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「ジュルナルクボッチのファッショントークサロン」by SMART USEN



ヨーロッパに16年ぶりの熱波が到来する直前に開催された、2020年春夏シーズンのパリ・メンズコレクション。それでも十分すぎるくらい暑く、エアコンのないガレージや天井がガラスになっている施設でのショーは、ほぼサウナ状態! 扇子やインビテーションでパタパタ扇ぎながらショーを見るのは、集中力が削がれるからどうにかしてほしいのだけれど、エアコン後進国のフランスにそれを求めるのは無理な話なのかもしれない。肝心のコレクションはというと、様々な小さなトレンドが混在していて、大きな柱が見えないのは先シーズンと同じ。

そのなかで気になったキーワードは、①マリン、ヨーロピアン・リゾート、②BCBG、フレンチロック、③テーラードの復活と進化の3つだ。



[section heading="ビーチに行きたくなるマリン、ヨーロピアン・リゾート"]

もっとも多くのブランドから提案されたのは、マリン、ヨーロピアン・リゾートのテイストだ。この流れを牽引するのは、ロエベとJ.W.アンダーソンを手掛けるジョナサン・アンダーソン。ロエベでは、ロンドンを拠点に活動するアーティスト、ヒラリー・ロイドの作品からインスパイアされた縦に長いシルエットのリゾート色の強いコレクションを披露した。最高級のスエード「オロ」を使った中東のカフタン調のプルオーバーやテーブルクロスを巻きつけたようなワンピースが印象に残った。

新クリエイティブディレクター、ブルーノ・シアレッリの初陣となった「ランバン」もマリン1色! 19区のビュット=ショーモン公園ちかくの市営プールを会場に、キュートでキャッチーなマリンスタイルを提案した。ブルーノの前職は、ロエベのメンズディレクター。ジョナサンの影響を強く感じるのは致し方ないところだが、彼のクリエーションはもう少し「カワイイ」寄り。長期政権だったルカ・オッセンドライバーのランバンとは相容れないが、一定のファンは掴めるのではないだろうか。

「ケンゾー」が選んだテーマは「日本の海女」。ウンベルト・リオンとキャロル・リムが手がける最後のコレクションで、高田賢三さんの故郷である日本の伝統文化に焦点を当てたのだという。会場はフランス最大の屋内競技場で、2万人超を収容できるベルシー・アリーナ。ショーが始まり、巨大なカーテンが上がると、逆側のスタジアムは人の山、山、山。ロゴ物の復活をはじめ、多くのトレンドを生み出してきた2人の8年間の集大成を、バイヤー、ジャーナリストを含め推定1万人近い裏方のスタッフ、友人たちが見届けた。

「ロエベ」

「ケンゾー」

2016年にローンチした「ボーディ」は、アメリカのビンテージキルトやハンドペイントを駆使した牧歌的なデザインアプローチが特徴の若手。パリでのデビューショーとなった今回は、50?70年代のアメリカのビーチカルチャーを連想させるコレクションを披露した。個人的に超好みだが、少々お高いのが難点!

オフスケジュールで2回目のショーを披露した「カサブランカ」は、ピガール出身のシャラフ・タジェルが手掛けるアップカマー。シグネーチャーのシルクシャツやデニムジャケットには、海原を疾走するボートやビーチパラソルが、俯瞰の視点で描かれている。独特の哀愁とエレガンスを内包したクリエーションは、日本でも注目が高まっている。

「ボーディ」

「カサブランカ」

こちらも「カサブランカ」



[section heading="エディが牽引するBCBG、フレンチロック"]

日本では1987年に局地的に流行したBCBG(フランスの良家の子息のスタイル)は、アメリカンカルチャーとともに日本のセレクトショップの根幹にあるスタイルだ。エルメスのスカーフを首に巻いているか、J.M.ウエストンの180ローファーを履いている重鎮は、ほぼBCBGに深い思い入れがあると思って間違いない。そんな50アッパーの業界人が夢中になったスタイルが、パリのランウェイでリバイバルしている。

キッカケを作ったのは、「セリーヌ」のエディ・スリマンだ。2シーズン目のエディの「心変わり」は、長年かれのクリエーションを見てきた目には意外だった。完全無欠なロックなスタイルから、セリーヌの70~80年代のアーカイブを参照した”BCBG+ロック”への転換。初陣で”ブランドが変わっても自己を貫き続ける”と宣言したように見えたから、いささか虚をつかれた気がしたのである。
そして、今シーズンはどうだったかというと、圧倒的にロックだった。セルジュ・ゲンスブールとジェーン・バーキンの70-80年代の最強フレンチカップルのスタイルを引用しているけれど、全体的な印象は「フレンチロック+シック」。シグネーチャーのジーンズは、股上が深めのフレアで、来春夏は久しぶりにフレアシルエットのジーンズがトレンドの最前線に帰ってきそうだ。

BCBGの象徴的なメゾンである「エルメス」にも注目したい。シャツオンシャツのスタイリングや、レザーのグルカパンツ!、スカーフプリントのシルクジャケットなどは、まさしくフランス的洗練の極み。トレンドのパステルカラーも積極的に取り入れている。

BCBGのニュアンスは、ブラックでフレンチを描いた「アミ」、ラベンダー畑のランウェイでブランド設立10周年を祝うショーを開催した「ジャックムス」、21世紀のBCBG像を描き続けている「オフィシネ・ジェネラル」「エディションズ・エムアール」などからも見てとれる。点ではなく面で打ち出せば、ミレニアルズにも響くのではないだろうか。



「セリーヌ」
Photo by Courtesy of Celine

「エルメス」
Photo by Jean-Francois Jos?

「アミ」



[section heading="復活傾向のテーラード"]

ここ数年のストリート旋風で、立場が危うくなっていたテーラードジャケットが、ランウェイに帰ってきた。そのキッカケを作ったのが、2019年春夏の「コム デ ギャルソン・オム・プリュス」。テーラードジャケットの可能性に改めて挑戦し、現在のテーラード復活の流れを先導したのだ。今シーズンの着想源は、イギリスを代表する女流作家、ヴァージニア・ウルフの小説『オーランドー』。16世紀のイギリスの少年貴族が目覚めると女性に変身するというストーリーで、テーラードが軸なのに変わりはないが、フリルを多用したジェンダーレスで「衣装感」の強いものとなっている。同コンセプトのコレクションは、9月のウィメンズのパリコレクション、12月のウィーン国立歌劇場の150周年記念オペラの衣装の3部作になるという。

「アンダーカバー」は、ここ3シーズンの映画からインスパイアされたコレクションから一転し、ダークカラーのテーラードに焦点を当てた。ファーストルックの黒のダブルブレストのスーツは、後ろ身が25cmほど長くなっている以外は、テーラードスーツの王道を行くデザイン。皺ひとつない肩周りの造型は素晴らしく、まるでナポリで仕立てたオーダースーツみたいだ。後半に入るとアメリカの写真家、シンディ・シャーマンの作品をパッチワークやジャガード、プリントで表現したテーラードが登場。この大胆なシフトチェンジと、それでもトレンドから外れない時代を読む目は見事という他ない。

「ディオール」は、現在の考古学を問う作品で知られるアメリカ人アーティスト、ダニエル・アーシャムとコラボレーションし、”現在は、未来から見た過去である”という彼の考え方に着目。ヘリテージを引用しつつ、最新の技術と素材をふんだんに使用し、未来でも過去でもない”今”を表現した。その象徴が、フランス語で”斜めのスーツ"を意味をする「タイユール オブリーク」。ムッシュ ディオールが50年代に作った対角で体を包むようなこのウィメンズ・スーツのディテールを、メンズに引用し、スーツはもちろん、コートやブルゾンにも採用している。

「コム デ ギャルソン・オム・プリュス」

「アンダーカバー」

「ディオール」

「クラシックの破壊」に挑んだのは、英国発の「ダンヒル」。深い前合わせの1ボタンのダブルブレストのジャケットは、ディオールのタイユール オブリークに似ているが、どこか作務衣的な和の雰囲気がある。「異なる文化の衝突は悲観すべきことではなく、むしろ再構築されることによって生まれるものがある」とはクリエイティブレクターのマーク・ウェストンの弁。

少し話が逸れるが、コレクション期間中のパリの渋滞は絶望的に酷かった。パリコレを主催するサンディカは、ジャーナリストやバイヤー向けに次の会場へ向かう大型バスを用意しているが、今回はバスが会場に着く前にショーが始まってしまうことが頻発した。毎シーズン楽しみにしている「ドリス ヴァン ノッテン」のショーは、その渋滞のせいで残念ながら見ることができなかった。ゆえに写真での判断になるが、先シーズンに引き続き、シェイプの強い色気のあるテーラードジャケットを打ち出している。そのジャケットに合わせるのは、蜷川実花、ヨシロッテンとコラボレーションした毒気の強いプリントアイテム。やや強引なこのスタイリングが、テーラードジャケットの新しい魅力を引き出しているように思えた。

「ダンヒル」

「ドリス ヴァン ノッテン」



以上、2020年春夏シーズンの3つのキーワードを挙げたが、これらが数年前のストリートのような大きな流れになることは多分ないと思う。ラグジュアリー・ストリートのシーンを作った「オフ-ホワイト」をはじめとするニューガーズグループ(「ヘロン・プレストン」や「パーム・エンジェルス」が所属する)は依然として健在だし、「ジル・サンダー」が先導するネオ・ミニマリズムの流れも顕在化している。しばらくは様々な中規模のトレンドが混在する状態が続くのではないだろうか。

(おわり)

取材・文/増田海治郎



増田海治郎(ますだ かいじろう)
ファッションジャーナリスト。雑誌編集者、繊維業界紙の記者を経て、フリーランスのファッションジャーナリスト/クリエイティブディレクターとして独立。メンズ、レディースの両方をカバーし、『GQ JAPAN』、『OCEANS』、『SWAG HOMMES』、『毎日新聞』などで健筆をふるう。著書に『渋カジが、わたしを作った。』(講談社)がある。





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