンゼルスを拠点とするラグジュアリーライフスタイルブランド。自社で紡糸・染色する最高級のカシミヤニットをシグネチャーとし、アーツアンドカルチャーではブランドの定番モデルに「WAKO」のロゴや時計をモチーフにしたグラフィックなどをあしらった限定アイテムを展開する。
ニットでは、20年のデビューから人気沸騰の「CFCL(シーエフシーエル)」も常設。「Clothing For Contemporary Life(現代生活のための衣服)」をコンセプトに、リサイクルポリエステルなど高品質な日本製の糸を使い、3Dコンピューター・ニッティングによって作られるニットウェアは立体的なフォルムが特徴で、身体のラインが強調されないのも好評だ。無縫製で編み上げることで残布の廃棄量を抑え、残布も糸へとリサイクルして使う。和光はアーツアンドカルチャーのオープンに合わせ、スタッフのユニフォームデザインもシーエフシーエルに依頼。ジャケットやパンツなど9型を製作し、販売もする。「売場で着用していることでお客様との会話のきっかけになり、コミュニケーションが自然に進む」という。シーエフシーエルのニットウェアは、「新しいお客様にも既存の顧客様にも好評でジェンダーを問わず動いている」。

シーエフシーエルが手掛けたスタッフのユニフォーム
ジ エルダー ステイツマン

バッグが充実しているのもアーツアンドカルチャーの特徴だ。「cornelian taurus by daisuke iwanaga(コーネリアンタウラス バイ ダイスケイワナガ)」は、デザイナーの岩永大介による神戸発のバッグブランド。デザイン、パターン、パーツ、サンプルの製作まで自ら手掛け、日本の文化、アイデンティティーを表現することでバッグを持つ人が新たな発見をし、喜びを実感する物作りに徹している。例えばハンドルは日本刀の柄に使われる技術で革を編んでいたり、潜水士をしていた父親の船具の金具をパーツに取り入れたり。右利きでも左利きでも開閉しやすいファスナーや、肩掛けすると身体の線に自然と沿う形状などのギミックも心憎い。素材は日本のタンナーが鞣した高品質なレザーにこだわり、革の持ち味を生かし切り、無駄を出さないなど生産背景にも厳しい目を向ける。

「コーネリアンタウラス バイ ダイスケイワナガ」のバッグ

「L/UNIFORM(リュニフォーム)」は14年にデビューし、厳選されたキャンバスとレザーのみを使い、自社で一貫生産したシンプルで実用的なバッグや小物が人気のフランス発のブランド。アーツアンドカルチャーではその新作や定番コレクションはもとより、同ブランドで初めて製作したデニムによるバッグも揃えた。デニムは岡山で約70年の歴史を持つ縫製工場・生地製造販売会社のシオタのアーカイブから和光が「表裏とも美しい」生地にこだわり選定し、リュニフォームがアップサイクルしてバッグやポーチなどに商品化。「大きめのバッグはさっそく完売」する人気ぶりだ。和光限定のウォッチケースも揃えた。

和光と協業した「リュニフォーム」のデニムバッグ
キャンバスとレザーが特徴の「リュニフォーム」

「SAGAN Vienna(サガン・ヴィエンナ)」は、クロアチアと日本出身の2人のデザイナーによるウィーン発のバッグブランド。「よく知られたものを違う見せ方で」をコンセプトにデザインされたバッグは、ミニマルな中にディテールのエスプリが効いている。「ブックトートバッグ」はアイコンモデルの一つ。外側のポケットに本を入れれば、お気に入りの表紙をデザインとして取り入れることができる。手編みの持ち手はブランドのシグネチャーで、留め具の機能も持つ。和光のオリジナルとして製作したのは「ミザーバッグ」。コインや口紅などの小物を入れてパーティーなどに携帯するアクセサリー感覚のバッグだ。金具は大阪の職人が「減らし彫り」という金属加工技術で丹念に仕上げた。
「BYYO(ビョウ)」は京都の履物店「関づか」が23年に立ち上げたバッグブランド。日本の伝統的な手提げ巾着などを今のファッションに気軽に取り入れられるデザインへと再構築したプロダクトを展開する。和光との協業では、定番モデルのレザーハンドバッグに富士吉田のテキスタイルメゾン「Watanabe Textile(ワタナベテキスタイル)」の生地をインナーバッグとして組み合わせた。素材と色の重ねを楽しめる。

  • 「サガン・ヴィエンナ」の「ミザーバッグ」(写真右)
  • 「サガン・ヴィエンナ」の「ブックトートバッグ」
  • 「ビョウ」のバッグ。「ワタナベテキスタイル」の生地をインナーバッグに

日本でも人気が急上昇しているパリのジュエリーブランド「Charlotte CHESNAIS(シャルロット シェネ)」の品揃えも注目。アートピースとも評される有機的な曲線を特徴とし、そのハイジュエリーは日本では和光のみの展開となる。パリを拠点とするクリエイティブユニット「MMParis(エムエムパリス)」と協業したインシャルモチーフのネックレスシリーズも日本初上陸。A~Zの全アルファベットを揃え、「さっそく完売したイニシャルもある」と好評だ。和光オリジナルでは、滋賀の神保真珠商店が育てている希少価値の高い「びわ湖真珠」からデザイナーが選りすぐり、琵琶湖の湖水がきらめくイメージを表現したネックレスを製作した。クラスプの18金とダイヤモンドも湖面にゆらめく光のよう。
他にも、ステーショナリーやインテリア小物、「時」をテーマにセレクトした書籍なども取り揃えている

「シャルロット シェネ」のパールネックレス
「シャルロット シェネ」のイニシャルモチーフのネックレス

販売スタッフも物作りの現場を体験し、伝える

ポップアップスペースの企画展も興味深い。10月にはニューヨークと京都を拠点とする「T.T(ティー・ティー)」の「泥染め」によるコレクションにフォーカス。「Taiga Takahashi(タイガタカハシ)」として活動してきたが、創設者の高橋大雅の逝去に伴いブランド名を改称。「過去の遺物を蘇らせることで、未来の考古物を発掘する」をコンセプトに、ビンテージ品を考古学的に研究し、再解釈して現代に蘇らせる服作りに取り組んでいる。今回は奄美大島で1300年にわたり受け継がれてきた泥染めの文化と、ティー・ティーの服作りの哲学や世界観を体験的に感じ取ってもらおうと、インスタレーションによって表現した。11月には手紡ぎ・草木染めのペルシャ絨毯の世界を届ける。

泥染めを施した「ティー・ティー」のアイテム

1点1点のアイテムに物作りのストーリーが通う商品構成は魅力だが、和光がアーツアンドカルチャーの立ち上げに当たって重視したのは、バイヤーはもとより、売場の販売スタッフもできる限り仕入れに同行することだった。「現場で物作りや商品を見て、職人さんの話を聞き、自分は何を感じたか。商品知識だけでなく、実感を持ってお客様に伝える。その接客を通じてお客様はどう感じたか。そうしたコミュニケーションを少しでも多く持つことを、プロジェクトが立ち上がったときから重視している」という。結果としてオープン以降、既存顧客に加えて20~40代の新規客の来店も増加。刷新したECサイトやインスタグラムによる発信も奏功し、インバウンドも含む新規客数はおよそ半数を占めるまでに伸びた。
「各ブランドと協業して和光のオリジナルも開発しているが、基本姿勢はブランドをリスペクトし、その世界観を丁寧に提案していくこと。今後はクリエイター同士をつなげ、新たな価値を生んでいくことにも取り組みたい」としている。

写真/遠藤純、和光提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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