カフェ ド ロペからモントーク、そしてV.A.へ

アパレル企業・ブランドによるカフェなどの飲食業態は今や当たり前のように展開されているが、その先駆的存在がジュンだ。表参道沿いのキデイランド原宿店の隣りに、日本初のオープンカフェとされる「Café de Ropé(カフェ ド ロペ)」を開業したのは、実に1972年に遡る。時代の先端をゆくクリエイターやおしゃれ好きが集まるカフェとして、30年近くにわたり人気を継続した。そのDNAを受け継ぎつつ、界隈の面白い人たちが集まってつながっていくコミュニティーのような新たな場を作ろうと、2001年にカフェ ド ロペをクローズし、翌年にオープンさせたのが「montoak(モントーク)」だった。

1972年にオープンした「カフェ ド ロペ」

モントークをディレクションしたのは、駒沢の「Bowery Kitchen(バワリーキッチン)」や表参道の「Lotus(ロータス)」などを手掛け、90年代以降の東京カフェブームを牽引した空間プロデューサーの山本宇一氏。オモハラエリアの一等地に出現させたのは、スモークがかかって昼間は店内が見えそうで見えない全面ガラス張り、エントランスは正面ではなく側面にあり、しかも看板すら無い、まさに隠れ家的なカフェだった。店内は1階、中2階、2階の3層からなる入り組んだ構造で、1階から2階への吹き抜けが生む開放感とのバランスが絶妙だ。クリエイターやアーティストなども多く集い、原宿・表参道のランドマークの一つとなった。モントークは20年にわたり営業を続けたが、界隈に新たな商業施設やラグジュアリーブランドのショップが続々とでき、来街者も様変わりする中で「役割を終えた」として22年にクローズ。2年間のブランクを経て、原宿・表参道から新たなカルチャーを創出・発信する場として構想されたのが「V.A.(ヴイエー)」だ。

「モントーク」時代の店内

ディレクションを担当した藤原ヒロシ氏は、カフェ ド ロペやモントークの常連客でもあった。ジュンとは南青山のビンテージマンションの室内プール跡地で不定期にコンセプトも空間もMDも変わるコンセプトストア「the POOL aoyama(ザ・プール 青山)」や、銀座ソニービルの地下3・4階の駐車場に隣接する物販とカフェを複合したコンセプトストア「THE PARK・ING GINZA(ザ・パーキング 銀座)」、コンビニエンスストアをコンセプトにスーベニアグッズや日用品、フードやドリンクを販売する「THE CONVENI(ザ・コンビニ)」など実験的なプロジェクトに取り組んできた。ファッションとの結びつきが無かったロケーションで、サンプリングで楽曲を組み立てていくように様々なプロダクトを融合させ、人が集まる場を作ってきた歴史がある。

多様なコラボアイテムが生むV.A.感、カフェとベーカリーの心地良さ

今回はモントークの跡地という縁の深いロケーションに、ファッションを中心とした物販・ポップアップスペース、カフェ、そしてベーカリーを複合した空間を生み出した。藤原氏が全体のディレクション、カフェはモントークの生みの親である山本氏が監修し、ストアデザインはザ・パーキング銀座でもタッグを組んだ建築事務所「The Archetype(アーキタイプ)」の荒木信雄氏が手掛けた。外観はモントーク時代のスモークガラスを継承し、「V.A.」のロゴも、看板も無い。昼間こそ外から中は見えづらいが、日が沈むとともに店内の様子が浮かび上がってくる。店内はモントークの特徴的な建築構造を生かし、一見変わっていないように見せつつ、ディテールの仕様を変えることで新しさを取り入れた。例えばベーカリーのショーケースは、モントーク時代のテーブルをアップサイクルしたものだという。

モントーク跡地に出店した「V.A.」

1階は、路地に面したエントランスから入って左手の表参道側のテラスのような空間と、レジのある通路を挟んだ店奥の部屋のような空間が物販・ポップアップスペースとなっている。MDは「Various Artists(様々なアーティストたち)」を意味するV.A.の観点から、ジュンのブランドを集積するのではなく、多様なブランドと協業した「ここだけ」のアイテムをコンピレーションアルバムのように構成している。

店奥の物販・ポップアップスペース
表参道側の物販・ポップアップスペース

「Champion(チャンピオン)」や「Hender Scheme(エンダースキーマ)」、「Levi’s(リーバイス)」、「L.L.Bean(エル・エル・ビーン)」、「New Era®(ニューエラ)」、「CONVERSE(コンバース)」などとのコラボレーションアイテムや、「UNDERCOVER(アンダーカバー)」のデザイナー高橋盾や「WTAPS(ダブルタップス)」、「DESCENDANT(ディセンダント)」のディレクター西山徹がヴイエーのために制作したアイテム、さらに「agnès b.(アニエスベー)」や「PAC-MAN(パックマン)」などの人気ブランドと藤原氏が主宰する「FRAGMENT(フラグメント)」の協業によるエクスクルーシブアイテムが並ぶ。レジカウンターのショーケースには、開業時には「Leica(ライカ)」のLEICA SOFORT 2や「CONTAX(コンタックス)」、「Hermès(エルメス)」の腕時計「メドール」のビンテージなども揃えた。

「パックマン」とのコラボアイテム
写真左は「エンダースキーマ」、右は「アニエスベー」とのコラボアイテム
「エルメス」の「メドール」
「ライカ」などのカメラも

売り場から売り場へと移動する途中にはキッチンスペースがあり、ここで作られたパンが中2階の「VAT BAKERY(バットベーカリー)」で提供される。ベーカリーを複合したのは、「売り場で商品を見ていると、パンの焼けるいい匂いが漂ってくる」というイメージからだという。その焼き立てが並ぶ中2階へ昇ると、小さな丸いタイルを敷き詰めたクラシカルでどこかエキゾチックな空間が現れる。モントークの頃から変わらないこのフロアで10種類以上あるスイーツ系や惣菜系のパン、和・洋テイストのドーナツを購入(キャッシュレス決済のみ)し、テイクアウトもカフェでのイートインもできる。

  • 物販スペースを結ぶ通路にはベーカリーのキッチン
  • 中2階の「バットベーカリー」
  • 中2階はタイル貼りのエキゾチックな空間

タイル貼りの階段を昇るとグッとレトロなカフェ空間に切り替わる。昨年5月に閉店した神田の老舗純喫茶店「エース」の家具を引き継ぎ、中2階の横長のスペースに配置した。モントーク時代からある筒状にくり抜いたような壁に沿って、楕円形の白いテーブルと昔ながらの革張りのソファチェアが整然と並ぶ。さらに木の階段を昇ると、白と赤で構成されたノスタルジックなボックスシートのカフェが広がる。表参道のケヤキ並木を眺めながら会話を楽しめるスペシャルな空間だ。両カフェでは基本的にドリンクを提供し、ドリップコーヒーやカフェラテ、ハーブティーなどの定番メニューはもとより、「カフェパリス」や「カフェブリテン」、「あんこ抹茶ラテ」などその名もレトロモダンなメニューも揃う。フードはエースの名物メニューだった「のりトースト」のみを提供し、さっそく人気を呼んでいる。

白と赤のボックスシートを設えた2階のカフェ
「エース」のテーブルと椅子を配置した中2階のカフェ空間

ヴイエーという場そのもののポップアップストア化

オープン以来、物販スペースは40~50代を中心にその周辺世代の男性客が多く、カフェとベーカリーは若い世代も含め様々な客層が訪れ、客数・売り上げとも好調に推移している。物販スペースは店舗面積の関係で開業から1週間はウェブでの抽選・予約来店としたが、多くの人が押し寄せ、その後も「熱量の高いお客様がたくさん来店した」。通常営業になって以降も、欧米やアジア圏などからの訪日外国人客を含め多くの来店がある。
特に動いたのは、コンバース、エル・エル・ビーンとのコラボアイテム。コンバースのスニーカーはフラグメント、ヴイエーとのトリプルコラボで、インソールに3者のブランドロゴ、ヒールパッチの「ALL★STAR」ロゴに加え、プルストラップに「V.A.」、ヒール部に「FRAGMENT」のロゴを配した。初日から「サイズが合えば購入する」人気ぶりだ。
エル・エル・ビーンとはトートバッグを制作。キャンバス地のスタンダードなグローサリートートやボート・アンド・トートをベースに、表と裏に異なるブランドロゴやグラフィックを施し、リバーシブル仕様にした。サイズが充実しているのも嬉しい。
UNDERCOVERのデザイナー高橋盾氏、ディレクター西山徹氏(WTAPS、FPAR、DESCENDANT)氏がヴイエーのためにデザインしたグラフィックのスエットや、チャンピオンボディに建築家をデザインしたスエットやTシャツも動いている。

「エル・エル・ビーン」とコラボしたグローサリートート
「コンバース」「フラグメント」「ヴイエー」のコラボスニーカー
ディレクター西山徹 (WTAPS、FPAR、DESCENDANT)氏による「Emotional Intelligence」のテキストをあしらったアイテム
UNDERCOVERのデザイナー高橋盾による「V.A.」グラフィックのアイテム

多様なコラボはファッションに限らない。25年1月にはカシオ計算機の電子キーボード「Casiotone(カシオトーン)」シリーズの「Casiotone CT-S1」とフラグメントのコラボモデル「Casiotone CT-S1×FRAGMENT」をローンチした。CT-S1は鍵盤、スピーカー、必要最小限のボタンのみを備えたシンプルな設計で、鍵盤楽器の本質的な美しさを追求したモデル。ミニマルなブラックの筐体に千鳥柄のクロス素材でモダンな一品に仕上げた。何がリリースされるのか読めないところもヴイエーの魅力だろう。

「Casiotone CT-S1×FRAGMENT」

オープニングでは多様なコラボアイテムを揃えたが、今後はヴイエーという場そのものをポップアップストア化していく考えだ。物販スペースはもとより、店舗空間全体を生かし、様々なブランドやショップのポップアップやイベントも構想する。それによって、ヴイエー自体がある期間ごとに異なるコンセプトの店になっていくイメージだ。様々なモノやコト、人が交差することで、まさにV.A.なカルチャーが創出されていく。その空気感に触れようと世界中から人が集まるデスティネーションストアを目指す。

写真/遠藤純、ジュン提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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