2025年8月30日。大手町三井ホールにて、シンガーソングライター・崎山蒼志の単独公演が開催された。この日は、昼公演の「いつかみた国(独奏・2025)」と、夜公演の「i 触れる SAD UFO(独奏・2025)」という二部構成。彼の原点であるファースト・アルバム『いつかみた国』と、2023年にリリースされた最新アルバム『i 触れる SAD UFO』を、独奏という形で再現するという特別なライブである。会場には幅広い観客が集まり、彼の音楽が世代を越えて共鳴していることを実感させた。

【いつかみた国(独奏・2025)】

開演の時刻を迎えるとサディスティック・ミカ・バンド「どうぞよろしく」を出囃子に、白いシャツ姿の崎山がステージに登場。「今日はお越しくださりありがとうございます。いろんな音楽性でやってますけど、こんなかっちり弾き語りのアルバムは他にはないんですよね」と挨拶を添え、原点のアルバム再現に挑んだ。

ライブの幕を開けたのは、アルバムの1曲目に収録された「国」。彼の持ち味である温かな歌声でホール全体を包み込むと、「塔と海」「時計でもない」と続けざまに披露。崎山が高校生の頃に生み出された楽曲群が、2025年の崎山の手によって新たな息吹を得て響いていた。ライブの空気を変えたのは「龍の子」。トライバルなビートのループにストラトキャスターの音色を重ね、多彩なアプローチを繰り広げるその姿に、観客は息を呑んだ。

『いつかみた国』のLP盤のいわゆるA面を終えると「ここからはB面です」と告げ、次なるブロックへ。「ソフト」では力強いストロークでアコースティックギターという楽器の可能性を拡張し、終盤では高速カッティングを駆使して圧巻のテクニックを披露する。「形のない乗り物で」ではタイトな演奏に柔らかさを忍ばせ、ラストの「旅の中で」では複雑なフレーズを飄々と歌いながら弾きこなす姿が光った。まるで楽器そのものと一体化しているかのようなパフォーマンスに、「彼はきっと楽器の神様に愛されている」と確信せざるを得なかった。

MCでは、『いつかみた国』を「16歳の秋、3連休最終日の月曜日に急いで録音した」と振り返る。改めて、そこまで若い頃にここまで完成度の高い作品を作り上げていることに驚嘆するが、それにもかかわらず、決して誇張することなく素朴に語る姿に、「崎山蒼志」という人間の魅力がにじんでいた。

ライブは続いて、『いつかみた国』に付随する曲として、リリース以前より地元のライブでよく披露していた「のぼり」、「ブラックリバー」を披露。アコギ1本で生み出されるとは思えないほどの音楽性の幅に圧倒される。この公演は、暗転した会場で、照明も彼を照らすスポットライトが光るのみという時間が多かった。余計な演出を削ぎ落とすことで、音楽そのものが純度高く届く構成だった。崎山はそこから「夏至」、「五月雨」、「神経」といった楽曲をパフォーマンス。「あの頃の崎山蒼志」から、さらに進化したその姿がそこにあった。

ライブ終盤は「潜水」「North」と広がりのある音像を描き、本編最後は「Video of Travel」。シューゲイザーの要素を感じさせるフィードバックノイズを響かせ、静かにステージを去った。

アンコールでは、Mega Shinnosukeと紫 今と共作した最新曲「人生ゲーム」を披露。ギターを置き、マイク1本でダンサブルなビートに乗る姿は、これまでの弾き語りとは異なる新たな表現である。軽やかにステップを踏む彼の姿からは、次なる進化への予感が溢れていた。

【i 触れる SAD UFO(独奏・2025)】

夜公演の幕開けは、OTTOの「About You Now」をSEに登場。昼の白シャツ姿から、派手なTシャツに衣装を変えた崎山は、レスポールを抱えて表題曲「i 触れる SAD UFO」を奏でる。アルバム『i 触れる SAD UFO』は弾き語り主体の『いつかみた国』とは異なり、様々な音色やオケを用いて制作された作品であり、それを一人でどう表現するのかに注目が集まっていたが、崎山は音源ではバンドや打ち込みが彩るサウンドを、独奏ではコードヴォイシングやストロークの強弱で立体的に再現。単なる弾き語りではなく、ギター一本でアンサンブルを想起させる巧みな演奏だった。続く「In Your Eyes」では囁くようなヴォーカルとクリーントーンのギターが、寂しさと儚さを一層際立たせていく。

「燈」ではオレンジのスポットライトを浴びながらパーカッシブな演奏を響かせ、崎山のギターパフォーマンスの新たな領域を展開。ハミングから怒涛のアルペジオへと繋げて「プレデター」へ。ストロボライトの中で繰り広げられる激しいストロークは、アコースティックギター一本で怪物を描き出すかのようだった。観る者すべてに、「崎山蒼志」というアーティストの底知れなさを刻みつけた瞬間だ。そこから一転、「剥がれゆく季節に」では柔らかな温もりで会場を包み込む。その後のMCでは、この曲は自身が高校時代に作った曲だと明かし、「これが崎山や!」という歌詞になったと笑顔を見せた。

また崎山は「夜の部は今の自分に近いテンションの曲が多いですね」と語り、アルバムが生まれた2023年がレコ大出演など印象深い年だったことを振り返る。さらに、神保町のカレー店「エチオピア」がお気に入りだという飄々としたトークで観客を和ませた。

ライブ中盤、いわゆる“B面ゾーン”と語ったセクションでは、ドラムマシンを操りながら「いかれた夜を」「I Don’t Wanna Dance In This Squall」を披露。ループさせたビートにギターを重ね、エフェクトを駆使して空間を構築するその演奏は、シンガーソングライターという枠を超え、ライブ・エレクトロニカ的な実験性すら感じさせた。「I Don’t Wanna Dance In This Squall」ではリアルタイムでBPMを変化させ、テンションを巧みにコントロール。独奏でありながら、バンド以上の推進力を作り出す。このブロックのラストは「翳る夏の場」。レスポールをかき鳴らす姿には、スーパーギタリスト然とした風格が漂っていた。

ここでアルバムとしては終盤に差し掛かり、「Swim」という曲をパフォーマンス。崎山曰く、この曲は楽曲を作りはじめた初期の作品とのことであり、自分では「少年すぎる」と語っていたが、聞いていると、この曲を少年すぎる頃に書いていたのか…とやはり、その才能の早熟ぶりに驚かされた。

崎山は「太陽よ」でアルバムの再現を締めくくると、そこから作品に付随する曲として「しょうもない夜」「My Beautiful Life」「君はひとりじゃないとか」と、近年リリースした楽曲をまっすぐに届けていく。本編ラストは「違和感の向こうで」。ジャージークラブなどのダンスミュージックで使われる5つ打ちのリズムをドラムマシンで刻み、そこにギターを重層的に重ね合わせることで、複雑な拍感と浮遊感を共存させていく。独奏でここまで立体的に響かせる例は稀有であり、観客を圧倒するパフォーマンスだった。

アンコールでは昼公演と同じく「人生ゲーム」を披露。「よかったら立ちませんか?」と観客に語りかけるその姿勢は、決して強制せず、ただ寄り添う崎山らしい優しさに溢れていた。ただ、観客を立たせておきながらも、曲がなかなか始まらないのもご愛嬌。そんな緩やかなやりとりすら、この夜の空気を彩る大切な一幕となった。

こうして「原点」と「現在」の描く、ふたつの公演を行った崎山蒼志。「いつかみた国(独奏・2025)」は、16歳の頃に作られた楽曲を、現在の技術と感性で再構築するステージだった。まっさらな白シャツに身を包み、シンプルな弾き語りで「原点」に立ち返る。そこには、音楽を始めた頃の純粋さと、今なお進化を続ける姿が交錯していた。一方、夜公演「i 触れる SAD UFO(独奏・2025)」は、様々なアレンジが施されたアルバムの作品世界を、一人で描き出す挑戦の場だった。派手なTシャツに衣装を変えたのも、多彩な音色を表現するひとつのアプローチだったのではないかと推察する。

同じ独奏という枠組みにありながら、両公演はまるで対を成すように響き合った。観客はその対比のなかに、崎山蒼志というアーティストの過去と今、そして未来への可能性を見出したのではないだろうか。ちなみにこの翌日の8月31日は、彼の誕生日である。この公演を経て、崎山はこれからどんな未来を見せてくれるのか。そんな大きな期待を胸に寄せてくれる素晴らしいステージだった。

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