「Small Steps Big Changes」
オッフェンの運営母体は神戸市に本社を置くNorms(ノームス)。代表の岩本英秀さんと日坂さとみさんが出資し、2020年9月に設立し、そのブランドとして21年にデビューしたのがオッフェンだ。Öffenはドイツ語で「開放的な」「オープン」の意味を持つ。現代社会の窮屈さから開放され、リラックスすることの豊かさ。一人ひとりの個性を敬い、寄り添うモノを作ることの大切さ。利便性や効率を追求した生産・流通によって、買い物をすることで地球上の誰かを悲しませるような環境を作り出しているという現状。今日的な課題を解決していくにはどうすればよいのか、靴を生業とする自分たちは何をすべきなのか。その答えとしてオッフェンの靴はある。
プロデューサーの日坂さとみさんは、セレクトショップ「Restir(リステア)」で専属VMD、そのオリジナルブランド「LE CIEL BLEU(ルシェルブルー)」で販売からバイヤー、ディレクターとしてキャリアを積んだ。ノームスから靴ブランドのプロデュースを依頼された頃は、子供が生まれ、子供服の素材や環境などを調べるようになっていたという。新たなプロダクトに携わるのであれば地球環境に負担をかけたくないと、オッフェンの靴作りをスタートさせた。その基本的な考え方として「ゼロ・ウェイスト」がある。必然的に靴作りは、「何を作るか」ではなく、「どう作るか」になった。
まず着目したのが生産工程だった。一般的なパンプスは十数のパーツからなり、相応の生産工程を要する。家庭で廃棄する場合は、分解できないため焼却処分に回され、温室効果ガスなどの排出原因になってしまう。そこで靴としての機能に問題がない最小限までパーツを絞り込み、結果として従来のパンプスの約半分まで減らした。アッパーには分別回収された使用済ペットボトルをリサイクルした高品質なポリエステル糸を採用。生地をカットして成型すると裁断くずなどが出るため、アッパーの形に編み立てソールと縫い合わせることで無駄を無くした。ニットなので軽量で足に馴染み、水洗いすることもでき、通気性が良いので乾きやすい。インソールは生分解可能な生物由来素材を使い、衝撃吸収性やリバウンド性も確保。取り外し可能で、自宅で洗え、買い替えることもできる。アウトソールはカップに流し込んで成型することで裁断を要しない製造方法を採っている。ノームスの生産背景を生かした靴作りだが、通常とは全く異なる生産工程となるため、「サステイナブルシューズ」の製品化までには約2年かかった。
- オッフェンの考え方や生産の背景を伝えるパネル
- エシカルな物作りを素材とともに紹介
- ペットボトルから糸になるまでの過程
物作りのサステイナビリティーと靴としての優れた機能性はオッフェンの特徴だが、その説明を聞かずとも「かわいい」と共感できるデザインが果たしている役割は大きい。フラットシューズのポインテッドトゥ、スクエアトゥ、ラウンドトゥのベーシックな3タイプを軸に、フリルやスカラップ、リボンを施したものや、トロンプルイユ(だまし絵)シリーズなど加飾にならない遊び心を表現したものもラインナップしている。デビューして4年目だが、「ずっと売れ続けている定番アイテムが多いのもオッフェンの特徴」とオッフェンのPR、ヨシムラミユキさん。「どうすれば女性の足がきれいに見えるか、プロデューサーだけでなく工場も細部にまでこだわって」作り込んだ商品揃えで、2万円以下という価格も魅力となっている。
靴の購入時に付属するシューキーパーもオッフェンらしい。トウモロコシやキャッサバのでんぷん質を成分とする植物由来の生分解性プラスチックでできているので、コンポストによって土に還る。また、通常は購入時に靴を入れて持ち帰る靴箱は無く、代わりに再生紙によるペーパーバッグを使用している。水で洗っても溶けない加工を施し、靴の収納だけでなく、観葉植物のプランターカバーや野菜の保存バッグなどにも活用できる。後々のリユースを目的としたペーパーバッグで、「家に持ち帰った後に捨てるものが出ないようにしたい」という思いから作った。購入時には袋の上部をシューレースで結んで手渡し、2本たまると実際にシューレースとして使える。
デビュー早々から評判を呼び、ファンを増やしているオッフェンだが、特に広告を打つなどのプロモーションは行っていない。22年に創業の地である神戸に出店した「オッフェン キタノ ハウス」や百貨店などでのポップアップストア、エシカル関連のイベントで直接、ブランドの商品や背景を伝え、「お客様が自身の購買体験をインスタグラムなどSNSで発信してくださった結果」という。「コツコツと靴を作って提案してきましたが、これからも『Small Steps Big Changes.(小さな歩みが大きな変化を生む)』の姿勢で、『一歩ずつ、心地いいほうへ。』をミッションとしてブランドを育てていきたい」としている。
エシカルな空間で体感するオッフェンの世界観
東京では広尾で予約制のサロンを展開してきたが、この機能も集約し、関東の旗艦店として今年2月11日にオープンしたのが「オッフェン ザ ハウス 代官山店」だ。売り場面積は約65㎡。ウィメンズブランド「Ameri VINTAGE(アメリ ヴィンテージ)」の1号店があった物件で、出店に際しては同ブランドが使用していた什器や内装をアップサイクルし、オッフェンが広尾店で使っていたビンテージ什器なども生かした。アメリのハンガーラックは棚受けへと変わり、接客に使用するテーブルもアメリの什器を化粧替えし、「捨てずにアップサイクルすることでバトンタッチした」という店作り。レジ前のガラスケースはヨーロッパで使われていた食品を並べる什器で、広尾店から引き継いだ。ウインドーの枠は自然を連想させるブラウン系に塗り替え、壁面いっぱいに広がる木製の棚はオリジナルで製作した。店舗自体が、オッフェンが追究する「エシカル」を体現している。
商品は新作を中心に、定番アイテムも揃えた。オッフェンでは春夏と秋冬の時期に新作を発表するが、シーズンではなく、回数でコレクションを表す。24年2月現在でコレクションは8回を重ねた。「plain flat pattern(プレーンフラットパターン)」はファーストコレクションで発表し、現在もファンが多い定番アイテム。マニッシュなレースアップシューズを、リサイクル糸を使ってクラフトライクで柔らかな素材感を表現した。足を包み込むような優しいフォルムが印象的だ。「scallop pattern(スカラップパターン)」は、履き口を波のような曲線のカッティングで仕上げ、ベーシックなポインテッドトゥに躍動感を生んだ。5thコレクションで登場した「pointed-OPERAN PEARLS (ポインテッドオペランパールズ)」も人気の高いアイテム。足を深く覆いつつ細身に仕立て、モード感とパールのエレガンスが融合したオペラシューズだ。
- 「plain flat pattern(プレーンフラットパターン)」。オッフェンの原点を感じさせる
- 波のようなカッティングが特徴の「scallop pattern(スカラップパターン)」
- 「pointed-OPERAN PEARLS (ポインテッドオペランパールズ)」
「ベーシック×デコラティブ」のアイコンは「pointed-FRIN(ポインテッドフリン)」だろう。新作はポインテッドトゥに大きなフリルを品良くあしらい、明るいカラーのストライプ柄で心躍る一足に仕上げた。編み地の切り替えでボーダーを立体的に表現した「border pattern(ボーダーパターン)」は、履き口のV字のカッティングやポインテッドトゥの形状で足をシャープに見せる。新作はグリーンとキャメル、パープルとミントの配色が新鮮だ。トロンプルイユシリーズもバリエーションが広がった。カラフルなローファーのような印象を与えるのは「square-OPPEN(スクエアオッペン)」。ユニークさと知的なムードを両立したデザインでスタイリングを足元から楽しげに演出する。
また、代官山店のオープンに合わせ、初めてソックスを製作した。オーガニックコットン製で、「Focus on Good」または「Small Steps Big Changes」のメッセージを刺繍した2タイプ・各2配色、シューズバッグと同素材のオリジナルパッケージが付く。
- 今春の新作「pointed-NEW FRIN(ポンテッドニューフリン)」
- フラットパンプスの「border pattern(ボーダーパターン)」
- トロンプルイユシリーズの新作
- 一見、ローファーのような「square-OPPEN(スクエアオッペン)」
- オーガニックコットンのソックス
オープンして以来、取材時もそうだったが、次から次へと来店がある。年代や国籍を問わず、22年からはメンズラインも販売しているので老若男女が訪れる。「インスタグラムで発信してくださるお客様が多く、人が人を呼ぶ感じ」という。ベビーカーで子供を連れた若い母親層も多く、「育休明けで、保育園に子供を送るときに動きやすく、そのまま仕事にも行ける靴を探している」などの理由で、フラットシューズを買い求める。訪日外国人客もアジア圏を中心に「オッフェンを知っている人が、インスタグラムをチェックして来店」している。
ブランドを伝える場作りへ、再来年を目途に2店舗を出店予定
現在、直営店は神戸のオッフェン キタノ ハウス、代官山のオッフェン ザ ハウス、西宮阪急内のオッフェン フィッティング サロンがある。一般的なセール時期には「チャリティーフリーマーケット」や「ワケアリマーケット」を実施。在庫に偏りが出やすい大きいサイズや小さいサイズ、サンプルを対象に、このときだけの価格で販売し、地球環境や動植物の改善に取り組む団体に売り上げの一部を寄付している。
販売面では「サポーターズ」と呼ぶ仕組みを導入した。ファッション業界では販売スタッフ不足は大きな課題になっているが、オッフェンでは代官山店の出店を機に販売サポーターとしてスタッフを募った。特別な経験やスキルは不要で、オッフェンの理念に共感する、エシカルなファッションが好き、人と話すことが好きなどブランドの根幹を共有し、月に3回以上、直営店やポップアップストアのシフトに入れることが条件。代官山店では10人を超える応募があった。サポーターの力も得て、「ブランドの世界観を感じてもらえる場を作っていきたい」とする。再来年を目途に九州と関東に出店を予定している。Small Steps Big CHANEGESの取り組みは続く。
写真/遠藤純、オッフェン提供
取材・文/久保雅裕
関連リンク
久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。