若林理世(わかばやし・りせ) OTROMUNDクリエイティブディレクター
2001年、東京生まれ。18年、染める行為や色をつける行為そのものにフィーチャーしたブランド「リゾトーキョー」をローンチ。デビュー時は渋谷スクランブル交差点や山手線車内でゲリラファッションショーを実施。渋谷パルコや個展などでプロダクトを販売する。21年、マイポックス株式会社の反射クロスブランド「レフライト」のクリエイティブディレクター。23年、ファッションブランド「オトロモンド」のクリエイティブディレクターに就任し、24年6月に直営店を銀座に出店した。
四角く切り取られる世界の中身をクリエイティブに
――学生時代から自身のブランドを運営し、企業のブランドのディレクションもするなど活躍されています。昨年は新たなファッションブランド「オトロモンド」のクリエイティブディレクターに就任しました。この間の経緯について伺えますか。
自分のブランド「リゾトーキョー」は「染める行為や色をつける行為そのものにフューチャーしたブランド」と位置づけているんです。こういう染めの技法を使いたいからこういう服を作るというスタンス。「your color is beautiful」をコンセプトに、染料だけでなく、塗料やエアブラシなど様々な技法を使ってプロダクトを製作しています。ブランドは18年に友人と立ち上げ、デビュー時には渋谷スクランブル交差点や山手線の社内でゲリラファッションショーを行ったりしていました。その後、渋谷パルコやラフォーレ原宿、下北沢リロードなどで販売し、今年で6年目です。昨年2月にはリゾトーキョーの個展を開催しました。そのときに知人から紹介されたのが現在、オトロモンドの運営母体となっている会社の社長だったんです。お会いしてその場で、「ブランドをやってみないか」と。
――いきなりだったのですか?
はい、びっくりですよ。でも、ディレクション自体は21年から京都の反射材メーカー、マイポックスで経験していたので、それほど抵抗感はなかったというか。マイポックスは国内唯一のカラーリフレクター(再帰性反射布)「レフライト」を製造していて、警察や消防など官公庁の制服でシェアを持っていました。反射材としての性能の高さはもとより、他にはないカラー展開という強みをファッションに生かしたいと、私にディレクションの依頼が来たんです。22年には生地の国際見本市「プレミアムテキスタイルジャパン」に出展し、「光る振袖」や「光るフリル」、「透明なリフレクター」などを提案しました。ファッション市場に認知を広げているところです。私自身、ファッションは大好きで、高校生の頃には将来の仕事にしようと思っていたので、お声かけいただけたのはすごく嬉しかったです。
――ファッションはずっと好きだった。
幼い頃から何かを作り出す人になりたいという気持ちが強くあり、たくさんの人や作品、商品を観察してきました。洋服を意識したのは小学生の頃。廃棄予定の洋服を均一価格で販売する店に出会ったのがきっかけでした。組み合わせを考えるのが楽しかったんですよ。これまでに100着以上購入し、今も大事に着ています。良い意味でも、悪い意味でも、洋服というものは残ります。子供の頃に洋服の廃棄と環境の関係性を知り、ショッキングなニュースに動揺しました。その一方で、様々な表現で人を魅了する舞台=コレクションブランドがあることを知ったんですね。ファッションは、衣食住という生活基盤の一つであり、人の第一印象を左右する重要な役割を持っています。そうした人間に近く現実的なものである一方、コレクションはもちろんのこと、ルックやショーなどの表現方法を使って非常にコンセプチュアルな世界を作ることができる。そのコントラストに魅力を感じ、ファッションは自分にとって一番興味のある分野になりました。
――Z世代はデジタルネイティブで、環境問題への関心も高い世代と言われます。ファッションについてもサステイナビリティーが必要という意識が、早い時期からあったのですね。
高校時代には株式会社CAMPFIREの若手支援のコミュニティーで活動しました。そこで廃棄品を活用するプロジェクトを立ち上げたんです。その活動の様子をインスタグラムにアップしていたら、思わぬ反応があって。デザイン会社の「Kuze studio(現Capital)」からインスタグラムでインターンのお誘いをいただいたんですね。それから2年間、ポスター制作を通じてグラフィックデザインの基礎や仕事の仕方を学び、世の中にはデザインが必要不可欠であること、人の想像力の素晴らしさを知りました。ディレクションではそのときに学んだことが生きています。服のデザインもコレクションのルックも、ポスターと似ているというか、四角く切り取られて発信されますよね。その四角の中身を作るのが私は好きなんだと実感したんです。ディレクションでは、四角で切り取ったときの見え方に配慮して、その中身となるプロダクトを作っています。
「FREE & PLAYFULL」のワクワクとドキドキ
――子供の頃からいろんなことを感じ、特に高校生からは表現活動を通じて物作りやディレクションに関わってきた。その経験があってのオトロモンドなのですね。どんなことを表現し、伝えてきたいと考えていますか。
ファッションとは、自分が好きな服をパーソナルな視点で楽しむことだと思うんです。だからこそ、今日着る服に心を踊らせ、服とともに生きていく未来を想像して、直感的にワクワクしてほしい。そんな世界へ入っていけるブランドにしたいと思い、スペイン語で「別の世界」を意味する「OTROMUNDO」をブランド名にしました。
――ブランドコンセプトは?
「FREE & PLAYFULL」です。子供って、見たことのない世界を自由に想像したりしますよね。想像することは楽しいということを思い出してほしいんです。いつまでも子供のようなワクワクとドキドキを感じる体験を提供したい。PLAYFULLは私の造語で、PLAY+FULLで遊ぶことで満たされている状態を表しています。英語圏ではPLAYという言葉を子供以外は使わないそうなんですね。大人はPLAYING SOCCERとか、何々をして遊ぶという使い方をする。そうじゃなく、どの世代も「PLAY」だけを考えてみてほしい、「PLAY」を気楽に、自由に、真面目に追求してほしい。子供の頃、風船を割らないように大切に遊んでいたように、砂遊びで思い描いたものを真剣に形作っていたように。そんな思いを込めています。
――銀座に出店した直営店は、PLAYFULLの体現ですね。
2フロアからなる路面店で、店内は細長くギャラリーのような雰囲気。フロアは螺旋階段でつながり、1階は正面が全て、2階は大きな半円のガラス張りになっています。この空間を生かし、1階は7枚のパネル装飾をレイヤードし、外から見ると1枚のポスターのようなイメージで仕上げました。氷河と岩をミックスしたパネルに洞窟の写真をコラージュし、その中に鏡があります。洞窟を見つめるような、ちょっと怖いけれどワクワクするみたいな感覚で鏡を見てほしいなと思って作りました。2階はギャラリーのように商品を1点1点見られる空間です。2フロアとも壁紙以外は全て自分たちで内装を設えました。空間表現で目指したのは「parque descalzo」です。「素足の公園」という意味で、1人の少年が素足で遊びまわる様子をイメージしています。お昼寝をしたら気持ち良さそうな芝生があり、遊具のような螺旋階段があり、かくれんぼをしたくなる大きなカーテンがあり、お魚を観察できる水槽もあり。1階は実際にその通り遊べる空間になっています。
――作り込みましたね。
今朝は芝刈りをしていました(笑)。銀座でここまで手作りのお店はないかと思います。銀座6丁目には「COMME des GARÇONS(コムデギャルソン)」の川久保玲さんが手掛ける「DOVER STREET MARKET GINZA(ドーバーストリートマーケット ギンザ)」がありますよね。私はあのインスタレーションと品揃えが大好きで、月に2回は行っているんです。すごくプレイフルを感じる。日本で最高峰のファッションミュージアムだと思っています。オトロモンドは1丁目からプレイフルなクリエイティブを発信し、銀座に若く新しい風を吹かせたい。
ファーストコレクションは30型、AIを活用した服作りも
――コレクションは24-25年秋冬シーズンからスタートしました。
商品作りでは、たっぷりと満足感が感じられる精密なディテールと高いクオリティー、五感以上の感動を実感できる世界観を充満させることを意識しています。全て日本製です。24-25年秋冬物は「FLOTANTE NIGHT」をテーマに作りました。このコレクションは、小さい頃に家族で仙石原に行ったときの私の体験がベースになっています。母親が好きなケイト・ブッシュやエンヤなど賛美歌のようなオーバーダビングの楽曲が流れる車内で、青い水の中で体が緩やかに浮くような感覚を体験し、とても気持ち良かった。夢と現実の狭間でのジャーキング(浮遊体験)のような。つかめそうでつかめないイメージ、もがいたりトライしたりして光をつかもうとするイメージを服に表現しました。
――具体的にはどんな商品があるのでしょう。
肩に空気を含んだような膨らみのあるパターンを施したシャツや、宝石の採掘でジェムが砕けて散らばるイメージをラインストーンで表現したセットアップ、8つのボタンでシルエットを変えて楽しめるパンツなど、30型ほど作りました。服作りは、私がデザイン画を描いて表現したいディテールをパタンナーに伝え、遊び心と着用したときの高揚感を追求してパターンをひいてもらい、それぞれ得意分野を持った7人の縫製士が縫い、量産するアイテムは工場にお願いしています。私自身は前述したように、染めの技法を使うために服を作ってきましたが、ペルソナやストーリーを設定してスタイリングを考えるような本格的な服作りは初めて。役割を分担して試行錯誤で作り上げています。今後はネックレスやソックス、トートバッグなどお手頃価格のスーベニアも販売予定です。
――リゾトーキョーのアイテムも展開しています。
リゾトーキョーでは、工場で出た廃止や残糸を活用した服も作っています。ウール、コットン、和紙糸、ナイロン……様々ある大量の糸の山から染色実験で糸を選別し、新潟の裂き織り作家の手により織物に生まれ変わらせました。この異なる性質の糸で織られた織物を同じ染料で後染めすることでボーダーが生まれ、糸の面白さを楽しめるテキスタイルが出来上がりました。「Home span Rueda Shorts(ホームスパン ルエーダ ショーツ)」は身体に沿うシルエットですが、スカートのパーツを縫い合わせ、ヒップが隠れるデザインのショーツになっています。Ruedaはスペイン語で「車輪」の意。使うほどに愛着が湧くアイテムです。苦難を乗り越えて幸せになるとされるラピスラズリと、スペインの闘牛場の砂「アルベロ」の2色を展しています。アルベロは粉末になった貝殻が混ざった砂で、風で舞うと七色に光るそうです。フラメンコのギタリストをしている父が持っているので、その色にできるだけ近づけました。
――ストーリーがありますね。特に動いているアイテムは?
ラインストーンをふんだんに使用したパーカやスエット、京都の老舗印刷所でプリントしたシルクスクリーンのTシャツは好評です。ラインストーン物は全てスタッフが手作業で石を付けていて、家庭で洗濯できます。ラインストーンとシルクスクリーンに関しては今後、店内イベントも開催する予定です。それから、AIで生成した犬のデザインをプリントしたTシャツもよく動いていますね。
――AIで服作りをしているのですか。
はい。AIの捉え方はいろいろあると思うんですけど、私は結果として出てきたものに納得できたら次に進むタイプなので、やってみたんです。実際にやってみて驚きました。「OTROMUNDO」というワードだけでAI生成を試みたところ、いくつものデザイン画が出てきたんですよ。オトロモンドは別の世界という意味なので、宇宙とかジャングルとかの絵がたくさん出てきて、その中に一匹だけワンちゃんが混じっていたんです。
――ブランド名から犬が生み出された。
なぜかは分からないんですけど。よく見ると目の中に光と陰があって、どこか人間的な二面性を感じさせるんですね。だんだん愛着が湧いてきて「Candy(キャンディ)」と名付けました。Tシャツにしたところ、日本人のお客様にすごく売れ、追加生産しているところです。一方、外国人のお客様はほとんど興味を示さない。面白い動き方をしています。私が今、着ているのもAIが生成した服です。ドッキングというテーマを設定したうえで、ブランドのクリエイティブチームがAIに画像生成をさせているときに、こんバグ報告が出てきたんです――「シャツとミニスカートがくっ付いてしまった」「スカートなのにパターンがパンツだ」。そんなバグが現実の世界に現れたら面白いなと思い、生地や付属、パターンなどは自分たちで意見を出し合って形にしました。人間の仕事がちゃんとできたから、今回の取り組みも納得できました。AIの使い方は間違えたくないです。
余剰在庫は出さない、廃棄ゼロを目指す
――実店舗を出店して、どんな客層になっているのでしょうか。
出店する前に開いた展示会では10代後半から30代半ばが中心だったのですが、実店舗をオープンしてからは20代後半から60代まで幅広いですね。
――銀座は訪日外国人が非常に多いエリアです。
今後は変化していくかもしれませんが、今のところ中国からのお客様が多く、およそ半分を占めています。残りの半分が日本とその他の国・地域のお客様という構成です。銀座という土地柄なのか、試着から購入までの判断がとても速いと感じます。直感的にオトロモンドの服を選んでくださっているということが、とても嬉しいです。店頭から通りを観察していて面白いなあと思うのは、朝はオフィスへ向かう人たち、昼は国内外からの観光客や買い物客、夜は繁華街を楽しむ人たちとはっきり分かれていること。日本全国、世界中から人が集まっているんだなあと実感します。実際、お客様にどちらから来られたのか尋ねると、みなさん違っているんですよ(笑)。
――売れ筋も生まれてきていますが、来店客の好みや要望は多様にありそうですね。
どうやって商品を余らせないようにしていくか、在庫のことは考えますね。オトロモンドの服作りはパターンもそうですが、縫製も個人に依るところが大きいので、コレクションは実験的に製作して、店頭での動きを見て量産するという流れを基本にしています。これは自分たちの強みだと思っています。コレクションでは古着をリユース、アップサイクルした服も作っています。古着は1点1点を吟味して買い付け、ラインストーンを散りばめたり、解体した布の状態から新たな服を作ったり。あるものを捨てない、生かすということはブランドのルールとしています。余剰在庫は出したくないですけど、もし出てしまっても裂き織りなどいろんな方法を駆使して、廃棄はゼロにしたいです。
――どんなブランド、ショップにしていきたいですか。
遊び心と日々の原動力を提供する場を作っていきたいと考えています。私にとってのドーバーストリートマーケット ギンザのように、今の時代、お客様が何度も足を運ぶお店って貴重な存在だと思うんです。実店舗は今後、セレクトショップ化を進める計画で、短期間に何度でも訪れたくなるようなブランドやアイテムのラインナップを展開していこうと考えています。
写真/遠藤純、オトロモンド提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。