一人ひとりとのコミュニケーションを通じ、リピートしてもらえる店を

セッションは国内外のハイエンドなファッションブランドの卸売りとPRを行い、ウィメンズは「ショールーム セッション」、メンズは「ユナイトナイン ショールーム」がコレクションの販売だけでなく、マーケティング活動も通じてブランディングを支援する態勢を採ってきた。ファッションと関係の深いジュエリーも取り扱い、「Hirotaka(ヒロタカ)」や「MARIHA(マリハ)」、「MARIA BLACK(マリア ブラック)」など注目のクリエイターブランドを展開している。
「世界中からモノを集めて卸すということを20年ほどやってきました。ファッションやジュエリーをはじめ、様々なクリエイターと出会い、人から人へと新たな出会いが生まれてきました。その中で素晴らしい作家とも出会ってきました」と上杉文弥社長。その経験から「旅をしているようにプロダクトを集め、提供していく」オンラインサービスを構想し、2019年に立ち上げたのが「ESCAPERS online(エスケーパーズ オンライン)」だ。工芸作品に関しては同年、作家のサポートビジネスをスタート。卸売りやPRだけでなく、各地のギャラリーなどと組んだ個展による販売もサポートしている。
オンラインストアはセッションが卸売りを行わないブランドも数多くセレクトし、ファッション、雑貨、ジュエリー、工芸作品を揃え、いずれも高単価だが開設以来、好調だ。その過程で「実物を見たい」という顧客が増えたことから、ショールームを開放し、対面で接客しながら販売する態勢も整えた。21年にはジュエリーや工芸作品の展示会を開催するスペース「GALLERY ESCAPERS(ギャラリー エスケーパーズ)」を表参道に設け、ブランドや作家のプロダクトを発信する場を充実させた。「オンラインは24時間、どこにでも情報を届けられ、海外のお客様にも購入いただいています。ただ、詳しい説明ができません。そこでしっかりとプロダクトの説明ができ、一人ひとりのお客様とコミュニケーションができる場を作ろうと思った」と上杉さん。特に専門的な接客が必要なジュエリーと工芸作品については、「1日に100人も200人も集める店ではなく、一人ひとりのお客様にリピートしてもらえる店を作りたい」と、24年4月に「ESCAPERS AN OTHER WORLD(エスケーパーズ アナザーワールド)」を表参道のギャラリー近くにオープンさせた。

店内もミニマルな空間にすることで商品のカラーや質感を感じ取れる
表参道に出店した「ESCAPERS AN OTHER WORLD(エスケーパーズ アナザーワールド)」

店舗は内外装ともにオフホワイトやベージュを基調とし、外装と店内の壁に同じ素材を使用することで外と中の境界を感じさせない開放的な空間を生んだ。全面にガラスを使ったファサードから注ぐ自然光が心地良い。店内では壁面やカウンターにジュエリー、中央に点在する什器で工芸作品を展開。ジュエリーの品揃えが充実し、工芸作品はその時期に焦点を当てたい作家の作品をポップアップ的に紹介している。MDの軸とするジュエリーのディスプレイは特徴的だ。ガラスケース内にカテゴリーごとに商品を並べるのはなく、奥行きのある店内の壁面に13本のスリットを入れ、好きな位置にステンレス製のスティックやコースター状のツールを差し込んで商品を置く、吊り下げるなどして展示し、立体的に見せている。ネックレスやイヤリングは吊り下げることで身に着けたときのイメージを描きやすい。「自在に見せ方を変えられます。ジュエリー業界では同じような業態がほとんどなので、新しい見せ方、新しい価値観を自分たちで作りたかった」と上杉さんは話す。

唯一無二の個性を表現したジュエリーだけを提案
壁面を使った立体的なディスプレイ

ショップはオープンして間もないが、オンラインストアの顧客を含め20~70代と幅広い客層を獲得している。「実際にモノを見て買いたいというお客様が多く、好みは様々なので、商品は全般的に動いている」という。女性客が大半だが、ジュエリーはミニマルなデザインが多いため、実店舗の開店以降は男性のフリー客も徐々に増えている。
ジュエリーブランドで特に人気なのは、ロサンゼルスを拠点する「SOPHIE BUHAI(ソフィー ブハイ)」。シュールレアリスムとミニマリズムを掛け合わせ、日常的に身に着けられるシンプルさを持ちながら、アーティスティックなフォルムへと収斂した独得のデザインは、15年のデビュー以来、世界にファンを獲得している。そのシルバーと天然石を軸としたコレクションはセレクトショップでも人気だが、シーズンコレクションをフルラインに近い形で展開しているのはエスケーパーズのみだ。

「SOPHIE BUHAI(ソフィー ブハイ)」の集積
貝殻にインスパイアされたペンダントネックレス(ソフィー ブハイ)
細く長く滴る雨粒のようなピアス(ソフィー ブハイ)

世界各地の宝石産地や市場に独自のコネクションを持つ宝石商、赤地明子がディレクションを手掛ける「bororo(ボロロ)」は、石の「個性」を最大限に生かすデザインとそれを実現する宝石彫刻の技術が魅力のブランド。「南米やアフリカ、アジアなどまさに世界中を旅して、自ら鉱山に入って石を買い付けているんです。『旅する宝石商』と呼ばれ、現在も石を卸しながら、自らのブランドをディレクションしています」と上杉さん。「天然石の美しさをそのまま身につける」というコンセプトをジュエリーに体現しているのは、甲府で二代続く詫間宝石彫刻だ。貴石彫刻を得意としてきたが、現代表で伝統工芸士の詫間康二が90年代に金属加工技術を取り入れてジュエリーを手掛けるようになり、技術力の高さから数々の有名ブランドの信頼を得てきた。その評価を決定付けたのが、ボロロとの協業だった。ボロロのコンセプトを実現するため、日本に古くからある金属に施す加工技術「立体同摺(りったいどうずり)」を応用し、ジュエリーに立体成形した金属と天然石を同時に削ることでシームレスに一体化する技術へと昇華させた。「石は滑り、金属は粘る。性質が異なるため、一緒に削るのは非常に難しい」とされ、詫間宝石彫刻だけが持つ技術となっている。

同摺によりシームレスに一体化したボロロのジュエリー
「bororo(ボロロ)」
アクアマリンのリング(ボロロ)
石の丸みをそのまま身に着けられるデザイン(ボロロ)
詫間宝石彫刻が彫刻したショットグラスも

「mariko tsuchiyama(マリコ ツチヤマ)」は英国ブライトン在住の日本人デザイナーによるブランド。パールに特化したコレクションを展開している。自然界の貝殻や種、木の実、植物の茎、女性の肌などから得たインスピレーションを、真珠本来の質感や色彩を生かし、ミニマルなデザインでポエティックに表現しているのが特徴だ。デザイナーは真珠の産地である長崎の出身で、幼い頃に真珠の神秘的な輝きに魅了されたという。世界中から真珠を蒐集し、厳選したものだけを使ってハンドメイドでジュエリーへと作り上げている。「パールのバリエーションが図抜けたブランド。実物を見て買いたいというお客様が多く、アナザーワールドを出店してから動きが活発」という。

  • ダイヤモンドにパールをあしらった「mariko tsuchiyama(マリコ ツチヤマ)」のピアス
  • 見る角度によって愛らしさやシャープさなど印象を変えるリング(マリコ ツチヤマ)
  • サウスシーパールのブレスレット(マリコ ツチヤマ)

立体的な曲線の造形が魅力の「Charlotte Chesnais(シャルロット シェネ)」も、実際に身に着けてファンが増えているブランドだ。デザイナーはバレンシアガでジュエリーデザインを始め、「身体と対話するジュエリー」を探究してきた。「当初から曲線のデザインを手掛け、初めて見たときはセンセーショナルだった」と上杉さん。構築的なデザインだが難解さを感じさせず、むしろ興味が掻き立てられ、身に着けることでバランスや着け心地に納得する。アナザーワールドではリングやイヤーカフ、ネックレスなど様々なアイテムを揃えるが、試着して特に購入が多いのがブレスレットだ。「Ivy Bracelet(アイビーブレスレット)」は、蔦(つた)が絡まりつくように手の甲に優しく寄り添う。アナザーワールドはシャルロット シェネの商品ラインナップも日本でトップクラスの品揃えだ。

  • 「Charlotte Chesnais(シャルロット シェネ)」のアイビーブレスレット
  • アイビーブレスレットをはめたところ
  • シャルロット シェネのリング

23年にパコ・ラバンヌからブランド名を変更した「Rabanne(ラバンヌ)」は、シンプルなフープピアスや彫刻的な造形のツイストピアス、さらに手仕事でディスクをつないだアイコニックバッグ「1969シリーズ」も揃う。1969マイクロバッグは肩や首から掛けたり、斜め掛けをしたり、スタイリングを引き立てるアクセサリーとして楽しめる。
「THE LETTERING(ザ レタリング)」は、イニシャルリングの新たなフォルムと機能性を追求するブランド。タイポグラフィー(活版印刷)から着想したアルファベットや数字の立体表現によるスターリングシルバーのリングは、18年に発表するや世界的な人気となった。デザイナーのフィリップ・エバリーはブシュロンやマルタンマルジェラ、ヴェトモンなどのジュエリーデザインに携わり、独立してブランドを立ち上げた。リングはヨーロッパの宝飾産業の中心地プフォルツハイムで一流の職人が手作りしている。アナザーワールドではA~Zまで全てのアルファベットリングを扱い、オープンに合わせて一部のアルファベットは18金でも別注した。自分用はもとより、パートナーや家族などへのギフトとして購入する人も多い。

「THE LETTERING(ザ レタリング)」のイニシャルリング
「Rabanne(ラバンヌ)」のジュエリーと1969マイクロバッグ

「記憶に残るジュエリー」をテーマに、伝統を踏まえた職人の技術力と普遍的かつオリジナリティーを備えたデザインで独自の世界観を発信する「hum(ハム)」は、エスケーパーズでも人気のブランドだ。定番の「Humete Chain Bracelet(ハムエタ チェーンブレスレット)」は文字通りチェーン状に編んだブレスレットだが、シルバーにゴールドのアクセントを利かせ、洗練されながらも力強さが印象に残る。
ハムの熟練工とチェーンメーカーが協業し、「チェーンが主役」のジュエリーを展開するのは「kiuna(キウナ)」。K18のチェーンを主に使い、独得なニュアンスのエレガンスを見せる。それを生み出しているのは、メーカーのマシンメイドと熟練工の手仕事。機械編みしたチェーンを分解し、コマごとに手仕事で角を削り磨いて丸みを持たせ、再び編むことで、チェーンそのものをジュエリーに昇華させているのだ。それによって、着けたときの肌への柔らかな当たりも生んでいる。アナザーワールドで好評なのは「Marvelous Pierced Earring(マーベラス ピアス)」。マシンメイドのチェーンをバラし、一つひとつが大きさの異なるコマをつないでグラデーションを表現し、オリジナルのチャームを付けたロングピアスだ。

  • 「hum(ハム)」のジュエリー
  • ハムの定番「Humete Chain Bracelet(ハムエタ チェーンブレスレット)」
  • 目を表現したハムのリング
  • 「kiuna(キウナ)」のチェーンが主役のジュエリー
  • 独得なニュアンスのエレガンスを持つ(キウナ)
  • キウナのバングル

ジャンルレスでモノとしてのオリジナリティーと精度にこだわる

工芸では、吹きガラスと石を融合したフラワーベースを提案するフランス人アーティストLætitia Jacquetton(ラティティア・ジャケトン)、ベジタブルタンニンレザーによる作品で注目される韓国人アーティストKIM JUNSU(キム・ジュンス)、自ら採取した粘土や鉱物で自然界をモチーフとした彫刻のような器を生み出すセラミックアーティストZoë Powell(ゾーイ・パウエル)、虫食いや傷なども木の個性とし、木の自然な美しさを活かした作品を制作するKIM MINWOOK (キム・ミヌク)など、個性派をサポートしている。

Lætitia Jacquetton(ラティティア・ジャケトン)のフラワーベース
KIM JUNSU(キム・ジュンス)のレザー作品
KIM JUNSU(キム・ジュンス)のレザー作品
木が持つ自然の美しさを生かしたKIM MINWOOK (キム・ミヌク)の作品
Zoë Powell(ゾーイ・パウエル)のセラミック作品

「実際に作品を見て、作家本人にも会って、その人にしかないオリジナリティーを実感したプロダクトだけをエスケーパーズで販売しています。多くは日本ではこれから紹介していく作家たちです。特に海外の作家は日本でプロダクトを見せる機会がなかなかないので、橋渡しをしたいと思っています」と上杉さん。表参道のギャラリー エスケーパーズや各地のギャラリーでの個展に取り組んでいるが、「期間を逃すと見ることができないので、アナザーワールドで代表的な作品を集め、個展の予告になるように紹介していく」。セッションのショールームも近隣にあるため、アナザーワールドとギャラリーと合わせ、より規模の大きな展示会も可能になった。
アナザーワールドはジュエリーと工芸作品で立ち上げたが、「本当にいろいろな出会いがある中で、あまりカテゴリーにこだわらなくてもいいかなと思っているんです」。すでにオリジナルの香りの開発を日本香堂と東京・白金のレストラン「Kermistokyo(ケルミストーキョー)」との協業でスタートさせた。アナザーワールドの空間に合う香りを模索し、無花果(いちじく)の葉の香りのルームディフューザーとポプリを展開する予定。「他にもクラフト酒や写真作品、北欧のビンテージ家具など、すでに進行中のプロジェクトや今後やっていきたいものはあります。モノとしてのオリジナリティーと精度にこだわり、生活の中で使ってライフスタイルが豊かになるものを集めたり、作ったりして、アナザーワールドでつなげていきたい。それぞれが成長してきたときには『エスケーパーズ』の屋号を付けた実店舗を作るかもしれません」とビジョンを語ってくれた。

写真/野﨑慧嗣、セッション提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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