――映画のエンディングテーマっていうところでどんな側面にフォーカスしてこの「Bitter」を書かれたんですか?
「ピンポイントでここを切り取ったっていうのはないんですけど、全体通してですね。監督とお話をいっぱいできたので、前情報は色々頭の中に入った上で映画を本当にフラットな、音楽がどうこうっていう目線でなく見て自然と作りましたね。優しい景色と人のぬくもりと、あと時間の経過、この3つがキーワードな気がしますね」
――田中監督とはどういうお話を?
「そういう法律(成年後見制度)が色々あったりだとかしつつも、それをめぐって人間模様っていうところをいろんな角度から描いていきたい、いろんなタイプの人がいて、それが入り乱れている感じっていうのを作りたくて、何よりも舞台になっている伊勢志摩落ちうエリアが本当に美しい場所なんだと。まあまず映画を見てもらって、で、思ったことを、僕は映画に全部入れてるはずだからそれを見て感じたものを自由に作ってくださいというふうに言ってくださったので、すごくやりやすかったですし、それに足るぐらいのものを映画から影響を受けることができたので、制作はすごくシンプルでしたね」
――全体的に映画が言おうとしていることを汲み取ったと。
「そうですね。それをもう自分で見て歌ったっていう感じですね。一つの側面では語れないぐらい何層にも奥行きのある映画だと思うので」
――曲自体はどういうところからできていったんですか?
「着想ですか……なんだろう、映画を見たことがすべてですけど、見た上でテンポの速い疾走感のある曲というよりも最後にストーンと着地できるようになる音楽ですかね。自分の見た段階ではもちろんエンドロールには音楽はないので、どんな音楽が流れてるかな?って想像したらそういうものだったんですね。で、個人的なことで言うと一番僕の得意なテンポ感でもあったりするんですよ、あのBPMって。なのでまあアイディアも止まらないですし、映画の中のそれぞれのキャラクターの気持ちとかっていうものから歌詞のアイディアもたくさんあったので、ほんとに短い時間でスルッと出来上がりました」
――BPM自体はビッケさんの他の曲にもあるイメージですけど、作風としては穏やかでとかで他の曲にはない印象ですね。
「そうですね。ここまで穏やかで、最後まで穏やかに歌いきってる歌はないかもしれませんね。そう思わせる曲ですね。まあ一つギミックっぽいものを盛り込んだとするとサビの中でこう一瞬突然パン!とメロディ上に上がる瞬間があるんですけど、映画もなんか同じようにずっと優しく綺麗な景色ではなくてその中に衝撃的な出来事とか驚くような言葉とか驚くような出来事が所々でこうパーン!と驚かしてくれる部分はなんとなく映画の全体の概要と楽曲の全体の概要を一致させて、勝手に僕は嬉しく思ってたんですね」
――ビッケさんの楽曲はシアトリカルな要素も多いんで、今回結構チルアウトと言っていいんじゃないか?という。
「そうですね。そこまである意味振り切ってるなと思いますね」
――それはそういう曲も作ってみたいなと思っていたというよりこの映画ありきなんですか?
「いや、映画に自ずと作らされた感じですね。そのきっかけをもらったって感じですね、映画で」
――そんな中でもアレンジやメロディではどういうところが一番の聴きどころでしょう。
「どうだろうな?まあサビが僕はやっぱり好きなのかな。でも全部自分の曲はどこも全部好きなんですけど(笑)。特にまあサビで言いたいことというか言うべきことをしっかりとまとめて伝えられたのかなというふうに思いますよね。なのでそこは聴いてほしいなあと思いますね」
――まずテンポが決まったということだったんですけど、それ以外のところでは何が決まったから曲が転がっていたっていうのはありますか?
「イントロの音かな。“ポンポンポンポン、ポンポンポンポン”って入るんですけど、なんとなく僕のイメージだと、ほんと水の中の真珠が踊るみたいな、どっちかっていうと『リトルマーメイド』みたいな、海のディズニーのあの雰囲気っていうのもちょっと近しいものがあったりして。ああいうところがちょっとファンタジックな感じでもあり、でも全然聴く人にとってはただの素朴な音だったりもすると思うし、っていうところかな。それぐらいのコントラストのある音が決まっていって、それが“どどどどん、どどどどん”って平坦な音の並びじゃなくて、“とんとんとんっ”ていうシャッフルしてるリズムだっていうところから歌のリズムもそこで決まっていくしっていう、一番気持ちよく作曲できるときのリズム感でいけたかなと思いますね」
――新鮮ですよね。
「うん。むっちゃ好きです」
――歌詞ももちろん関係していると思うんですけど、ビッケさんのボーカルがすごくナチュラルで、トーキングに近いところからファルセットまで凄いスムーズで。
「やっぱり結構曲作る時に自分で作って退屈しないようにいろんなことをやってるところもあるんですけど、今回なんかそういうものとはちょっと違いますね。いかにナチュラルで自然体で海みたいに歌えるか?みたいなところがテーマにあったから、それをやれたんじゃないかなと思いますね」
――映画の物語のエンディングももちろん考慮して?
「海みたいに歌おうとしましたね。一番分かりやすく言うとと、それを心がけたかもしれません」
――海と言っても太平洋の中の伊勢志摩っていう感じですね。
「そうですね。僕、愛知県出身なので伊勢って近いので、なんとなく勝手に自分の故郷感をちょっと感じる部分もあったりして、あの凪の海に似合うってよりも、僕自身が“凪の海として歌う!”みたいなそういう気持ちでしたね」
――そうなってくると歌詞の一人称が誰なのかっていうのが気になってくるんですけど(笑)。
「海でしょ(笑)」
――なるほど(笑)。故郷にいる方の視点なのかな?とも思ったんですが。
「そうですね。本当に自然と出てきた言葉でもあったので良かったですね。僕も思うことでありますし、その誰かに対して。きっと誰しもが一度思う感覚だと思うので、いいなと思います」
――故郷を後にして都会に出て行った人の方というより、故郷に残ってる人なのかな?と。
「うんうん!待ってる人です。それは自然に出てきましたね。ただ、そこまでどっちがどっちでというキャラクター設定はそんなに必要はなかったですね」
――遠く離れたところに大事な人がいるニュアンスですね。映画の内容からすると、ヒロインの幼馴染を演じる浅利陽介さんの立場なのかな?と思いましたが。
「あー!なるほど……登場人物に感情移入すると、きっとそこなんですね。まあ確かに浅利さんみたいなそういう立場の人にも当てはまりますし、あとは例えば天国にいるお母さんに向けて歌ってるといってもまあ辻褄も合うし――まあ辻褄合わせなんて野暮なことではありますけど(笑)――歌詞って。そういうほんとに海のような歌ができたなと思います。やっぱりそこに着地しちゃいますね」
――<Life is bitter>とリフレインされる箇所は登場人物誰しもが思うことなのかもしれない。
「それを暗く歌わずに、何か一つ悟ったような雰囲気で歌にできたらいいなというふうに思います。何か一個乗り越えた人間として歌えたらいいなと思いましたね」
――そこがエンディングテーマの面白いところで。
「そうですね。だからすごいいい曲書かせてもらえたからよかったなと思います」
――ビッケさんのコメントの中に俳優さんの芝居からこんなに温かい歌詞を書ける人間性を呼び起こしてもらえたとありましたけど、シンガーソングライターとして今回のテーマは新しい扉が開きましたか?
「そうですね。掲げてたわけではないんですけど図らずも作り終わったら‟ああ、こんな詞書くようになったか”っていうふうに自分で思いましたね」
――そこはビッケさん自身の人生も重なっているんでしょうね。
「結構映画を通して生まれた曲ですけど、もう一つこう人生みたいなもっと大きなところともリンクできるようなものまで昇華出来たからだと思いますね」
――映画やドラマなどお題ありきっていうのは作りやすい方ですか?
「僕はそっちの方が俄然作りやすいです。ほっとくとなんでもやれちゃうから、逆に。こういうものを持ってきてくれた方が濃いものができる癖がありますね」
――そして10月25日にはこの楽曲と「革命」「snake」と他3曲の新曲が収録されたアルバム『Worldfly』がリリースされます。この“Worldfly”ってどういう意味なんですか?
「造語ですけどね。ドラゴンフライってトンボで、ファイヤーフライって蛍ってありますけど、“世界虫”みたいな、世界を飛び回る虫のように――なんで虫にしたか覚えてないですけど(笑)――そのflyって言葉がね、飛ぶっていうのと一致してるから、そういう世界中をあくせく忙しく働き回る蜂みたいなそういうイメージですね」
――世界を駆けるJET SETTERじゃなくてWorldflyなんですね。
「なんとなく、Worldflyぐらいの方がちょうどいいかなって(笑)」
――なるほど。現状ある3曲が全部違う方向性の曲なので、収録される他の曲もみんな違うんでしょうか。
「全部違いますよ。一個一個、国をテーマに作ったので。なんかそういう色んなバリエーションの曲を作りましたね、今回」
――端的にどんなリリースになると思いますか。
「今までと全然種類が違いますね、リリースとしての感覚が。やっぱりあまりにもインプットが多い1年間だったので、めっちゃ楽しかったですね。全部にテーマがあって、自分で定めたテーマを自分で遂行して行くっていう面白さがありました。自分でプログラミングしたRPGを自分でクリアするみたいな、なんかそういう感覚がありましたね」
――ゲームクリエイターみたいな?
「そうそうそう!(笑)」
――ちゃんと動くのか?とか。
「デバッグもしながら!みたいなね」
――それは世界中いろんな場所でライブされてとか、場所に行かれたということからですか?
「それが結構大きいですね。特に今回そこにフォーカスをしたし、それが決定的に昨年と違うので。しかも本当に様相が一気に変わったので。去年まで本当に一切行かなかった海外公演が一気に解禁になって、ほんと5、6ヵ国のフェスに行くっていうのは本当に楽しい経験だったので、まあ音楽が変わらないはずがないっていうところから『Worldfly』ができたということですね」
――サウジアラビアとかどうなんですか?
「もうめっちゃ楽しいですよ!サウジアラビア。治安も良いし。今年は2回行きましたけど、こないだ帰って来たばっかりで。人もわー!って盛り上がるし。とりあえずお石油は有り余るほどあるので、“もう火吹いとけ!”みたいな(笑)。食べ物もおいしいし、最高の国だと思いますね」
――アルバムにはそれだけいろんなカルチャーが反映されている?
「そういう一枚になりましたね。ちょっと独特な今までにないアルバムだと思います」
――それに加えてまたここから走り出すっていうイメージもありますか?
「そうですね。“飛んだ”ばっかりなんでね。目まぐるしくやっていこうかなと思っています」
――世界虫ですからね(笑)。最後にライブのことを。12月のTOKYO DOME CITY HALL公演はこの作品を携えたものに?
「その曲ももちろん入ると思いますけど、それを銘打った公演ではないので。年に一回「RAINBOW ROAD」という企画の名の下でやってるので、みんなが集まれる場所っていう。間違いなく楽しい時間になるかなと思いますね」
――新曲が加わることによって変化も?
「そうですね。変わってくると思います」
――ビッケさんって、ピアノマンのイメージが強いんですが、そこは変わらない?
「うん、ピアノはやっぱり主軸にあって、ステージになきゃいけないし、ピアノ弾いてる時が一番自分が落ち着くところがあるんですけど、そこからそれをベースにどういうふうにさらにステージングとしてパフォーマンスとして広げていくかっていうのは日々考えることですね」
――ビッケさんのライブを見ていて思うのは、毎回のステージが、まるで明日のことを考えてないんじゃないかっていうくらい、全力のテンションだなと。
「ははは!今回もそのぐらいの心意気で、本気でやっていこうかなと思います」
(おわり)
取材・文/石角友香
写真/平野哲郎
MEDIA INFO『親のお金は誰のもの 法定相続人』2023年10月6日(金)ロードショー
キャスト/比嘉愛未、三浦翔平、浅利陽介、小手伸也、山﨑静代(南海キャンディーズ)、松岡依都美、田中要次、内海 崇(ミルクボーイ) 、デヴィ夫人、石野真子、三浦友和
監督/田中光敏 脚本/小松江里子 音楽/富貴晴美
主題歌/ビッケブランカ「Bitter 」(avex trax)
©2022 「法定相続人」製作委員会
Vicke Blanka presents RAINBOW ROAD -翔- LIVE INFO
2023年12月28日(木)TOKYO DOME CITY HALL