明るく開放的な空間でコレクションを体感
銀座店は晴海通りのみずほ銀行側から並木通りに入ってほどない角地のビル1階にあり、ファサード一面のウインドー越しに店内が開けている。内装はモルタルと人工大理石をメインとした白とグレーのシンプルモダンな趣きで、天井をスケルトンにすることで開放感を生んだ。小路に面した右側は大部分がキューブ型のガラスブロックで覆われ、自然光が柔らかく注ぎ、レトロなムードを醸し出す。装飾的な要素を極力取り除くことで素材感が浮かび上がり、「冷たすぎず素朴すぎない、光・温度・空気感」を演出している。「ヒロコ ハヤシ」は現在、百貨店を中心に8店舗を展開しているが、「全店の中で最も明るい」とスタッフはいう。来店客にとっては心地良い高揚感とともにブランドの世界観とコレクションを体感できる空間だ。
商品は素材や加工にこだわった長財布や折り財布、名刺入れなどの革小物、バッグやアクセサリーが充実。シーズンコレクションのフルラインナップに加え、定番人気のモデルや店舗・ウェブ限定アイテムも揃える。
今年はヒロコ ハヤシのシグネチャーの一つであるシリーズ「GIRASOLE(ジラソーレ)」の発売20周年に当たることから、記念モデルも展開している。ジラソーレは、メタリック加工をした牛革に型押しと型抜きを同時に施した素材。メッシュ状の金属のように見えるスクリューなどの繊細なデザインは、真鍮を手彫りした版をもとに革に施される。尋常ではない手間ひまの末に出来上がるジラソーレの記念モデルは、20周年のお祝いの意味を込めた「FIOCCO(フィオッコ)=リボン、蝶ネクタイ」と、時の流れを表した「TEMPO(テンポ)=時間」をテーマに製作。リボンや蝶ネクタイを表現したり、ジラソーレと麻を組み合わせ、ベルト枠からジラソーレのデザインを覗かせたりと、プレイフルなプロダクトに仕上げた。
銀座店・ウェブ限定アイテムでは、独創的なフォルムが特徴の人気定番シリーズ「LEO(レオ)」のアーカイブから「LEO CORNA(レオ コルナ)」を復刻。牛をイメージした、レザーバッグから角が生えたデザインがユニークだ。「バッグを味方につけて、背筋を伸ばして歩いてほしい」というデザイナー林ヒロ子の思いが込められている。クロム鞣(なめ)しの牛革は柔らかく、長財布やポーチ、スマートフォンなど十分に収納でき、チェーンを調節すれば肩掛けでも手持ちでもおしゃれに楽しめる。
24年秋冬は「静寂に包まれた森」の生きものや植物がモチーフ
ヒロコ ハヤシのプロダクトは、林ヒロ子が前進となるブランドをスタートさせた1993年から拠点としているミラノでデザインされ、日本で生産されている。ジラソーレもそうだが、イタリア語で最上級を表す造語「CHICCHISSIMO(シッキッシッモ)」を追求し、素材や加工にこだわり、アートのような独自の世界観を表現しているのが大きな特徴だ。
銀座店のオープニングを飾ったのは24年秋冬コレクション。「NEL PROFONDO DEL BOSCO(ネル プロフォンド デル ボスコ=静寂に包まれた森)」をテーマに、森に棲む生きものや植物から着想した新作を揃えた。
「VELENO(ヴェレーノ)」はイタリア語で毒を意味し、森にひっそりと佇む毒キノコをイメージしたシリーズだ。しっとりとした質感と艶やかな光沢のあるオイルレザーに、ウイングチップの穴飾りのような大小の白いドットが浮かぶ。ボストンバッグはA4も収まり、入り口が大きいためバッグ内を見渡しやすく、整理もしやすい。大きさからは意外なほど軽いことも魅力だ。「レザーでも軽くて、デザインバランスがきれいで、いろいろな物が入るバッグを探しているお客様がすごく多い」中で、仕事の場面でもしっかりおしゃれがしたい、プライベートでもきちんと感があって容量もほしいというキャリア女性たちに好評だ。
ボストンバッグはファスナーの引き手もポイント。林は70~80年代にモデルとして活躍後、ヨーガン・レールでデザインを学び、日常にデザインソースを見出す目を養った。生活の中で使われる道具もその一つ。親指が収まりやすい小さなスプーンの形状に着目したのは十数年前のことだった。以来、小さなスプーンをファスナーの引き手に使い、ヒロコ ハヤシを象徴するパーツとなっている。
アナログレコードに想を得て製作されたのは「DISCHI(ディスキ)」。黒く染めた革にレコード盤の溝のような型押しを施し、財布は盤面に針を置くようにベルトで閉じる構造になっている。掘り出し物のレコードに出会ったときのようなワクワク感がある。ショルダーバッグは、ストラップを外せばクラッチバッグとしても楽しめる。
「BOLLE(ボッレ)」は、キラキラとした泡がグラスの中で弾ける瞬間を閉じ込めたエレガントなデザイン。クロム鞣しのやぎ革にクロコ柄のフィルムを貼り、ハンドメイドで仕上げることで味わいを生んだ。小さな手にもフィットする長財布ミニや厚みを抑えた二つ折り財布などがあり、いずれも収納に優れる。
ヒロコ ハヤシでは毎シーズン、デザイナーが「純粋に作りたいものを作る」なクリエーションのみを追求した「コレクションライン」を1シリーズだけ投入する。今季はクリノリンをモチーフにしたトートバッグ「PANIER(パニエ)」を発表。ドレスの下に着用し、シルエットに膨らみを持たせるアンダースカートを表現したバッグは、硬い革を骨組みとし、対照的なメッシュ状にカットされた伸縮性のある革を融合した。底のホックを調節すれば、入れる物やスタイリングに合わせて3通りの形で身につけられる。ベージュと黒の2色展開で、8月23日の発売から間もなく完売した人気アイテムだ。銀座店でもオープンするや動き、11月に追加分が入荷予定だ。
多様なニーズやライフスタイルの変化に対応し、定番も進化
装い新たな定番も魅力。イタリア語で骨組みを意味する「OSSO(オッソ)」は、内袋をベルトで包み込んだデザインのハンドバッグシリーズ。開口部はダブルファスナー仕様で大きく開くので荷物を出し入れしやすく、入れる物によってフォルムが柔らかく変化する。素材はクロム鞣しの牛革を顔料で仕上げ、発色の良さとフラットな質感が特徴だ。「色違いで揃えている顧客様も多いアイテムで、銀座店でも来店して即決で購入するお客様が多い」という。今季はよりデイリーに楽しめ、様々なスタイリングに対応するモデル「OSSO VIVO(オッソ ヴィーヴォ)」を提案する。ハンドとショルダーのツーウェイで様々なスタイリングを楽しめるミニサイズに変更。従来の素材に加え、ドットの型押しにより無地のようで無地ではないニュアンスを表現した素材も採用した。
シルクタフタのような深い光沢とカットガラスのような型押しで、見る角度によって色が変化する「CARATI(カラーティ)」も人気のシリーズ。スナップベルトの付いた長財布などが定番だが、今季はコンパクトな薄型二つ折り財布に魅力を凝縮した。カードポケットは5つ、フリーポケットも付いて収納力はしっかり。小銭入れは大きく開いてコインをスムーズに出し入れできる。
財布はもともとニーズが多様にあることから、ヒロコ ハヤシではデザインもサイズも豊富に揃えている。コンパクト化のトレンドやキャッシュレス化も進む中で、今季は「財布の作り方を1から考え直した」という。試行錯誤して導き出した答えは、「PIATTI(ピアッティ)」。イタリア語で「平ら」を意味し、「より薄く、よりミニマル」にするため、1枚革で仕立てたスリムな財布を誕生させた。長財布スリムは、スナップボタンを1つ外すだけでお札や小銭、カードを全て取り出せる。お札を折らずに入れられる札入れ1カ所、蓋部分にコインを入れる小銭入れ1箇所があり、カード入れは6カ所もある。ミニ財布スリムは、高さ8.5×横底幅11×底襠2.5cm。お札を二つ折りにして入れる札入れ1カ所、小銭入れ1カ所、コンパクトサイズながらカード入れは4カ所を設けた。いずれもグリーンの無地と、「hiroko hayashi」の文字をタブロイド風にデザインした新聞柄の2種類がある。ヒロコ ハヤシはデザイナーのポリシーからプロダクト表面にロゴを入れないことが基本だが、新聞柄は唯一、デザイナー名を入れている定番柄だ。
お気に入りとの幸福な出会いを、一人ひとりに
ブランドではオンラインストアにも取り組み、EC比率はコロナ禍では50%を超え、現在も30~40%で推移している。実店舗の商圏以外にも多くのファンが存在するが、銀座に旗艦店ができたことで「オンラインで買っていたが、初めて実店舗を利用したというケースも見られるようになった」という。
銀座店はオープンして以降、来店客の世代が幅広く、03年のデビュー時からの顧客層をはじめ、SNSなどの口コミでブランドを知った人、自分が求めるバッグや財布のデザインや機能などキーワード検索してヒロコ ハヤシにたどり着いた人など様々だ。銀座エリアだけに訪日外国人客も多く、入店客数ベースで約50%を占める。近隣にある松屋銀座店のインショップと合わせて回遊する人や、素材の加工によって色柄の出方が異なる一点物的なアイテムも多いことから数店舗を巡った後に銀座店を訪れる人もいる。
例えば「MALVA(マルバ)」は、山羊革にタイダイ染めと型押し、ヘビ革の転写プリントを施し、薄く灰色がかったピンクを表現したシリーズ。絞り染めのため1点1点、色の出方が異なり、それだけに特別感のあるアイテムだ。「先日もブランドファンのお客様がマルバを探して、出張先の関西で神戸店、梅田店を巡り、東京の店舗も回り、銀座店でようやくお気に入りの1点に出会えた。手触りと色柄の出方から『これです!この子です!』と感激していました」とスタッフは話す。
来店客は世代も性別も国籍も多様だが、「ジラソーレなど作り込まれたアイテムを見たときの反応は、みな同じ。驚いて、笑顔になる」。路面店だからこそのパーソナライズされたコミュニケーションを通じて、お気に入りとの幸福な出会いをサポートし、ブランドのファンを拡大していく考えだ。
写真/遠藤純、ワールド提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。