新任デザイナーによる初めてのコレクションが重なった、今シーズンのパリコレクション。マチュー・ブレイジーによる「シャネル」、ジョナサン・アンダーソンによる「ディオール」「プロエンザ・スクーラー」のジャック・マッコローとラザロ・ヘルナンデスによる「ロエベ」、ピエール・パオロ・ピッチョーリによる「バレンシアガ」、グレン・マーティンスによる「メゾン・マルジェラ」、キム・ベッカーによる「イザベル・マラン」、デュラン・ランティンクによる「ジャン=ポール・ゴルチエ」。ここ最近でも珍しいほどの数である。
各ブランドの新任デザイナーは、ブランドイメージをある程度踏襲したコレクションを発表することが多く、初回から大幅な刷新を試みることは少ない。ただ、新しさを打ち出すことも求められるため、将来的なトレンドのヒントとなるものが表出しないことはない。
ただ、そもそもパリコレクションの中で大きな流れが生まれることはほとんどないと言える。個性と創造性が評価の対象となる土壌があるため、何人ものデザイナーが類似性ある作品を発表するということは起きないし、起きたとしても、それはただの偶然である。不景気の時は地味な色が流行し、好景気の時は華やかなカラーパレットになる、という定説が存在するが、最近は全く当てはまっていない。型にはめることの出来ないブランドで構成されているものがパリコレクションであり、それが唯一無二の魅力ともなっているのだ。
とはいえモチーフ使いやムード、いくつかの共通点が毎シーズン生まれていることは間違いない。今回はそれを一つ一つ拾い上げる作業をしてみたい。
今季印象的だったのが、フローラルモチーフである。これは、ずっと続いている定番でもあるのだが、メゾン・マルジェラや「クロエ」のように、フローラルを前面に打ち出すブランドがあったのは、ここ最近では珍しい。
ディテールとして目立っていたのがフリンジ。風になびく様が涼しげに見え、夏の暑さを軽減させる効果を狙ったのかもしれない。多くのルックにフリンジをあしらった「アライア」、刺繍を施してフリンジを表現したシャネル、フリンジだけで構成したドレスを披露した「ランバン」。表現は全く異なるが、それぞれが優雅な空気感をまとっていた。
涼し気といえば、キャミソールを中心としたランジェリードレスを打ち出すブランドも多かった。「ジバンシィ」に至っては、ストッキングやタイツから着想を得たドレスを発表。よりクリエイティブな解釈を見せていた。
フローラル、フリンジ、ランジェリー。優雅でフェミニンなムードが漂っていた今季のパリコレクション。徹底的にオプティミスティックでもあった。経済不況や不安定な社会状況とは真逆の世界を描き出していた訳だが、単に人々に夢を与えるというファッション本来の目的に徹していただけなのかもしれない。そういった意味では、原点回帰となっていた今シーズンだった。

ランバン

ピーター・コッピングによる2回目のコレクションとなったランバン。前シーズンからの流れを汲み、創始者ジャンヌ・ランバンの活躍したアールデコ期に着想を得つつ、よりモダンな解釈を試みている。ジャケットの背面をオープンにして、サプライズの側面を打ち出しつつも、その実、暑い夏を過ごす都市生活者のために機能性を高めている。生地には洗いを掛けてあえてしわを残し、ドレスのヘムはローエッジにして不完全の中の完全さを追求。オートクチュールブランドらしい繊細な技術に裏打ちされたクラシカルモダンなルックが新鮮だった。

ロエベ

新任のジャック・マッコローとラザロ・ヘルナンデスによるロエベは、ジョナサン・アンダーソンが打ち立てたアーティスティックな方向性を維持しつつも、斬新なアイデアによるアイテムを矢継ぎ早に披露し、早くも新生ロエベ像を構築していた。ネオプレンにレザーをボンディングし、フローラルモチーフをハンドペイントしたドレスや、スプレーペイントを施した布帛のようなレザードレス、裏側にワイヤーを組んで形状を固定したニットドレス、スカーフのサンプル帳から着想を得たパネルを重ねたドレスなど、それぞれが新鮮な美しさを誇る。様々な色のレザーを重ねて削ぎ落した素材によるポロシャツドレスや、カットを入れてフェザーのような質感を出したレザーコートなど、凝ったレザー素材をあしらいつつ、洗練されたフォルムでまとめたルックが目を引いた。

メゾン・マルジェラ

新任のグレン・マーティンスによるメゾン・マルジェラは、ベニスでオペラを鑑賞する時の装いをイメージし、フローラルモチーフのドレスを多く発表。ドレーピングの陰影を別のフローラルモチーフでプリントし、3D感を増幅。マルタン・マルジェラのクリエーションからインスパイアされた、ビニールテープをストラップにしたキャミソールドレスも見られた。

サンローラン

アンソニー・ヴァカレロによる「サンローラン」は、首元にボウを巻く、ラヴァリエールスタイルのシャツとパワーショルダーのライダースのセットアップ、極薄のナイロン素材によるコートドレス、そして同素材によるジゴ袖のボールガウンという3部構成のコレクションを発表。薄くて独特の光沢を持つ素材が艶やかで、イヴ・サン=ローラン時代のそれとは異なる、新しい官能性を打ち出していた。

ジバンシィ

サラ・バートンによる2回目のコレクションは、女性の支度部屋を意味する「ブードワール」をイメージ。女性性を強調したルックで構成している。シーツを身体に巻き付けてベッドから出て来たかのような刺繍を施したホワイトドレス、タイツやストッキングからインスパイアされたシースルードレスなど、女性デザイナーらしい表現が新鮮だった。

アライア

ピーター・ミュリエによるアライアは、腕を隠して縦のラインを強調したルックを多く発表。ルックによっては背面がオープンで、デニムのパンツなど、思いがけないアイテムが顔を出す仕掛けのオールインワンも見られた。パールのようなシルクフリンジを飾ったトレンチコートや、88個のタッセルを取り付けたスカートなどがアーティスティックなコレクションに優美なアクセントを加えている。

トム・フォード

ネット状にカットしたレザーのシースルードレス、極端に薄いナイロン地をあしらったドレスなど、官能的なコレクションを見せたハイダー・アッカーマンによる2回目の「トム・フォード」のコレクション。シルクやカシミヤなど美しくも繊細な素材使いのマニッシュなパンツスーツには、ブラックレザーのランジェリーを合わせて、フェティッシュな側面を加えている。ナパレザーを組み合わせたキャミソールドレスや、首や肩だけで前面の布地を支える、背中がオープンになったドレスなど、肌の存在を強く印象付けるアイテムが目を引いた。

バレンシアガ

新任のピエール・パオロ・ピッチョーリによるバレンシアガは、クリストバル・バレンシアガのクリエーションをモダンに解釈。オートクチュールのエッセンスを残しながら、よりスポーティーに生まれ変わらせている。羽を思わせるオーガンジーのパーツを縫い付けたスカートや、スパンコールによる花でボリュームを出したドレスなど、クチュール的なアイテムも無くはないが、トップ部分をタンクトップ風にしたり、メンズシャツ風のブラウスをコーディネートしたり。カジュアルダウンさせる工夫が光るコレクションとなった。

ステラ・マッカートニー

前シーズンは、ショー会場をオフィスに見立て、デイウェア・ワークウェアと夜の街に繰り出すための装いを提案していた「ステラ・マッカートニー」。今季も、そのコンセプトを継承しながら装飾性を強め、パステルカラーを用いるなどして、よりフェミニンに仕上げている。天然ラフィアをあしらった球体ドレスや、デニムパンツのベルト部分をアップサイクルしたワンピース、アップサイクルされたスパンコールによるフリンジドレスなど、今季も環境に配慮したアイテムで構成。オーストリッチの羽のようなもので覆われたドレスも登場したが、これはステラ・マッカートニー自身が開発した「Fevvers」と名付けられた人工の羽によるものだった。

クロエ

オートクチュール(高級仕立服)とプレタポルテ(高級既製服)の間を行き来するイメージで、造形的なアイテムで構成されたコレクションを発表した、シェミナ・カマリによるクロエ。1950~60年代のアーカイブからインスパイアされた華やかなフローラルプリントのドレスを多数提案しているが、ドレーピングやギャザーを寄せることで彫刻的なシルエットを描いている。従来のプレタポルテとは一線を画す、贅沢な素材使いが目を引いた。

CFCL

アーティストの森万里子によるアクリル彫刻や、工芸家エミール・ガレのガラス作品にイメージを求めた高橋悠介による「CFCL」。これまで以上にフェミニンで柔らかなシルエットが印象的だった。薄いニットを重ねたエアリーなドレスは、実はひと続きで編まれている作品。プログラミングで開けた穴に、メタリックフィルムを巻き付けた糸によるタッセルを通したドレスなど、新しい優美さを感じさせるアイテムが際立つコレクションとなっていた。

ウジョー

酷暑に適応するアイテムを発表した、西崎暢・亜湖の二人による「ウジョー」。空気の巡りを第一に考え、ギャバジンやポプリン、リネンやコットンといった自然素材にビスコースをミックスするなどして、涼を考慮した素材使いを見せている。サマードレスやシースルーのシャツなど、スーツから離れたアイテムも多く登場し、これまでとは違うフェミニンでエレガントな側面が強調されていた。

ジャン=ポール・ゴルチエ

新任のオランダ人デザイナー、デュラン・ランティンクによる「ジャン=ポール・ゴルチエ」のコレクション。敢えてジャン=ポール・ゴルチエのクリエーションを直接的に解釈せず、ランティンク自身によるアイデアにより、新たなゴルチエ像を打ち立てる方向性を示した。毛むくじゃらの男性の裸をプリントしたオールインワンや、でん部が丸出しになったスカートなど、斬新で挑発的なアイテムに驚かされる。肩を挟んで固定するドレスや、首から胸に掛けてだけ身体が隠れるトップスなど、造形的な面白さが十分に伝わるアイテムも見られ、今後に期待させる内容となった。

アウターの上にオーガンジーやチュールを重ねたり、薄い生地によるアイテム同士を重ね着したりするレイヤードは、今季のコレクションで多く見られたスタイリングである。各ブランドは、それぞれの持ち味を生かした創意工夫を見せていて興味深い。「リック・オウエンス」はチュール製のドレスにチュール製トップスを重ね、フェンダーと呼ばれるロボットのようなショルダーを載せて独自のレイヤードを提案。メゾン・マルジェラは、マルタン・マルジェラ時代のクリエーションを復刻し、ジャケットやベストの上から薄いオーガンジーを重ね、内側のジャケットやベストの存在を打ち消すというアイデアを見せていた。重ね着であるから、決して涼しいものではないのだが、薄い素材を使用しているためか、一見して軽やか。暑苦しい印象を与えないのだから不思議である。
今季は、フロントとバックの印象が異なる、背中が大きくオープンになったルックも目を引いた。敢えてグログランのベルトを見せるバックオープンのジャケットを提案したランバン、肩だけでフロントの布地を支え、背中は全面的にオープンとなっているドレスを発表したトム・フォード、背中だけでなくでん部をも露出させたジャン=ポール・ゴルチエ。セクシーさを打ち出しつつも、秋冬コレクションには必要とされない涼をとるという機能性も追求していたのかもしれない。
年々暑くなっているヨーロッパの気候も影響してか、極限まで薄くしたナイロンも素材として目立っていた今季。コートやドレスを極薄素材で仕立てたサンローランや、レザーのランジェリーを見せるためにも敢えてシースルー素材を合わせたトム・フォードなどは、肌が透けることで官能性が加わり、コレクション全体が艶やかなものとなっていた。

享楽的で官能的。パリらしさを強く感じさせた今季である。周辺で起きている戦争以前に、財政難で政局が混乱し続けているフランスは、パリコレクション会期中にゼネストが起き、中止とはなったが飛行場の管制塔ストライキも予定されていた。そういったネガティブなものを吹き飛ばすかのように、華やかで力強いアイテムがコレクションを彩っていたのである。現実を忘れさせてくれる密やかな逃避としてのファッションの機能を改めて痛感した今季だった。

取材・文/清水友顕
写真/ブランド提供

清水友顕(しみず ともあき) 
1994年、大学卒業後に渡仏し、96年にモード学校ステューディオ・ベルソーを卒業。ランバン、ケンゾーでの実習経験を経て、ファッションジャーナリストとして活動。古いビーズやぬいぐるみ収集を発端に蚤の市巡りがライフワークとなり、2010年以降は蚤の市イベントを日本各地で開催。著書に『パリ蚤の市散歩〜とっておきガイド&リメイク・リペア術』、『パリのヴィンテージファッション散歩』。

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