──新曲「自慢のお父さん」は、ご自身の経験をもとに、義理のお父さんへの想いを綴った楽曲です。まず、義理のお父さんをモチーフにした楽曲を書こうと思った経緯から聞かせてください。

「そもそもの始まりは、「自慢のお父さん」のMVにお父さん役で出演してくださっている俳優の平野貴大さん(以降タカさん)です。タカさんは私の義理の父(以降としさん)が母と出会う前、 20代の頃からの友達で。若い頃に「桜」の河口恭吾さんも一緒に遊んでいたらしいです。そんなタカさんがやっている下北沢のバー『NEU(ノイ)』に母と父と三人で飲みに行った時に、そのバーで私の曲をたくさんかけてくれて…そこで、“カレンちゃんがとしの曲を書いたら俺、MVに出たいな”と言ってくれたことが最初のきっかけでした」

──何気ない会話からですか?

「そうなんです。お父さん役でタカさんにMVに出演してもらうことが目標で、父を題材に曲を書いてみようかな?ってやんわりと思っていました。タイトルをつける前に、サビのメロディと<お父さんって呼ばれなくても/当たり前に一緒にいるの>というフレーズが浮かんできたんです。だから、最初は、テーマは思春期でお父さんとうまく喋れない娘が普遍的でいいと思っていました」

──幅は広がりますよね。

「恥ずかしくて普段は言えないけど、歌だったら伝えられるよね。そんなテーマの方がいいと思ったんですけど、余白を埋めるには実体験じゃないと浮かんでこないですし、自分の身の回りにいる友達もステップファミリーのような環境の子が多くて。私は飲み歩くのも好きで、初めましての人と深い話になった時に、意外と育ちがいろいろ大変だったり…という話をたくさん聞いていて。じゃあもう、自分のお父さんに全振りして、自信を持って書き切ってみようと思ったんです」

──お父さんとご自身の関係性を振り返ってみて、どんなことを感じましたか?

「母へのリスペクトが一番のベースにあります。母は離婚を2回していて、今のお父さん(9歳〜現在)に行き着いてるわけですけど、一番は子供のためを想って離婚をしてくれているんです。血が繋がっている1番目のお父さん(0〜2歳)は自己破産で離婚していて、2番目のお父さん(3〜7歳)は DV がすごくて。昔、私たち子供 3人が寝静まった後に大喧嘩が始まって…階段からお母さんが突き落とされる音を“怖いな”と感じた記憶があります。大人になって、お母さんとお酒を飲みながら話すと、お母さんはいつも一番に子供のこと考えてくれていたんだということがわかったんです。「自慢のお父さん」のモデルになったとしさんに対しては、お母さんが“子育ては私が全部やるから、としは口出ししないで”と言っていて。としさんは、お金は稼いでくれるけど、子育てには何も言わない。私たちにも最初に“無理してお父さんって思わなくてもいいよ”と言ってくれていました。私もとしさんに対して“嫌だ”という感情は一切ないですし、大好きなパパみたいに思えているので、母への感謝も含めて作れた曲だと思っています」

──としさんと最初に会った時のことは覚えていますか?

「すごくユニークで面白い人って印象でした。母と 2番目のお父さんが経営していたバー『212』のお客さんだったのがとしさんで。子供の頃に常連さんを集めて、屋形船をやったりしていたんですけど、その頃からとしさんにはなついていました。周りの人もとしさんが話していると爆笑しているし、“話すのがとても上手なお母さんの友達”って印象でした」

──お母さんの友だちが9歳くらいから家にいるようになりますよね。

「私はまだ小さかったので、そんなに敏感になっていなかったです。むしろお兄ちゃん(レノン)は中学生だったので、お母さんから“ママの今の彼氏がとしだよ”と聞かせられていて。私はその状況を自然に受け入れるような状態で過ごしていたので、“またお父さんが変わる”という感情は当時は全くなかったです。それよりも、母子家庭時期の方が怖かったです。お母さんはいつもイライラしていましたし…。今、思えば、子供3人を育てるために昼も夜も働いてくれていたから当たり前なんですけど、としさんが来て、ママにも心の余裕が生まれて、少し穏やかになりました。としさんがいるとおやつも買ってもらえるし(笑)、“ありがとう”という感覚でした」

──ママの彼氏が自分のお父さんになったという瞬間はあったんですね。

「それもグラデーションな感じです。お母さん一人の時は旅行も行けなかったですし、どこかに遊びに行きたいという感情もなかったです。でも、としさんが来てからは、夏休みに鴨川シーパラダイスや富士急ハイランド行くようになって。そういうのが嬉しくて、“やった!”という感情しかなかったです。そこからもう“お父さんだな”みたいな…。“パパ”って呼んだことはないですけど、自分の感情としては、としさんに対しての感謝はたくさんあったので」

──「自慢のお父さん」の2番には<離れて暮らすことになるかもしれない>というエピソードが描かれていますね。

「聴いてくれる人が自分のお父さんに想いを馳せられるような歌詞にしたいとも思っていたので、だいぶ端折っていて、すごく昔のことっぽく感じますけど、これが結構、最近の話なんです。3〜4年前にお兄ちゃんがバイクで事故ってしまって、ICUに入ることになって…」

──そうなんですね。セルフライナーノーツによると、DVだった2番目のお父さんはカレンさんが10歳の頃にバイク事故で亡くなっていますよね。

「そうなんです。お兄ちゃんにも“バカだな。学ばないな”と思いました。今はピンピンしているので良かったですけど、私のおばあちゃん=ママのお母さんが同じくらいの時期に亡くなって…。ママ視点だと、息子のことと親のこととで、としさんに迷惑をかけるのが嫌だったみたいなんです。“これ以上、としに迷惑をかけるのが嫌だから、別々に暮らすことになるかもしれない”と相談されました。結局、話し合いの末に一緒にいてくれることになって、今も母と暮らしていますけど」

──お父さんと一度も呼んでいないとしさんに対して、楽曲の中では<ずっとわたしのお父さん>と呼んでいますね。

「私は三人もお父さんを経験してきましたけど、三番目のお父さん、としさんが一番胸を張って“お父さん”って言いたい人だと思います。10歳から今まで一緒にいて、過ごした時間も一番長くて。お母さんだけで育っていた時は貧しくて、朝ごはんも菓子パン一個をポンって渡されていました。それだけでも感謝だったと思いますけど、やっぱり当時は少し寂しい想いをしていました。としさんが来てくれたことで、いろんなことが良くなりましたし、習い事も行けるようになったりしました。そういう面での感謝がありますし、それでも“俺はお父さんだぞ。稼いできてるんだぞ”という感じは全くなくて。それが私にとってはありがたかったですし、恥ずかしがらずに“自慢のお父さんだな”と思えています」

──繰り返しになるかもですが、この曲で一番伝えたかったことのは、お母さんとお父さんに対する感謝の気持ちでしょうか?

「そうですね。「自慢のお父さん」を書き始めた時期、ちょうど私も“何を書いても売れない”みたいに心がスレてしまっていて…ヒット曲が出せなくて苦しんでいました。メジャーで今は3年目ですけど、“そろそろ出さなきゃ”みたいな焦りもあるところで、曲を書くことにすごく腰が重くなってしまっていたんです。それまでは趣味みたいな感じで、ポンポンと曲を書けるタイプだったのが、それがなかなかできなくなっていた時に、リハビリのような感じで、“本当に自分が大切だと思う人のためだけに曲を書いてみよう”と思って書き始めたのがこの曲です。あとはもう自分の実体験、自分だけがわかるような曲を作ってみようと思っていた中で、この曲の反応が一番良かったので、“リリースまでいきたい”と思ったんですけど」

──最初に披露したのはいつですか?

「曲ができた翌々月ぐらいです。去年の9月に私のホームタウンの西川口のライブバー『R』で弾き語りで披露したんですけど、お母さんも見に来ていて。としさんはその日は見に来てなかったですけど、「自慢のお父さん」を初披露したら、お母さんがボロボロ泣いてくれました。そういうのも含めて、“良い曲を書けたんだな”という実感がありました。それ以降も弾き語りで「自慢のお父さん」を必ずやるようにしていたら、お客さんはもちろん、ライブハウスの人や対バンの人にも“お父さんの曲がマジでヤバい”と言ってもらえて。私は“としさんとママを喜ばせるだけでいいや”くらいの気持ちで書き始めただけなのに、“やっぱりみんなも言えないだけで思っていることもたくさんあるんだな”、“他人も重ねてくれる曲なんだな”というのを感じて嬉しく思いました」

──その後、としさんも聴いたんですよね?

「初披露の日にとしさんの友だちもたくさん見に来ていたので、“カレンがヤバい曲を書いたよ”という噂は伝わっていたみたいですけど、としさんが初めて聴いたのは、去年の11月の『秋ヶ瀬フェス』でです。としさんもバンド(Butterfly makersG & Voのアオキトシユキ)で出演していて。としさんの前がカレンの出番だったので、ライブ前で少し緊張していたのもあって、“泣きそうになった”とだけ言われました。泣かなかったんかい!って思いましたけど」

──照れ隠しですよね、それは。

「かなりちょける人だから。ステージ上で“僕が自慢のお父さんです”と言ったりもしていました。別の日に、としさんに曲の感想をお願いしたら、“ある日、突然子供が三人増えまして。今までナメた態度で仕事していてすいませんでした。何でもいいんで仕事くださいって、いろんな人に言い回っていたあの時代を思い出します”みたいなコメントが返ってきました。曲に関しては何にも言っていないという(笑)。そうやって、ちょけるところもとしさんらしいと思いますけど」

──今となってはとしさんはどんな存在ですか?

「この曲を書く前も書いて以降も、よく実家には帰って、としさんとママと一緒にお酒を飲むんです」

──家族仲がいいですよね。

「すごく仲いいです。弟のレアルは20歳で家を出て、今、私と一緒に暮らしていて。お兄ちゃんのレノンと私はどっちも18歳で実家を出ています。かなり早めに実家を出ているから、親のありがたみを早めに気づけたことが、今の仲の良さに繋がっていると思うんですけど、「自慢のお父さん」を書いた後から、としさんがより嬉しそうではあります」

──レノンさんはエレキギターで「自慢のお父さん」に参加していますね。ギターソロも弾いていますが、何か言っていましたか?

「弾くことが決まった時は、“なんとなくいい曲だな”くらいに思っていたらしいですけど、いざレコーディングすることになって、“歌詞をじっくりと見たり、カレンの声に耳を傾けたら、涙がボロボロ出てくる…”と言っていました。レコーディングの日も最後にみんなでソファに座って聴くんですけど、レノンが一人だけ“これ、ヤバいわ”って泣いていて…感受性豊かでいい兄だと思いました」

──(笑)。母も兄も泣いているから伝わっているってことですよね。

「そうですね。私の目的が達成した瞬間っていうか…そこを目標に作っていた曲なので、とりあえず第一関門はクリアしたのかな。ここから広がって、いろんな人が聴いてくれる曲になると、もっと家族も喜んでくれるだろうと思いますし、そこを頑張りたいと思っています」

──MVは先ほども出てきた西川口のライブバー『R』が舞台になっていますね。

「監督の向井宗敏さんが前作「ユメノツヅキ」の作詞作曲を手がけている鈴ノ木ユウ(人気マンガ『コウノドリ』の作者で、音楽ユニットyou two..としても活動中)さんと20代からの友達なんです。で、西川口『R』のマスターも向井さんと20代からのお友達で」

──としさん、タカさん含めて、みんなが繋がっているんですね。

「そうなんです。本当に私の身の回りの人で固めさせていただいて。もともと、鈴ノ木さんと西川口『R』のマスターが 20代後半くらいの時に一緒にバンドを組んでいたという繋がりで、私も鈴ノ木さんと出会えたんです。向井さんが気を利かせてくれたのか、『R』をMVの撮影場所にしてくださいました。“タカさんに出演してほしい”ということだけが私の夢だったので、それだけをお伝えして、構成や内容は向井さんを信頼してお任せして、私は何も関与せずに撮ったMVになっています」

──完成したMVを見てどう感じましたか?

「とてもいいMVができたと思いました。ずっとドラマ仕立てのMVに憧れを持っていましたし、私の顔を覚えてもらうために自分自身もMVに出るべきだとは思っていたので、ちょうどいい割合になっています。何よりも私のMVにタカさんが出演していただけたことが嬉しかったです。あと、信頼している人にやってもらえるということがすごく楽しいことなんだというのに気づけたので、こういうことを積み重ねられたらいいな…そう思えるMVでした」

──カレンさんご自身にとってはどんな1曲となりましたか?

「今までは、“私の曲で人の胸を打てているんだ”という実感がなかなか感じれなかったので、一番反応がある曲というところで、すごく嬉しさがある曲です。私、エゴサもよくしてしまうんですけど、1つでも見つけると嬉しいんです。良い意見でも悪い意見でも、“あ、聴いてくれている人がいる”ということが見えることが嬉しいタイプなんです。「自慢のお父さん」は、ライブが終わった後に感想を言ってもらえることがすごく自信になりましたし、“この曲は絶対にリリースするべきだ”と踏み込めたのも、ライブの現場にいてくれている人の声があったからです。そういう部分を大切にしたいと思うのは、メジャーで3年やってきた中で培われてきたものかもしれないです」

──ここからどう広がっていけばいいな、と思いますか?

「まずは621日が父の日なので、父の日に合わせて“いい曲だな”と思ってもらえたら嬉しいです。“バズりたい”という気持ちはずっとあって…SNSがあまり得意ではないですけど、バズるためにかなり無理をしながら頑張っていて。なかなか難しくはありますけど、「自慢のお父さん」を父の日に上げる動画の BGM に使ってもらえるといいな…」

──シンガーソングライター活動を始めて5年、メジャーデビューから3年となりますが、これから先のツチヤカレンはどう考えていますか?

「今、やっと実感が湧いてきています。本当に最近、“よし、自分の足で歩くぞ”という気持ちになれたんです。これはすごくいい波だと思っていて。ブッキングライブで弾き語りをしても、未だに少人数しかお客さんが来ない日もあって…“これはちょっとまずい”と思って、今年の2月から4月末までやっていた、『やついフェス』の出場権を巡った配信バトルに参加して、無事に勝ち取れました。それも全部自分で選んだことです。『やついフェス』の出場権が勝ち取れなくても、配信上で歌って声が届いたり、“いいね”と言ってくれる人が一人でも増えたらいいと思ってやり始めたことがちゃんと結果として出ました。“やればできるんだ”ということも、今年に入って証明できたことが一つ増えました。今後もその意志をしっかりと持って進んでいきたいです。私を応援してくださる人のおかげで、“自分がやりたいことをやるんだ”と胸を張ってやれる気持ちになれているので、支えてくれている周りの人たちも大事にしつつ、広げることも怯えずにやっていきたいです」

 (おわり)

取材・文/永堀アツオ

RELEASE INFORMATION

ツチヤカレン「自慢のお父さん」

2026年520日(水)配信

ツチヤカレン「自慢のお父さん」

LIVE INFORMATION

3rd ワンマンライブ『BAD もGOOD にBIRTHDAY!』

2026年1224日(木) 西川口Hearts

3rd ワンマンライブ『BAD もGOOD にBIRTHDAY!』

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