建物の素材・構造そのものを生かした店舗空間

ティンバーランドは、靴作りの修業をした初代がアビントン・シュー・カンパニーという靴メーカーの株式を取得し、ブーツを専門に生産するようになったことを起源とする。ソールとレザーアッパーを縫製することなく一体化させる独自製法を開発し、1973年に世界初の完全防水ブーツ「TIMBERLAND(ティンバーランド)」を誕生させた。8インチブーツでスタートし、78年に「6 INCH PREMIUM WATER PROOF BOOTS(6インチ プレミアム ウォータープルーフ ブーツ)」を発売すると、その特徴的なカラーから「イエローブーツ」の愛称で支持が一気に広がった。以降、ティンバーランドを社名・ブランド名とし、ワーク&アウトドア向けのブーツをはじめ、様々なフットウェアを開発。80~90年代にはヒップホップミュージシャンらが愛用し、世界にマーケットを拡大した。特に日本は重要なマーケットと位置づけられ、東京のストリートカルチャーはティンバーランドのファッションアイテムとしての物作りのリソースにもなってきた。

ティンバーランドをグローバルブランドに押し上げた「イエローブーツ」

イエローブーツのファーストモデルから50年を控えた昨年は「BUILT FOR THE BOLD」をグローバルスローガンに掲げ、これからへの姿勢を表明した。BOLD=大胆不敵。コロナ禍は明けたものの楽観できない世界情勢にあって、大胆不敵で情熱的なパワーを前に進み続ける原動力にしていこうというメッセージだ。「東京からも大胆にいこうぜ、という思いが強まった」と、ティンバーランドを運営するVFジャパンのティンバーランドジャパン マーケティング部の大木文太さんはいう。というのも、日本市場における今後へ向けたリブランディングのプロジェクトが5年前に始まり、新たな発信拠点となる実店舗を構想していたからだ。それまで出店していた店舗を見直し、絞り込み、イエローブーツ50周年での世界初のコンセプトストアの実現を目指していた。
「この間、メンバーでずっと話してきたのが、アメリカのワークとアウトドアというティンバーランドのルーツスタイルを、多様なストリートカルチャーの中心地である『東京』の視点で新たに構築していくということでした」
アメリカと東京のカルチャーの融合ともいえるコンセプトの体現に当たって、数々のブランドのプロデュースを手掛けてきたファッションディレクター長谷川昭雄をストアコンセプトプロデューサーに招聘。長谷川のディレクションのもと、東京のストリートカルチャーに精通した人たちと共にストア像を描いていった。その結晶が、今年9月に代官山にオープンした「ティンバーランド ブティック トウキョウ」だ。店舗に選んだのは木造の2階建ての物件。空間デザインは、商業空間から公共施設まで革新的なデザイン・設計を手掛ける「DAIKEI MILLS(ダイケイミルズ)」が担った。木材(timber)で造られた築60年の建物を生かすアプローチで、壁の表面を剥がして合板や建築資材などの補強材を露わにし、その構造や、素材の不揃いな色柄を空間のデザイン要素に活用した。ウッドな空間に単管パイプの無骨な什器が組みあがった光景は、山小屋か工事中の建設現場のよう。「過剰なデザインを足すのではなく、既に存在する素材自体と向き合い、どう活かすか」(ダイケイミルズ)によって、ブランドとの親和性が高く、他にはない空間を生み出した。試履きに使うソファも、よく見るとティンバーランドのブーツと同じレザーで、ステッチの本数も合わせていたりと、ディテールにも発見がある。

代官山にオープンした「TIMBERLAND BOUTIQUE TOKYO(ティンバーランド ブティック トウキョウ)」
ソファはブーツと同素材を使用
建物の素材・構造そのものがデザインとなっている店舗空間(1階)

オープニングでは、ティンバーランドのアイコンモデルをはじめ、2023-24年秋冬コレクション、50周年記念の店舗・オンライン限定モデルや昨秋から進めているグローバル企画のコラボアイテム、さらに今回の出店に合わせてスタートさせた日本限定コレクション「TIMBERLAND+81 3(ティンバーランド エイトワンスリー/以下、81 3)」などを集積した。
エントランスを入って右側の壁面には、イエローブーツをはじめ、ショートカットタイプの「CHUKKA BOOTS(ウォータープルーフ チャッカブーツ)」、モカシンシューズの「3 EYE CLASSIC LUG(スリーアイ クラシックラグ)」など、ティンバーランドの超定番が並ぶ。いずれもメンズ、ウィメンズを展開し、ウィメンズでは女性に人気の14インチブーツも揃える。

ティンバーランドのフットウェアのアイコンモデルが集結

売り場奥には、50周年記念モデル「バターコレクション」を配置。「イエローブーツからの連想でティンバーランドのアイコンを『BUTTERS(バターズ)』と呼ぶ人が多いことから、コレクションを企画した」という。イエローブーツ、スリーアイ、ワーキング向けに開発された「SUPER BOOTS(プレミアム ウォータープルーフ スーパーブーツ)」、ハイキングシューズの「EURO HIKER(ユーロハイカー)」、14インチブーツの5型を、ヌバックレザーで高級感のある色合いに仕上げた。

ターコレクションより「EURO HIKER(ユーロハイカー)」

ティンバーランドはコラボレーションも活発に行っている。1階のウインドーでは、アーティストやブランドとのコラボアイテムを集積し、ちょっと特別なプロダクトを提案する。オープニングでは今年3月から展開してきたグローバルの50周年企画「FUTURE 73(フューチャー73)」のアイテムを揃えた。イエローブーツが誕生した73年と未来への思いを掛け合わせ、アイコンモデルの新たな可能性を模索するプロジェクト。英国のメンズブランド「A-COLD-WALL(ア・コールド・ウォール)」のサミュエル・ロス、香港のストリートブランド「CLOT(クロット)」のエディソン・チェン、NYを拠点とするアーティストのニーナ・シャネル・アブニーなどワールドワイドに活躍する6人のクリエイターが、それぞれにティンバーランドの魅力を新たに解釈したフットウェアやアパレルを毎月、リリースした(今年10月で販売終了)。こうしたコラボアイテムやブランドなどの別注アイテムは今後、代官山店に集約して提案していくという。

1階のウインドー前ではコラボアイテムを提案。オープニングでは50周年企画の「FUTURE 73」のニーナ・シャネル・アブニーとのコラボアイテムを展開

新たなアパレルコレクション、代官山店・オンライン限定のコレクション

今秋冬物では新機軸を打ち出し、アパレルのカプセルコレクションをローンチした。VFジャパンのデザインチーム「TOKYO DESIGN COLLECTIVE(東京デザインコレクティヴ/以下、TDC)」がディレクションしたラインで、今季は「OUTDOOR REMIX(アウトドア リミックス)」をテーマに、アウトドアとタウンを横断してボーダーレスに着用できる機能的なストリートファッションを提案する。アウターはユニセックス仕様。「3-in-1 PARKA(スリー イン ワン パーカ)」は、着脱可能なウール混のジャカードチェックのライニングを外せば、ノーカラージャケットとしても着用できる。他にも、ボアを使ったハーフジップフリースジャケットや段ボールニットによるラグビーシャツ、ジャカードチェックのシャツジャケットとクロップト丈パンツのセットアップ、ビスコース・ウール混紡のフ―ディーなど、様々なシーンに合わせた着こなしを楽しめるアイテムが揃う。アイコンモデルのブーツとのコーディネートも、これからの季節にはおしゃれだ。

「3-in-1 PARKA(スリー イン ワン パーカ)」(アウトドアリミックス)
2階では「OUTDOOR REMIX(アウトドアリミックス)」をテーマにしたカプセルコレクションを展開
ジャカードチェックのシャツジャケットとクロップド丈パンツ(アウトドアリミックス)
ジャカードチェックのシャツジャケットとクロップド丈パンツ(アウトドアリミックス)

81 3も今秋冬からスタートした日本限定の新たなコレクションで、販路も代官山店とオンライン限定。ストリートカジュアルブランド「BEDWIN & THE HEARTBREAKERS(ベドウィン & ザ ハートブレイカーズ)」のデザイナー渡辺真史とTDCが協業し、アメリカのワーク&アウトドアというティンバーランドのベーシックスタイルを「東京」のカルチャー視点で再構築している。81 3は日本の国際電話認識番号と都内の番号で、世界にアクセスするブランドの意味がある。
ファーストコレクションのテーマは「NEW YORK 93」。93年当時のニューヨークでは、ヒップホップカルチャーがストリートファッションを牽引し、そのリアルなスタイルとしてティンバーランドのイエローブーツが愛用されていた。ノスタルジーではなく、「次世代のストリートシーンを体現する人たちと共にカルチャーを紡いでいきたい」という思いが、テーマには込められている。

「TIMBERLAND+81 3(ティンバーランド エイトワンスリー)」の23-24年秋冬コレクション

フットウェアはイエローブーツとフィールドブーツの2型・4配色。ともにレザーとファブリックの切り替えが特徴で、アッパーには防水のスエード、クォーターパネルとタンに高強度ナイロン「コーデュラファブリック」の中でも製造廃棄物から再生した「コーデュラ・エコ」を使った。カラーリングは90年代のニューヨークでブレイクしたウィートカラーの「マッケンチーズ」とブラウンとグリーンの「ビーブロ」を採用し、白のアウトソールとのコントラストで、タフな造りながらクリーンな印象に仕上げている。マッケンチーズとは当時のNYで人気だったジャンクフード「マカロニ&チーズ」のことで、その色の組み合わせがイエローブーツに似ていることから、略称で呼ばれるようになった。ビーブロは同様に、チャイニーズレストランのメニュー「ビーフ&ブロッコリー」を意味するスラングだ。ブランドのヒストリーとストーリーが色に通っている。

「NEW YORK 93」をテーマにしたイエローブーツとフィールドブーツ

アパレルアイテムは全てメイド・イン・ジャパンにこだわる。ヒップホップのサンプリング手法で、90年代のティンバーランドのアーカイブからエッセンスを抽出し、オーバーサイズなストリートカジュアルに落とし込んだ。左胸にティンバーランドのツリーロゴを刺繍したワッペン、前開きに90年代のスナップボタンを使った中綿入りバーシティージャケットは、ストリートの定番。ワークジャケットは、襟と肘パッチにカーフレザー、ポケットにコーデュロイでアクセントを効かせ、全体の重厚感を前開きのボタンフライですっきりと見せている。アノラックは、90年代のアーカイブをベースに、短丈のオーバーサイズにすることでルーズ過ぎないタフな印象の仕上がりに。フロントジッパーと前開きにはアーカイブのスライダーとスナップボタンをサンプリングした。ヘビーウェイトの裏起毛素材を使ったスウェットフーディーは、ティンバーランドの略称「TIMBS(ティンブス)」のロゴがカレッジ風。洗い加工やシリコン柔軟などにより柔らかくビンテージライクな風合いが魅力だ。他、ダブルニーのペインターパンツなどが揃う。

ワークジャケット(ティンバーランド 81 3)
バーシティージャケット(ティンバーランド 81 3)
フ―ディー(右)とスエット(ティンバーランド 81 3)
アノラック(ティンバーランド 81 3)

アート、カスタマイズ。実店舗ならではの体験価値を提供

「リアルな拠点を持てたことで、ティンバーランドを知らない若い人たちにもブランドの認知を広げたい」と大木さん。日本ではヒップホップやストリートカジュアルの広がりを背景に90年代にブームがあったこともあり、ブランドの顧客層は40~50代の男性が中心で、その前後もカバーしている。認知があまり進んでいない20代やウィメンズの開拓が課題だが、オープン後は「主力とする世代はもとより、20代、30代の人たちも遊びに来るという感じで来店され、外国人のお客様も多い」という。
実店舗ならではのサービスも好評だ。2階にはティンバーランドのフットウェアをカスタマイズできる「カスタム メイド」のスペースを設けた。自身の名前や愛称、好きな言葉や歌詞のフレーズなどのワードをその場でレーザ―刻印できる。フットウェアの購入客はもちろん、すでに愛用しているイエローブーツなどの持ち込みにも対応し、500円というリーズナブルな料金も魅力だ。代官山店限定のシューレースやチャーム、ペンダントも揃え、組み合わせることで「自分だけのイエローブーツ」へのカスタマイズをサポートする。アパレルアイテム(対象商品)の購入客は、購入時に店舗限定のワッペンが選べ、その場で圧着してもらえる。今後はアパレルに関してはアーティストのアートワークをプリントするサービス、フットウェアではティンバーランドのフットウェア限定で、無料クリーニングにも対応するサービスの提供を予定している。

レーザー刻印などに対応する「カスタム メイド」(2階)

2階へ上がる階段の壁面はアートギャラリー「アーカイブウォール」として活用。ティンバーランドの歴史を東京のアーティストの目線で表現した作品を紹介していく。第1弾は、国内外のアーティストをキュレートしたZIN(ジン)やアート書籍の出版などを手掛ける「stacks bookstore(スタックスブックストア)」の協力を得て、切り絵アーティストのwackwack(ワクワク)に依頼。90年代前半の東京でトレンドになったカジュアルスタイルやヒップホップシーンなどと共にイエローブーツをファニーで毒も感じさせる独自の表現スタイルでアートワーク化した。定期的に展示内容を更新していく予定。リアルの場を生かし、「アーティストとコラボしたワークショップなどのイベントも実施していく」考えだ。
BUILT FOR TOKYO――東京だからこその、ここだけのプロダクト、ここだけの体験を通じてティンバーランドの世界観を発信し、顧客と共にこれからのティンバーランドのブランド価値を醸成していく。

階段の壁面はアートギャラリー。オープニングを飾ったのは切り絵アーティストのwackwack

写真/野﨑慧嗣VFジャパン提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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