――ご自身のレーベル「Queue me! Disque」から第2弾となるシングル『NPNL』がリリースされました。前作「Killer Bee」からは1年ぶりとなりますが、制作はどんなところからスタートしましたか?
「みなさんの応援のおかげで『Killer Bee』でアーティストデビューをすごくいい形で切らせていただきました。だからこそ、第2弾シングルをどうやって盛り上げていけばいいのか?…“デビューしてすぐに、もうちょっと難しい壁にぶち当たるんだな”と思いながらも、とにかく、何事にも真摯で真っ直ぐな私らしさを忘れてはいけないなということにものすごく重きを置いていました。その中でもインパクトをしっかりと残したい、提示したいということを制作チームの皆さんにはお伝えしました」
――トップハムハット狂(FAKE TAPE.)による表題曲「NPNL」はまさにインパクトでしかないですよね。
「私、FAKE TAPE.さんが大好きで、あの世界観と空気感にものすごく憧れを持っていて。“いつか機会をいただければ歌いたい!”とずっと願っていたんですけど、今回、ご縁があってお願いできることになったんです。だから、楽曲を受け取った時は、とても嬉しかったです。それは、夢が叶ったような気持ちもあったんですけど、自分がアーティストデビューをして、FAKE TAPE.さんが織りなす世界に飛び込めるという役者としてのよろこびもあって。その世界に入っていける、飛び込んでいけるということの高揚感と、自分の探究心や冒険心がものすごくマッチして。歌うことにはものすごく難しさを感じましたし、“できるかな?”という不安もありましたが、それがあるからこそステップアップできるんじゃないかとも思いました。これまでの役者人生でたくさん乗り越えてきた経験があったからこそ、ワクワクが勝って、曲に寄り添うことができ、自分のしたい表現も詰め込めたのかな?と思います」
――役者的なアプローチもしているんですね。歌詞が脚本だとすると、この歌詞はどう捉えましたか?
「自分では織りなせないような歌詞がたくさん並んでいるんですけど、届けたいことは読めば読むほどわかる。“私にぴったり!”と思えて。昨今、いろんな言葉の棘が飛び交う中で、一貫して私が歌っていきたいことは、まっすぐに愛なんだろうなと思っていて。でもその愛は重たいものではなく、柔らかく温かく包み込む愛情だと思うんです。それが言葉巧みに、リリックになっていることに感銘を受け、共鳴をして。役者としてのアプローチという意味では、インパクトを持って、伝えたい想いをどんどん刺していく、届けていく、置いていくということが十二分にできたと思っています。ラップの部分はもちろん、今まで演じてきた役どころに感謝するように、役たちからもらってきたものを全部詰め込めたという自信はすごくあります」
――主人公はどんなイメージですか?
「基本的には自分自身を投影して歌っています。今までの活動の中でも、たくさんの赤い言葉や青い言葉…そういうひっかき傷みたいなものをたくさん受けてきました。でも、そんなやるせない想いを外に出すことは、あまりいいことではない気がしていて。もちろん、吐き出したくなる瞬間もあるし、我慢できなくなるときもあるんですけど、そこを自制して、“伊波杏樹”としてどう向き合っていくのか?”ということを問い続けてきました。皆さんがお仕事や学校とか、いろんなことを頑張っている中で、そんなことを届けたいと思っている訳ではないので。悲しいことを悲しいことで調和できることもあると思うんですけど、“悲しいことは温かいもので調和した方がいいな”と思い続けてきたんです。だから、<君だけの苦痛にさせない/愛がある程感じちゃう>とか、<君の痛みも/愛おしくて癖になっちゃうわ>とか、全部の歌詞が自分にマッチしていて。選択肢がたくさんある中で、何を自分の栄養にしていくかは全部自分次第なので、そういうことを歌えたことにものすごく感謝しています」
――今、愛と痛みという言葉が出ましたが、タイトルの由来となっている「No Pain No Love」や<No pain No gain>というフレーズも共感しましたか?
「もちろん、誰しも傷つきたくないし、怒られたくない。でも、怒られないと気付けないこともあるし、自分の何が駄目だったのかもわからなかったりする…。私は傷を受けて知った知恵もあるし、愛情もあります。でも、自分が受けた傷が大きければ大きいほど、みんなには極力、経験させたくないんです。だから、私が知らない人から受けた痛みをみんなに傷として返すのではなく、愛情として返すことが、伊波杏樹の最高のバックボーンを歌うことになると思っています」
――カッコいいですね!
「だからといって、意味もなく怒られたくはないし、傷つけられたくはないと思いますけど(笑)。そういう変換ができる仕事をしている以上は、様々な表現でアプローチしてみたいなとは思います」
――そして、歌なんですが、声のトーンや歌い方がブロックごとに違っていますね。
「頭の入り<Rat a tat…>のところは人数感を多くしたいというオーダーがあったり、ファンの皆さんの声も調和してくるぐらい楽しくなるといいなって思う中で、みんなが伊波杏樹を送り出してくれてるような感覚で、大きく気持ち良く歌いたいと思っていました。そこから、スウィングのリズムを体に染み込ませつつ、28歳の等身大、大人の魅力を最大限詰め込んだつもりです。そのあとは、伊波杏樹という人の心髄、想い、核がバチッ!とハマって、さらけ出せるように歌いたいと思いました。特に<もっと教えて 君だけの苦痛にさせない>というフレーズの辺りは、ステージに上がっていくというイメージでした。ジャジーな夜の街をステージに向かって歩きながら、少しずつ衣装に着替えていって、ステージに立った瞬間、スポットライトがパシッと当たったときに、“これぞ、伊波杏樹!”と迎えられる、そんなサビでありたいとイメージしていました」
――がなりも入っていますね。
「はい! 結構、そういう人間かもです(笑)。」
――(笑)これが等身大と思っていいということですしね。
「そうですね。これも、私だと思います。20代前半、いろんな言葉から大切なものを守るために戦ってきた部分もすごく多かったので。今では“強く育ったね〜”とは思うんですけど(笑)、それが思わぬ方向に作用しちゃうこともあって。もちろん色々抑えていますし、その場に合わせた対応をすることも大切にしていますけど、それだけじゃ解決できないこともあって、伝わらない人もいる。そういう経験から生まれるがなりなのだと思います。 “違うぞ!”って(笑)」
――そして、この楽曲には様々な表現の一つとしてラップパートもあります。
「そこは声のお仕事から学んだ技術を詰め込めたかな? と思います。舞台役者としても、様々な役を演じてきたので、そういう経験も全部詰め込んで。情景を思い浮かべるというよりは、細かく自分の耳をコントロールして歌いました。とにかく歌詞がすごく良くて。<バッシング注意ストレス 過多マフィン>って、一読すると、“???”となるかもしれないですけど、めちゃくちゃ共感するんです。私、本当に思うんです。“アーティストだったり、俳優だったり、声優だったり、ステージに立つ側の人間も人だからね”って。だから、このフレーズでは、ある種、2次元感を持ちつつも、人間らしさをちらつかせることで、警告にもなったり、面白みにもなったり、味にもなったり。そんなことを強く意識していました。舞台上で体現者として生きている俳優の姿と、生身を秘めてキャラクターとして命を吹き込んでいく声優の姿、その調和を取ろうと」
――今日のお話を聞くと、1行1行により深みを感じますね。
「全部、私なんです。終盤の<自虐的にBlah blah blah!>はライブをイメージして、一体感、共有感を大事にしたので、マイクからも距離をとって歌いました。“これはライブだ”という思いで歌っていますし、<右端から左端まで選りすぐりの>もライブ会場で見たみんなの顔を思い浮かべています。“いつも本当にありがとう、誰も置いていかないよ”という想いを込めて。声で景色をどんどん変えていくこともそうですけど、この表現って私だからできるかたちかも?と思っています」
――ジャケットも曲とリンクしていますか?
「ビジュアル面も含めて全部、私自身でプロデュースさせていただきました。このアイデアは元々、私自身の中にあったものだったんです。私を声優として捉えてくれている方もいれば、役者として捉えてくれている方もいて、それをうまく掛け合わせたら面白いクリエイティブになるかもしれないと思っていて。半分はイラストの私で、半分はリアルな私。この楽曲を聴いたとき、そのアイデアととてもマッチするなと思えたので、色味も私のイメージカラーであるショッキングピンクにしてデザインに落とし込んでいったら、ものすごく強い仕上がりになってとても気に入っています」
――「Killer Bee」のMVでもロリポップキャンディが出ていましたよね。
「その繋がりに気づいてくれて嬉しいです!「Killer Bee」のジャケットでは真っ白なウエディングドレスを着ていて、真っ白な中に自分の色を生み出す覚悟を想いとして込めたのですが、今作では、真っ白だったものが自分の色に染まったという意味を込めてピンク色のロリポップキャンディを使っています。そんなふうに細かいところをこだわっていくと、ファンの人も気づいたときに楽しいだろうし、遊び心はこれからも大切にしていきたいです」
――「NPNL」が完成した時はどうどう感じました?
「最強だと思いました。これまで様々なステージでたくさんの経験をさせていただいた今の私だからこそ歌える一曲だと思いますし、この曲を私のプロフィールのひとつとして後世に残していけることを幸せに思います。それくらい自信がありますし、大切な曲に仕上がったと思います。だからこそ1人でも多くの方に聴いて欲しい。この曲が一人歩きして、たくさんの方に聴いていただいたその先で、私と出会えたらとても嬉しいですね」
――その先の伊波杏樹はかなり多面的ですよね。カップリングに収録された「なんでもない日。」はご自身で作詞作曲を手がけたチルでメロウなR&Bになっています。
「最近、韓国でよく耳にするイージーリスニングを歌いたかったんです。“何も考えずに聴ける音楽っていいな”という想いから始まって、自分のやってみたいこととか、いろいろ考えたんですけど、ありきたりな言葉しか出てこなくて…。というのも、誰かが私のことをヒーローのように思ってくれていることはありがたいんですけど、実際の私は意外とそんなに強くもなかったり、そんなに派手でもなかったりして。でも、それはみんなとの乖離というわけではなくて、ステージに上がったか、ステージから降りたか、だけの話なんです。じゃあ、ステージから降りたときの自分は何を考えているんだろうな?と考えてみたら、この曲が出来上がった。そんな感じの一曲です。」
――ステージに上っているときが「NPNL」だとすると、これは、ステージを下りた“素の伊波杏樹”の呟きなんですね。
「そうですね。モヤモヤを感じながら参加した舞台の打ち上げからやっと解放されて、一人になった帰り道を歌っています。ステージから降りたときの情景や心情って正直、明かさなくてもいいことだと思うんですね。本当は、憧れと理想が詰まっている華やかなステージだけでいい。でも、私も1人の人間だし、“みんなと同じようなことで思い悩むんだよ”ということを伝えたくなったというか…。ファンの皆さんは、私のことをどこか自分とは違う遠い存在だと感じることもあると思うんですけど、“そうじゃないよ”って言いたかったんです。仕事や学校の帰り道に聴いて、明日に向けて顔を上げられるような曲でありたい、私もみんなと同じだから、あなたは一人じゃないよって寄り添ってあげたい。そんな思いが込められている一曲です」
――<変わらず君と笑っていたら>の“君”はファンだったり、リスナーだったりするってことですね。
「そうですね。それだけではなく、世の中の日々を頑張っている全ての人ですね。忙しい毎日の中でひと息つけないことも多いと思うんです。けど、それでも、“1回、休んでみたら?”と優しく寄り添ってあげたかった。それは、どこか自分に向けて歌っていることでもあるような気がしていて。いつか、この曲を歌う機会に、私自身、“優しいな”と思えたら、きっと自分のことを大切に思えるような気がします。自分を大事にしてあげることが人生だと思っているので、いつの日にか自分にも気づきをくれるでしょうし、聴いてくれたみんなにもそんなふうに寄り添う楽曲に仕上がったと思っています」
――そして、もう1曲、スティールパンとウクレレをフィーチャーした「マーメイド」も収録されています。
「スティールパンという楽器が大好きなんですよ! 以前、ミュージカルに出演したとき、たった一つ音がパン!と鳴るだけで、世界を変えてくれる体験をして。他にも、少し重ためなテーマの作品に参加していたときに、ピアノの演奏がシンクロして、自分の心を追い込む演技ができたりとか。そのとき、“楽器の力だな、演奏者の力だな”と強く感じさせられたんですね。スティールパンもそれは同じで、ポンと一音鳴るだけで、海を見せてくれる、椰子の木を見せてくれる、太陽を見せてくれる、とてもハッピーな気持ちにしてくれる…そういう楽器だと思っていて。柔らかくて優しい音という感覚なんですよね。そんな気持ちを浮遊させてくれるスティールパンに以前からすごく憧れを持っていて、直接、触ったことも見たこともなかったんですけど、“いつか一緒にできたらいいと思ってるんです”と言っていたら、Hayato Yamamotoさんがそのフィーリングだけで「マーメイド」を生み出してくれました。あと、私、ディズニーが好きで、幼い頃から人魚姫になれると思って生きてきたんです(笑)。今後、大きいところでライブができるようになったとき、“この曲を歌ったら、もしかしたら人魚になれるかも!?“みたいな夢と希望が今、生まれていて。その憧れを胸に、この曲は一生歌い続けたいと思っています!」
――センターステージで見たいですね!
「いいですね、貝殻が開いて、泡がふわっと出てきて。もう最高! この曲には本当に夢が詰まっているし、希望に満ちています」
――歌声も小さい子のような雰囲気もありますよね。
「そうですね、幼き日の初心みたいなものはちょっと入れたいなと思っていました。何度かプリプロをしたときに、“可愛くていいかもね”という話になって。でも、声優という一面も持っているので、やりすぎるとキャラクターソングに聴こえてしまうかもしれないし。そこは気づかいながら、自分の持ち味のひとつでもある、甘さのを引き出しを開けて、基本的にはナチュラルに歌っています」
――「マーメイド」と「何でもない日。」はどちらも優しく穏やかな曲調ですけど、歌い方は全く異なっていますよね。
「たしかに色味や空気感は近いので、そこは意識的に変えて歌っています。「何でもない日。」は、自分自身がこういう人だよということを表現したくて、ありのままで歌ったので、そういう表情がめちゃくちゃ詰まっているんですよ。語尾にもすごく気を使って、どれだけ私のリアリティが伝わるかを大切にしました。一方、「マーメイド」は温かく平和なムードで包み込むように、漂うように歌っています。そして、「NPNL」は強くインパクトのある曲に仕上がって。もしかしたら、こんな3曲が一つのパッケージに収められることって、あまりないのかもしれないですけど、でも、私はあえてそうしています。それは、私がアーティストとして活動していく上で、役者という基盤を大切にするという誓いのようなもので。私はいつまでもどこまでも役者という仕事が好きで、みんなを知らない世界に連れて行くことが大好きで。これまでは演じる役と参加する作品に対するリスペクトに重きを置いて、そこにおける表現が人生の幸せでしたけれど、“伊波杏樹として発信する作品でその表現ができたら最高に贅沢だな”というところに今、足を踏み出しました。一つずつの作品作りを通して、みんなと一緒に、新しい表現の世界に進むきっかけになったら嬉しいなと思います」
――1曲1曲が、伊波杏樹が主演するドラマのオリジナル脚本のようなものですよね。今後の音楽活動はどう考えてますか。
「私、日本武道館のステージに立つのが夢なんです。これまでがそうであったように、これからも「有言実行」の存在であり続けたいので、その約束はどんなことがあっても絶対に叶えたいと思っています。その夢に向かって、“伊波杏樹にはできないことがない”という多種多彩なアーティストになっていきたいです。例えるなら、なんでもある大きな図書館だと思ってもらえたらいいかもしれない。クイズがあったり、劇作があったり、これからもいろんな本をみんなに見せたいし、いろんな本を提供し続けたい。一つの本を手にしたときに、その人が作者である伊波杏樹のことを知らなくてもよくて。何の先入観もなく知るからこそ、そこにはたくさんの楽しみが詰まっていて。そうやって伊波杏樹を知ってくれた人が“推していてよかった! 応援していてよかった!”と思えるようなアーティスト、シンガー、役者、声優でありたいです。みんながそう思える瞬間を、夢の場所で叶えたいと思っています」
(おわり)
取材・文/永堀アツオ