「可憐なのにクール、密やかなのに印象的」

安野ともこさんは1980年代半ばからスタイリストとして活動し、著名な女優やモデルのスタイリングを手掛けてきた。その過程でジュエリー作家にオーダーをする機会が多かったことから、やがて自身がデザインするようになり、製作したのが子供の頃に「きれい」と感じたモチーフを落とし込んだジュエリーだった。ドラマのスタイリングに使うと放送後の問い合わせが増え、特に2007年のドラマ「ホタルノヒカリ」で主演の綾瀬はるかさんが身に着けたクロスモチーフのネックレス(現在のアイコンモチーフ「hacca/薄荷」は大反響を呼び、安野さんの転機となった。「テロップに載せようと勧められ、ブランド名を考えた」きっかけとなったジュエリーだ。

「ホタルノヒカリ」で綾瀬はるかさんが身に着けた「haccaネックレス」

当時も今も安野さんがデザインするジュエリーは決してゴージャスではなく、シンプルで繊細。モチーフの小さな面にカットを施して光の反射を増やしたり、溝を刻んだりと細やかな加工によりチラチラとした輝きを放つ。後に「傷の輝き」と呼ばれるかすかな輝きを表現していきたかったことから、「CASUCA」という名前を発想した。
ただ、「単に日本語をローマ字で表記しただけでは、気持ちが入らない」。そこで自身が好きなスペイン語に同じ言葉を探して辞書を引くと、CASUCAとは「あばら家」「廃墟」などとあった。「私自身、子供の頃にあばら家を見つけて基地を作り、きれいと感じたものを大事に隠していたことがあるんですね。誰しもそんなドキドキする経験があるかと思います。『かすかなジュエリー』と『大切な宝物の隠し場所』が交差するCASUCA、ぴったりの名前だと思いました」と安野さん。テロップにブランド名が載ると検索件数が軒並み増加し、「周りの人たちからブランドを立ち上げるよう勧められたんです。私はあくまでスタイリストなのでそこまでは考えていなかったのですが、良いきっかけをただいたと思った」と正式にブランドをスタートさせた。

安野ともこ「CASUCA」デザイナー
1986年、スタイリストの活動を始め、94年にスタイリスト事務所「コラソン」を設立。映画や舞台、ドラマ、CMなど多様なジャンルでスタイリングを手掛ける。フィギュアスケーターの浅田真央のコスチュームやミュージカル「キャバレー」の衣装デザイン・製作も担当。2007年、ジュエリーブランド「CASUCA(カスカ)」をスタート。16年には下着ブランド「AROMATIQUE CASUCA(アロマティックカスカ)」を立ち上げ、23年からさらに進化させた「CASUCA HADA(カスカアーダ)」を展開。

ウェブによる通販で販売を始め、原宿のマンションの一室にショールームを設け、試し着けもできるようにした。「目掛けて来るお客様が増えた」ことから、11年に初めての直営店を目黒駅近くに出店。ブランドイメージをビジュアル化したフォトブックも制作した。これがブランドの方向性をより鮮明にすることとなった。ブックを監修したのは、1980~90年代のサブカルチャーを牽引した人物の一人で、安野さんの師匠だったクリエイティブディレクターの秋山道男さん。制作時に秋山さんが考案したのが、現在もカスカがフィロソフィーとしている「可憐なのにクール、密やかなのに印象的」というコピーだ。「カスカの在り方を言い得ている、今もすごく大切にしている言葉です」と安野さんは話す。
目黒店時代には、その後ヒット定番となるアンダーウェアの開発にも取り組んだ。スタイリストとしてキャリアを積んできて課題と感じていたことを可能な限り解決した新発想のランジェリーだ。アウターを意識した作りで、肩紐は見えてもよいよう細く華奢に、アジャスターは外から見えないよう本体に内蔵、シルケット加工をしたコットンで優しい肌触りを実現した。「アウターを美しいフォルムで着られるよう、楽に、きれいに身に着けられる下着を作った」というアンダーウェアは、当時は「AROMATIQUE CASUCA(アロマティックカスカ)」として提案し、発売するや女優やモデルが愛用して口コミで広まった(現在はその進化版となる「CASUCA HADA(カスカアーダ)」を展開し、身体にも環境にも優しいボタニカルダイのオーガニックコットンで製作している)。

安野さん渾身のアンダーウェア「カスカアーダ」

ただ、当時の店舗はこのアンダーウェアを展開するスペースが限られていた。ジュエリーと共にしっかりと提案していくため、2018年に表参道に店舗を移した。その際に導入したのがファッションブランド「スズキタカユキ」だ。舞台衣裳などで同ブランドの洋服をしばしばスタイリングした経験から、「鈴木さんがデザインする服は様々なシーンに合い、どんな役者さんが着ても似合う。その普遍性はカスカのジュエリーと親和性があると感じていた」という。現在につながるジュエリーとアンダーウェアとファッションの軸が整い、ブランドの世界観が醸成されていった。

明治期から続く洋館はカスカの「物語」が全て詰まった空間

表参道から再び目黒に移転したのは、2024年6月のこと。「たまたまご縁があって、80年以上前に鎌倉から移築され、有形文化財に指定されている洋館が目黒にあることを知ったんです。しかも、ちょうどテナントが空いたタイミングで。さっそく見に行って、カスカの物語が全て詰まっているお家だと感じたんですね。隠れ家みたいなところがカスカに合っていて、初心に戻ったような気持ちになりました」と安野さん。もともとは鎌倉で医師をしていた人の診療所で、明治期に建てられた洋館の一部を戦後、目黒に移築し、住居として使っていたのだそう。目黒駅から徒歩20分ほどの住宅街に立地し、その1階にオープンさせたのが「CASUCA HISTORIA(カスカイストリア)」だ。

玄関脇には「登録有形文化財」のプレート
88年前に鎌倉から移築された洋館の1階にある「カスカイストリア」

小さな洋館だが、明治・大正・昭和初期の造りが凝縮された空間。建物の白い壁とブラウンの外壁が醸し出すクラシカルなムードもさることながら、玄関の扉を開けると時間が一気に巻き戻ったような感覚を覚える。まず現れるのは洋館らしい天井の高い玄関ホール。右手には、カスカの前に入居していたアフタヌーンティーサロン「スリーティアーズ」の客室を生かした、上品なピンクやブルーに塗装された壁面や窓から注ぐ自然光による優しい印象の空間が展開する。窓はよく見ると透明ではなく昔の型板ガラスで、現代の技術では作れないためメンテナンスをしながら時代を超えてきた。この空間ではスズキタカユキの洋服とカスカアーダのアンダーウェアをメインに、アンティーク時計の趣きを再現した時計ブランド「VAGUE WATCH CO.(ヴァーグウォッチカンパニー)」のコレクションも提案している。隣りの一角にはブライダルジュエリーを求めるカップルのためのサロンを併設し、ゆったりとお気に入りを選べる環境を整えた。

  • エントランスを入ると玄関ホール
  • 「スズキタカユキ」のウェア(写真は25年秋冬コレクション)
  • 「スズキタカユキ」のウェア(写真は25年秋冬コレクション)
  • 「ヴァーグウォッチカンパニー」の時計も提案
  • ブライダルジュエリーもカスカらしいデザインとタッチ

廊下を通って店奥には、草花が茂る庭に面した空間が広がる。かつては居間だったのだろう、マントルピースが設えられ、窓の一部にはステンドグラスを組み込むなど趣向が凝らされている。庭には表参道店で7年間、来店客を迎えてきた扉が歴史への入り口のように佇む。暖かな日にはそんな景色を眺め、テラスでお茶を飲みながら会話を楽しむひとときもこの建物ならでは。この庭に臨む空間を生かしてカスカのジュエリーコレクションがディスプレイされ、来店客は小さな博物館のように回遊しながら1点1点との出会いを楽しめる。カスカが揃える一つひとつのアイテムと空間に備わる歴史が融合され、カスカイストリアの世界観が物語(イストリア)のように体感される空間だ。

  • 店奥に広がるジュエリーのフロア
  • 庭に面した窓にはステンドグラス
  • バルコニーで寛ぎながらお茶と会話を楽しむのも素敵

手仕事の工程を大切に作り込むジュエリー。コラボラインも充実

オープン以降は、最寄り駅から離れた立地だけに「目的を持って来店し、スタッフとコミュニケーションしながら時間をかけて選ぶお客様が多い」。女性客が中心だが、ブライダルのカップルや、自分用やプレゼント向けにユニセックスなデザインを求める男性客も訪れる。ゴージャスでも、アンティークでも、単に可愛いでもない、クールで繊細だが温かみを感じるジュエリーの求心力だろうか。聞けば、要所は職人の手で作り、そのタッチを残すようにしているという。型はワックス素材で手作りし、カスカの特徴である「傷」も仕上げも職人が手で行っている。モチーフも、例えば花であれば枯れて地面に落ちた花びらを選び、刻みは均一にせず、面には槌目を残すなど、人の手が入らなければできない味わいへと収斂させていく。

25年秋冬シーズンで人気なのは、今年4月に発表したネックレス「tovera narrow half(トベラ ナロウハーフ)」。女優の小泉今日子さんが2012年に主演したドラマ「最後から二番目の恋」とその続編で身に着けたネックレス「tovera 1point stone(トベラ ワンポイントストーン)」がベースとなっている。古代のお守りをルーツとする逆三角形モチーフに小さなホワイトダイヤモンドを一粒据えたジュエリーを進化させ、「く」の字型で残りの1本の線を想像させる逆三角形を造形した。ドラマのさらなる続編「続・続・最後から二番目の恋」に際し、小泉さんが発した「前作までのトベラと重ね着けできたら」という一言をヒントに、今回のデザインを考案した。製作年の異なるネックレスを重ね着けすることは、過去の自分を全て受け入れて楽しんで生きる女性像の表現でもある。

「トベラ ワンポイントストーン」と「トベラ ナロウハーフ」の重ね着け
「トベラ」シリーズ。写真左から2番目が「トベラ ナロウハーフ」

近年は安野さんと親交のある女優やアーティストとのコラボレーションも活発で、それらのアイテムはカスカイストリアでも好評だ。
今年9月には、Every Little Thingのボーカル時代から親交のある持田香織さんとのコラボライン「CASUCA et mo(カスカ エ モ)」のセカンドコレクションを発表。ローンチから5年ぶりの新作として、10金をコーティングしたイヤーカフやネックレスなどのシリーズ「ellisse(エリッセ)」と、ユニセックスのピンキーリング「pordo(ポルド)」をリリースし、ファーストコレクションもシルバーとゴールドでアップデートした。「カスカが初めてコラボレーションしたのが持田さん。この5年間で彼女はお母さんになって気持ちも変化しているから、ジュエリーもリニューアルしましょうと、お互いにアイデアを出し合って作りました」と安野さん。ジュエリー自体が主張するのではなく、身に着けたときの動作でそっと輝く、お守りにしたくなるようなジュエリーに仕上げた。「初回コラボのときにメンズの要望もあったのでユニセックスも揃えた」とのこと、男性客の反応も楽しみなラインだ。

持田香織さんとのコラボライン「カスカ エ モ」

女優・満島ひかりさんとコラボした「CASUCA na Hicari(カスカナヒカリ)」は、22年の発表以来、人気を継続。「波と音楽とダンス」からイメージを膨らませたというモチーフの豊かさが魅力だ。お守りのような太陽モチーフの「mamataiyou」や「taiyoucyan」、満島さんが「にこやかなエネルギーが溢れる感じ」と言う女性のバストを象った「oppai」、家族がいる沖縄から離れて暮らす自身にとって欠かせないコミュニケーションを叶える電波にインスパイアされた「denpa」、踊るように無邪気に泳ぐイルカをCASUCAの頭文字「C」で表現した「iruca」、目を閉じて聞いた波の音から受けたインスピレーションを形にした「namioto」などがあり、ネックレスやイヤリング、ピアス、リングを提案している。

満島ひかりさんとのコラボライン「カスカナヒカリ」
キシクリとの「カスカ エ クリ」
ミドリメイドとの「カスカエムエム」

出会った一人ひとりと共に物語を紡ぐ場

18年間にわたりブランドを継続してきたが、アパレルのように春夏・秋冬に目掛けてコレクションを発表するのではなく、「花をモチーフにすることが多いので、大きくは季節や歳時記ごとにジュエリーを作っている」と安野さん。特にクリスマスシーズンは新作を楽しみに待つ顧客が多く、毎年、新たなジュエリーを発表してきた。
今年リリースしたのは花ではなく、「aura(アウラ)」を体現したイヤリングとネックレス。アウラはラテン語で「風」「そよぎ」「香り」「光のきらめき」を表し、やがて「人を包む光」「その人だけの雰囲気」へと意味が広がって「オーラのある人」などと言われるようになった。この言葉をジュエリーに冠したのは、元の意味にある風のように自由に、光のように暖かく、身に着ける人の内面にある輝きを投影するジュエリーであってほしかったからだ。その思いから、小さな金色の三角形をいくつも重ねたモチーフを生んだ。「カスカのアイコンモチーフの一つである小さなクロスをいくつも手に持って、自分の気持ちが映し出されるよう願いながらバッとテーブルの上に置いてみたんです。その形が不思議で面白かった。それをモチーフとして三角形を重ねて表現したのですが、小鳥のようにも、柊の葉のようにも、竜のようにも、見る角度や見る人によっていろいろなものに見えるんですね。ご自身の心に映る形を感じながら、オーラをまとうように身に着けてほしいジュエリー」としている。

クリスマスシーズンに向けて提案している「アウラ」

また、スタイリストや衣裳デザイナーとして安野さんが育んできた交友関係から様々なイベントが生まれ、随時開催しているのもカスカイストリアの魅力だ。新作の展示会はもとより、自身が手掛けた舞台衣裳のアーカイブ展やメイクアップ講座、日本酒の会など興味をそそられる。年明けにはまた、アーティストとコラボしたジュエリーの展示会を開催予定だ。アイテムもそのムードもいつものカスカとは違い、展示の仕方も変える。カスカイストリアの部屋の中に布でもう一つの空間を作ってインスタレーションとして見せ、展示会自体が作品のようなアプローチを採る考え。
順風満帆にファンを増やしてきたように見えるカスカだが、「試練もたくさんありました」と安野さんは言う。最初に目黒に出店したときは2カ月後に東日本大震災があり、表参道店を出した後に新丸ビルに出店したらコロナ禍に。店を止めようと思ったこともあったが、「乗り越えたら次に良いことがあるよ、と言われているような気がして、くじけながらも今日まで来ることができました。カスカイストリアはアクセスは良くないのですが、ここに来る予定を入れて地方からわざわざ来店されるお客様もいらっしゃいます。一人ひとりとの出会いを大切に、カスカの新しい物語を紡いでいきたい」と、その思いは「これから」へ向かっている。

写真/遠藤純、カスカ提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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