カンペールとノーマル

ノーマルのブランド設立は2022年。日本での展開は23年11月にスタートしたばかりで、まだ4シーズン目となる新興ブランドだ。
ブランド名は、キリアン(・ジョルネ)の拠点であるノルウェー(Norway)と、カンペールのマヨルカ島(Mallorca)の頭文字であるNorとMalとをあわせてNNormalとなった。ロゴにNがふたつ重なっているのは、Normal(普通)とNO Normal(普通ではない)の意味も含んでいるという。「ノーマルのデベロップメントリソースはすべてカンペールなんですよ。カンペールがマヨルカ島で開発して、キリアンがノルウェーでテストするというサイクルになっているトレイルランニングのブランドなのです」とはカンペールジャパンの古守さん。

カンペールジャパンの古守さんは、日本のトレイルランニングシーンの立ち上げにも関わり、自身もトレイルランニングのレースに出場するアスリートでもある
ノーマルの共同創業者キリアン・ジョルネ

しかし、創業140年を超える老舗シューズメーカーが、なぜトレイルランニングシーンに参入したのか。実はその昔、カンペールも独自にランニングシューズをつくっていた歴史があり、ちょうどトレイルランニングシューズの開発を始めようとしていたタイミングでもあったそうだ。さらにキリアン自身がスペイン人ということもあり、カンペール社員のトレイルランナーとのつながりもあったというのもひとつの巡り合わせだった。また、カンペールにはテクニックを持った職人たちが常駐しており、本社ラボ内で木型や金型の制作なども可能で、テストシューズがすぐ作れるという点もキリアンが気に入った理由だった。さらにカンペールが環境保全などのサステイナビリティー活動を非常に意識したブランドだったという点もキリアンとマッチしたという。古守さんは、キリアンとの協業に至った理由を「すべてはタイミングよく事が運んだことで、ブランド設立に至った、という感じなんです」と話す。
マヨルカ島にある本社から車で30分程のところにトミール山があり、すぐにテストができる環境なのだそう。作ってすぐテストができるという立地条件の良さも好都合だったようだ。「僕自身も夕方6時のミーティング後から、本社社員に誘われてトミール山に登った経験があります(笑)」と、アフターで気軽に山登りを楽しむノーマル本社の社員たちも多いそう。
そして「ノーマル本社の社長はカンペールの副社長でもあり、本社オフィスもカンペール本社から徒歩10分くらいのところで、カンペール本社の社員食堂に食べに行くなど、会社同士の繋がりがとても深いんですよ」と続けた。

共同創業者のキリアン・ジョルネとは?

そもそもキリアン・ジョルネという人とは、一体どういう人なのだろうか。
スペイン・カタルーニャ州出身で、世界最高の山岳アスリートの一人と言われているキリアンは、幼少期、ピレネー山脈の山小屋で育ち、自然とともに生活していたという。

トレイルラン中のキリアン・ジョルネ。自身で走ることがノーマルの開発へと繋がっている
さまざまな世界的トレイルレースでの入賞や名立たる山脈を制する、まさにスーパーアスリートのキリアン・ジョルネ

アスリートとしては、ヨーロッパで有名な「ゼガマ・アイスコリ(Zegama-Aizkorri)」や「UTMB®(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)」など、世界的な大会で優勝を勝ち取り、つねにトップアスリートとして活躍。ソロで酸素ボンベ無し、サポート無しの状況でエベレスト山登頂を1週間で2度果たしたというアルピニストでもある。2026年開催のミラノ・コルティナ冬季オリンピックの正式種目ともなったスキーマウンテニアリングのワールドカップでは総合優勝を4回経験。その他、さまざまな世界的レースでの入賞や山脈の登頂などを経験し、ヨーロッパ、アメリカでは有名なアスリートとして知られている。
一方でキリアンは、山岳アスリートとしてだけではなく、環境保護活動家としての顔も持つ。彼はキリアン・ジョルネ財団を立ち上げ、気候変動に関する提唱者となり、環境保護の必要性を訴える活動を行っている。また、氷河の研究や茨城県にある常陸国ロングトレイルのサポートをするなど、世界中で行われているトレイルランニングの大会や保護活動のサポートもしている。アスリート、アクティビスト、そしてノーマルを立ち上げた実業家としての3つの顔を持つ。

サステイナビリティーとアスリートをつなげるギア

キリアン・ジョルネとカンペールが満を持して立ち上げたノーマルだが、サステイナビリティーとアスリートというと、少しイメージが遠いと感じられてしまう。記録への挑戦のために開発に開発を重ね、というのがアスリート業界のイメージだろう。
ノーマルのブランドの方向性について、古守さんは「我々の一番の取り組みはシューズに耐久性を持たせるという事なのです」と答える。シューズを長く使えるようにする事が環境保全につながるという考え方なのだ。「キリアン自身、もともと他ブランドのサポートを受けていた時代もあるのですが、年に何十足というシューズが送られてきて、それをテストして、履き潰してという事を繰り返してきた事に疑問を覚えていたそうなんです」とその理由について話した。

こだわりの製造方法から生まれた耐久性の高いシューズ

ブランド初のスタートモデルは、Kjerag01(ジェーラグ・ワン)というシューズ。ジェーラグというモデル名はノルウェーの山の名前だ。「これがまさにキリアンがやりたい事を具現化したものなのです」と古守さん。基本的な要素となるアッパー、ミッドソール、アウトソール、すべてにおいて高耐久な素材を使用。例えば、アッパーの素材にはマトリックス(Matryx®)というケブラー繊維を織り交ぜた非常に強度の高い素材を採用し、通常のシューズよりも擦り切れが極端に少ないという。「例えば、シューズを使用しているとアッパーの曲がる部分(親指のつけ根辺り)がどうしても擦り切れてきてしまうのですが、それがほとんどありません」。

omir 01のアップデートモデル、Tomir 02はより長く走るためのモデル。
Kjerag 01のアップデートモデル、Kjerag 02。スピード重視のモデルで、ここにキリアン・ジョルネ自身がやりたかったことが詰まっている。

ミッドソールに関してはスーパークリティカルフォーム、超臨界発泡という製法で製造されているものを使用。高温、高圧でガスを注入しながら発泡させ、通常の発泡よりも気泡が増加するので、軽量でクッション性も保てて、かつ耐久性も高い素材だという。基本的にミッドソールは発泡剤で製造されているものが多いのだが、素材によっては使用していると徐々に潰れてきてしまう。「通常のミッドソールの素材ならば、500kmも走れば潰れてしまっていたのですが、こちらは1000km以上持つ素材なのです」と、ノーマルのミッドソールの耐久性について古守さんは言う。
さらに、アウターソールにはヴィブラム社(Vibram)のメガグリップ ライトベースというモデルを採用。「こちらは薄く作られていて、軽量というのももちろんですが、ソールの張り替えが可能という点で、ちょうど我々の考えている『耐久性を持たせる』と『一足を長く使う』という部分がマッチングするモデルなのです」。またソールの型抜きの工程では通常端材が多く出てしまうのだが、ヴィブラム社が発売している端材の少ない一枚抜きのものを採用しているという。

ちなみにTomir(トミール)というモデルでも800kmくらいは使用可能で、廃棄されるシューズが減ることで消費は抑えられ、環境負荷もより軽くなると、IESE大学との共同研究によって検証されているとのこと。「耐久性の高いシューズを開発することが、結果的に一足のシューズで発生する二酸化炭素量を減らせて、廃棄されるシューズも減少するという感じですね」。

Cadíは一般的なランナーに向けたモデル

現状は、スピードが求められるジェーラグ、ロングトレイル向けのトミール、そして家を出てからロードも山も走れる汎用性が高いCadí(カディ)の3モデルを展開しており、今後はそれぞれの派生モデルも広げていく予定だ。

ヴィブラム社とのパートナーシップ

「実は本国では、ヴィブラム社と提携しており、年間ある程度の金額をお支払いいただくと、いつでも修理を受け付けるサブスクリプションのようなシステムを行っているんです」と古守さん。ヴィブラム社が認定しているコブラー(Cobbler)と呼ばれる靴修理職人のいるショップが、インターネット上のマップで見られるシステムがあり、そこのショップにシューズを持っていけば修理してくれるという。しかし、残念ながら現状日本での運用は、未定とのこと。「我々としてはソール交換と修理を前提としたシューズを開発しているので、そこがヴィブラム社との提携の意味になっています」。

ヴィブラム社のライトベース。グリップ力はそのままに、薄く軽量で作られており、環境に配慮されたモデル。ソールの張り替えも簡単に行える。

スペイン本国ではノーマルのシューズに限らず他ブランドのシューズも回収しており、提携工場ですべての部品を分けてリサイクルに回している。だが日本ではこのプロセスが担保できないため、まだ実現には至っていない。各国の到達状況の違いで、本国と同じようにはいかないようだ。

広がり続ける日本のトレイルランニングカルチャー

古守さんによれば、日本のトレイルランニングカルチャーは現在も広がり続けているという。自身もそのカルチャーの立ち上げの一部に関わってきた。「トレイルランニングという言葉がまだ無かった2008年くらいに日本でも盛り上がってきた感じですね」と語る。「ここに来て、第二次、第三次みたいな感じで一気に伸び始めていると感じています。一番大きいのはトレイルランニングシューズをベースとしたファッション系スニーカーの成功ですね。それもあって大手メーカーが参入してシューズ自体の認知が広まったのだと思います。現在では、登山靴メーカーもトレイルランニングシューズの開発を進め、ランニングカルチャーのブームとちょうど重なったというのも要因のひとつかもしれません」と考察する。中国、東南アジア、インドやパキスタンなどアジアでも盛り上がりを見せ始めており、世界的にもトレイルランニングブームが広がってきているという。

トレイルランニングカルチャーは、いまや世界的なブーム。さらに地球環境の変化とともに各メーカーにおけるギアの開発も変化し始めている。

なぜそこまで人々を魅了しているのだろうか。自身もトレイルランニングのレースに参加している古守さんは「トレイルランニングは基本、自分との戦いなのです」とその魅力について語る。「決まったコースでゴールするというのが目標ですが、走っていると状況が目まぐるしく変わりますし、ペースが一定ではないので自分のペースでできるというのが魅力のひとつだと思いますね」。さらに「現在は毎週のように、国内のどこかでトレイルの大会が行われている状況なので、スポーツツーリズム的な部分もあり、大会でいろんなところに行って楽しめるというのもあります。ギアが好きな人にとっても楽しめるカルチャーだと思います」と続けた。

ノーマルでは、日本で契約しているアスリートも増えているという。「現状は、アスリート、アンバサダーという形で5名契約しています。山岳アスリートの大瀬和文選手、岩井竜太選手、藤飛翔選手、そして三井菜美選手。またロングトレイル系アンバサダーとして丸山崇久さんと、徐々に増えています」

ノーマルが目指すところ

ノーマルが、今後の目指すところはどこにあるのだろうか。「2027年の発売に向けて、NN202(仮称)という足に負担を掛けないシューズの開発に関しての発表をしましたが、耐久性の高いシューズ開発の部分は変えず、派生はするけれど安易にニューモデルは出さずという感じで、あくまでトレイルランニングの最前線を目指していきます」と古守さん。

シューレースによる甲部分の血管の圧迫を解消するために、ホールドをシューズ側面に移動させたNN202(仮称)。2027年のリリースに向けて現在開発中のモデルだ。

しかし、現状トレイルランニングシーンも昨今の温暖化でかなり環境が変わってきているという。今年開催されたアメリカで一番有名な「ウエスタンステイツ・エンデュランス・ラン(Western States 100)」レースでは、年々温暖化により、灼熱化している状況なのだという。「そういう状況を受けて各ブランドは熱対策というか、変化する状況に合わせて革新的なモデルをどんどん開発しています」。そういう流れもあり、ノーマルでもトレイルランニング中の熱対策ギアとして、バックパックとアパレルのベストを一体化させたクーリングベストを2028年のリリースに向けて、現在開発中とのこと。地球環境の変化がトレイルランニングシーンも大きく変化させてきている。

トレイルランニングシーンは、地球環境の温暖化による灼熱化している。こちらは熱対策ギアとして現在開発中のクーリングベスト。正式リリースは2028年の予定。

「キリアンのブックの中には、新しい企画のイメージがまだたくさんあるみたいで、我々はそれを実現していくというのが今のところの目標ですね。まだまだネタはあるみたいですよ」と、キリアン自身が目指すところが、ノーマルの目的地になっていることを改めて語った。

ノーマルは今後も高い耐久性を求め、長く使えるモデルを開発しつつ、キリアンが考える環境保護の方向性を実現していく

高い耐久性でサステイナビリティーを提唱し、自然とアスリートとの共存を目指すノーマル。長く使う事がサステイナブルに繋がり、使い捨てのカルチャーから脱却する。これは今日のファッションシーンにおいても同様の大きな課題と言える。
「サステイナビリティーとアスリートを繋ぐ」新しいコンセプトのシューズブランド「ノーマル」。スペイン本国の様々な取り組みが世界規模で広がるか、その活動に注目していきたい。

関連リンク


写真/ブランド提供
一部撮影(古守氏)・取材・文/カネコヒデシ(BonVoyage)

オルタナエディター&ライター、メディアディレクター、DJ。
編集プロダクション「BonVoyage」主宰。WEBマガジン「TYO magazine」編集長&発行人。「Japanese Soul」主宰。
音楽イベントの企画、アパレルブランドのコンサルタント&アドバイザー、音楽やファッションなどのイベントのオーガナイズ&ディレクション、ラジオ番組制作&司会、選曲、DJなど活動は多岐にわたる。さまざまなメディアを使用した楽しいモノゴトを提案中。バーチャルとリアル、あらゆるメディアを縦横無尽に駆け巡る仕掛人。

一覧へ戻る