キャリア初のレゲエ・アルバムにして、収益のすべてがブラック・ライヴズ・マター運動の支援金として寄付された『ルック・フォー・ザ・グッド』に続く、ジェイソン・ムラーズの通算8作目となるニュー・アルバム『ミスティカル・マジカル・リズミカル・ラディカル・ライド』は、正真正銘、ど真ん中のダンス・ミュージック・アルバムだ。1stシングル「アイ・フィール・ダンシング」の愉快なMV(なんとワンカット撮影なのだとか)を観れば、まさに一目瞭然。もちろん、茶化しやパロディなどではなく、彼は至って真剣にやっている。プロデューサーは、「アイム・ユアーズ」の大ヒットを生んだ3rdアルバム『ウィ・シング。ウィ・ダンス。ウィ・スティール・シングス。』以来となる、マーティン・テレフェ。もはやジェイソンの盟友とも呼べる女性4人組バンド、レイニング・ジェーンも大きく貢献している。以下、示唆に富んだ深みのある言葉の数々を、胸に刻んでいただきたい。

──前作『ルック・フォー・ザ・グッド』からの間に長いコロナ禍があり、理不尽な戦争も始まりました。世界が大きく変わる中、あなたの音楽との向き合い方に、何か変化はありましたか?

「世界の困難については常に意識しているし、僕はかなり繊細な人間だから、他の人たちの苦しみを自分のことのように感じてしまうんです。それがパンデミックと戦争によって、増幅されてしまいました。僕にとって音楽はずっと薬になってきたし、クリエイターとしてその困難に対抗できる音楽を創造して、世界に届けたいんです。蔓延しているネガティヴさや、暗闇に抗うようなものをね。そして僕たちは、生きている実感を持つために、他の人たちとつながる必要があります。だから、音楽でそれを実現させようとしているんだよ」

──今こそ聴かれるべき、素晴らしいアルバム『ミスティカル・マジカル・リズミカル・ラディカル・ライド』が完成しました。レゲエ・アルバムを作るという念願を前作でかなえたあなたが、“ダンス”という言葉も多く出てくる、このようなポップでカラフルな作風に向かった理由を聞かせてください。またこれは、原点回帰と理解していいでしょうか?

「うん、原点回帰でもあるし、僕は以前からダンス・レコードを開拓したいと思っていたんです。でも、コンピューターは使いたくなかった。だから、70年代の音楽をたくさん聴いたんです。当時のレコーディング方法を学ぶためにね。言うまでもなく、70年代には素晴らしいダンス・ミュージックが生まれているから。ちょっとタイム・トラベルをしているような感覚もあったかな。パンデミックの間に数年が過ぎ去っていて、気づけばみんな歳を取っていたからね」

──バイオによると、この新作に関して、お母さんから助言があったようですね。

「そうなんです。僕たちはみんな、特に母を喜ばせたいと思うものですよね。その母が、ここ数年の間に僕が作っていたデモや曲を、ずっと聴いてくれていて、“すごく素敵ね。でもあなたたちは、ポップ・レコードを作るべき。手遅れになる前に、ダンス・ソングを作った方がいいわよ”って言ったんです。“手遅れになる前に”という言葉に、すごく自分の年齢と時間を意識しました。彼女は僕よりも年上だから、これから僕の身に起こることについて、何かを知っているに違いないからね。優しいと思ったし、彼女を喜ばせて楽しませることができるような曲を作りたくなりました。母のおかげで、新しいことを追求できたんです」

──一段と映えているファルセットを含め、あなたの歌唱のファンキー度が増した印象を受けます。

「ヘーイヘーイ(笑)!この仕事を始めた時から、僕は自分の腕を上げようと努力してきたし、新しい体験を追い求めてきました。同じような曲を何度も作りたくないしね。そのために、時には違うジャンルに踏み込んだり、作ったことがないメロディをつかもうとしたりするんです。ファルセットは、ビー・ジーズやクラシックなディスコを聴く時によく耳にしていたから、曲にディスコ・ビートを入れた時に自然に出てきたんだと思います」

──「リトル・タイム」の歌詞から特に感じたのが、生まれて、老いて、死ぬという人生の尊さと同時に、はかなさもあなたは知っているのではないかということです。

「その通りだね」

──今作を通じて、今を生きる人々に伝えたいメッセージがあるとしたら、それはどんなことでしょう?

「もしこのアルバムに一貫したメッセージがあるとしたら、世界が平和になってほしいということなんです。高すぎる望みなのは、わかっています。でもとにかく、聴いてくれた人の闇が少しでも消えて、解放された気分になってくれることを願っています。そして、世界に平和をもたらす力になってくれたらってね。いつか僕たちの“ライド”には終わりがくるけど、だからこそ、与えられた神秘的な乗り物を楽しむことが大事なんだと。人生は“ライド”…つまり乗り物で、ぐるぐると太陽の周りを回っているんです。もし乗った人がラッキーだったら、たくさんの季節と革命を経験できるけど、もしかしたら今度が最後の回になるかもしれない。だから毎日、呼吸をする度にそれを楽しむべきなんだと思っています」

──今の言葉が次の質問の回答になっている気もしますが、アルバム・タイトルに込めた想いを、聞かせてください。

「“人生”って言うだけだと、短すぎるからね。たったの一音節で。僕たちの一生が、たったひとつのサウンドだなんて、あり得ない。だから、もっとたくさんの音節で讃えたかったんです。そこで、“人生”をミスティカル、マジカル、リズミカル、ラディカルな“ライド”って表現したんです」

──あなたが決して悲観的にならず、ポジティヴに生き続けられるのは、なぜなのでしょうか?

「その秘訣は、音楽です。アートもそうだと言えるんだけど、僕のアートは音楽だから。音楽は魔法でもあり、僕にとって最高のギフトなんです。何物にも代えられない。だから、すべてを手にしているんだっていう実感があります。この充足感を、出会ったすべての人たちと分かち合いたい。そして、君たちそれぞれが、自分が持っているギフトと親しくなるように励ましたい。そのために、僕の音楽はとても楽観的になっています。みんなが充足感を、喜びや自由を体験できるようにね」

──先日、日本の情報番組に自宅からリモート出演していましたが、あのような自然豊かな環境に身を置いていることも、あなたの生き方や音楽性に大きく影響していますか?

「はい、かなりね。僕は、たとえばハリウッドのパーティとか、音楽業界で起こっていることとは距離を置いています。田舎の静かな暮らしが好きなんです。鳥の歌声を聴いたり、花が育つのを見たり、木を植えて、何年もかけて育つのを見たりするのがね。自然は僕たちに、一晩では木を育てられないこと、物事には時間がかかることもあるっていうことを教えてくれます。だから僕は、曲作りにも、それと似たような忍耐力を持って通り組んでいるんです。「リトル・タイム」は2019年に作ったんですけど、急いで出す必要はないと思いました。いつか曲が成熟して、世界に出すべき時が来るってわかっていたからね。農園と庭がある暮らしは、僕が自分のペースで、あるいは地球のペースで生きることを可能にしてくれているんですよ」

──素晴らしいです。僕もそうですが、もはや今後の世界に希望が持てない人も少なくないはずです。その中で、あなたが音楽を通じて伝えていきたいことを聞かせてください。

「僕はこのアルバムに、たくさんの愛と、洞察と、旅行や読書から得た知恵を詰め込みました。素晴らしいミュージシャンの集まりで、同じように世界中を旅してきたレイニング・ジェーンの助力を得てね。だから、彼女たちの知恵もちりばめられています。たとえば「フィール・グッド・トゥー」では、<君はよく誤解されがち。やりたいことがやれたらと望むだけの人もいる。“やるべき”なんて忘れなよ。ただ人生を楽しんで、正しくやろうとするのをやめるんだ。僕は僕の人生を祝っているよ>って歌っている。世界は、爆発であふれてしまっています。じゃあ、爆発している間に、僕たちは何をする?…進み続けるんです。その爆発から走って逃げて、平和な場所にたどり着いて、また人生を築き上げるんです。僕たちは、前に進み続けなければならないんだよ」

ーー昨年、デビュー20周年を迎えましたね。20年を振り返ると、どんな感慨を抱きますか?たどってきた道程を、誇りに思えるのでは?

「ヘーイ、そう思っているよ(笑)。作ってきた音楽を誇りに思うし、やり続けてきた自分を誇りに思います。そして、僕の音楽と、そこに込めたメッセージを広めてくれて、一生続くと思えるファンとのコネクションを築いてくれた大勢の素晴らしいチームのメンバーたちに感謝しています。本当に有難いことだし、謙虚にさせられます。この世の中に僕のリスナーがいるって思うと、よりいい人間、いいミュージシャン、いいアーティストになりたくなるんです。すべての経験が今の僕を作ってくれたから、本当に感謝しているよ」

──今なお、こうして素晴らしい音楽を生み出せる原動力はなんなのでしょう?

「高校生の時に原動力になっていたことと同じなんです。その頃、僕は作曲を始めて、マイクを差し込んだテープマシーンの隣にキーボードを置いて、アイディアをカセットテープに録音していたんだけど、それよりもずっと前から曲を作りたかったんです。ピアノの前に座って音を出すのが大好きだったし、音楽で家族や友人を楽しませるのも大好きだった。そこから現在に至っているわけだから、この感覚がなくなる時が来るのかどうかは、わかりません。最近90歳の誕生日を迎えたウィリー・ネルソンと、7、8年前に一緒に過ごしたことがあって。彼は招いてくれた家の裏庭で、ポーチに座って、レコーディングしたばかりの曲を何曲か演奏してくれました。その時、彼が一生、作曲とレコーディングをやめることはないんだって思いました。僕の音楽の旅路は、まだたった20年。45歳になった今でも音楽が大好きなんだ。今も魔法を発見したくてやっているんですよ」

──7大陸すべてで公演を行い、全世界に愛を届けてくれているあなたですが、まだ行ってみたい場所はありますか?

「オキナワ!アハハハハ。時間が作れなくて、一度も行けていないんです。僕は家大好き人間で、猫と庭を愛しているし、スーツケース1個の旅ではない暮らしを愛しているから、ツアーから戻ると家から出たくなくなっちゃう。でも2024年には、海外にツアーで行く努力をする予定なんだよ。だから、沖縄にも行けたらいいな」

──日本のファンは、2019年以来の来日を待っています。沖縄公演以外に、来日した際に楽しみにしていることはありますか?

「僕は一日中コーヒーが飲めるから、コーヒーを飲みながらのファン・イベントとかができたらいいな。そのほかにやりたいのは、劇場やクラブ会場で歌って、何年もショウを観にきてくれているファンのみんなのハッピーな顔を見ること。前回のショウからだいぶ経過しちゃったからね。それが僕が楽しみにしていることだよ!」

(おわり)

取材・文/鈴木宏和

RELEASE INFORMATION

ジェイソン・ムラーズ『ミスティカル・マジカル・リズミカル・ラディカル・ライド』

2023年623日(金)発売
WPCR-18605/2,970円(税込)
ワーナーミュージック・ジャパン

ジェイソン・ムラーズ『ミスティカル・マジカル・リズミカル・ラディカル・ライド』

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