18世紀から続く物作りのDNAを「今」につなぐ

初代のルイ・モローは1764年、卓越した家具製造の技術によりマスターの称号を得て一躍、名を広めた。最初の転機はフランス革命期にあった18世紀の終わり頃のこと。木製美術細工職人として名を馳せていたマルタン=ギョーム・ビエネと出会い、パートナーを組む。革新的なデザインの高級家具や皮革製品を手掛け、フランスの上流社会に確固たる地位を築いた。その名は革命を終わらせて帝位に就いたナポレオン1世の耳に届き、皇帝直属のメゾンとなる。その頃、皇帝の命で王宮に納めたトランクは、メゾンモローに第2の転機を呼び寄せた。家具作りと皮革製品作りで培った技術を掛け合わせ、「機能性の中の美」を追求したレザートランクは、当時の旅行ブームを背景に支持を広げ、メゾンモローの名をさらに高めることとなった。1882年にはフォーブル・サントノーレ通りに直営店「モロー パリ」を出店し、信頼の証しであるモノグラムをあしらったトランクを次々と世に送り出していった。目の肥えた富裕層のニーズに適うデザインを考案し、それを実現する技術を磨く。革新を重ねることでモロー パリのブランド力は養われた。

  • 1764年に初代ルイ・モローが制作したチェスト
  • ルイ・モローの子息が1810年に製作した旅行トランク
  • 1882年製の「柳編みをモチーフにしたモノグラムデザイン」の旅行トランク

2011年にリブランドしたモロー パリのアイコンとしたのは、柳の小枝を編んだ繊細な格子柄をレザーやキャンバス地にシルクスクリーンで表現した「モロープリント」。革の鞣(なめ)しやステッチなどの縫製もフランスの伝統的な技術を受け継ぐ職人が手掛け、モローのDNAである「機能性の中の美」を継承しながら、アップデートしたデザインを1点1点、丁寧に製品化している。ブランドロゴを前面には出していないが、デザインや造りで18世紀からつながるモロー パリの「今」を一つひとつのプロダクトに体現している。

  • パリのフォーブル・サントノーレ通りにあるモロー パリの旗艦店
  • フランスの伝統的な技術を用い、1点1点を丁寧に作る
  • 柳編みを表現したモロープリント

物語を編み上げるように西欧の文化をプロダクトに体現

日本には14年に輸入代理店経由で進出し、その後は16年にオンワードラグジュアリーグループ(OLG)の傘下となり、OLGが運営するブランドの店舗などで販路を広げた。現在はメゾンモロージャパンが輸入販売を担っている。三越日本橋本店に直営店を展開するほか、期間限定店や催事で販売し、一部、セレクトショップへの卸も行う。自社販売がほとんどだが、「コロナ禍の影響で滞っていたデリバリーが回復し、昨春から商品も揃ってきた。ようやく出店や卸の拡大に向かえる態勢が整ってきた」とメゾンモロージャパンの担当者は言う。次の展開を見据えながら、全国のマーケットに向けてはポップアップストアにより着実にブランドのファンを増やしている。
昨年9月から今年3月にかけては、六本木のイセタンサローネでポップアップを展開。南仏の宝石と呼ばれるビーチ、サントロペの街並みを描いたフランスの懐古的なイラストレーションを背景にレイアウトし、高級リゾートの空気感にフィットするファッションアクセサリーとして24年春夏コレクションを提案している。

23年10月~24年3月限定のイセタンサローネでのポップアップストア
三越日本橋本店にあるモロー パリの直営店

その名も「ST TROPEZ TOTE(サントロペトート)」は、サントロペの生活美学を表す「Art de Vivre(アール・ド・ビーブル)」から着想したモデル。モロー パリを象徴するトートバッグにエレガントなイエローやパープルなどの配色が幸福で陽気な日々をイメージさせる。ボディーには特殊なコーティングにより耐久性と撥水性を確保した軽量なオリジナルのキャンバス地「モローネット」、ディテールにはビーガンレザーを用いるなど、機能性と環境への配慮もなされている。トップをジップで閉じられるタイプもある。「イセタンサローネは六本木界隈に暮らすお客様が来店し、トートバッグから購入して小物も揃える傾向」という。世界有数のリゾート地をイメージしたプロダクトでは、今季デビューの「MONACO(モナコ)」が注目。バッグ本体に耐久性や防水性に優れた植物由来のオリジナルバイオ素材「ビオネット」を使い、ハンドルやトリミング部分にはビーガンレザーを採用。エコフレンドリーにこだわった逸品だ。ゴールドの含有率が高いメタルパーツを用い、さりげなく美しさを放つ。トップにジップを備えた帆船のような曲線がエレガントなモデルや、2ハンドルのミニタイプも魅力的だ。

23年に開催されたラグビーW杯の期間にはディスプレーもラグビー仕様に。モロープリントのラグビーボールも陳列(イセタンサローネでのポップアップ)
  • 「ST TROPEZ TOTE(サントロペトート)」
  • サントロペトート。カラフルなバリーションも魅力
  • 24年春夏コレクションで発表した「MONACO(モナコ)」

モロー パリのトートバッグを代表するモデルが、「BREGANCON(ブレガンソン)」。長きにわたるブランドの歴史の中で、上顧客だった19世紀の政治家ロベール・ベランジェが暮らしたコートダジュールのブレガンソン城塞に由来する。あえて底芯を入れず、ボディーの前後のパーツを頑丈な太糸で縫い合わせることでソフトに仕上げ、身体に沿う美しいシルエットを生み出す。マイクロ(H17.5×W17×D9cm)、ミニ(H21×W25×D9cm)、スモール(H28×W35×D14cm)、ミディアム(H33×W55×D21cm)の4サイズ。ミニはハンドバッグとして愛らしいコーディネートを演出し、大きめのサイズは仕事や旅行にもユニセックスで使える。大きなサイズは男性客にも人気だ。今季から加わった自立型のスタンドアップタイプは、フォーマルシーンやビジネスにも活躍する。
よりカジュアルな装いには「VINCENNES(ヴァンセンヌ)」がお薦め。モロープリントを施したスタンダードなトートバッグだが、実はリバーシブル。裏返すと無地のレザーが現れる。コーディネートやシーンに応じて使い方を選べるスグレモノだ。
レザー製の「MUNE(ミューン)」はH15.5×W17.5×D8.3cmのコンパクトな造りだが、最大サイズのスマートフォンをはじめ、財布やヘッドフォンなど外出時の必需品を収納できる内部設計が施されている。ショルダーストラップ付きで、クロスボディーでも装える。アクセントのメタルパーツが美しい。もう少しカジュアルなシーンでは、縦型トートの「SUITE(スイート)」が重宝する。プリントレザーのボディーにカーフスキンのハンドル、裏地には柔らかなヤギ革を用い、手縫い、ハンドプリントでスタイリッシュに仕上げた。

  • リバーシブルの「VINCENNES(ヴァンセンヌ)」
  • ヴァンセンヌ(表側)
  • 裏返すとレザー面が現れる(ヴァンセンヌ)
  • 「MUNE(ミューン)」
  • 「SUITE(スイート)」

フランスやイタリアなどヨーロッパの風土、街並み、そこで醸成された文化を背景に、ストーリーを編むように物作りされたプロダクトは、モロー パリの味わいとなっている。ポップアップではその期間や立地に応じてセレクトしたアイテムを展開しているが、三越日本橋本店の直営店ではシーズンコレクションや定番人気のアイテムを揃える。デジタルアクセサリーも開発し、実店舗では「アイフォーンに対応したケースが動いている」。モロープリントにブランドロゴがパターンで入った「iPHONE CASE 15 MAX ORIGAMI CHANE」は美しさはもとより、軽さや持ちやすさも好評だ。

チェーンが付いたアイフォーンケース「iPHONE CASE 15 MAX ORIGAMI CHANE」

多様なタッチポイントを作り、日本でのブランディングを進める

ブランドとしての歴史は長いが、日本に上陸してからは10年ほど。コロナ禍を経て、これからが日本におけるブランディングの本格的な始まりだろう。商品はパリとイタリアの本国が企画・デザイン・生産しているが、「日本のお客様の好みや購買傾向を踏まえたジャパン社の声をかなり取り入れている」とメゾンモロージャパンの担当者。例えば、レザー小物のデザイン。海外の人はクレジットカードを使うことが一般的で、小銭はポケットにそのまま入れる人がまだ多い。近年は日本でも財布のコンパクト化の傾向にあるが、小銭もカードも入れられるスマートなデザインの財布を開発するなど、柔軟な物作りを行っている。

財布など小物は日本の生活文化を反映したアイテムも開発されている

ただ、デザイン性、機能性にこだわり、価格はバッグで20万~30万円台が中心となる。また同じモデルでもサイズが複数ある。そのため、ポップアップでも自社スタッフによる接客を重視してきた。着実なブランド価値の伝達があってこそだろう、ここへきて「一度購入したお客様はECでも購入する傾向にあり、昨年はECの売り上げが飛躍的に増えた」。ECの充実へ向け仕組みを改修する一方、訪日外国人客を含むより広範な集客の促進へ、日本ではまだ取り組んでいないSNSによる発信も課題に挙げる。
「直営店やポップアップ、百貨店の外商催事では目の肥えたお客様が商品を見て購入し、使用して気に入ると他のアイテムも次々と買い求めます。ご夫婦で来店してそれぞれが購入し、また来店されるということもあります。そうしたお客様が常時、モロー・パリのアイテムと出会い、選べる場を増やしたい」。多様なタッチポイントの起点として、今後は実店舗の出店と卸の拡大を進める考え。現在、日本では女性客が8割を占めるが、24-25年秋冬シーズンからはメンズアイテムも増やしていく。グローバルでは、パリ、ヒューストン、メキシコに直営店を持ち、今年は中東とアジアに出店する計画だ。

写真/遠藤純、メゾンモロージャパン提供
取材・文/久保雅裕

関連リンク

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

Journal Cubocci

一覧へ戻る