いい歌でありさえすれば必ずヒットする。
これが歌の本来あるべき姿です。しかし、現実は強力なタイアップが付いていなければ売れない時代です。いかがなものか?と思います。この風潮に私はあえてアンチテーゼを投げかけたい。いい歌は売れるべきだし、たくさんの人たちに聴いてもらいたい。そんな“音楽愛”が私のポリシーです。

音楽評論家の富澤一誠です。
いいアーティストを見つけて紹介するのが私の仕事です。「演歌・歌謡曲」でもない、「Jポップ」でもない。良質な大人の歌を「Age Free Music」と名づけて私は推奨していますが、まさにそんなアーティストを今回も紹介したいと思います。今回ゲストにお迎えするのは、「大人の歌」を歌わせたらピカイチの多田周子さんです。

多田さんにはこれまでに何度もお会いしていますが、今回は改めて多田さんのアーティストとしてのライフストーリーを再確認したいと思います。

「こんないい歌、聴かなきゃ損!」(音声版)をお聴きいただくにあたって、サポートの意味で、これまで折にふれて書いた私のコラムを読んでいただきたいと思います。読んでから聴くか?それとも聴いてから読むか?は皆さんにおまかせしようと思います。

★呼び起こされる「和の心」 富澤一誠

 多田周子のアルバム『花月夜~風がはじまる場所~』を聴いていると、郷愁を感じ、日本人であることを認識させられます。歌に散りばめられた“風音”“花吹雪”“白蓮”“月の光”などの言葉に刺激されて、私たちの心の奥に眠っていた“和の心”が目覚めるからです。彼女の歌のベースに流れている郷愁を誘う独特な叙情性と哀愁こそ、まさに“日本の歌”そのものです。しかし、それは一朝一夕になったものではありません。

 第一の試練は、声楽歌手をめざし、音大卒業後、オーストリアのモーツァルテウム音楽院で博士号取得をめざしていた時。
 「何度歌っても教授は『NO!』。どうしていいかわからなくなった時に助教授が、『周子の故郷の歌を歌ってみたら』と助け舟。それで、“赤とんぼ”を歌ったら“ジャパニーズ・ミラクル”と褒められたんです」

 ドイツ語ではなく日本語で歌ったときに初めて日本人としての感性が花開いたのでしょう。以来、彼女は日本人であることを再認識して、帰国後はクラシックではなく、童謡、唱歌など“日本の歌”にこだわって歌うようになりました。

 第二の試練はギターの神様、石川鷹彦との運命的な出会いです。彼のギター伴奏で歌っていると、それまで眠っていた新しい魅力ともいうべき大人の女性の“色気”が引き出されたのです。こうしてできあがったのが、和の心に色気が加わった大人のための良質音楽アルバム『花月夜』です。

(東京新聞2011年1月14日発行)

★多田周子が歌う新しい“日本のうた”が〈吟情歌〉です! 富澤一誠

 〈演歌・歌謡曲〉でもない。〈Jポップ〉でもない。大人の音楽を〈Age Free Music〉と名づけて私は提唱しています。〈Age Free Music〉は今、レコード会社15社の合同キャンペーンとなり、音楽業界あげてのムーブメントになりました。なぜならば、時代がAge Free Musicを必要としているからです。

 2011年3月11日の東日本大震災以降、“故郷志向”が強まっています。故郷が突然なくなってしまったり、帰りたくても帰れない状況を見て、私たちは故郷のことを考えざるをえません。自然と故郷志向となり、家族、友だち、仲間、故郷の山や河や海や草原など、大切な人、大切な自然、大切な思い出などをふと考えてしまいます。

 大切な人、自然、思い出などに想いを馳せると、脳裏のスクリーンに大切にしまいこまれていた想い出の映像が蘇ると共に、懐かしい歌も響いてきます。「ふるさと」「赤とんぼ」「夕焼け小焼け」などで、タイムカプセルを掘り起こして宝石箱をあけたかのように鮮やかに流れてくるのです。これらの歌は子どもの頃に歌ったものですが、成長すると共に心の中にしまいこまれていつの間にか冬眠してしまい、長い間歌われることはありませんでした。しかし、今回、冬眠から醒めたとき、ほど良い状態で熟成されていたためか、例えるならば子ども時代の“清酒”が長い年月を経て熟成されて“吟醸酒”に生まれかわっていたのです。それと同じように子ども時代に聴いて歌っていた〈叙情歌〉が人生という長い熟成期間を経て、それぞれの“吟醸酒”ならぬ〈吟情歌〉に生まれかわったのです。

 多田周子のニュー・アルバム『みかん』を聴いて私が感じたことは、これぞ大人が求めている“大人の音楽”〈Age Free Music〉だということです。多田周子が歌う大人のための新しい〈日本のうた〉が紛れもなく時代が求めている〈吟情歌〉なのです。その意味では、多田周子こそ〈叙情歌〉を新しい“日本のうた”〈吟情歌〉にかえる酵母ともいえる唯一無二の素晴らしいシンガーなのです。

(アルバム『Mikan』(2013年1月31日リリース)ライナーノーツより)

★多田周子の〈日本のうた〉は〈歌のマイナス・イオン〉を生み出す〈心のシャワー〉そのものです。 富澤一誠

 多田周子は前作アルバム『Mikan』で彼女独自の世界を確立しました。「ふるさと」「赤とんぼ」「夕焼け小焼け」など誰もが知っている“叙情歌”を、“清酒”が長い年月を経て成熟されて“吟醸酒”に生まれかわるように、多田周子というフィルターを通すことで、人生という長い成熟期間を経て“吟情歌”という“大人の歌”に生まれ変わらせたのです。その意味では、彼女が歌う大人のための新しい〈日本のうた〉が紛れもなく時代が求めている〈吟情歌〉なのです。前作に収録されていた「ふるさと」「浜辺の歌」「この道」「赤とんぼ」などはさらに熟成されたのか歌の表情がより豊かになったようです。いい曲、イコールいい歌とは言えません。いい曲は、それにふさわしい歌い手に歌われてこそ初めて“いい歌”となってたくさんの人々のハートに浸透していくのです。その意味では、これらの曲は多田に歌われたからこそ新しい命を得て、そして新しい魅力を持てたのです。

 彼女の〈吟情歌〉がさらに進化したようです。“叙情歌”を新しい“日本のうた”〈吟情歌〉にかえる彼女しか持っていない酵母が化学反応を起こし新しい魅力を生み出したのです。

 彼女の〈吟情歌〉を聴いていると、全身に〈歌のマイナス・イオン〉を浴びて疲れた心が癒されて解放されます。シャワーを浴びて、心も体もリフレッシュして、また明日の活力を取り戻す。そんな“心のビタミン剤”が今の私たちに一番必要なものです。多田周子の〈日本のうた〉は、〈歌のマイナス・イオン〉を生み出す〈心のシャワー〉そのものなのです。

(アルバム『ふるさと』(2015年5月6日リリース)ライナーノーツより)

<音声版>富澤一誠のこんないい歌、聴かなきゃ損! 第20回 多田周子さん

多田周子「風がはじまる場所」MUSIC VIDEO

多田周子ニューシングル
「風がはじまる場所/雨上がりの午後」
1.風がはじまる場所
2.雨上がりの午後
3.風がはじまる場所 [オリジナル・カラオケ]
4.雨上がりの午後 [オリジナル・カラオケ]
¥ 1,500 (税込)
商品番号:CRCN-8610
発売日:2023年10月04日

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富澤一誠

1951年、長野県須坂市生まれ。70年、東大文Ⅲ入学。71年、在学中に音楽雑誌への投稿を機に音楽評論家として活動開始し、Jポップ専門の評論家として50年のキャリアを持つ。レコード大賞審査員、同アルバム賞委員長、同常任実行委員、日本作詩大賞審査委員長を歴任し、現在尚美学園大学副学長及び尚美ミュージックカレッジ専門学校客員教授なども務めている。また「わかり易いキャッチコピーを駆使して音楽を語る音楽評論家」としてラジオ・パーソナリティー、テレビ・コメンテーターとしても活躍中。現在FM NACK5〈Age Free Music!〉(毎週木曜日24時から25時オンエア)、InterFM〈富澤一誠のAge Free Music~大人の音楽〉(毎月最終水曜日25時から26時オンエア)パーソナリティー。また「松山千春・さすらいの青春」「さだまさし・終りなき夢」「俺の井上陽水」「フォーク名曲事典300曲」「『こころの旅』を歌いながら」「私の青春四小節~音楽を熱く語る!」など著書多数。

俺が言う!by富澤一誠

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