「星のクライマー~植村直己」プロジェクト
「星のクライマー」歌碑除幕式の開催について

「星のクライマー」は1984年に松任谷由実が冒険家 植村直己を想い歌詞を作成した楽曲である。

松任谷由実には若くして亡くなった冒険家の親友がいる。
パリーダカール・ラリーに参加した彼女を応援しに現地に飛ぶなど、冒険家に対してリスペクトを含む特別な思いがあった。

その親友は植村さんとも親交があったようで、松任谷も話をよく聞いていたようだ。
そんな中、植村直己さんの不慮の事故が起きてしまい、植村氏への思いを歌にして制作された楽曲が「星のクライマー」である。

そんな縁もあり、植村直己没後40年記念事業の一環としてこの楽曲の歌碑を設置すべく「星のクライマー~植村直己」プロジェクトが発足。
このプロジェクトは昨年来、地元但馬をはじめ、全国からたくさんの支援を頂きながら進められてきた。

この度必要な寄付が集まり、植村直己冒険館に松任谷由実直筆による歌碑を設置する運びとなった。

そして、2025年3月17日に植村直己冒険館でこの歌碑の除幕式を開催。
除幕式には松任谷由実も参加。

photo:上飯坂一

松任谷由実は「歌は我が子なのでこのような形で遠い場所でたくさんの方に広がってくれるのは親として本望、そして植村直己さんの記憶を少しでも共有できるような気がして感動しました。植村さんが目指された冒険の一端を自分でも体験してこれた気がして今日ここにいるのは運命だなと強く感じました。」と、語った。

また、式典の中では地元大学生によるフルート、バイオリン、トランペット、バリトンサックスなどの演奏と共に、会場に集まった200名の参加者全員で「星のクライマー」を斉唱。

■除幕式について
〇 日   時:2025 年 3 月 17 日(月)13:30~14:00
〇 場   所:植村直己冒険館 屋外 (豊岡市日高町伊府785)
〇 主   催:豊岡市・植村直己没後40年記念事業実行委員会 
          https://www.hoshino-climber40th.com/
〇 主な参加者:豊岡市長、豊岡市議会議長、実行委員会(代表、副代表)、寄付をいただいた皆さん など約200名
〇 式次第(案):①開会 ②主催者挨拶 ③歌碑除幕 ④献歌「星のクライマー」※参加者全員で斉唱 ⑤閉会


■「星のクライマー」歌碑について
○形 状:円形
○サイズ:直径1000mm
○素 材:ステンレス
○制作費:約250万円
○制 作:株式会社北星社(デザイン)
及び株式会社トージ工芸(制作)
○歌 詞:松任谷由実(直筆)

■「星のクライマー」歌詞

あなたは冬のクライマー
煌またたく下界は蜃気楼
ひきずる足跡を おり風が消してゆくよ
あなたは日記をつける
観客のいない試合の
鳴り叫ぶテントで 恋しいひとを想う

夜明けの月と 昇る太陽
両手に抱く場所 夢見て眠る
あなたは星のクライマー
氷河をたどる巡礼者
クレバスの向うに誰の姿を見たの

■植村直己PROFILE
1941年2月12日、兵庫県城崎郡国府村(現豊岡市日高町)生まれ。県立豊岡高校卒業。明治大学入学と同時に、
山岳部に入部。大学卒業後、世界放浪の旅へと出発。誰も成し遂げたことのない冒険に次々と挑戦し、数々の偉業を達成した。
世界初のマッキンリー冬期単独登頂の翌日、1984年2月13日に消息を絶つ。43歳。同年、国民栄誉賞受賞。
《冒険の記録》
1968年 アマゾン河約6,000キロをイカダで下る
1970年 世界最高峰エベレスト登頂【日本人初】
         五大陸最高峰登頂者【世界初】
1978年 北極点犬ゾリ単独到達【世界初】
       グリーンランド3,000キロ縦断【世界初】

■松任谷由実PROFILE
1972年、多摩美術大学在学中に荒井由実として、シングル「返事はいらない」でデビュー。ユーミンの愛称で親しまれ、
「ひこうき雲」「やさしさに包まれたなら」「守ってあげたい」「真夏の夜の夢」「Hello, my friend」「春よ、来い」など、数々の名曲を生み出す。
2022年7月5日にデビュー50周年を迎え、同年に「ユーミン万歳!~松任谷由実50周年記念ベストアルバム~」をリリース。
オリコン史上初となる6年代(1970年代から2020年代)で首位を獲得。この記録はギネス世界記録に認定された。
これまでにオリジナルアルバム39作品をリリース。
史上初のアルバム総売上ソロ歌手3,000万枚を突破する等、名実共に日本を代表する女性アーティストとして活躍を続けている。
2013年 春の叙勲で紫綬褒章受章、第4回岩谷時子賞
2018年 第66回菊池寛賞受賞
2022年 文化功労者に選出。

松任谷由実 HP

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