より良い「道具」としての服を追求
「ダブルスタンダード・クロージング(DSC)」はフィルムの代表兼デザイナーの滝野雅久さんが1999年に立ち上げた。相反する2つの要素をミックスし、シーズンテーマを表現した変幻自在のスタイル提案で支持を広げてきた。ダブルスタンダードを否定するのではなく融合することでオリジナルのスタイルに昇華させる服作りを継続し、「ダブスタ」の通称で幅広い世代にファンが存在するブランドとなっている。
2002年にはワンランク上の「ソブ」をローンチ。より素材と縫製にこだわり、大人の女性に向けてモード感のあるエレガントなスタイルを提案し、オンシーンにも対応する。05年にはDSCのメンズライン「D/him(ディーヒム)」もスタート。18年に立ち上げた「エッセンシャル」は、スポーツ、カジュアル、ワンマイルウェアを切り口とし、モノクロを基調にしたエッジーなスタイルを打ち出す。ウィメンズを軸にユニセックスでも着られるデイリーウェアだ。19年にスタートした「コルコバード」は、「ワーキングからホリデーまでドレスで彩るライフスタイルを」がコンセプト。エレガントなプリント、女性の美しく見せ、快適な着心地を生むパターンにこだわった服作りを特徴とする。滝野さんはエッセンシャル以外のブランドのデザインを手掛ける。

滝野雅久(たきの・まさひさ)フィルム代表取締役/「OSLOW」デザイナー
1961年生まれ。SUNデザイン研究所卒。1999年、「DOUBLE STANDARD CLOTHING」をスタート、ディレクター兼デザイナーを務める。2002年「SOV.」、05年「DOUBLE STANDARD CLOTHING /him」、18年「ESSENTIAL 」、19年「CORCOVADO」を立ち上げる。2009年、株式会社フィルム代表取締役。
海外輸出に向けた最上級ライン「D/Nero(ディーネロ)」を立ち上げたのは18年のこと。日本のデニムを広めることを目的とし、ニューヨークの展示会を起点に販路開拓を目指した。しかし間もなくコロナ禍となり、海外に行くこと自体ができなくなってしまったことから、「ディーネロを刷新し、トータルアイテムで展開することを決めた」と滝野さん。心機一転、スタートさせたのが「オスロー」だ。「私は洋服を『道具』の一つと捉えています。もともとスカンジナビアンデザインのようなシンプルで機能的なものが好きだったので、オーセンティックなデザインで、素材と縫製、ディテールにこだわって作り込み、より良い『道具』を届けていきたかった。そういう思いから、スカンジナビアの中心地であるノルウェーのオスロとそのライフスタイルであるスローライフを掛け合わせ、オスローというブランドを立ち上げました」。人の心地良い暮らしを支える道具としての服という価値観がブランドのアイデンティティーだ。
上質な素材によるリアルクローズで目指す「日本のラグジュアリー」
オスローはシーズンに約60型を展開し、前半と後半に分けてデリバリーされるスタイルを採る。特に素材は国内外から厳選し、シンプルながらデザイン性が高く、長く大事に着用できるアイテムに仕上げていく。「素材はメイド・イン・ジャパンもありますがイタリアやフランスが多く、協業で開発したものや厳選したものを使っています。長らく服作りをしているので、海外メーカーの人たちが会社に寄ってくれるんですね。そのときに面白いと感じたら、その場で値段交渉もして発注しています。メーカーも私も嬉しいし、その生地で良い服が作れればお客様も喜ぶ。みんなハッピーじゃないですか。リスクでもあるんですけど、素材との出会いが服作りの一番のモチベーション」と滝野さんは話す。
25-26年秋冬シーズンも、そうした出会いから生まれた粒選りのアイテムが揃う。例えばカシミヤのロングコート。「最高級のカシミヤ100%で極上の肌触り。750g/mという聞いたこともない目付けで、シワにもならない。たまたま出会えた」と即仕入れ、両面リバー仕立てのコクーンシルエットのロングコートを作り上げた。ミニマルながら大人の女性のエレガンスを醸す上質な一着だ。アルパカ素材を全体に使ったロングコートも注目。シングルボタンの洗練されたスタイルで、襟を立てるとレザーが現れ、高級感をプラスする。
デニムはメイド・イン・ジャパンにこだわり、生地、縫製、色落としまで岡山県児島で生産。ワイドパンツは13.8オンスの生地を使い、横からの見え方にも配慮して立体的なフォルムを生んだ。ホワイトデニムも揃える。他にも、メリノウール・ナイロン・アルパカ混のスラブヤーンを用いたニットプルオーバーや、ミントカラーが爽やかなピュアカシミヤのカーディガン、イタリア製の合皮を使ったアンクル丈のストレートパンツなど、上質な素材による着心地を追求したリアルクローズが揃う。
価格は相応になるが、原材料費や人件費の高騰、為替変動の影響から海外ラグジュアリーブランドの価格高騰が続く中で、オスローを「ハイエンドとミッドゾーンの接着剤になり得るブランド」と位置づける。フィルムではコロナ禍前から自社ブランドのプロパー販売期間を伸ばし、セール比率を下げるMDに切り替え、ドレス中心のコルコバードでは「2年間はセールをしない」戦略を採ってきた。オスローもその姿勢を貫く。例えば夏の長期化によりニットやコートなどが従来の時期に動きづらくなった中、シーズンごとにセールで処分するのではなく、寒くなるなど需要が顕在化する時期に正価で売る。それでも残ったものは3年目にセールで売り切る。「正価で購入したお客様を裏切らない」ことを販売スタイルに体現している。
また、素材や生産における環境への配慮は前提として捉え、SDGsの理念の一つである「Leave No One Behind(誰一人取り残さない)」の考え方を「L.N.O.B」としてタグラインに刻む。フィルムでは飢餓のない世界を目指す国連WFP協会のコーポレートプログラムにコントリビューターとして参加し、売り上げの一部を支援に充てているが、オスローもその一翼を担う。社会課題に対するスタンスも含め、ラグジュアリーファッションの新たなスタンダードとしての「日本のラグジュアリー」を目指している。
アートとファッションを通じて発信するオスローという価値観
22年のローンチ以来、フィルムの主軸であるDSCやソブの一部店舗やECでの販売、セレクトショップへの卸でジワジワと認知を広げてきた。南青山に旗艦店を出店したのは25年3月のこと。根津美術館前交差点近くの新築されたビルの1階に立地し、都心にありながら落ち着いた空気が感じられるロケーションだ。
店舗面積は約80㎡。正面の3分の2ほどが売り場で、晴れた日には自然光が心地良く差し込む。床と天井に自然木を張り、白を基調とした壁には漆喰を施し、壁面下には玉砂利を敷き詰めた。洋と和が静謐に融合した空間だ。その中央に大きなソファとローテーブルを据え、「居心地の良いリビング」を出現させた。服はコーディネートをお薦めする数点ごとに固めてゆったりとラック掛けし、「ソファで世間話をしながら商品を眺め、買い物も楽しむような空間」となっている。店奥のレジカウンターは石のオブジェのよう。背景にはレザーの編み込み技法「イントレチャート」を木のパーツで表現した壁を設えた。左手には琉球畳を敷いたフィッティングルームを備える。
この空間で提案するのはオスローの作り込まれた服だけではない。現代アートの作品が随所に配置され、買うこともできる。「お客様と洋服だけのお付き合いでは希薄な感じがして。オスローが発信する価値観を共有するほうが、より深いつながりになっていくのではないかと思ったんですね」と滝野さん。「アート作品を購入して部屋に飾るというと、『そんな家じゃないから』ってなりがちなんですけど、そんなことはなくて。むしろアートがあるから部屋をきれいにしようとか、お茶を点ててみようとか、丁寧に暮らそうと思うとか、いろんなことが変わってくるんですよ。店においてはスタッフの知識も増え、お客様も接客を通して新しい知識を得られ、会話が生まれる。オスローの実店舗でやりたいのは、価値観を伝え、コミュニケーションを豊かにするということ」。
アート作品は滝野さん自身のセレクトや、懇意にしている六本木の「SMP GALLERY(エスエムピー ギャラリー)」とのコラボレーションで展開する。常設で展示販売するほか、不定期だが「現代アート展」として3週間ほどの期間で個展や企画展も開催する。墨と和紙による抽象画を描く溝口春菜さん、手漉き和紙で独自の「植物の形態」を生み出す石渡真紀さん、陶芸の既成概念を打ち破るアプローチで構造美を生み出す陶芸・造形作家の竹内紘三さん、朽ちていく木の美しさをその木に合った形へと落とし込む木工作家の五十嵐裕貴さんなど、気鋭作家の作品が揃う。「アートもファッションも、あっても無くてもいいものだけれど、『出会い』があるじゃないですか。出会ったら欲しくなるという衝動、共感を生むのがアートであり、ファッションだと思う」と滝野さんは話す。
オープン以降、アートを取り扱っていることもあり、世代やジェンダーを問わず来店がある。立地柄、ヨーロッパを中心とした外国人客も多く、和を感じさせる空間やアートに興味を持って入店するという。「オスロから来たというお客様もいました」とか。服の購買層は価格的なこともあり40~50代の女性客が中心だが、若い層もいて、アイテムによっては男性客が購入することもある。「特にターゲットを定めてはいないですし、誰が着てもいいんですけど、様々なファッションを経験してきた人が触っただけで『なるほど』と実感する服を届けていきたい」としている。
写真/野﨑慧嗣、フィルム提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。
