コミュニケーションスペースを新設、体験型イベントも積極化
ヘリーハンセンは1877年、商船艦長を務めていたヘリー・ジュエル・ハンセンがノルウェーの港町モスで創業した防水ウェアメーカーが起源。船乗りたちを寒さや雨、雪などから守ることに始まり、その後は独自の防水テクノロジーを追求し、セーリングをはじめとするマリンスポーツ、トレッキングやスノースポーツなど様々なアクティビティーを支える革新的なプロダクトを開発してきた。日本では1960年代に販売が始まり、83年にはゴールドウインが商品開発と販売のライセンス契約を本国と結び、直営店も出店。2016年には日本におけるヘリーハンセンの商標権を取得し、プロダクトの企画・生産・販売を担ってきた。直営店は現在7店舗、「ザ・ノース・フェイス」など同社ブランドとの複合店と合わせると約50店舗を展開している。
その初めての旗艦店として12年に出店したのが原宿店だ。ヘリーハンセンのコンセプトである「Be With Water」を体現したMDでファンを獲得してきた。トレンドやカルチャーの発信地である原宿の立地性を生かし、昨秋リニューアルした葉山店がマリンアクティビティーを体験できるフィールド型旗艦店であることから、「Navigating in the City」をコンセプトに都市からフィールドへの起点となる都市型旗艦店へと刷新した。内装も以前はウッドなどナチュラルな印象が強く、ショップの中にいくつかのショップがあるような構造だったが、エントランスから店奥まで約140㎡の売り場を見渡せるようシンプルな空間を作り、モルタル調の白やグレー、マットなシルバーを多用してスタイリッシュに。アウトドアウェアやライフスタイルウェアを陳列する什器にウッドやグリーンを配し、調和させた。
店奥には新たにコミュニケーションスペースを設けた。レジを併設した長く幅のあるカウンターを設け、来店客がくつろいだり、スタッフと会話を楽しんだりできるほか、オリジナルの刺繍ワッペンを圧着できる設備も常設し、Tシャツなどのカスタマイズも有料で楽しめる。オープン以降はスクリーンプリントなどの体験型イベントも開催し、好評だ。「スクリーンプリントもそうですが、物をロングライフに楽しむとか、循環させていくとか、次につながることをテーマにしたワークショップを積極的に開催していく」という。
店奥の右壁面には大型モニターを設置し、セーリングの楽しさやヘリーハンセンが取り組んでいる環境保全活動などを発信している。全国のマリーナやヨットオーナーからセールを回収し、バッグなどの小物・雑貨へとアップサイクルする「VINDKRAFT(ヴィンドクラフト)」、後述する「H2O PROJECT(エイチツーオープロジェクト)」や「CLIMATE CHANGE ART PROJECT(クライメートチェンジアート プロジェクト)」など、「自分たちが大切にしているフィールドに対してできることに取り組んでいる。そうした活動を動画で発信することで、少しでも環境のことやブランドに興味を持っていただけたら」としている。
環境対応や機能性をベースに、ファッションへと昇華
店頭の両サイドにはその時期にプッシュするアイテムを集積。新生原宿店のオープニングに際しては、店頭右の島にはクリエイティブユニット「UPPERLAKE MOB(アッパーレイク モブ)」と協業したTシャツを揃えた。アッパーレイク モブは、世田谷区池ノ上のショップ「MIN-NANO(ミンナノ)」と原宿の「TOXGO(トゥーゴー)」のオーナー中津川吾郎とアーティストShinknownsuke(シンノスケ)によるユニットで、様々なブランドへのデザインの提供やDJなど多彩に活動し、20~40代に人気だ。ヘリーハンセンが昨年から採用しているリサイクルポリエステル糸「UpDRIFT○R(アップドリフト)」を使ったTシャツをベースに、アッパーレイク モブのデザインを融合させた。
アップドリフトは、繊維商社の豊島が取り組む資源循環の活動で、地域とのビーチクリーンアップ活動を通じて海岸等で回収したペットボトル等をリサイクルし、環境負荷の低い新しい製品として蘇らせる。一方、ヘリーハンセンは創業以来、「Be With Water」をフィロソフィーとし、美しい海を未来へとつなげるためのアクションとして、地球の水資源を見直し、学び、より良くしていくH2Oプロジェクトを21年から展開している。その取り組みの一環としてアップドリフトの採用に至った。スタッフが自ら石垣島でのビーチクリーンアップ活動で回収したペットボトルを資源化・製品化し、「環境問題というテーマを扱っているからといって、深刻に捉えるのではなく、日常の中での気づきを広げていくきっかけ」として、アーティストたちがデザインしたTシャツを提案していく。
第1弾として製作したのがアッパーレイク モブとのコラボによる「S/S HH×UM Graphic Tee(S/S HH×UM グラフィックティー)」。海の上を跳ねるサメのキャラクターをデザインした「ノットインカイル」や瓶の中を帆走するヨットを描いた「シップインアボトル」など4タイプがあり、発売するやさっそく動いている。第2弾のコラボアイテムは25年春夏シーズンに発表予定だ。
店頭の左側では、ヘリーハンセンのアーカイブをリバイバルした「Classic Heritage Collection(クラシックヘリテージコレクション)」を展開。2024-25年秋冬コレクションでは1980年代後半から90年代初頭のアイテムに焦点を当て、当時のデザインはそのままに、現代の技術と循環可能な素材を融合し、アップデートした。ウェアはウインドジャケットやプルオーバー、スエットなどをユニセックスで提案する。
「TOTAL SEAWEAR CONCEPT(TSC)Collection(トータルシーウェアコンセプト コレクション)」のウインドジャケットは独特なカラーがちょっとレトロで、今は新鮮に感じる。表地には防水・透湿性を高めることを追求したヘリーハンセンのオリジナル素材「HELLY TECH(ヘリーテック)」のR75Dリサイクルポリエステルウーリーオックス2層素材を使い、撥水加工を施した。裏地には30Dポリエステルタフタを採用し、腕が通りやすく、着やすい仕上げとなっている。襟には肌当たりの良い吸汗性を備えたニット素材を使い、袖には90年代のロゴをイメージした織ネームを付けるなどディテールにもこだわる。フリース製のプルオーバージャケットは、「暖かく軽量。激しい動きのヨットマンに贈る中間着」として90年代に開発された。主素材に海洋回収リサイクルポリエステルマイクロフリースを使い、襟裏はシワ加工を施したタフタで補強し、ウエスト部にはファスナーを備えたフラップ式ポケット、胸には90年代当時のロゴ織ネームを採用した。
- 「クラシックヘリテージ コレクション」と「ジャックパーセル」とのコラボシューズ
- 「トータルシーウェアコンセプト コレクション」のウインドジャケット
- 「トータルシーウェアコンセプト コレクション」のフリースプルオーバージャケット
「CONVERSE(コンバース)」のアイコンモデル「JACK PURCELL(ジャックパーセル)」とのコラボモデルも注目だ。ベースとしたのは、ジャックパーセルのバリエーションモデルとして73年にリリースされた「WINDJAMMER(ウインドジャマー)」。トウガードはジャックパーセルの定番モデルにあるトウキャップまで被ったデザインに変更し、シンプルな内羽根式のデッキシューズ型デザインに仕上げた。アッパーには撥水加工を施したキャンバスを使い、アウトソールには甲板の上でも安心して履けるよう細かい溝を波状に入れた「ウェーブスリットソール」を採用。マリンスポーツに不可欠な機能を搭載した。インソールにはクッション性に優れた高密度ウレタンフォームとラバースポンジを使用。ジャックパーセルが80年代に使用していたインソールデザインをモチーフに、海上で二つの帆船が重なる瞬間を表現したロゴデザインも施した。カラーはアイボリーの1色のみ。リフレクターを織り込んだスペアレースを付属する。
クライメートチェンジアート プロジェクトのアイテムも随時販売する。アートを通して「水」に関わる目に見えない環境課題を可視化し、気づきを生み出すことを目的とするプロジェクトで、世界の「海洋酸性化問題」をテーマにアイテムを製作している。世界の海を巡り、海水に漬けたリトマス試験紙に視覚化された色柄をグラフィックとしてデザインしたり、集めた海水を使ってグラフィック印刷したり、写真家が撮影した海の中の「現実」をデザイン化して、前述のアップドリフトのTシャツに仕上げる。リトマス試験紙が鮮やかな色になる海水ほど、水質は汚れているのだという。
海の安心・安全を補完するアイテム、新たな取り組みの発信
店奥のスペースでは、ヘリーハンセンの真骨頂であるセーリングなどマリンスポーツ向けのシーギアアイテムを展開している。
「Ocean Frey Jacket/Trousers(オーシャンフレイジャケット/トラウザーズ)」は、ヘリーハンセンのファンには定番のセットアップ。今季はリニューアルし、より環境への配慮を強め、機能性も高めた。大きな特徴の一つである防水透湿性を備えた2層構造の生地は、その素材をリサイクルナイロン(リサイクル原料率53%)へと変更。必須の防水コーティングは、疎水性のあるポリカーボネート配合コーティングにアップデートした。フロントフラップは上部分離型を取り入れ、襟は前立てを高く太めにすることで、保温性や水の入りにくさを向上させた。袖口はダブルカフで気密性を持たせ、水や風の浸入を軽減している。防水や防寒に加え、安全面でもフードにフラッシュイエローやフラッシュオレンジを採用し、反射材もより大きくし、配置も見直すことで視認性を高めた。擦れやすい裾に配してきたコーデュラも補強面積を広く設計している。
今年9月にローンチしたカプセルコレクション「118(イチイチハチ)」も注目の取り組みだ。NTTドコモが海上保安庁の協力を得て、同庁の緊急通報用電話番号「118」の啓発を目的として防水テクノロジーを追求してきたヘリーハンセンとの協業でファッションアイテムを開発し、カプセルコレクションとして展開する初の試み。海難事故などに遭遇したときに海上保安庁につながる「118」の数字と、118番に発信したときにドコモの基地局とつながる830mhz~の波形をモチーフにしたデザインを、ヘリーハンセンの防水ジャケットや長袖Tシャツ、フルジップパーカ、トートバッグにマーキングする。店頭でアイテムとデザインを選び、受注後に加工し、納品する。イメージモデルにラッパーでアート・フィルムディレクター、モデルのIO(イオ)氏を起用し、プロモーションにも力を入れる。受注販売は11月4日まで展開予定。
ヘリーハンセンの客層は全店舗平均で30代後半~40代後半が中心だが、原宿店はリニューアルオープン以降、20~40代が中心になり、今後に向けて重視する若い世代を確保しつつ、マリンスポーツファンの顧客を維持している。アジアや欧米などからの訪日外国人客も多い立地のため、それぞれの言語でコミュニケーションできるスタッフを配置するなど工夫をしながら要望に対応している。「顧客へのより手厚い対応と、若い世代の集客とフィールドへのきっかけ作りがメインのため、現在は扱っていませんが、将来的にはキッズに対応したアイテムや体験も提供していきたい」としている。
写真/野﨑慧司、ゴールドウイン提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。