――20周年、おめでとうございます。振り返って、この20年をいくつかのチャプターに分けるとどうなりますか?

「う~ん、そういうのってあまり考えたことはないんです…。私、1日が終わらないんです。ぼわ~って時間が流れていくだけで、ず~っと1日なんです。時間の横の軸を縦に割るの、そんなに得意じゃなくて…。(2017年と2020年に)出産をして、少し変わったかな?っていうのはありますけど」

――矢野沙織さんというと、16歳でデビューしてからずっと偉大なるサックス奏者、チャーリー・パーカーのことが頻繁に話に出てきました。

「チャーリー・パーカーが大好きで、チャーリー・パーカーか、それ以外か、くらいに思っているんです、自分の中で。ビー・バップ全般がどう、っていうことはあまり考えたことがなくて。チャーリー・パーカーの音源は全部そうなんですけれども、彼だけ可哀想なくらいに浮いていて。彼自体がちょっと普通の人とは違ったのか、それくらいしか考えられないんですけど、足元の悪さというか、不安感というか、多幸の賠償が絶対あるっていうのが彼の演奏を聴くと解るんです」

――チャーリー・パーカーを初めて聴いたのは何歳くらいだったんですか?

「『The Golden Dawn』のライナーノーツにも書いたんですけど、9歳か10歳で初めてチャーリー・パーカーを聴いた時って、ショックでしたね。“あっ”ってなっちゃって」

――その時点でもうジャズは聴いていたんですか?

「小学校のブラスバンドでアルト・サックスを始めて、サックスにはどういう音楽があるのかな?って、図書館に行って自分で調べたんです。それで、ケニーGさんのようなジャズも、それからクラシックもいろいろと聴いたんですけど、チャーリー・パーカーだけは、ショックというか、怖かったです。聴いていると、笑顔だけど泣いてるような演奏、というか…」

――9歳、10歳でそれを感じるっていうのは、凄い感性ですね。

「どうなんでしょう…?子供のほうが逆にそういうのに敏感なのかもしれませんよね」

――16歳でメジャー・デビューした当時の自分を振り返った時、褒め言葉とか投げかけたくなりませんか? “頑張ったね!”とか。

「相当いじめられたんです、デビューした時に(笑)。ジャズの一派って、ここの先生に習っているなり、バークリー音楽大学に行くなり、段階を踏んで音楽家のお墨付きがあってデビュー、っていうのが、多分、通常だと思うんですけど、私は、どこのライヴ・ハウスにも(専属では)属さなかったし、何もない状態で本当にぽんと出て来たので、演奏する時に、例えば、“ここは、サウンドしてないねぇ”って言われるとドキッとしちゃう、とか、“なぜ、これが出来ないんだ?”って。(レジェンダリーなサックス奏者)ジェイムス・ムーディーは直接言ってレッスンしてくれたんですけれど、“自分はいまだに下手だ”っていうことを思っちゃいますね、大人たちの言葉の詰み重ねで。自分が悪いんだ、失敗したんだ、って思っちゃう癖があるので、“それ、関係ないよ!”っていうことを(16歳の自分に)教えてあげたいですね」

――昨年、今年と、House of Jaxxとしてのアルバムを出していらっしゃいますが、それはずっとやりたかったことなんでしょうか?

「やりたかったですね」

――ご自身のソロとそういったユニットと、どちらが楽しいんですか?

「ユニットだと曲を書くという産みの苦しみがどうしても伴うので、既存の曲を楽しくやったほうが楽ではあるんですけど、でも、どちらも楽しいですね。House of Jaxxは、ほぼどの曲にもが入ってるんです。歌があったり、ラップがあったり。やっぱり、ビー・パップって言語なので。ジェイムス・ムーディーも“喋るように演奏しなさい”って言ってました。ムーディーもラップが大好きだったんです」

――そこで繋がるわけですね。

「「Moody's Mood For Love」を自分で楽しくラップでやっていたり」

――あの名バラードを?(笑)

「ええ。家でいつも歌っているので、ラップってビー・バップのラインと親和性が凄くあるな、って思ったんです。それで、ラップで言いたいことをたくさん書いておいて発表したんです。ビー・バップっていっぱい言えるじゃないですか、シャバラバ・ラバラバって。そしてラップもいっぱい言えるじゃないですか。その辺りの親和性も特に強いと感じて」

――今回の新作、『The Golden Dawn』のアルバム・タイトルはどこから?

20周年ということもありますし、今まで、光り輝いた、という印象が体感としてあまりないので、“Dawn”=夜明け前の一番暗い時間。今が一番暗い時期であってほしい…コロナ禍もありましたし、いろいろなことがありましたから、これから明るくなってほしいということを願って、『The Golden Dawn』にしました」

――「The Golden Dawn」という曲はアルバムには入っていないんですよね。書けば良かったんじゃないですか?

「今回は、オリジナルに関しては、年齢を追いたかったんです、14歳、15歳、16歳って。アルバムの5曲目の「Gated City:14」から、「Beginning:15」、「UNCHAIN:16」と」

――曲名の後ろに数字がついているのはそういうことなんですね。

「はい。それで、菊地成孔さんが作ってきた「Autumn Leaves」と私が書いた「Gated City:14」が結構マッチしたので、“141516辺りはなんか、カオスになって良いなぁ”って」

――14歳の時に書いた曲、ではなく、14歳の自分をイメージして書いたんですね。

「ええ。14歳でライヴをやり始めてからデビューに漕ぎ着けるまで、凄く永久に感じたと言うか、凄く長かったんです」

――アルバムの制作に入る時は、まず、どのような取り組み方をしたのですか?“こういうアルバムにしたい”ですとか、“好きな曲をとにかく録音しよう”ですとか。

菊地さんとごにょごにょ楽しく話していたらいつの間にか時間が経っちゃいまして、“まずい、早くやらなきゃ~!”ってなったんです()。ただ、作品の一番のところは、足元の悪い、チャーリー・パーカーだけ浮いている、っていうその雰囲気を、アルト・サックスで出すのではなく、アルバム全体のサウンドでそういう出したい、っていう部分で、それに菊地さんが凄く賛同してくれたので、“じゃぁ、(数曲のアレンジを)菊地さんでお願いします!”っていう風にして。ビー・バップにストリングスを入れると変に明るくなっちゃうんですよ。ビー・バップって、最近、スポーティーにやる人が多くて、フュージョンなんだか、ビー・バップなんだか解らない、っていうくらい皆、技術が、行くところまで行っちゃっているので。そういう安定したラインというより、“なんかグラグラしてるぞ”っていうのをどうしても出したくて。菊地さんのアレンジは3曲だけですけれども、ミックスにも関わってくれたので全体的に菊地さん色が出ているのが大きいですね」

――1曲目から格調高いストリングスで始まり、でも、1分くらい進むといつもの矢野沙織に会える、という作りが”美味しい”ですよね。

「でも、あのストリングスとビー・バップって、実は全然合ってないんですよ。私と菊地さんの音楽が上手くマリージュ、混ざり合っているわけではなくて、“矢野沙織 対 菊地成孔”みたいになってるなぁ、って。だったら、菊地さんのほうのストリングスを思いっきりドライにしてバン!って大きく出して、私はボワンっていう胴型の音のままにして、全然混じっていないけれど同居はしている、っていう環境を出すことでちょっと普通のジャズではなくなったかな?って。そういう工夫はありますね」

――「Autumn Leaves」のオケってメロディー吹きにくくはなかったですか?

「あれって1回しか録ってないんですよ。リハーサルだと思ったら“OKです!全然大丈夫です!”って言われて(笑)」

――でも、その曲では、矢野さんと菊地さんの対決、っていう感じが非常によく出てますね。

「そうですね」

――「I’m In The Mood For Love」は逆にとても美しい絡み方ですね。ところで、スタンダードのメロディーを吹く時って、何を考えていますか?

「歌詞ですね。今回の、例えば、「I Didn’t Know What Time It Was」はだいぶミニマルなアレンジになっているので、またちょっと違ってくる部分もあるんですけど、例えば、歌詞の最後が “er” で終わっているとか、 “ry” で終わっているとか、何かそういうところが大事ですよね」

――えっ…そういうところまで捉えるんですか、歌詞の...?

「サックスって物言わぬ楽器なので。最初の文字はあまり気にしていなくて、語尾ですね」

――驚きました。そういうことまで考えて吹かれる日本人プレヤーがいるとは…。さて、改めて矢野沙織はどういうサックス奏者なのでしょうか、ご自身の言葉で表すと…?

「難しいですね…とってもジャズが得意なサックス奏者だと思います。器用な人がいっぱいいるんですよ、フュージョンができて、ビー・バップができて、ファンクもできて、っていう人がたくさん。私は、“額縁が変わっても内容がビー・パップだ”っていうことを菊地さんがHouse of Jaxxのライナーノーツで書いてくださって、それって目から鱗で、“あ、それでいいんだ!”っていう、自己肯定が高まったひと言だったんです。“私は何をやっても、どんなリズムが来てもジャズ・ミュージシャンです“って思いました」

――では、この新作の、どの辺りに特に注目して聴いてほしいですか?

「最近は1曲、1曲で聴いたりするっていう文化が、特に若い子の間ではあると思うんですけど、今回は全体を通して…特に、4、5、6、7曲目に物語性があったり、1枚を通して皆さんが観る景色、それが仮に退屈な風景でもいいんですけど退屈な風景がどうか映画になりますように、と思って作っているので、1枚を通して聴いてもらえると嬉しいです。そのために曲間とか凄く短かいので(笑)。どんどん聴いて、何回も聴いて、慣れてほしいな、って思います」

――サックス好きのリスナーに、特に聴いてほしいソロはどの曲でしょう?

「そうですねぇ…やっぱり「Autumn Leaves」ですね。サックス奏者が好む曲ではあるんですけれど、やっぱり菊地さんに頼んで良かったなぁ、と思う曲ですね。“ちょっとへんてこだなぁ”と思う人もいるかもしれないんですけど、室内音楽の様式美はそのままで、全然変わったことはしていないんです、実は。その辺のことが私、大好きなので聴いてほしいな、って思います」

――さて、2024年1月31日にビルボードライブ横浜で公演がありますね。しかも、指揮が菊地成孔さんで。

「はい。なかなかこの編成でライヴが見られることはないと思うので、”放送事故”も含めて何か楽しいことが起こるんじゃないかと(笑)。私も菊地さんも事故を事故とは思わないので。(編成は)ピアノ・トリオと弦楽カルテットで、凄い豪華なライヴになると思うので、ぜひ、観にきてください」

(おわり)

取材・文/中田利樹
写真/野﨑 慧嗣

RELEASE INFORMATION

矢野沙織『The Golden Dawn』

2023年1129日(水)発売
KICJ-868/3,300円(税込)
KING RECORDS

矢野沙織『The Golden Dawn』

LIVE INFORMATION

20th「The Golden Dawn」at Billboard Live YOKOHAMAwith Strings(conducted by 菊地成孔)

2024年0131日(水) 神奈川 ビルボードライブ横浜
1stステージ 開場16:30 開演17:30 / 2ndステージ 開場19:30 開演20:30

20th「The Golden Dawn」at Billboard Live YOKOHAMA

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