ルックと提携し、日本での新たなブランディングに臨む

スマイソンの創業者フランク・スマイソンは銀細工職人としてキャリアをスタートさせ、繊細な手仕事で評判を呼んだ。まだ手紙が主な通信手段だった19世紀後半、物作りへの探究心はステーショナリーに向かい、自身が上質なレザーを用いて製作した手帳や文房具を扱うブティック「スマイソン」を1887年、ロンドンのボンドストリートに開業した。1890年代にはヴィクトリア女王が所有する邸宅ごとにステーショナリーを誂え、納めるようになった。早くからクラフトマンシップとクオリティーの高さが評価され、ブランドとして認識されていたことが分かる。
その後、ライフスタイルの変化に対応しながら、バッグや財布、カードケースなどの革小物、グリーティングカードなどカテゴリーを広げ、近年ではジュエリーボックスやデスクアクセサリー、ゲームセットなどのホームアクセサリーも手掛けている。1964年にはエリザベス女王陛下、80年代にはプリンス・オブ・ウェールズ殿下、エリザベス皇太后からロイヤルワラント(英国王室御用達)を授与され、政治家やセレブリティーなどの著名人をはじめ、世界に多くのファンを持つブランドへと成長を遂げた。

ページマーカーも一つひとつ、職人が手で付けている
創業時とほぼ変わらない製法で作り続けているスマイソンのノートブック

日本では主にセレクトショップや百貨店で展開され、本国のスマイソン社がデリバリーをコントロールしていた。アジアの拠点として位置づける日本で新たなファン作りを行うに当たって、「日本のマーケットを最も知っているのは日本の企業」と、海外のレザー製品ブランドなども手掛け、デリバリー網も持つルックとのパートナーシップ締結に至った。2025年春からルックが日本におけるスマイソンの輸入販売を担い、実店舗やECの運営にも取り組む。今年1月には日本の公式オンラインストアを刷新し、同月29日には日本初となるスマイソンの直営店を伊勢丹新宿店に出店。翌2月13日には銀座エリアで初となる期間限定店をギンザ シックスに出店し、8月下旬まで展開する。

細部まで作り込まれた製品と、一人ひとりへのパーソナライズ

伊勢丹新宿店の店舗はメンズ館1階のアクセサリーゾーン、ギンザ シックスの店舗は5階エスカレーター横のポップアップスペースに立地し、共に英国の旗艦店と同じ「ブックウォール」が象徴的に配置されている。アイコンアイテムである「Notebook(ノートブック)」をサイズごとに陳列できるシェルフで、アイテムが並ぶことでカラーやサイズのバリエーションが一目で分かり、上品な書斎のムードを醸し出す。このブックウォールを軸として、卸では紹介できていなかったプロダクトや日本限定アイテムを含む全カテゴリーを網羅し、ブランドの世界観を体現した。

「スマイソン」ギンザ シックス店
「スマイソン」伊勢丹新宿店

実店舗でまずチェックしたいのは、やはりノートブックだろう。その中でも代表的なのが「Panama Notebook(パナマ ノートブック)」。1908年にフランク・スマイソンが開発して以来、基本的な製法は変えず受け継いできた。日常生活や旅の移動中でも使いやすいように素材やサイズ、重さを設計し、職人がハンドメイドで作り込んだ世界初のポケットダイアリーだ。使用されている紙は、羽のように軽く、薄く、美しいと評されるオリジナルの「フェザーウェイトペーパー」。様々な国の証券や紙幣を製造する英国の製紙専門工場で印刷されたもので、薄いため1冊に多くのページを収められ、普通紙の半分に相当する1㎡当たり50gと軽量だ。淡いブルーに地球儀と羽ペンをデザインした透かしが全ページに入り、クラシカルで上品な趣きを漂わす。カバーには小さな菱形の格子模様をプレスした上質な「クロスグレインレザー」、裏地にはシルクを使用し、グログランリボンのブックマークが付属する。伝統的な製本タイプはもとより、環境への配慮の観点からリフィルタイプも扱っている。
パナマノートは胸ポケットに入れても見苦しくならないことから、その気軽なスタイルが好まれ、同時期に流行していたパナマハットスタイルになぞらえ、「本のパナマハット」と呼ばれた。アイテム名の由来だ。カバー素材は現在、クロスグレインレザーに加え、クロコダイルの型押しを施した「マラレザー」、クロスグレインをよりしなやかに進化させた「パストグレインレザー」も揃える。表紙のカラーはスマイソン独自の「ナイルブルー」を軸に定番色が多く、毎シーズン発表される新色も魅力だ。ナイルブルーは旅好きだったフランク・スマイソンがエジプトを訪れた際、ナイル川の青に感銘を受けて表現したオリジナルカラー。創業以来、ブランドのシグニチャーカラーとして様々なアイテムに使われている。
物作りと並行して重視してきたのがカスタマーサービスだ。接客におけるコミュニケーションはもとより、本国では創業時からレザー製品への刻印、ステーショナリーの誂えなど一人ひとりの要望や好みなどに対応している。日本の店舗では現在、購入したアイテムにイニシャルや名前、星座などのモチーフを刻印する「ゴールドスタンピングサービス」を提供。製品のパーソナライズにより、購入客にとってのその人らしさ、ギフトでは送る相手への思いを込めた特別感を演出する。直営店では日本限定として、城、歌舞伎の隈取、カタカナ文字の「スマイソン」の刻印サービスも実施している。刻印はルックのスタッフが本国の職人から研修を受け、スタンパーとして対応している。ブランドのアイデンティティーに関わるものは人から人へと伝えていく姿勢にスマイソンらしさを感じる。

日本限定のゴールドスタンピング
スタンピングに使用する金型

全てのカテゴリーを網羅した直営店だからこその品揃え

直営店では手帳やステーショナリーはもちろんのこと、ビジネス、トラベル、ホーム、ギフトのカテゴリーで売り場を構成。伊勢丹新宿店の店舗はメンズ館の1階という立地もあり、ビジネスパーソンを中心にビジネス・トラベルカテゴリーのバッグやリュックなどが動く。ギンザ シックス店はオープンして1カ月余りで、伊勢丹新宿店の店舗よりも訪日外国人観光客が多く、日本人客は館の顧客やスマイソンを初めて知った人、セレクトショップや百貨店でレザー小物の購入経験がある人、英国への留学や駐在・出張時の顧客など様々。自分用にノートや財布などを購入する人に加え、ギフト需要やプレゼント需要も多いのが特徴だ。購入した商品はナイルブルーのボックスにしまわれて手渡されるが、このボックスもおしゃれで喜ばれている。

ナイルブルーのボックス

日本に本格進出した今季、好調に推移しているのは「Panama Multi-Zip Case(パナマ マルチジップケース)」。トラベルカテゴリーで展開しているカレンシーケースで、薄型ながら独立した4つのジップ付きポケットを備える。例えばポンド、ユーロ、ドル、円と4種類の紙幣を分けて収納できるほか、レシートやチケットなどを整理してしまっておける。

今季人気の「パナマ マルチジップケース」

財布は、まだコインを使うことが多い日本の状況から、本国に限定アイテムの製作を依頼した。「Panama Coin Purse(パナマ コインパース)」は小銭入れに特化し、装飾をいっさい省き、レザーの表情で魅せるデザイン。可愛らしいサイズ感とフォルムは、ギフトにも喜ばれそう。「Panama Small Trifold Purse(パナマ スモールトリフォールドパース)」は、三つ折りの状態ではコインケースだが、開くと紙幣用のポケットが現れ、カードは5枚も収納できる。裏地にはカーフレザーを用いた。スナップ付きのコインコンパートメントには、スマイソンのアイコンである封筒の閉じ口のモチーフがあしらわれている。100×85×40mmのコンパクトサイズにデザイン性と実用性を凝縮したウォレットだ。他にもスタンダードなデザインのコインパース付き二つ折り財布や、お札を折りたくない人のための長財布も揃え、計4つの日本限定アイテムを展開する。

日本限定のウォレット。写真下は「パナマ スモールトリフォールドパース」

パナマノートは、豊富なカラーバリエーションの無地タイプと、レザーの表紙に書籍のようにタイトルを入れたタイプがあり、直営店では後者も人気を呼んでいる。「DREAMS AND THOUGHTS」(夢と思考)、「MAKE IT HAPPEN」(実現させよう)、「INSPIRATIONS AND IDEAS」(インスピレーションとアイデア)などのフレーズが刻印され、インスピレーションや想像を刺激する。自分用はもちろん、プレゼントとしても、ノートの色やサイズに加えてぴったりのフレーズを探す楽しみがある。カバーの色は今季、新色のセルリアンブルーが登場。パナマノートはもちろん、他のアイテムにも波及させている。他にも、星やドッグモチーフなどを表紙に描いたノートも好評だ。英国では犬を家族のように大切にする家庭が多いことから、自身が飼っている犬や、ノートをプレゼントする人が飼っている犬と同じ犬種をモチーフにしたものを探す人が多いのだとか。

犬モチーフの「パナマノートブック」
タイトル入りの「パナマノートブック」

ビジネスやトラベル、ホームのライフスタイル系のカテゴリーは、ブリーフケースやリュックサック、パスポートカバー、キーケース、ラゲージタグなどアイテムが充実している。特に目を引くのは「Pavilion Kingly Tote(パビリオン キングリートート)」。このトートバッグを作るために開発した「パビリオンレザー」は軽量で柔軟性が高く、あえてライニングを省いて、裏面にスエードを使うことで非常にソフトでしなやかなシルエットを実現した。ナイルブルーに染まったこの素材そのものがデザインになったようなミニマルなプロダクトだ。「形を崩すことなく、丸めたり、折りたたんだりできる」ので、バッグに収納して移動できるのもうれしい。

レザー素材から開発した「パビリオン キングリーノート」
ビジネスシーンやトラベル用途で活躍するバッグやリュックも魅力

スマイソンの核となるカテゴリーの一つだが、日本ではあまり紹介されてこなかったのがステーショナリーだ。英国は誕生日や結婚記念日、母の日や父の日、クリスマスやイースターなどのときにメッセージカードを贈るという文化が根づいている。「デジタル化が進んだ今日だからこそ、改めて相手を思って手書きでメッセージを伝えることを大事にしたい」とルックの宣伝・広報、山内誉子さん。直営店では様々な記念日や祝い事にちょっと特別な思い出を添えるデザインのカードや封筒を直接、手に取って見ることができる。ハチや馬蹄など幸福をもたらすとされるラッキーチャームをモチーフとしたアイテムが好評だ。これらステーショナリーも、モチーフのエンボス加工や封筒の内側に薄くソフトなティッシュを貼る作業など、昔からの機械を使いながら手仕事で作られている。「親から子へと代替わりしながら技術を継承している職人さんも多い」という。

一品一品を職人が手仕事で加工
メッセージカードのセット

今後は主要都市を中心に直営店を増やしていく予定。スタンピングサービスに象徴されるように、顧客とのパーソナルなコミュニケーションを重ね、ブランドならではのショッピング体験を通じてファンを増やしていく考えだ。

写真/田村尚行、ルック提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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