バリトン・サックスはビッグバンドのサックス・セクションで一番低い音域を受け持つ、大きくて少し扱いにくい楽器です。ジェリー・マリガンはバリトン・サックスをアルトやテナーに負けないソロ楽器として使いこなしただけでなく、アレンジャー、バンド・リーダーとしても優れた実績を残した重要なミュージシャンです。

『ジェリー・マリガン・カルテット』(World Pacific)はジェリー・マリガンの傑作であるだけでなく、“ウエスト・コースト・ジャズ”の代表的名盤でもあります。聴きどころは、マリガンとともにウエスト・コースト・ジャズを代表するトランペットのチェット・ベイカーと組んだ、“ピアノレス・カルテット”のユニークなサウンドです。

ピアノがいないちょっと変則的な楽器編成から繰り出される心地よいアンサンブルは、ジェリー・マリガンのアレンジャーとしての才能を現しているといえるでしょう。そして、アンサンブル・パートとソロ・パートがごく自然に結びついているのも、ウエスト・コースト・ジャズの特徴です。

マリガンはビッグ・バンド・リーダーとしても優れた資質を持っており、『ウォーク・オン・ザ・ウォーター』(drg)は、彼の力強いバリトン・ソロがバックのバンド・サウンドから浮かび上がる特徴的な手法が聴き所です。映画音楽を思わせるようなイメージの広がりのある旋律がそれぞれのソロイストから繰り出され、厚みのあオーケストラ・サウンドがそれを後押しする、非常に良く考えられたアレンジです。

マリガンが一人のサックス奏者としても魅力があることを示しているのが『ソフト・ライツ・アンド・スィート・ミュージック』(Concord)でしょう。テナー奏者、スコット・ハミルトンの軽やかなサウンドと対比をつけるようにしてマリガンの力強いバリトンの音色が楽しめる、実に気持ちの良い演奏です。

ジェリー・マリガンは同じ低音楽器、バルブ・トロンボーンのボブ・ブルックマイヤーを入れた4管セクステットのグループでも活躍しました。『ジェリー・マリガン・セクステット』(EmArcy)は、ジョン・アードレイのトランペット、ズート・シムズのテナーという豪華メンバーで、マリガンならではアレンジの妙を聴かせてくれます。このアルバムも、ピアノがいないことによって、ホーン奏者たちの快適なアンサンブル・サウンドが明確に聴き取ることが出来るよう工夫されています。

ところで、ピアニストがいないバンドで一躍有名になったマリガンですが、決してピアノが苦手だったわけではありません。個性派ピアニストのナンバーワン、セロニアス・モンクと共演した『マリガン・ミーツ・モンク』(Riverside)では、大物ジャズマンに一歩も引けをとらず、モンク作の名曲《ラウンド・ミッドナイト》を演奏しています。

ある意味ではアクの強いモンクのピアノに対し、マリガンのコシが強く豊かなバリトン・サウンドが非常にうまくマッチしているのです。地味ながら聴き応えのある名演です。

最後に収録した『パラダイス』(Telarc)は、マリガンの音楽性の幅広さを表す楽しいアルバム。ブラジルの女性歌手、ジェーン・ドゥボックと共演したこの作品はサイドマンの多くをブラジルのミュージシャンが務め、南国的な旋律とマリガンのバリトン・サウンドが心地よく絡み合う素敵な演奏。余裕と個性のうまいバランスがマリガン・ミュージックの特徴なのです。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。

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