――今作の制作はどんな感じで始まったんでしょうか。

「去年の3月にブルーノートでライブをやって、6月から弾き語りツアーを始めたんです。弾き語りをやってるうちに、まだまだコロナが残ってたけど割とライブをやる勘っていうのが戻ってきて。だんだんコロナ前に気持ちが戻りつつあるっていう感じだと思います。で、「Rainy Runway」を6月に出したんですけど、それは“外に出て一歩踏み出そう”っていう歌で。だからもうそういう気持ちで一旦過ごしてたなと思いますね。ぼちぼち活発な動きをしたいなみたいなことだと思うんですけど。それでじゃあ来年アルバムだなと思いながら、弾き語りツアーと並行して曲を作り始めたという感じですかね」

――今回この一曲目の「Runner’s High」が今年的な気分だなというか、とにかく自分がすこやかであることの重要性が伺えますね。

「そうそうそう(笑)。精神状態を自分でよくするためにコントロールするっていうかね。もともとはどんな歌詞を乗せたらいいかわかんなくて。曲が先に出来てて、構成も出来上がってて、“これどうしようかな……”と思って。だんだんしりあがりに曲が盛り上がっていく感じだから、この感じをうまく表現するには何かなと思っていろいろ考えてて。ジムのランニングマシーンではじめは4km/hぐらいから歩き出すんですけど、ちょっとずつ速さを上げてって、最終的に11、12km/hとかまで行くのかな……そうするとだんだん肉体的にも精神的にも気持ちが上向きになってる感覚とこの曲の盛り上がりが似てるかなと思って、ランナーの歌にしようかな、と。そこからはすぐにできました。僕自身はランナーズハイになったことはないですけど(笑)」

――調子悪いまま生きていけるのなんてせいぜい20代までじゃないですか。

「そうなんですよ。体が健やかじゃないと精神的にも参って来ちゃう。単純にそれは寝不足とか、昨夜お酒飲みすぎたなとかいうのがこたえるじゃないですか。体調が良くない状態で何か仕事しなきゃいけないとか、人と会わなきゃいけないとか、それが本当に辛いっていうか、あまりいい結果も出ないし、考えごとするにしてもすごいネガティブなことを考えてしまうとか。だから体を整えることの大事さを歳とともに実感する、っていうことが反映されている曲かもしれない(笑)」

――同時に時代的なものもあると思います。良い状態で何かに挑むことによって獲得できる、そういうトーンはアルバム全体にあるような気がします。

「ああ、そうかもしれないですね」

――そして先行配信されている「nestling」。これは同世代の男性に向けられてるんでしょうか。

「この曲はドラマ「かしましめし」の主題歌だったんです。ドラマの中では20代の若者、社会に出たけどうまいこと行ってない人たちが寄り合いみたいな場所があって。そこで癒されてまた社会に向かって行くというようなドラマなんですけど。それを受けての歌詞なんで、あんまり同世代とは思わなかったかな。やっぱり若い人とかあるいは自分の子供たちとか、そんなようなことを考えてたかもしれないです」

――この曲ではBREIMENから高木祥太さん(Ba)とSo Kannoさん(Dr)が参加されていて。

「そうですね。今回、レコーディングとミックスを初めてご一緒したエンジニアの佐々木 優くんが、BREIMENもやってる人で。だからレコーディングの時はBREIMENチームに僕が入ったみたいな感じで“BREIMENの現場来てんのかな?”みたいな(笑)。彼らがいつもやってるスタジオだしなんか不思議な感じでしたね」

――そして「指先ひとつで」、これはなんか“指先”というワードに集約されてますね。

「そう。なんか、ケンシロウを思い出す人が結構いるみたいで(笑)。この言葉聞き覚えあるなと。すでに誰かこういう歌作ってるのかな?と思って検索したら、まずはじめに「北斗の拳」が出てきたんだけど、まあ、そこは別に気にしなくていいや……と」

――意図せず過去にコンタクトしてしまったという(笑)。

「それとは別に、イギリスっぽい曲っていうのかな、10ccとかああいうタイプの曲ってしばらく作ってなかったなと思って、何の気なしに始めたらツルッとできたんですけど。これはGOTOくんっていう、崎山(蒼志)くんとかやってるドラマーを彼(崎山)のプロモーションビデオで見て、「あ、面白い人がいる」と思って。千ヶ崎(学)くんとGOTOくんのペアでやってもらいました」

――この曲は高樹さんのギターソロもいいですね。

「先にシンセでフレーズを作って、それをなぞるっていう方法をやったんです。 ギターで作るとどうしてもギターなりのフレーズになってしまうので、キーボードで考えながら作った方が、よりメロディアスっていうかコードに準じたものが自分の場合は作りやすいんで。ただ、覚えるのが大変でした。意外と弾きづらくて」

――歌詞は――ケンシロウは置いておくとして(笑)――指ハートとかフィンガースナップ、後半に行くと指先一つで悪意も増幅する様子も描かれていて。

「そういうのもイメージできるといいなと思って。“後ろ指”っていうのはそういった悪意のあるツイートとか、そういうことも連想できるようにはしています」

――すごく前向きな部分とそれだけじゃない現実の物事が多重構造になっているという。今回、アルバムの全体的なトーンはポジティヴですけど、絶対現実は押さえられてるんですね。

「そこは、むやみに元気っていうのはあんまりぐっと来ないだろうなと思って。夢見れればいいんですけど、なかなかそうも行かないから。でも現実的な辛いことばっかり描いていくと何かポップソングとしていまいちこう、広がりがない気がして。そういうネガティブなものとポジティブなものが一緒にあるのが、“ここは苦いけどこっちは甘いよ、酸っぱいよ”っていうのは1曲の中で感じられるのがいいなと思いながら作ってたんです」

――まさに。そして「説得」はもしかしてマネージャーさんに向けられた曲なんでしょうか(笑)

「ははは!どうでしょう?むしろ、いつも僕の方が説得して“やろうよ!”って言ってるよね?でも割と誰しも当てはまるようなことだと思って。何かこう新しいものがポーンと来ると、“うーん、どうしようかな、やりたくないな。ちょっと不安だな”とか思うけど、大人は“とは言え断ってたら仕事来なくなるし”みたいな感じで頑張ってやると思うんですけど。その頑張ってやる時のよっしゃ!っていうところの気持ちを歌ってるっていうのかな……やんなよ!って一言言ってくれたら“そうだよね、やったほうがいいよね”みたいな感じ(笑)」

――そのためのプロセスが結構大事だったりね。

「わかっててうじうじしちゃうんです(笑)」

――そういうネガを良い音と良いグルーヴで包んでしまった感じ?

「これも「Runner’s High」と同じく伊吹文裕くんがドラムで、宮川 純くんがキーボード、シンベは僕。キーボードで曲を作ったりアレンジはしたりするんですけど、ジャズ的なプレイの技量みたいなのが僕にはないから、こういうポップスに宮川くんがさらっと入ってくれると、途端にそういうムードが出るんですよね。たぶん僕が自分で弾いてたらもうちょっとこうポップス然とした感じになると思うんですけど、彼が弾いてくれてファンキーな感じになりましたね」

――ちょっとユーモアのある楽曲に合いますよね。そして先行配信されていた「ほのめかし feat. SE SO NEON」ですが、これも選ばれた音で構成されていますね。

「これは本当にシンプルなトラックでリバーブで空間を埋めようということになって、あんまり音を詰め込み過ぎないように結構気を遣って。サウンドの肝としてはドラムのちょっとバウンスした感じっていうのかな。それをまず一番いい感じに録れるようにってことをエンジニアの柏井日向くんと相談しながらやってったんですけど、いい塩梅にハネてるなと思って。すごいいいところまで来たなと思います」

――SE SO NEONと共演された経緯というのは?

「もともとすでにあった曲で、SE SO NEONに面会する機会があって、手ぶらで行ってもなと思って。“この曲、歌ってくれたらハマる気がするんだけど、どう?”みたいな感じでデモを渡して。はじめベースは打ち込みで行くか千ヶ崎くんに頼もうかなと思ったんですけど、ベースのヒョンジンくんの話を聞いていると、いわゆるロックベースだけじゃなさそうだなと。もともとはゴスペルとかも好きでやってたっていうからテクニックは確かなんだなと思って。結構決まったフレーズではあったんですけど、タッチとか音色とかもすごい素晴らしくて、弾いてもらったらばっちりでした」

――すごくアトモスフェリックな曲で雰囲気も良くて。ちなみに彼ら以外にも東アジアのバンドとかアーティストで気になる存在はいますか?

「割と面白い人が最近多くて。フィリピンのバンドのフォー・オブ・スペードって知ってます?AORというかロックというか。みんな上手で。あと、タイのプム・ヴィプリットくんは歌も素晴らしいですよね。サンセット・ローラーコースターは、この間日本に来たときライブを観たんですが、演奏も手堅くて。すごいまとまってて良かったです」

――最近の東アジアの若い世代はすごく幅広く音楽を吸収してる印象があります。

「いわゆるヨーロッパとかアメリカのロックも聴いてるけど、おそらく日本のポップスとかロックも聴いてて、当然現地のも聴いてるわけですよね。その折衷具合、バランス感がインディーっぽいけどちゃんとしたプロっぽいテクニックというか、表現力があるのが面白いですね。たたずまいとしてはインディーズっぽいんだけど、その感じがすごく自由な感じがしていいんですよね」

――先日韓国の仁川フェスにも出演されましたが、これから東アジアのアーティストとかが集まるようなフェスはどうですか?

「楽しそうですよね。出たいな」

――never young beachあたりの世代が呼ばれるのは納得なんですけど、仁川フェスは高樹さんに声がかかるところはすごく開かれているというか。

「そうなんです。確かに同世代でその辺りで聴いてもらえてる人ってあんまりいないかもと思って。それは嬉しいですね」

――アルバムの話題に戻しますが、中盤にインスト曲の「seven/four」があることでアルバム全体がストーリー性を持つと思いました。

「今回ブラスセクションが入ってる曲が2曲と、あとはエレクトロっぽかったりするんですけど、なんかここを繋ぐものが欲しいと思って。武嶋 聡さんにサックス吹いてもらってるんですけど、ちょうどジャズっぽい曲が――ジャズっぽくしようとも思わなかったけど――なんかインストを作ろうかぐらいの感じで始めて。最近のジャズ、HIP HOPとかにも影響を受けたブレインフィーダーとかああいう感じなのかな。BADBADNOTGOODとかね、音像はロックっぽかったりオルタナティブな匂いがするけど、当人たちのテクニックはジャズだったり、曲はジャズっぽかったりっていうタイプの音楽に印象の近いものにしたいっていうことで作り始めたんです」

――そしてアルバムの中でも一番の問題作かと思われる「I ♡ 歌舞伎町」。すごく面白い曲ですね。

「面白いですよね(笑)。前半リフで始まって、途中からテンションコードの割と爽やかな方向に展開したんですけど、一時、曲の中に全然違う曲のものがドッキングされた感じの曲っていうのが洋楽とかで流行った気がして。ヴァースはめちゃくちゃヘヴィなのにサビが異常に爽やかみたいな曲を聴いて、“これ面白いな”と思って、どっかでやろうと思ってたんです。で、ちょうどこれがそんな感じがしたので。転調するところとかはスティーリー・ダンとか、ああいう70年代AORっぽいですけど、じゃあここにどんな歌詞乗っけようかなと思って。ダークな部分と爽やかな部分、ちょっと希望を感じる部分と若干泣けるメロでもあると思うんですよ、サビとかね。それにふさわしい歌詞、何かな?と思って。たぶんこれストーリーっぽい方が良いんだって思ったんです」

――なるほど。構成も展開も複雑ですね。

「ちょうどトー横キッズが浄化作戦みたいな感じで、追いやられるっていうニュースが目に入って。何年か前からあの辺、気になってはいたんですよね。もしかしたらこれなんか曲の題材に合うかもと思って。彼らってうちの子らと同じような年頃なんです。身近にああいう子っていないけど、でもうちの息子の友達とかがもしかしたらあそこにいるかもしれないと思うと、なんて言うのかな?あんまり関係ないような人じゃなくて実は身近な人かもしれない。単なる知らない子たち、タチの悪い子供がいるなあとも思えないんですよね。で、そういう子たちに群がってくる大人たちっていうのも孤独な人が集まってると思うんです。でもその女性が食い物にされてるっていうところを描くんじゃなくて、食い物にしている男性の悲しさとか傷ついてるって感じも何か一緒にこの歌の中に描けないかなと思って、一番は女の子、二番は女の子と男性のやりとりみたいなものが描かれてるんですね。割と早いうちに生きる希望とか夢みたいなものを諦めてしまうんだけど、ちょっとしたことでそういうものが失われてしまっている現実みたいなことを歌おうかなって感じで描きました」

――「Runner’s High」の主人公と無縁ではないというか。例えばジムに行った人が映画館行く時に通るかもしれないですし。

「そうですよね。東京なりその周辺の、まあまあ大きな都市があったとして、全然関係ない人なんだけど隣にいるかもしれないっていうか。でも交わらない、なかなか。そういうねじれの位置みたいなとこにある存在、ねじれの位置にある人たちに接触するには、自分には曲を書くということぐらいしか出来ないなと思ってます」

――それでもなかなか書く人は少ないと思います。この「I ♡ 歌舞伎町」があることで、次の「不恰好な星座」が今年のリアリティを増してて。なかなかグサッときました。

「今年本当にいろんな人が亡くなって。ちょうどアルバムの曲を書き溜めてる時にそういうタイミングで、高橋幸宏さんとか坂本龍一さん、バート・バカラックが亡くなったりとかして。自分が聴いてきた人たちがぽつぽつ消えていくわけですよね。この喪失している感じってなんなんだろう?と思って、いろんな星が消えていく感じを歌にしようと思って。この曲だけ詞から書き始めたんです。はじめはもうちょっとセンチメンタルな曲だったんですけど、なんか人が亡くなっていくことをセンチメンタルに歌ってもしょうがないな、センチメンタルな曲調に乗せてもな……と思って。それでこういうファンク調の曲になったんですけど、はじめは千ヶ崎くんと音を組んでリズム入れして、その時はもっとアフロファンクみたいな感じだったんですけど、生々しすぎるかなと思って。“千ヶ崎くん、ごめん”ってベースは9割方打ち込みになってしまったんですけど」

――これは勝手な印象ですけど後期YMOとか、あとはトーキング・ヘッズとかが浮かびました。

「あ、そうですか。METAFIVEみたくならないかなとちょっと思ったりして……あんなふうにはかっこよくならなかったかもしれないんだけど(笑)」

――いや、かっこいいですよ。今年に入ってからそういう喪失感なり、心情なりを曲にした人ってまだいないと思うんです。

「でもぼちぼち今年の後半とか年末に、1年を振り返るみたいに出てくるかもしれないですよ」

――高樹さんらしい表明だなと思いました。そしてラストの「Rainy Runway」。この曲はすごい平熱な感じがします。

「自分の中ではすごいオーセンティックっていうか、万人受けする曲な気がしてるんだけど(笑)」

――新しいことをやってみようよっていう中に<新しいヘアカラー>というのが入っているところがちょっと現実世界を逸脱してるかなと(笑)。

「ヘアカラー、僕は絶対やらないんですけどね(笑)。いろいろ考えたんですよね。何が一番自分がやらなさそうなことかな?と思って。結構ハードル高いと言えば高いじゃないですか、髪の色変えるのって」

――物語の主人公の年齢にもよるんでしょうけど。

「それを書いてる時、最近の若い人のヘアカラーの色がすごいなと思って。かき氷みたいな色してるなと思って(笑)。ブルーハワイ!いちご!メロン!みたいな感じじゃないですか。あれ面白いなと思って。これは試さないと思うけど、何か大きな変化、思い切った変化というとそれぐらいしかないなと思って」

――さらっと聴けるかなと思ったら意外と胸にくる、刺さる曲が多くて強いアルバムでした。完成してみていかがですか?ソロ体制2作目として。

「メロディアスな曲を今回はたくさん作ろうと思って、実際そうなってるかなと思ってるんですよね。自分の中ではハイではないけれども何かこう気持ちの昂りを感じながらずっと制作してたっていう感じなんです。KIRINJIの音楽って割と平熱な感じの音楽ではあると思うんですけど、高めの平熱っていうかな(笑)。なんか35度8分ぐらいの人っているじゃないですか。でも36度7分ぐらいの平熱感っていうか、冬でも薄着みたいな人な感じのテンション感のあるアルバムじゃないかなと思います。で、割と1曲1曲聴き応えがあるようにしたんで、満足してもらえるんじゃないかなと思いますね」

(おわり)

取材・文/石角友香
写真/平野哲郎

LIVE INFO

■KIRINJI 弾き語り ~ひとりで伺いますSKIYAKI TICKET
9月16日(土)岩手県公会堂 21号室 _SOLD!
9月17日(日)能代市旧料亭金勇 大広間(秋田)
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10月8日(日)興雲閣(島根)
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10月15日(日)愛荘町 蔵元 藤居本家 けやきの大広間(滋賀) _SOLD!
10月19日(木)SUPERNOVA KAWASAKI(神奈川) _SOLD!

■KIRINJI TOUR 2023e+ローチケぴあ
MEMBER/堀込高樹(Vo./ G.)、千ヶ崎学(Ba.)、シンリズム(G.)、伊吹文裕(Dr.)、宮川純(Key.)、小田朋美(Syn./ Vo.)
11月17日(金)仙台Rensa
11月23日(木)福岡DRUM Be-1
11月24日(金)広島CLUB QUATTRO
12月09日(土)札幌PENNY LANE 24
12月14日(木)名古屋CLUB QUATTRO
12月15日(金)大阪BIGCAT
12月19日(火)EX THEATER ROPPONGI(東京)
12月20日(水)EX THEATER ROPPONGI(東京)
12月24日(日)桜坂セントラル(沖縄)

■LUCfest 2023
11月3日(金)、4日(土)、5日(日)@台南(台湾)
※KIRINJIの出演日程は後日発表予定

DISC INFOKIRINJI『Steppin’ Out』

2023年9月6日(水)発売
通常盤(CD)/SCKN-0001/3,850円(税込)
数量限定盤(3CD)/SCKN-1001/11,000円(税込)
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