Peter Wood(ピーター・ウッド) ALLSAINTS CEO
法人財務に特化した勅許会計士として大手会計事務所で経験を積む。カジュアルウェア小売り「USC」のCEOに就任し、同社の立て直しと大手投資ファンドによる成功的な買収を実現。2010年、オールセインツのCFO(最高財務責任者)。16年、COO(最高執行責任者)。18年から現職。

自分が自分らしくいられるカルチャーを醸成

――ウッドCEOは会計士としてキャリアを積み、ファッションの世界に入りました。オールセインツでは2010年から経営に携わっています。
私は当時、スコットランドのエジンバラで動物病院の会計士をしていました。犬や猫など小さな動物たちに囲まれて仕事をしていた頃、交流のあった当時のオールセインツのCEOからメッセージが届いたんです。「オールセインツは今後、ニューヨーク、パリ、アジアなど世界に進出する。CFOになりたくないか」と。それ以前に、英国を拠点とするカジュアルウェア小売業の立て直しを手掛けたことはありましたが、ブランドそのものの経営は経験がありませんでした。そこでフィアンセだった妻に相談すると、大のファッション好きの彼女は「オールセインツはすごいブランドよ、CFOとしてジョインできるなんてチャンスじゃない、ロンドンへ行きましょう!」と背中を押してくれたんです。
――奥様の強い薦めがあったのですね。
そう。ファッションに関心のある人があまりいなかった動物病院からファッションブランドへの転身は、環境としては大きな変化です。ただ、私は音楽が好きで、ずっとバンドをやってきたんですね。もともとは音楽業界で仕事をしたかったのですが、実際に進んだ道は違った。そういう経緯があっただけに、オールセインツのブランド概要を見て音楽と親和性の高いブランドだと知り、好きな音楽を生かせる、これはすごくラッキーなことだと思いました。CFOへの就任を即決できた大きな要因です。
――物理学の優等学位学士も取得されています。
大学時代に数学と並行して学んだんです。私のオフィスには今も物理学の本が並んでいます。オールセインツに加わってまず考えたのは、どうすれば物理学をブランディングに生かせるか、でした。天体物理学で捉える宇宙には、大きな銀河があり、それは多くの星で構成されています。ブランドにも経営や戦略といった大枠は必要ですが、物作り、小売り、プロモーションなどのディテールが不可欠です。どちらかだけではなく、どちらの視点も必要なんですね。その要となるのが「人」だと、私は思っています。

――オールセインツは英国本社のクリエイティブチームが商品や店舗のデザイン、プロモーション、ECサイトなど顧客との全ての接点を作り、コントロールしています。一方、各国の販売スタッフまで全員がGoogleのプラットフォームでつながっていて、情報を共有し、CEOにも直接、アイデアや意見を上げることができるようになっていますね。
みんなが「自分らしくいられる」ことを重視しているんです。「Cool(クール)」という言葉がありますよね。クールって何だろうと、ずっとその意味を探してきて、最近になって確信しました。自分が自分でいられることはハッピーであり、それがクールであるということです。私も若かった頃は誰かに憧れていましたが、今は自分らしくいられることが最もクールで、ハッピーなことだと考えられるようになりました。CEOとしてはお客様もスタッフもクールであるというカルチャーの醸成に努めています。自分を生かすことができ、自分らしくいられる環境があることが、ブランド運営の大前提です。私の役割はそのサポートなんですよ。私はバンドでキーボードを担当しています。前に出ていくような演奏者ではないけれど、例えばギターがミスしたら自分の演奏を工夫してカバーしたりする。そういう形で、今もチームの後ろにいてサポートしています。

売り上げの追求ではなく、「Feel Good」の循環を

――前期(23年1月期)は、グローバルの売上高が36%増の4億5700万ポンド、営業利益が2850万ポンドと、過去最高の大幅増収益となりました。コロナ禍の3年間は各国で退店もあるなど厳しかったと思いますが、力強く回復しています。
もちろん、商品開発や各国の直営店とECの連携強化、在庫管理の徹底、傘下に加わった米国のメンズブランド「John Varvatos(ジョン バルベイトス)」の業績向上など、様々な施策は打ってきました。今期も23年4月に中国に初出店し、カテゴリー面でもサングラスコレクションのリリースなど新たな取り組みを加え、好調を継続しています。コレクションのリリースなど新たな取り組みを加え、好調を継続しています。24年1月期は前年比でグローバルが25%増、日本も総売上高は15%増とさらに伸びました。とはいえ、私たちは売り上げを追求しているのではないんですね。お客様との関係において最も大切にしているのは、先ほどのクールにもつながりますが、「Feel Good(フィールグッド)」になることです。お客様もスタッフも心地良くなること。自分が心地良くなるから他人に対しても心地良く接することができます。心地良さの循環が大きなテーマです。

オールセインツグループに入った「John Varvatos(ジョン バルベイトス)」
オールセインツグループに入った「John Varvatos(ジョン バルベイトス)」

――一人ひとりが心地良くあるために重視していることとは?
オールセインツは現在、15カ国・地域に約2000人のスタッフがいて、言語も文化も多様です。そこでブランドにとって大切な3つのことを、シンプルで分かりやすい言葉で伝えています。1つはマーチャンダイジング、良い商品を作ることです。2つ目はマーケティング、良い商品があることを伝えるということです。3つ目はディストリビューション、その商品にお客様がトライしやすい環境を整えることです。お客様がボスという考え方で、店舗は各国のお客様が買い物をしたい立地に出店し、ECは各国ごとに構築しています。3つの行動の基盤となるのが、フィールグッド。心地良くいたいということはみんなが望んでいることです。自分はどうやったら心地良くなれるのか、お客様はどうやったら心地良くなるのかを、ビジネスの視点ではなく、一人ひとりの視点で考える環境作りを常に意識しています。
――その基盤があるから、戦略も現場レベルで機能するのですね。
そうです。私はブランドの数字を預かる仕事をしているけれども、数字はあくまで結果であり、後から付いてくるものと思っています。KPI(重要業績評価指標)の一番は収益ではなく、2000人に上るスタッフがオールセインツで働いてハッピーでいるということです。良い計画を立案できても、スタッフがハッピーでなければ実行・実現できません。コロナ禍が明けて以降、売り上げも利益も過去最高になったのは、一人ひとりの心地良さを大事にするという思想が行き渡っているから。今だけではなく、未来に向けて発展していけると確信しています。

ジェンダー、世代、所得を問わない幅広い顧客層

――現在、何店舗を展開しているのですか。
24年1月現在で34カ国・地域に280店舗です。今年は初めてアフリカのエジプトに出店します。昨年は上海に2店舗を出店しました。アジアでは中国、台湾、韓国、そして日本で店舗を展開しています。全売上高に占めるアジアのシェアは約15%ですが、今後の5年間で2倍になると想定しています。日本では現在、直営店が8店舗、アウトレット店が4店舗あります。コロナ禍では百貨店の店舗をクローズしたりとシビアな状況が続きましたが、アジアで二番目に規模の大きい原宿キャットストリート店はお客様、そしてスタッフに支えられ、キープすることができました。エネルギーのあるキャットストリートで営業を継続できています。昨年からは出店も再スタートし、今期は年内に関西に3店舗を出店します。地方を含め、24年から3年間でさらに7店舗を出店する計画です。
――表参道・原宿エリアには原宿キャットストリート店と、昨年9月に出店した表参道ヒルズ店があります。
表参道ヒルズ店はメンズとウィメンズを半々で構成し、テーラードを強く打ち出しているのが特徴です。テーラードはグローバル戦略としてビッグフォーカスしているカテゴリーで、23-24年秋冬シーズンからはデザインのバリエーションを充実させました。各国のお客様からとても良いリアクションをいただいています。原宿キャットストリート店は22年に2フロアへと拡大し、ウィメンズが充実しています。日本ではウィメンズのみを展開している店舗もあり、メンズよりもシェアは大きいんですね。今後はメンズのファンも増やしていきたい。その意味では表参道ヒルズ店と原宿キャットストリート店は補完し合う関係にあり、ともにアジアへ拓かれた日本の旗艦店と位置づけています。

  • 22年春に拡張リニューアルしたオールセインツ原宿キャットストリート店
  • 原宿キャットストリート店のウィメンズ売り場
  • 原宿キャットストリート店の限定で販売する「レインボー・レザーコレクション」
  • 昨年9月に出店したオールセインツ表参道ヒルズ店
  • 得意のレザーとともに、グローバルで強化するテーラードを打ち出す(表参道ヒルズ店)
  • 壁面にはクラフトマンシップを大切にした服作りを象徴するアンティークのミシンが並ぶ(表参道ヒルズ店)

――グローバルの顧客構成比はどうなっていますか。
オールセインツはレザージャケットを軸とするメンズブランドとして1994年にデビューしましたが、98年からウィメンズも展開し、ドレスの認知も広がりました。グローバルではメンズ・ウィメンズが半々とバランスの良い構成比になっています。年齢層も20~60代と幅広いのが特徴です。しかも、ラグジュアリーブランドを愛好する人たちも、ファストファッションを買っている人たちも、オールセインツの服を購入しているんですね。どの客層も着ていて、どの客層もクールだと感じている。他のブランドではあまりないことだと思います。またバイカージャケットをはじめ、ベストセラーのアイテムはどの国も同じなんですね。みんなの気分が上がるような服は共通しているのかもしれません。

服作りへの「Attitude」を体現するブランド

――ジェンダーも世代も所得も超えてファンがいるのは強みですね。
ファッションですからトレンドも入っていますが、最重要視しているのは常に「オールセインツで在る」ことです。「オールセインツのDNA」を発信し続けていることが、幅広い支持につながっているのだと思っています。18年にCEOに就任したときに、こんなことがありました。オールセインツというブランドに携われたこと、このブランドを作ってくれたおかげで2000人ものスタッフが仕事をできていることに感謝したいという気持ちから、創業者をランチに誘ったんです。そのときに、彼はオールセインツのファーストコレクションの写真を見せてくれたんですね。現在とは全く異なるデザインなのですが、オールセインツだと分かるんです。服作りに対する考え方、姿勢が商品から立ち上がってくるというか。オールセインツは「Attitude(アティチュード)」を体現するブランドなのだと直感しました。デザインは変化するけれど、アティチュードは変わらない。

94年のブランドデビューで発表したファーストコレクション

――そのアティチュードを体現するプロダクトの幅も広がっています。
バッグやシューズは人気なので、今後も充実させていきます。19年からはメンズウォッチやジュエリーも展開し、23年にはサングラスコレクションをリリースしました。今年は新しいフレグランスをローンチするほか、旅行に使えるラゲージなどもスタートさせます。服飾雑貨は今、売り上げの10%程度ですが、将来的には25%まで高めたい。ライフスタイル提案を強化する方向です。ウェアに関しては、オールセインツはレザーに象徴されるように暗めの色が多く、秋冬シーズンに強いブランドでした。明るい色やトレンドカラーを入れるなどして春夏シーズンを強化し、年間を通じて選択肢の豊富な商品構成にしていく段階にあります。一方で、例えば日本では器を修復する金継ぎをモチーフにしたドレスを製作したことがありましたが、国・地域ごとに異なるカルチャーから得たインスピレーションをファッション表現に生かす、カルチャーミックスによる提案も続けていきたい。

レザーブーツは秋冬の人気アイテム
オリジナルのバッグも展開
23年からスタートさせたサングラスコレクション
2019年から展開するジュエリー
23年からスタートさせたサングラスコレクション

――アティチュードを持続しながら、今年でブランド設立30年になります。
昨年、ロンドンのロイヤルアルバートホールでファーストコレクションのアーカイブを披露したんです。94年当時にルックを飾ったモデルに登場してもらいました。30周年の今年はロンドンでイベントを開催する予定で、かつてのモデルたちにも参加してもらいたいと思っています。アーカイブの展示や94年に活躍したバンドのライブなどを企画中です。アジアでは限定デザインのロゴをあしらったコレクション「1994カプセル」をリリースし、日本、中国、台湾、韓国で展開しています。日本では原宿・表参道エリアで大々的なイベントも計画しているところです。

ロゴ物では「トウキョウアンダーグラウンド」Tシャツが22年春夏から人気を継続
アジアで展開する「1994カプセル」。ボンバージャケット、ウィンドブレーカー、フ―ディーを揃える

写真/遠藤純、オールセインツ提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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