──encore初インタビューのテレビ大陸音頭の皆さんに、まずバンドについて伺っていきたいと思います。高校生バンドとして鮮烈にシーンへ登場しましたが、「俺に真実を教えてくれ!!」の<ビールを飲める年にもうなれる>という歌詞の通り、ビールが飲める年になりましたか?
千代谷竜司(歌とギター)「ベースの(戸借)晴亜先輩が21歳で、晴亜先輩以外の3人はまだ19歳。でも鈴木(隆太郎)くんはもうすぐで20歳になります(※取材は6月中旬に実施)。(ヤナガワ)ヒロトは11月に、僕は12月に20歳になります」
戸借晴亜(ベース)「でも僕もビールを飲んだことないです」
千代谷「いつもそう言うけど、本当なんですか?」
戸借「本当! 初めてのビールはみんなと飲みたいから、まだ飲まないようにしている」
千代谷「でもよく会話の中で“昨日、飲み会でさ”と言うじゃないですか!?」
戸借「飲み会には行くけどソフトドリンクしか飲まないから」
──ということは、千代谷さんが12月に20歳になってからみんなでお酒を?
戸借「はい。僕はそこまで待ちます」
──戸借さんが2歳年上という4人ですが、テレビ大陸音頭の結成の経緯はどのようなものだったのでしょうか?
千代谷「通っていた北海道の厚別高校の軽音楽部で出会いました。僕たち3人が同時に入部して、3年生に晴亜先輩がいました。と言っても最初はそれぞれにコピーバンドをやっていて。その後、僕と鈴木くんと別のベースの子の3人で“アフリカは君に語りかける”というバンドを組んで、高2の春に今のメンバーでテレビ大陸音頭になりました。
──軽音楽部で出会ったということですが、皆さんが軽音楽部に入部するまでに、どんな音楽を聴いてきたのか、どうして楽器を始めたのかといった音楽遍歴を教えてください。
千代谷「僕は、お父さんがThe ClashやARBとかパンクロックが好きで…小学生の頃はお父さんのCDを漁って聴いていました」
──小学生でパンクロックの魅力に取り憑かれたのですか?
千代谷「いえ、当時は特に好きだったとかではなかったです。“ああ、いいっすな〜”みたいな感じでした」
──“まぁ、家にCDがあるし聴いとくか”みたいな?
千代谷「そうです」
──お父様は音楽についていろいろと教えてくれたのでしょうか? それとも千代谷さんが一人で黙々と聴いていたのですか?
千代谷「一緒に毎週、 “今日はマイケル特集だよ!”とか言いながらテレビで『ベストヒットUSA』を見ていました。本当に昔から海外のバンドも国内のバンドも分け隔てなく聴いていました」
──ご自身で“バンドをやろう”と思ったのはいつ頃だったのでしょうか?
千代谷「中学でスピッツを聴いてからです。スピッツにえらくハマって。初めて買ったCDはスピッツのベスト盤でした」
──そうだったんですね。スピッツとの出会いはいつだったのでしょうか?
千代谷「小学生のときに、スピッツとマイケル・ジャクソンがすごく好きな同級生がいて。話題についていくために僕もスピッツを聴き始めたらハマってしまいました。そのままフジファブリックなども好きになりました。それで、小学校の卒業文集に“将来はギターボーカルをやる”みたいなことを書いていたんです」
──おお、叶っていますね!
千代谷「はい。でも当時、Mr.Childrenがすごく好きだったので、“「終わりなき旅」みたいな曲を作る”とも書いていました」
──Mr.Childrenもお好きだったんですね。
千代谷「はい。もう本当にジャンルがバラバラでした。だから僕が作る曲もバラバラですし…」
戸借「歌モノも作るよね?」
千代谷「むしろ最近はもう歌ものしか作っていないです。だから次のアルバムは全曲フォークになっている可能性もあります」
──ちなみに今、テレビ大陸音頭でやっているようなポストパンク、ポストロックを好きになったのは?
千代谷「高校でバンドを組んでからです。the hatchとかCARTHIEFSCHOOLをはじめ、札幌のポストパンクのバンドと一緒にライブをやるようになって、“こんなにすごい音楽があるんだ!”と衝撃を受けて。そこからあからさまに音楽性が変わりました」
戸借「では続いて僕が。僕はテレ大に加入してから音楽を本格的に聴き始めました。親が歌を歌っていたり、ピアノの先生をやっていたりしていたんですけど、僕自身は全然音楽を聴いていなくて。軽音楽部も特に理由もなく入部したんです。“何か部活に入ったほうがいい”と言われたので…。最初にテレ大の曲で覚えたのが「俺に真実を教えてくれ!!」で、あまりにも自分の中にないもの過ぎて衝撃でした。そこから聴く音楽が変わりました。とは言え、ずっと好きで聴いているのはスティーヴィー・ワンダーとかSuchmos、ジャンルで言うとR&Bなどです」
──テレビ大陸音頭の他のメンバーが入部してくるまでの2年間、軽音楽部ではどんな音楽をやられていたのですか?
戸借「ポップスでした。僕の代はボカロやアニソンが人気だったので、そういうものばかりやっていました。僕たちの下の学年からロックをやるようになって、そこで衝撃を受けました。ASIAN KUNG-FU GENERATIONとか銀杏BOYZとかをコピーしていたよね?」
千代谷「してました。初めてコピーしたのは「Re:Re:」でした」
戸借「あと、ブルーハーツの「青空」がすごく良かった! そういう意味では、結局ずっと竜司に影響を受けているかも…」
──理由もなく軽音部に入部したとのことですが、ベースを始めたのは何がきっかけだったのでしょうか?
戸借「なんでだっけ?…最初はキーボードだったんです」
鈴木「ベースは“好きな子の影響”って言ってたような…」
戸借「あー、そうだ! 最初は親にキーボードを買ってもらってキーボードをやっていたんですが、お父さんが“弾きたい”という理由で、ギターとベースも買ってもらって。そしたら好きな女の子がベースをやっていて、“ベース、カッコいいな”と思うようになってベースになりました。忘れたい思い出なので忘れていました…」
鈴木隆太郎(ギター)「僕は幼少期に『TEPPEN』(芸能界特技王決定戦 TEPPEN)というテレビ番組で“太鼓の達人”の回を見て、そこから“太鼓の達人”に激ハマりしたのが音楽との出会いです。それが幼稚園のときで、“太鼓の達人”は小学生になってもずっとやっていました。だけど、小3くらいのときにお父さんが“このままじゃゲームしかやらなくなる”と心配して、僕をスタジオに連れて行ってくれたんです。そこで“ドラムをやりなさい”と言ってドラムを始めることになりました。そこからどんどんドラムが楽しくなっていって…」
──今はギタリストですが、最初はドラムだったんですね。
鈴木「そうなんです。“バンドをやりたい”と思ったのは中学生のときでした。コロナ禍だったので家でYouTubeを見ていたらレッチリ(Red Hot Chili Peppers)に出会いました。“カッコいい! こういうことしたい!”とバンドに憧れるようになりました。そこからいろいろ漁っていたら54-71というバンドを見つけて、“うわー!”となって。そこからギターを始めました」
千代谷「給付金の10万円でベースも買っていたよね?」
鈴木「そう。コロナの給付金を、親が全額僕にくれたのでベースを買いました。そのときに買ったベースには“給付金”という名前をつけています(笑)。その後、高校生になって…軽音楽部の紹介ライブでベースを弾いていた晴亜先輩がすごくうまくて! “楽しそうだし入部しよう”と思って軽音楽部に入りました」
千代谷「最初はドラムだったよね?」
鈴木「それこそテレビ大陸音頭の前身バンド・アフリカは君に語りかけるでもドラムをやっていたんですが、この4人でやることになったので、“じゃあギターやります”と言ってギターになりました」
──ちなみに、4人組になったのは鈴木さんがギターを弾きたかったからですか?
鈴木「いえ、千代谷くんが“俺、もうギター弾きたくない”って…(笑)」
千代谷「もっと難しいことをやりたかっので。だけど僕には弾けないから、本当にギターがうまい人を入れようと思いました。そこで“ギターが弾けて音楽の趣味が合う人いないかな?”と考えたら…鈴木くんでした。だけど鈴木くんはそのときドラムだったので、“じゃあドラムはヒロトだ”と思いついて、4人組になりました」
──そういう流れだったんですね。鈴木さんの音楽遍歴をもう少し伺いたいのですが、趣味でさまざまな楽器を弾いていた中学生の頃はどういう音楽を聴いていたのでしょうか?
鈴木「ONE OK ROCKにハマっていました。永遠に「完全感覚Dreamer」リスペクトしています! あとは、お父さんの車のカーステレオで流れていたオフコースと高中正義と安全地帯と、羞恥心を聴いていました。妖怪ウォッチの「ようかい体操第一」も聴いていました」
千代谷「鈴木くんのお父さん、とても面白いんですよ。ガタイがすごく良くて背も高くて、会ったらマジックを披露してくれます」
──お父さんの情報量が多いですね(笑)、
鈴木「なぞなぞも出してくれます」
──そんなお父さんからいろいろな音楽を教えてもらったんですね。ではヤナガワさんの音楽遍歴をお願いします。
ヤナガワヒロト(ドラムス)「僕もお父さんの影響が大きくて。カーステレオで流れていたTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTや、僕の名前の由来にもなった甲本ヒロトさんのTHE BLUE HEARTS、竜司も言っていたフジファブリックなどをよく聴いていました。あと、小学校に入るタイミングで家の倉庫に置いてあったフロアタムを一人で叩いていたという話を親から聞いたことがあります」
千代谷「フロアタムだけ!? どうして?」
ヤナガワ「わからないけど、ドラムセットもちゃんと家にあって、僕の触れる場所にはフロアタムがあったということだと思う…。で、小学生に上がった頃からお祭りで和太鼓を始めて、高校に入ってからドラムを始めました」
──中学、高校ではどのような音楽を聴いていましたか?
ヤナガワ「小学生のときは親の影響を受けて邦ロックを聴いていました。クリープハイプやMrs. GREEN APPLE、ゲスの極み乙女。とか。中学では、周りの影響でボカロを聴いていました。高校に入ってからは竜司と仲良くなったので、竜司に教えてもらったいろいろな音楽を聴いていました」
千代谷「ヒロトは毎年、ライジングサン(RISING SUN ROCK FESTIVAL)に行っていて、誘ってもらって、2022年のライジングサンに一緒に行ったんです。そこでナンバーガールを見ました。特にくらったとかではないですけど…」
──影響を受けていそうなのに、意外ですね。
千代谷「好きなんですけど、そのときは特にくらわなかったです。でもそのステージで急に“解散”って言われて。あっ、でもその後、会場内のタワレコでレコードを買いました」
戸借「くらっとるやん!(笑)」
──そうして始動したテレビ大陸音頭ですが、2024年に「俺に真実を教えてくれ!!」がバイラルヒットとなりました。
千代谷「正直、実感がわかなかったです。“なんで自分たちがテレビに出れるの!?”って思っていました」
戸借「TikTokでテレビ大陸音頭を紹介してくれた動画が“1万いいね!”とかの反応があって、“すげえ”と思っていました」
千代谷「そんな他人事みたいに。…いや、でも確かに他人事みたいだったわ」
──そもそも“売れたい”という気持ちでバンドを始めたのでしょうか?
千代谷「何もわからない状態で始めたというのが正直なところです」
鈴木「“なんか、バンドやりたいよね”みたいな」
千代谷「“フジロックに出れたらいいな”とか、“ライジングサン出られたらいいな”って、冗談で言っていましたけど、まさか本当に出られるとは思っていなかったから」
鈴木「高校の部活でバンドごとに目標を発表していたんですが、そこで“ライジングサンとウッドストック”って書いていたよね?」
千代谷「書いたけど、“初年度のライジングサンに出る”とかで、絶対に叶わない目標でした(笑)」
──それくらい、夢の話だったんですね。
戸借「フジロックも言ってた気がする…叶ってるわ」
千代谷「嬉しいです」
──そして、遂に初のフィジカルアルバム『VS Tairiku Ondo』が完成しました。
鈴木「やっぱりCDをリリースすることに対して憧れはあるので、ようやくリリースできて嬉しいです」
千代谷「“これが僕たちです”という、名刺代わりの1枚になりました。特に「俺に真実を教えてくれ!!」しかリリースしていなかったときは“イカ天バンドみたい”と思われていたはずだから(笑)。ようやくアルバムでバンドの音楽性の幅を聴いてもらえます」
──アルバムを作るにあたって、“こういうものにしたい”という構想は何かありましたか?
千代谷「電気グルーヴの『A』というアルバムが好きで。あのアルバムのように、全曲がつながっていてコンセプトに沿った楽曲が入っているアルバムを作りたかったんです。でも…曲がバラバラだったので、今回は自分たちの曲をちゃんと聴いてもらえるアルバムにすることにしました。次は全曲が繋がっているようなコンセプトアルバムを作りたいです」
──そうだったんですね。とは言え、アルバムの曲間は割と短いような…。
千代谷「そうなんです。みんなで話し合って、曲間や繋ぎ方にはこだわりました。特に「君は本当にPUREだね」から「超常現象を信んじてみる。」のところとか」
ヤナガワ「あそこ、めっちゃいい!」
──ちゃんと“アルバムを通して聴く”ということを意識して作られたんですね。
千代谷「はい。それを第一に考えました」
──名曲揃いのアルバム『VS Tairiku Ondo』ですが、中でも「超常現象を信んじてみる。」はすさまじいエネルギーを持った楽曲ですね。
千代谷「そうなんです!」
戸借「僕たちも自信があります」
千代谷「基本的にテレ大の曲は僕がGarageBandでデモを作って、それをスタジオでメンバーと合わせてみるという形で作っていくんですが、デモで良くてもスタジオで合わせたらイマイチだということがよくあって…」
鈴木「“GarageBandマジック”ね」
千代谷「そう。だけど、この曲はスタジオで合わせたときも“これはいいんじゃないか”と思って。さらに詰めてスタジオで録音したものを聴いたときに“もらった!”と思いました。ライブでの反響も良くて嬉しいです」
──ライブ映像もSNSでよく話題になっていますよね。
鈴木「でもムズすぎるんだよな〜」
──聴いている側としては“難しそうだな”と思いますが、やはり難しいんですね。
鈴木「音源ですら上手く弾けていないです(笑)。レコーディングでは冗談抜きで100回くらい同じフレーズを弾きました」
千代谷「その間、僕はスタジオで『モテキ』を読んでいました(笑)」
──この曲は、サウンドもさることながら歌詞も素晴らしいですね。過去の発言では、“歌詞にはあまり意味がない”とおっしゃっていましたが、今はその考え方から変わっているのでは?と思いました。
千代谷「まさに。かなり心情が変わって、歌詞に重きを置くようになりました」
──それは何がきっかけだったのでしょうか?
千代谷「サニーデイ・サービスを聴くようになって、“歌詞って大事だな”と思ったんです。あとは以前から大好きで対バンしてさらに好きになったMT…豊田道倫さんの影響も大きいです。そういう曲を聴いているうちに“やっぱり歌詞はこだわったほうがいいよな”と思って、「超常現象を信んじてみる。」はかなりこだわりました。あと、「直撃世代」も」
──確かに。「直撃世代」あたりから歌詞の手触りが変わってきたように感じました。
千代谷「そうですね。それまでは散文的だったんですが、最近はそこから流れを考えて広げていくことを意識するようになりました」
──「超常現象を信んじてみる。」はどういったところから作っていったのでしょうか?
千代谷「もともと自分の中にあった歌詞の破片を組み合わせて…そのビートに当てはめるように言葉を入れていくうちに物語が見えてきました。そこからはパッと書けました」
──特に<外ってなんかこんなに綺麗だったっけって思う>というフレーズはなかなか書けないですよね。
千代谷「ヤバいですよね! いや〜、いいなぁ。あと<みんなみんなみんなみんなみんなみんな、頑張れー>も良くて」
戸借「そう! さっきも話にありましたけど、この曲、ライブでやるとすごく難しいんです。しかもライブの最後のほうにやることが多くて、ゲロゲロに疲れているときに<頑張れー>って言われるのが本当に嬉しくて」
──メンバーの皆さんへのエールにもなっているんですね。
千代谷「そうなんです」
戸借「<外ってなんかこんなに綺麗だったっけって思う>も本当にいいし。マジでいい歌詞だと思う、この曲」
千代谷「嬉しい。サザンオールスターズの「思い過ごしも恋のうち」って曲がすごく好きなんですけど…」
鈴木「僕たちのアンセムです」。
千代谷「その曲に<心に残る言葉を言わなけりゃどうにもならないよ>という一節があって。“すごくいいなぁ”と思って、そこから歌詞は意識しています」
戸借「歌詞でいうと、ライブでやっている「衝動はいいもんだ」という曲があって、その曲くらいから歌詞にこだわり始めた気がします」
千代谷「そう思うと、本当にきっかけはMTかも。MT、『VS Tairiku Ondo』の配信がスタートした日に“繰り返し聴いていた”ってXに書いてくれていて。すごく嬉しかったです」
──では、この先はさらに歌詞に重きを置いた楽曲が増えていきそうですか?
千代田「そうなると思います。音でがツンとくるだけでなく、心にもグッとくる曲を作っていきたいです」
──その他に『「VS Tairiku Ondo』収録曲で特に気に入っている曲や、ご自身のフレーズで“ここを聴いてほしい!”というポイントをお一人ずつ教えてください。
千代谷「僕はやっぱり「君は本当にPUREだね」から「超常現象を信んじてみる。」のつなぎです。呻いてからテッテレテッテレ〜って「超常現象を信んじてみる。」のリフが始まる感じがすごく好きです」
鈴木「“ヒーロー、来たー!“みたいな」
千代谷「そう、映画『ピンポン』の“ヒーロー見参”ね! 僕、映画『ピンポン』にくらって、中学では卓球部に入っていました! すみません、話逸れちゃいました」
──いえいえ、皆さんの影響を受けたカルチャーがよくわかるインタビューになって助かります。
鈴木「僕は音です。特に「直撃世代」とか「超常現象を信んじてみる。」はいい音が録れたと思います。僕、スティーヴ・アルビニのものすごくうるさくて汚い音の録音が好きなんです。“ボーンカーンカーン”みたいな。それが最高だと思っていましたし、このアルバムではそれを目指したいと思っていました。だけどいざ録ってみたらハイファイで“ポスポス”した音も“意外といいじゃん!”と思って。撮り終えて、マスタリングまで終わってから聴いてみたら、ハイファイだけど、きれいすぎてウザいということもなくて、今すぎていないし、面白い音になったと思います」
戸借「僕は「異次元の暮らし」がすごく気に入っています。出来たとき、“これはヤバい曲が出来たな”と思いました。真ん中の盛り上がるところの爆発感がすごく好きです。あと最後、ベースとドラムだけになったあとにもう一回爆発するところで、ドーンって感情がすごく出ている感じも好きです」
ヤナガワ「僕は「君は本当にPUREだね」。この曲は尖った作り方をしています。前半と後半はほぼ同じで、後半はただ前半を早回ししているだけなんです。割と頭のおかしな感じに出来て嬉しかったです」
千代谷「聴いている人を悩ませられたよね」
ヤナガワ「リスナーに混乱してほしいです」
鈴木「この曲、エディットが楽しかった!」
ヤナガワ「人力で演奏したものを、ループ素材としてサンプラーに入れて、機械演奏みたいに編集したんです。すごく楽しかったです」
──この曲は、デモの段階からこの2回しの状態だったんですか?
戸借「いえ、ライブでも普通に1回です」
千代谷「アルバムに収録することになってから“面白いことをしたいな”と思ってこの形になりました」
──そんな遊び心もふんだんに詰まった初のフィジカルアルバム『VS Tairiku Ondo』を作り上げたテレビ大陸音頭。この先は、どのような活動をしていきたい、どのような音楽を届けていきたいと考えていますか?
千代谷「これからもどんどん新しい一面を見せていきたいです。多分、僕たちってポストパンクみたいなイメージがあると思うんですけど、今後は音楽的にもいろんな面を見せたいですし、自分たちの心情も歌詞とかで見せていきたいです。曲の破片もたくさんあるので、それらを形にしながら、新たなフェーズに進みたいと思っています」
(おわり)
取材・文/小林千絵
ライブ写真提供:saylaphotos

