ファッション経験を積んだ大人の遊び心に響くVMD
約86万㎡の延べ床面積を有する大型複合施設「麻布台ヒルズ」。商業ゾーンの店舗面積は約2万3000㎡で、約150店舗が出店する。ファッションブランドのショップはタワープラザ2階に多く集積され、メゾン エ ヴォヤージュの店舗はその外苑東通り側に立地する。売り場はドレス、カジュアル、服飾雑貨・小物の各ゾーンで構成され、中央の廊下を進んだ店奥にはフィッティングルームを備えたクラシカルな応接空間が窓辺の景色を背景に開けている。
メゾン エ ヴォヤージュの構想が立ち上がったのは2年前のこと。トゥモローランドは1978年にメンズニットメーカーとして創業以来、メンズファッションに対する審美眼を培ってきたが、「自分たちが今、新たなメンズの提案に取り組むならどんなブランド、業態かを考えることからスタートした」と麻布台ヒルズ店の豊田一基店長。同社が展開している様々なメンズブランドで企画、デザイン、バイイング、販売を担当する各スタッフがチームになり、導き出したのは「遊び心ある紳士の嗜みと旅」というコンセプトだった。その概念を体現するMDを試行錯誤し、テーラードを軸としたオリジナルウェアを中心に、世界中からセレクトした服飾雑貨の新旧銘品を組み合わせ、ドレススタイルではメイド・トゥー・メジャーにも対応するスタイルへと収斂した。「ウェアはほぼ全てオリジナルで構成し、チームでアイデアを出し合ってゼロから企画」し、トゥモローランドが追求してきたオーセンティックな領域をさらに掘り下げ、「ファッション経験も人生経験も積んだ感度の高い大人の男性に向けた新たなレンジに挑戦している」。
店舗空間はアートディレクターの河西達也氏がディレクションを務めた。重厚な木製のオリジナル什器は大事に使い込んできたような味わいを醸し、トゥモローランドがパリやロンドンなどで買い付けてきたアンティーク家具なども配置した空間は、歴史ある西欧の邸(やしき)のよう。要所にビンテージのガラスケースや年代物の革のトランクケース、ブリキの玩具などが配され、旅の情緒を感じさせる。服が家から飛び立っていく様子を描き、「MAISON et VOYAGE」の店名を記した絵が所々に展示され、レトロなポスター広告かと思えばメゾン エ ヴォヤージュのロゴマークの原画。服を見ていくと、そのカラーバージョンがタグとして付けられている。細部にまでニヤリとするような遊び心が散りばめられた空間だ。
エントランスは世界観のイントロダクション
エントランススペースは邸の玄関へのアプローチと捉え、床は石畳で設え、室内との境には木とガラスのトラッドなアーケードを立てた。この「外」の空間で展開されるのは、旅からイメージされる服飾雑貨を中心とした銘品たちだ。
「GHURKA(グルカ)」は米国コネチカット州で1975年に創業した鞄(かばん)・革製品メーカー。レザーとキャンバス生地を組み合わせたバッグをシグネチャーとし、特にレザーは最高品質のフルグレインとヌメ革にこだわる。製品にはモデルごとに番号が付けられ、今回は廃盤になっていた3型を別注で復刻し、インラインのバッグやテーブルコレクションとともにラインナップした。帽子は1676年創業の老舗ハットブランド「Lock & Co. Hatters(ロックアンドコー ハッターズ)」からセレクト。山高帽を初めて開発したとされる世界最古の帽子店で、確かな帽子作りは英国王室御用達の折り紙付きだ。トラッドなハットやキャップ、ハンチングなどを揃え、メンズのショップながら「私たちも意外だったが、オープン以来、幅広い年代の女性のお客様がキャップやハンチングを購入される」という。
1838年にパリで創業した世界初のオーダーシャツ専門店「CHARVET(シャルベ)」は、あえてシャツではなく高品質な服飾雑貨に絞り込んだ。目を引くのはルームシューズ。旅先の機内で履くスリッパをイメージし、カラースエードのカラフルな10色を展開する。ソックスも豊富な色揃えが魅力だ。スカーフはラムウール素材のタータンチェックで著名なスコットランドブランド「LOCHCAARON(ロキャロン)」に、日本人の体型に合うよう幅と長さをやや抑えたサイズで別注。2種類のタータンチェック柄を各8色揃えた。日本の毛織メーカー深喜毛織のファブリックブランド「FUKAKI(フカキ)」のカシミヤを使ったストールは、実に27色展開。選び応えのある服飾雑貨のカラーバリエーションは、メゾン エ ヴォヤージュの特徴の一つだろう。
靴はフランスの老舗シューメゾン「J.M. WESTON(ジェイエム ウエストン)」にフォーカス。1891年から刻んできた歴史の中で、ブランドの象徴として認識されているのがローファーだ。中でも普遍の銘品とされる「#180」で別注し、クロコダイル(ブラウン)、スエード(ダークグリーン)、ボックスカーフ(ライトブルー)の3タイプ・3色を揃えた。インラインでも9色を提案している。ここにしかないアイテムだけに、ぜひチェックしたい。
エントランス中央の大型什器には、紳士のアクセサリーと呼べるビンテージを集積する。「pierre cardin(ピエール カルダン)」や「pierre Balmain(ピエール バルマン)」など、希少なドレスウォッチがさり気なく並ぶ。後述する廊下の壁面に設けたウインドーでは、アンティークウォッチ専門の江口時計店がメゾン エ ヴォヤージュのためにセレクトしたマニア垂涎のビンテージ時計も。「ROLEX(ロレックス)」の「Cellini(チェリーニ)」シリーズ、「PATEK PHILIPPE(パテック フィリップ)」や「AUDEMARS PIGUET(オーデマ ピゲ)」、「VACHERON CONSTANTIN(ヴァシュロン コンスタンタン)」が展開されている。アイウェアはBausch & Lomb(ボシュロム)社が生産していた時代の「Ray Ban(レイバン)」のデッドストックから80~90年代の米国製サングラスをセレクト。「LOUIS VUITTON(ルイ ヴィトン)」のビンテージトランクケースに収められた約100本のモデルから選ぶという粋な趣向だ。
フランスの老舗文具ブランド「La Compagnie du Kraft(ラ コンパニ ド クラフト)」の手帳も見逃せない。ハンドメイドで生産される革製カバーの手帳は専用のリフィルを交換すれば長く、大事に使い続けられる。店頭では名前や好きな言葉などの箔押しや刻印にも対応し、自分だけの一冊に仕上げることができる。
ドレススタイルの伝統とモダナイズ
エントランスのアーケードをくぐると、廊下を挟んで右手にカジュアル、左手にドレスの部屋が展開する。メゾン内の旅の始まりだ。
ドレスエリアで強く印象に残るのは、シャツの豊富な品揃え。37~45サイズ展開で、各20品番ほどを常時揃える。壁面の棚いっぱいにサイズごとに陳列された様子は、専門店の趣だ。「日本でドレスシャツは襟が長めで高く、ワイドスプレッドなイタリア物が長らく人気でしたが、メゾン エ ヴォヤージュでは襟が少し短めのショートポイントレギュラーを定番にしています。もう一つ注力しているのはタブカラー。ノータイが一般化した中で、あえてネクタイを締めるならタブカラーぐらいクラシックに寄せていいのではないかと思う」と豊田店長。実際、オープン以降は「せっかくドレスシャツを着るなら」と、タブカラーが好評を得ている。襟型は他にもラウンドカラー、ワイドスプレッド、レギュラーカラー、ボタンダウンを揃え、価格はオリジナル製品で2万円台から7万円台。メイド・トゥー・メジャーではバンドカラーにも対応する。
スーツはオープニングに合わせ、フレンチモデルとアイビーモデルを企画した。フレンチモデルは3ピースで、ジャケットのゴージにフランス伝統のフィッシュマウスを施し、パンツはワイドストレートぎみにゆったりとさせ、フレンチモダンなテイストに仕上げた。アイビーモデルのジャケットはやや高めの位置に付けた3つボタンと細めの襟が特徴で、パンツはタック無しで、ややテーパードを利かせてモダナイズした。スリムな印象を残すシルエットのスーツだ。タキシードもオリジナルで製作。ピークドラペルとショールカラーの2タイプで、ともにクラシックなモデルをベースとしながら「襟を大きくとることで男っぽさがしっかり出るデザインを試みた」。
別注で注目なのは、イタリアの老舗スーツファクトリーブランド「Belvest(ベルベスト)」の3ピーススーツ。同社のインラインにはないピークドラペル、チェンジポケット仕様に変更し、フランスの生地ファクトリー「DORMEUIL(ドーメル)」社の英国産「ROYAL 11(ロイヤルイレブン)」のブルーとグレーのチェック、ブリティッシュフランネルのグレーとブルーのチェックを使った。「イタリアのファクトリーに英国的な要素を意識した服作りを依頼したもの。王道のイタリアンスーツを提案するトゥモローランドの他ブランドとは異なる新鮮な1着になった」と豊田さんは話す。
ジャケット、パンツ、シャツはオーダーやカスタマイズも可能だ。生地は「ドーメル」、「フォックス ブラザーズ」、「ハリソンズ」、「スタンド イーブン」など英国産を中心にストックし、シャツの襟型や裏地、ボタンなども種類豊富な見本帳から選べる。
確かな生産背景で生む大人のカジュアルスタイルの幅
カジュアルエリアは旅や書斎を連想させる設え。ベーシックな中に大人の男性の遊び心をくすぐるニットやレザー、デニムなどのアイテムが並ぶ。「カジュアルとはいっても、シャツとデニムパンツにブレザーをはおり、カシミヤのカーディガンを首に巻くスタイルや、セットアップにスカーフを巻くスタイルなど、フォーマルなアイテムとのミクスチャーが特徴」というように、メゾン エ ヴォヤージュのカジュアルの品揃えは幅広い。
取材時にトルソーにコーディネート陳列していたのは、コーデュロイの2ボタンブレザー。ノッチドラペルとコンケープショルダー、ウエストが高めに絞られたシルエットが印象的だ。生地は「DUCA VISCONTI(ドゥカ ヴィスコンティ)」社の8ウェールのストレッチコーデュロイを使い、洗い加工を施すことで柔らかな風合いを生んだ。同素材のパンツはスリムテーパードでスマートなシルエットを描く。いわゆる紺ブレもメゾン エ ヴォヤージュらしい味わい。英国の名門生地メーカー「FOX BROTHERS(フォックス ブラザーズ)」のブレザー用ウール生地を使い、ワイドなピークドラペルとコンケープショルダー、高めに絞られたシルエットでカジュアルにもドレスアップにも着こなせる1着に仕上げた。2ボタン仕様と6ボタンダブルブレステッド仕様の2タイプがある。
シャツは「ブランドにとって押しのアイテムの一つ」。例えば世界最高峰とされるイタリアのシャツ生地専門ブランド「ALBIN(アルビニ)」社のウールビエラを使用し、ボックスシルエットに仕上げるなど、ベーシックなデザインながら生地、縫製にこだわっている。オープンするや人気となっているのが、15.2~15.8μ(マイクロン)のモンゴル産ロイヤルカシミヤの糸を使ったニットシリーズ。インターシャ編みのパネル切り替えでマルチカラーのアーガイル柄を表現したクルーネックとカーディガンは、そのまま着ても、首や腰に巻いてもおしゃれを引き立てる。同素材のインターシャ編みで架空の宿「HOTEL VOYAGE」のロゴを表現したクルーネックは麻布台ヒルズ店の限定アイテム。いずれも肩回りと袖付けのリンキングに技術を凝らした贅沢な仕様になっている。
レザーアイテムはフィレンツェの名門ファクトリーブランド「DENIM(デニム)」社に別注し、ブルゾンとパンツを製作。ブルゾンはフライトジャケットの「A-2」と「G-1」のディテールをミックスしたデザインで、ボディーはディアスキン、襟はムートンを用いた。襠付きポケットも特徴だ。パンツはブラックのラムレザーとブラウンのラムスエードの2素材で展開し、程よい太さにすることでシルエットをきれいに見せる。裏地付きなのでレザー特有の穿きづらさも解消している。
買い物に留まらない、洋服を選ぶことの楽しさを
廊下は部屋から部屋へと移動しながら一人の男性がスタイルを確立していく道程のようで、このショップの象徴的な空間かもしれない。壁面には前述したロレックスなどのビンテージ時計があったり、ドミニカ共和国産の高級シガーブランド「Davidoff(ダビドフ)」の葉巻があったりと、大人だからこその嗜好(しこう)をくすぐる。その空間を経てたどり着くのが店奥の応接空間だ。
- 売り場中央から奥へ伸びる廊下
- 「ROLEX(ロレックス)」などのビンテージ時計が並ぶ
- 「Davidoff(ダビドフ)」の葉巻も揃える
アンティークの家具や照明が醸し出すクラシカルなムードの中に、フィッティングルームがあり、絵画などのアート作品、生地やボタン、襟型の見本、トルソーなども配置され、テーラーと書斎がミックスしたような心地良い空間が広がる。オーディオシステムではレコードも楽しめる。
- 店奥には外光が注ぐアンティークな応接空間が広がる
- フィッティングルームも旅を想起させる
- メイド・トゥー・メジャーで使用する襟型やポケット型などの見本
- ボタンや裏地の見本帳もオリジナル
単に買い物をするだけではない、くつろぎの体験。メイド・トゥー・メジャーで生地や付属を選んだり、フィッティングでコーディネートしてスタイリングしていく過程も、よりゆったりと楽しんでいただける空間作りを心掛けている」という。店内を巡ってきた体験がここでその人のパーソナルスタイルとして像を結ぶ。「この空間、スタッフとの出会いを通して、改めて洋服を選ぶ楽しさを体感していただければ」と豊田さんは話す。
写真/遠藤純、トゥモローランド提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。