アイテムの背景に思いを馳せるゆとりを生む「余白」
マリハ 表参道ヒルズ店は本館B1階に立地し、約95㎡の店舗面積を持つ。壁や天井の白を基調に、売り場中央のショーケースのフレームや壁沿いのハンガーラックにはゴールドを配し、洗練された空間を生み出した。左側の壁面には天然の木材、その手前のショーケースの土台には淡いベージュの大理石を使い、優美な自然を感じさせる。店舗デザインは建築家の芦沢啓治氏が担い、自然から着想を得てデザインされたマリハのコレクションと美しく調和する空間を創出した。ショーケース内のジュエリーはデザイナーのマリエ・ウエストがフランス等で買い付けた陶器やオブジェとともに陳列され、表参道ヒルズ店のために陶芸家が製作したものもある。小さなプロップひとつにもデザイナーの思いが通っている。1点1点のアイテムが余白を持って陳列されているのも、そんな思いの表れだ。余白があるからこそ、見る者がそれぞれのアイテムの背景に思いを馳せるゆとりを生む。ミュージアムのように巡れる、洗練されながらも心地良い空間だ。
ジュエリーは最新のシーズンコレクションをはじめ、ブランド創設時から継続している定番も揃う。MDの軸となっているのは、ブランドの出発点であるK18のファインジュエリー「Essentials(エッセンシャルズ)」、シルバージュエリーの「Silver(シルバー)」、天然石をデザインした1点物の「Earth Drops(アースドロップス)」。これらの中に、「願い事」、「青い鳥」、「朝露」、「11の約束」、「月のかけら」など、デザインごとに詩のような情緒性のある名前が付けられたシリーズが展開されている。
タイムレス&エレガントなジュエリーの世界観
エッセンシャルズは、水や雨音など自然からインスピレーションを得てデザインされた。身に着ける人を美しく見せることはもちろん、重ねて着けてもきれいに見えることが追求されている。それゆえのミニマルなデザインは、マリハが継続してきたタイムレスでエレガントな世界観を象徴している。
アースドロップスはマリハを代表するコレクション。同じものが存在しない天然石をデザイナー自身が世界中を巡って選び抜き、一つひとつの石が持つ本来の美しさ、自然の恵みである鉱石の魅力を最大限に引き出すデザインを導き出し、宝石の都と称されるインドの熟練職人と共に制作している。天然石とK18の質感と繊細な造形により仕上げられたジュエリーは、存在感がありながらピュアで愛らしい。
シルバージュエリーは20年春夏シーズンに立ち上げ、多様なシリーズを展開している。「Signature Collection(シグネチャーコレクション)」は、西欧の王侯貴族が印章として身に着けていたシグネットリングからインスピレーションを得て創作した。シグネットリングの品位はそのままに、あえて印章ではなく天然石をあしらい、石と環が一体となった柔らかな曲線美を表現している。顧客は自分が好きな石や誕生石、石言葉などから天然石を選び、自分を象徴するリングとして身に着けることができる。例えば、ブラックルチルクォーツは「目標達成」や「活力」の石言葉を持ち、古くから戦いなどにお守りとして身に着けられていた。ニュートラルなデザインと石の意味が掛け合わさり、男女ともに人気がある。「Organic Gems(オーガニックジェムズ)」の天然石を主役としたシルバーリングは新作。石本来の美しさが引き立つオリジナルカットによる不均衡なフォルムを個性として生かし、スタイリッシュなリングに仕上げた。これも性別を問わないデザインとなっている。
シルバーラインを始めてから「Ancient Memories(アンシエントメモリーズ)」やシグネチャーコレクションなど性別を問わずに楽しめるシリーズが増え、デザイナーの中で「恋人や家族、大切な人と想いや価値観を共有するように一緒に着けたりシェアしたりなど、より自由にマリハのジュエリーを楽しんでいただきたい」という思いが強くなったという。22年2月に「Together MARIHA(トゥギャザー マリハ)」と題したキャンペーンを始動し、性別を問わず身に着けられるジュエリーコレクションを編集して紹介。それをきっかけに男性の顧客も増えた。
表参道ヒルズ店のスタートを飾る24年春夏コレクションでは新シリーズを発表した。ハートをモチーフにしたK18素材の「True Love Gold(トゥルーラブ ゴールド)」とシルバー素材の「True Love(トゥルーラブ)」だ。ハートは可愛くなり過ぎない絶妙な大きさのぷっくりとした形状。マットな素材に艶やかな光沢を放つ加工を施し、上品に仕上げた。K18素材はピアス、ネックレス、リング、シルバー素材はピアス、ネックレス、チャームを展開。店舗では刻印にも対応している。マリハのシルバージュエリーで刻印できるのはトゥルーラブのみ。
表参道ヒルズ店のオープンに際しては、ダイヤモンドを12星座に見立てた「Zodiac Sun(ゾディアックサン)」シリーズの新作を店舗限定で先行販売した。ネックレス、リング、ピアス(片耳)をラインナップ。ネックレスは裏側に自分や大切な人のイニシャルやメッセージなどを刻印してパーソナライズできる。
ロマンティックなカラー、着用シーンも幅広いドレス
初めて常設したドレスは、余白が重視された売り場を囲むように壁面のラックに配置され、カラーパレットのよう。マリハのドレスラインはジュエリーと並んで多くのファンを持つ。セレクトショップや百貨店などへの卸も数多く、別注にも取り組んできた。自らはポップアップストアやECで販売してきたが、コレクションが一堂に会す場がいよいよ誕生した。
ドレスラインはワンピースをメインに構成し、春夏は「Resort Dress(リゾートドレス)」、秋冬は「City Dress(シティドレス)」のコレクションを提案している。リゾートドレスはインドコットンを使用し、インドで縫製したもの。ジュエリーと同様に定番を積み重ね、デザイナーがより美しく見えるシルエットを追求しながら、パターンやディテールをアップグレードし続けている。旅行先での着用を目的に購入する顧客も多いアイテムだ。シティドレスは23年にローンチした。上質なポリエステル素材等を使い、緻密なディテールを備えたタイムレスなデザインを国内縫製で仕上げている。仕事やプライベート、発表会などのオケージョンでも着こなせる大人の女性のためのコレクションだ。
リゾートドレスの24年春夏コレクションは、「Lady in the Garden」をテーマに、自然の色彩をマリハ独自のロマンティックなカラー、デザインに収斂(しゅうれん)した。アイテムの名前もそうだが、色名にも物語が通う。例えばピンクは甘美な「イングリッシュラベンダー」と華やかな「レディコーラル」がある。モノトーンを主としてきた定番の「月の夢のドレス」は、今季はイングリッシュラベンダーで儚(はかな)げな魅力を表現し、幅広いシーンで着用できる1着に仕上げた。「小鳥の歌のドレス」は、ピンクの花々が咲き乱れる庭で小鳥が遊ぶイメージをレディコーラルの無地で表現。いろいろな着こなしができるのも、このドレスの人気の理由だ。フロントボタンを開ければ羽織として、またパンツと合わせてカジュアルにも楽しめる。
今季の新色には、スミレのような可憐さを宿す「フレンチバイオレット」と、翡翠(ひすい)を思わせる爽やかなライトブルーの「ジェイド」も。フレンチバイオレットは定番の「草原の虹のスカート」に、ジェイドは「すずらんのドレス」に施し、夏に向けて涼やかで優美なスタイルを提案する。
ワードローブに備えておきたいシックカラーのドレスも充実している。ブラックは漆黒の天然石と言われる「オニキス」をドレープが重なるカウルスリーブが特徴の「メヌエットのドレス」に、ネイビーは気品を放つ「ミッドナイトオーシャン」をすっきりとしたトップとボリューミーなフレアスカートを融合した「彗星のドレス」に使った。
表参道ヒルズ店と公式オンラインストア限定のドレスも3型を揃える。「春の夢のドレス」は、2段のフリルを贅沢にあしらったロマンティックな1着。可憐なショートスリーブとボリューム感たっぷりのスカートが特徴の新作「星明りのドレス」は、甘美なディテールをドレスの隅々にまであしらった。「春のピアノのドレス」は、胸元の黒い切り替えが鍵盤を連想させる。女性の身体を美しく見せることにこだわったシルエットは、デイリーにもオケージョンの場でも活躍する。
ブランドが紡ぐ「物語」をゆったり、じっくり
マリハのプロダクトはそのネーミングにも表れているように、情景を連想させる。「花鳥風月」の美意識が根底にあり、デザイナーが旅の過程で出会った情景から得たインスピレーションを形にしているからだ。物作りへの思いなども含め、プロダクトの背景=ストーリーを言葉で表したものが各アイテムの名前。一つひとつのプロダクトが完成するごとにマリハという「物語」の世界が更新されながら、ジュエリーやドレスを身に着ける一人ひとりの顧客の物語へと広がっていく。ブランドと顧客が出会い、共に物語を紡いでいく場が店舗空間と言えるだろう。
「ゆったりと、じっくりと商品を見て、選んでいただきたい」とマリハ・インターナショナルのスタッフ。店奥にはラウンジスペースを設け、個別に商品選びやサイズ調整、ブライダルの相談などに対応し、顧客とのコミュニケーションを育む。シルバージュエリーをスタートして以降は買いやすい価格のアイテムも加わり、20~60代と幅広く支持を集め、男性客も増えつつある。表参道ヒルズ店は全ラインが揃うだけに新たなファンとの出会いが期待される。
写真/マリハ・インターナショナル提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。