──松下さんは2008年に洸平名義でシンガーソングライターとしてデビューし、2021年にシングル「つよがり」で再デビューされました。2021年に再デビューしたときの気持ちや決意を改めて聞かせてください。

「最初のデビュー後すぐに役者業に専念したのですが、その間も実はずっと曲を作っていました。作った曲は、年に1回のファンイベントで披露して。でもリリースをすることはなかったので、そこで歌って終わりという形でした。だから再デビューの話をいただいたときは“曲を残すことができるんだ!やりたい”と心が動きました。デビューをするということは、CDを作って届けることができる。そんな嬉しいことはないですからね」

──再デビューしてからの気持ちは、音楽を志していたときと同じですか?それとも当時とはまた違いますか?

「“再デビュー”と言っていただいてはいますけど、個人的な思いとしては1からのスタートのような気持ちです。最初にデビューしたときは、インディーズ期間もないままだったので、本当に右も左もわからなくて、あっという間に過ぎてしまいました。そのあとすぐに俳優業を中心に活動していたので、デビューを一度経験したことがあるとはいえ、10年以上前の話ですし、当時はわからないことだらけでした。自分も若かったので、自分がやりたい音楽が何なのかもよくわからないまま、単純にR&Bやソウルが好きという気持ちだけで闇雲にやっていたような気がします。2021年に再デビューさせてただいて、曲を作ってレコーディングして、という一つ一つが新鮮だったし、本当にど新人の気持ちでスタートしたのを覚えています。そこから2年経った今は、作り方だけでなく、自分の音楽性も徐々にわかってきて、ライブもやって、たくさんの人の前で歌う機会も増えて、自分がシンガーソングライターであるという自覚がやっと芽生えてきた、という感じです」

──俳優業に専念していたときも曲はずっと作られていたということですが、リリースする予定はなくても曲を作っていたというのはどういった想いやモチベーションがあったのでしょうか?

「あの10年の間に曲を作ることをやめてしまったら、歌い手としての自分というものは徐々に忘れて過去のものになっていたと思うんです。でも、歌手としての自分、表現者としての自分の可能性みたいなものが捨てきれなくて。自分の才能がどうというよりも、好きで始めたことなのに、そんな自分を捨ててしまうことがどうしてもできなくて。だから趣味の範囲内でもいいから作っておこうと思って作りためていました」

──どこか意地のようなものも?

「ありましたね、うん。だからそのときに作っていた曲を、リアレンジしてリリースすることができたときはうれしかったですし、まだリリースはしていないけど、あの頃作っていた曲の中で気に入っている曲はあるので、いつかどこかのタイミングで音源化して改めて届けたいなと思っています」

──再デビューや昨年リリースの1stフルアルバム『POINT TO POINT』後の反響は、どのように捉えていますか?

「俳優としての自分が表立って出ているので、自分が歌を歌う人だということをまずはわかってもらいたくて『POINT TO POINT』を作りました。音楽番組にいくつか出させていただいたこともあって、SNSなどで“歌手なの?”とか“俳優さんだと思ってたけど、歌も歌う人なんだ”のような反応があって。自分が音楽をやっていることを知らない人がたくさんいるんだなと実感しました。そうするとまぁ、意地みたいなものですよね(笑)。僕たちは愛情を込めて作っているので、だったら1人でも多くの人に届けたいと、『POINT TO POINT』を作って改めて感じました。それを踏まえて、次は自分がどういう音楽が好きで、どういう声で歌う人かということを届けたいと思って『R&ME』を制作しました」

──その想いで作られた今作『R&ME』ですが、このタイトルについてご自身のSNSで“リズムと自分”と綴られていました。このコンセプトで作品を作ったのは、今おっしゃっていたように“自分がどういう音楽が好きで、どういう声で歌う人か”を表明したかったからですか?

「そうです。タイトルを付けたのは全曲仕上がってからなのですが…『R&ME』を作る上で、まずは前作でできなかったことをやろうということと、声を届けることを目標にして作り始めました。で、全曲出揃って“タイトルどうしようか?”となったときに、改めて今回の制作期間を思い出して、自分にとって音楽はやっぱり大事なものだなと再確認できた1枚になったと思いましたし、R&Bとかソウルとかそういうものが好きだった自分もこのアルバムでちゃんと表現できたから、R&Bへのリスペクトも込めて『R&ME』がいいんじゃないかと思って付けました」

──ちなみにR&Bやソウルがお好きになったのはいつ頃、どのようなきっかけだったのでしょう?

「中学生のときからストリートダンスをやっていたので、自然とヒップホップやR&Bといったブラックミュージックを聴いていて。当時はサブスクや配信がなかったので、自分でCDショップに行って、試聴コーナーでブラックミュージックの新譜を聴いてを繰り返しているうちにいろいろ世界が広がっていきました。最初に買った洋楽のCDDestiny's Child2000年代のR&Bにめっちゃハマりました。そこから日本のR&Bシンガーのことも知るようになって“日本にもこんな素敵なシンガーがいっぱいいるんだ!”と思って、そういう人たちの歌を練習したり、真似したりして今のスタイルになっていきました」

──そうだったんですね。では『R&ME』では、本当に好きなものややりたい音楽ができたという実感がありますか?

「はい。もちろんリスナーの人たちの顔も思い浮かべながら作りましたけど、まずは自分がやりたいことをやるというのが大前提でした。ただR&Bやソウルが好きだからといって、ジャンルに縛られるとそれはそれで苦しいような気がしていて。僕はブラックミュージックを普段から聴いていますけど、ポップスも大好きだし、友達とカラオケに行ったら永遠にミスチルを歌ったり(笑)。そういう日本人としてどうしようもなく惹かれてしまう王道のポップスもめちゃくちゃ好きなんです。だからこそ「君を想う」みたいな曲もあるし、アルバムの最後にはシンプルなバラード「たんぽぽ」も入れました。だから『R&ME』とは言っていますけど、R&Bというジャンルに絞ったという意味ではないです」

──おっしゃる通り、R&Bど真ん中の曲もあれば王道なポップスもある多彩な作品だなと思いました。特に、「君を想う」は、“R&B全開のアルバムなのかな?”と思っていたアルバムの1曲目だったので驚きました。

「そうですよね(笑)。さっきも言ったように、今の自分には、まずは声を知ってもらうことがすごく大事で。一番ストレートに声が届けられる曲はこれかなと思って。声を知ってもらうことができて、かつみんなが歌いたくなる曲。歌詞の内容も一番日常的で、近しく感じられる距離感でしたし、これをとっかかりにしてアルバムを聞き進んでいくうちに、ちょっとディープなところまで連れていけたらと思ってこれを1曲目にしました」

──この曲は小倉しんこうさんが作詞作曲を手がけられていますが、制作はどのように?

「ここ1年ぐらいでリリースした曲は割とポップな曲が多かったので、それを一回ひっくり返したいなと思って、まずは“バラードをやりたい”と小倉さんにオーダーしました。そこからデモを送ってもらい、細かい表現や言葉の変更を2人でキャッチボールしながら詰めていきました」

──最初にこの曲が届いたときはどう思いましたか?

「シンプルにいい曲だなって(笑)。小倉さんにお願いしてよかったなと思います。メロディも歌詞も本当に良くって。カラオケで歌いたくなる曲だなと思いましたね。実はそれも1つ思っていたことではあって。僕はよく友達とカラオケに行くのですが、そういうときってみんななぜか切ないバラードを歌うんですよね。しかも一人がバラードを歌うと、みんなが“じゃあこれも!”ってバラードを次々に入れ始めて、気付いたら大合唱してるっていう(笑)。それが日本のポップスの良さだと思っていて。そういう風景を見ていて、僕の曲にもそういう曲があったらなというのはずっと思っていました。日本語で、覚えやすくて歌いたくなるようなサビがあって、胸が苦しくなるような恋愛の曲。別にそのとき失恋したわけじゃないのに、どうしようもなく食らってしまう曲。そういう曲が欲しいなと思って、ど真ん中の曲を作りました」

──3曲目「Wake」はShin Sakiuraさんとのセッションから生まれたそうですね。どういった過程だったのか聞かせてください。

Shin Sakiuraさんと一緒に曲を作りたいなというのはずっと思っていて、今回のタイミングでお声がけさせていただいて実現しました。僕はサウンドプロデューサーとしてのShin Sakiuraさんも大好きですけど、ギタリストとしての彼のファンでもあって。アルバムを作っていくなかで、アコギメインの曲があったら面白いなと思ったので、だったらShinくんにアコギをジャカジャカ弾いてもらう曲を作ろうというところからお願いしました。そしたらこの曲のデモが上がってきて。そこから2人でスタジオに入って、セッションしながらメロディをブラッシュアップして、歌詞の世界観を話し合って。2人で共有したイメージを元にShinくんに歌詞を書いてもらいました」

──歌詞はどのようなイメージで?

「最初にShinくんがこのビートに乗せて、鼻歌でメロディを入れてくれていたのですが、それを聴いたときに“この曲だったらポジティブなバイブスの曲がハマりそうだよね”という話になって。そこからお互いの話をしていったんです。Shinくんとは初めましてだったので、お互いの好きな音楽の話や共通の友人の話から始まって、だんだん“僕もこういうことありましたよ”、“そういうときどうやって切り抜けたんですか?”といったパーソナルな話をしていって。“この感覚って歌にできそうですね”って。そこから歌詞にしてもらいました。「漂流」もESMEさんとそうやって作りました」

──5曲目の「You&Me」は松下さんが作詞作曲を手がけた楽曲です。R&B好きな松下さんが全開だと思いました。

「あはは(笑)、そうですね」

──この楽曲の制作はどのように?

「この曲はUTAさんとスタジオセッションで作りました。UTAさんとはこれまで2回ご一緒しているのですが、2曲とも割とポップな曲だったので“次一緒にやるときは、めちゃくちゃR&Bのメロウな曲を作りたいですね”という話をしていて。だから今回、スタジオに入った瞬間からお互いの方向性はわかっていて。2人でリファレンスになる曲を聴きながら話をしていたらUTAさんがおもむろにピアノを弾き始めて、その横で僕が鼻歌でメロディを考えながら仮歌を乗せて。スタジオに入って45時間でほぼ完成形のデモが完成しました。トラックを詰めていく中でUTAさんが、サンプリングした雨の音を入れていたので“UTAさんの中でそういうイメージなんだ”と思って。だったら歌詞は終わりに近付いていく男女の切ないものが合うかな?それってめっちゃR&Bだなと思って家で歌詞を書いて。次会うときにはもうレコーディングという感じでした。収録曲の中で一番早く完成した曲だったんじゃないかな」

──お話をお伺いしていると、プロデューサーや作家陣など、一緒に作る方に引き出されるようにして生まれた曲が多い印象ですが、その中でラストナンバー「たんぽぽ」はピアノ一本に歌というシンプルな1曲です。この曲はどのようにできた曲なのでしょうか?

「アルバムを作るときから、最後はピアノと声だけの曲にしたいと思っていたんです」

──それは声を届けるアルバムにしたいと思っていたから?

「はい。あとはビートメインの曲が多くなるだろうなと思っていたので、最後はシンプルに“裸の自分”で終わりたいなと思って。ピアノと声だけというイメージは最初からあったんですが、何について書こうかな?と悩んでいたときに、ふと“今年は花にまつわる仕事が多かったな”と思ったんです。夏にやらせてもらった舞台はこまつ座 第147回公演『闇に咲く花』で、今出演させてもらっているドラマは「いちばんすきな花」。花に囲まれた半年間だったので、僕なりの花の歌を書きたいなと思って、それこそジャンルに縛られずに、シンプルに今の自分の中から出てくるメロディと歌詞で素直に書いたらこういうものができました」

──今作の収録曲の中で、ボーカル面で特にトライしたことや苦労したことはありますか?

「「This is my love」ですね。これはまさに僕が聴いて育った、セクシーなR&Bのバイブスの曲で。自分も曲を作れるようになって、リリースできるようになったらこういう曲をやりたいなと思っていた曲だったので、念願の1曲です。僕はロビン・シックというシンガーがすごく好きなのですが、ロビン・シックの曲ってほぼほぼファルセットなんですよ。それがめちゃくちゃセクシーでカッコ良いのですが、僕もそういうものがやりたかったので「This is my love」ではそこにトライできたなと思います」

──おっしゃる通り、特にサビはほぼほぼファルセットで歌われています。トライしてみていかがでしたか?

「楽しかったですね。歌詞も“THE R&B”という感じで。いろいろ言っていますけど複雑なことはなくて、結局は “君がどれだけ好きか”ってことしか言ってないっていう(笑)。でも僕はそこがR&Bの好きなところでもあったので、そういうところまで再現できてよかったなと思います。音楽だからこそ言えるストレートすぎるフレーズやスイートなことも歌えるのがR&Bの特権かなって。この曲は思う存分僕の思うR&B”をやりました」

──“声を聞かせるアルバムにしたい”という想いが今作の最初のコンセプトだったとのことですが、今作に限らず、松下さんがボーカルとして歌う上で意識していること、大切にしていることは何かありますか?

「ダイレクトに心に届くように歌いたいなと思っています。自分のスキルを見せるのではなくて、すっと心に入って、どこも介さずに聴く人の心に届く声でいたいです。それはどんな歌を歌っていてもそうだし、芝居をしていてもそうなんですよね。音楽も芝居もエンタテインメントなので、必ず見る人がいるし、せっかく作っているんだから一人でも多くの人に触れてもらいたいという想いがあって。“見たいやつだけ見ろ”という考えは、僕にはどうしてもできません。だからといって見る人に合わせるような作り方はしないですけど、でもやっぱり見てくれる人のことも考えて芝居をするので。例えば僕と相手の会話を、カメラや観客が見るわけじゃないですか。でもだからといって、その人たちの顔色を気にしながら相手としゃべることはできなくて。僕はあくまでも会話にだけ集中します。その会話が面白かったら、きっと見てもらえるだろうから、まずは対話する相手の心に届く芝居をしなきゃと思うんです。それは歌も一緒のような気がしていて。もちろんパーソナルな想いで書いているので、いろいろな状況とかいろいろな人の顔は思い浮かびますけど、やっぱり歌い手と聞き手が繋がっていないと、歌として成立しないと思っていて。逆にそこが成立していたら、波紋のように広がって、聴いてくれる人が増えていくと信じています。だから歌うときも、いろんな人のことを気にしながらじゃなくて、例えばライブだったらお客さん、そうやって聞いている人の心に直接届くように歌うようになりました。もちろんいろいろな表現の仕方があるので人それぞれだとは思いますけど、僕の場合はそうです」

──そんな気持ちで歌った10曲が収録されている『R&ME』。ご自身ではどのようなアルバムになったと思いますか?

「最初に言った通り“声を届ける”という想いで作ったので、まずはそこが伝わるアルバムになっていたらいいなと思います。あとは、普段ブラックミュージックを聴かない方にとっても身近に感じられるアルバムになっていたらいいなと思いますし、僕の音楽を知らない方や、普段あまり音楽を聴かない方にも近い距離感で聴いていただけるアルバムになったと思うので、一人でも多くの人に聴いていただきたいですね」

──ちなみに、先ほど1stアルバムを出した際に“次は自分がどういう音楽が好きで、どういう声で歌う人かということを届けたい”と思ったとおっしゃっていましたが、2ndアルバムができあがった今、“次はこんなものを作りたい”といった構想や願望はありますか?

「やりたいことはまだまだいっぱいあります。今回はビートものが多かったので、バンドアレンジで、生演奏でレコーディングもやりたいし、引き続き、よく聴くと特に複雑なことは言ってない曲ももっと作りたいですね(笑)」

(おわり)

取材・文/小林千絵
写真/野﨑 慧嗣

RELEASE INFORMATION

松下洸平『R&ME』

2023年1213日(水)発売
初回限定盤ACD+DVD)/VIZL-22505,200円(税込)

初回限定盤A

松下洸平『R&ME』

2023年1213日(水)発売
初回限定盤BCD+DVD)/VIZL-22515,200円(税込)

初回限定盤B

松下洸平『R&ME』

2023年12月13日(水)発売
通常盤(CD only)/VICL-659013,400円(税込)

通常盤

LIVE INFORMATION

KOUHEI MATSUSHITA LIVE TOUR 2024 ~R&ME~

2024年1月20日(土) 神奈川 相模女子大学グリーンホール
2024年1月25日(木) 宮城 仙台サンプラザホール
2024年1月27日(土) 新潟 新潟県民会館
2024年2月3日(土) 愛媛 愛媛県県民文化会館
2024年2月4日(日) 岡山 岡山芸術創造劇場ハレノワ 大劇場
2024年2月11日(日) 愛知 名古屋国際会議場 センチュリーホール
2024年2月12日(月・祝) 静岡 静岡市民文化会館大ホール
2024年2月17日(土) 福岡 福岡市民会館
2024年2月24日(土) 大阪 オリックス劇場
2024年2月25日(日) 大阪 オリックス劇場
2024年3月2日(土) 北海道 帯広市民文化ホール (大ホール)
2024年3月3日(日) 北海道 カナモトホール (札幌市民ホール)
2024年3月13日(水) 東京 東京ガーデンシアター
2024年3月14日(木) 東京 東京ガーデンシアター

KOUHEI MATSUSHITA LIVE TOUR 2024 ~R&ME~

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