リブランディングの『正』と『負』の棚卸し

ナノ・ユニバースは1999年にセレクトショップとして創業し、尖った品揃えで人気を呼んだ。オリジナル比率を高め、直営店の出店に加え、ECやアウトレット店舗も拡大し、成長を続けた。19年には売上高がピークを迎えた。ECは自社とサードパーティーで展開し、19年時点で総売り上げの50%を占めた。しかし値引きなどのロスも大きく、利益面は悪化していたという。MDはセレクトが大幅に減り、オリジナルはECで売れやすいベーシックなデザインが増え、若年層の顧客は増えたものの、かつてのようなファッション感度の高い客層は離れてしまった。さらにコロナ禍もあり、業績は低迷した。
立て直しに向け、リブランディングをスタートしたのは22年4月のこと。ブランドロゴを刷新し、6つのレーベルからなる「マルチレーベルストア」を打ち出した。各レーベルにディレクターを据え、高品質・高感度を軸に展開し、中心価格帯も引き上げた。チャレンジングな路線変更だったが、結果は蹉跌だった。
「お客様が求めているブランドの姿がそこには無かった」と23年4月からナノ・ユニバースの事業部長を務める大塚有希さん。ナノ・ユニバースの草創期からのメンバーで、リブランディング前にはサードパーティーのECを担当し、業績を更新してきた。40歳になった21年に「アパレルの世界しか知らなかったので、2年間と期間を決めて異業種で勉強し、違う物事の見方を吸収してアパレルに戻ってこようと思った」と退社し、コンサルティング会社に移籍した。「すさまじくハードで、すさまじく楽しかった」2年間を終えようとしていた頃、アパレル企業数社から声がかかり、その中の1社がナノ・ユニバースだった。同ブランドは当時、リブランディング前のMDを復活させ、ようやく優良顧客の離反が収まったところ。TSIがナノ・ユニバースを吸収合併し、事業部としての存続が決まった時期でもあった。事業部長として大塚さんに白羽の矢が立った。23年3月に復職し、まず行ったのが「リブランディングの『正』と『負』の棚卸し」だった。
顧客の声を聞くと、「服のテイストも価格も変わってしまって魅力を感じない」「急激に高くなった」「ナノ・ユニバースの服はとてもおしゃれで好きなのに、最近すごく価格的に高いのであまり薦めたくない」「デザインが大幅に変わったため、友人や知人に薦める可能性は低い」といったコメントが大半だった。「MDを元に戻して顧客様の離反は止まったのですが、まだその変化が伝わっていない方々も大勢いました。ナノ・ユニバースを未体験の方々も当然います。そこで22年のリブランディングのポジティブな側面とネガティブな側面を明確にし、続けていくものと止めるものを整理した上で、新たなブランディングをしていくことにしたんです」と大塚さんは話す。
「正」の面では、商品開発と価格設定を挙げる。各レーベルにディレクターを据えたことで、従来のナノ・ユニバースには無かった服作りの視点を得ることができた。商品単価は約2倍になったが、どのレンジまでがナノ・ユニバースとして市場性があるのか適・不適のボーダーが見えた。一方、「負」の面は「レーベルをたくさん作ったことでも、単価を引き上げたことでも、ロゴを変えたことでもない」とし、「リブランディングの目的そのものが無かったこと」と指摘する。「マルチレーベルストアは『HOW=どのようにブランドを運営していくのか』であって、『WHAT=このブランドは何をするのか』『WHY=なぜこのブランドは存在するのか』が無かった。結果、お客様から見ると、ナノ・ユニバースとは何者なのかが分からくなってしまったのだと思うんですね。何者なのかが分からないと、人は好きにならないじゃないですか。顧客様からいただいた声はそのことを表しています」。

「色気を纏わせる」~新しいナノ・ユニバースの「WHAT」「WHY」「HOW」

新たなブランディングに際して掲げた新コンセプトは「色気を纏わせる」。「創業者が再三言っていた『俺たちはモテる服を作るんだ』という意思がブランドの根っこにずっとあります。そのDNAから立ち上がってきたのが『色気を纏わせる』というコンセプト」という。色気とは個性や品などを表すが、抽象的な表現のため、コンセプトを構成する「WHAT」「WHY」「HOW」のそれぞれを言語化してスタッフに伝えた。

「色気を纏わせる」のイメージを表現した2024年春夏のキービジュアル
24年春夏シーズンのルック
24年春夏シーズンのルック

新たなナノ・ユニバースのWHATは、日常の中で顧客が自信を持って個性を輝かせるためのスタイルを提供すること。WHYは、顧客が自身の内面にある真の魅力を発見し、自信を持って表現できるようサポートし、人生をより豊かにすること。HOWは、①最新のトレンドに敏感でありながらも時代を超えたスタイルを生むプロダクトを作る、②CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)を通じて一人ひとりの顧客に応じたコミュニケーションを展開する、③店頭での直接の対話を通じて顧客が自己実現のために最適なスタイルを見つけるお手伝いをする、④価値観を共有する顧客とのつながりを促進し、互いに刺激を受け合えるコミュニティーを構築する、という4軸からなる。
スタイルという言葉が頻出するのは、「ナノ・ユニバースといえばこういうスタイルというイメージが弱くなっていた」ことによる。例えば汗ジミを防止するTシャツ「Anti Soaked(アンチソーキッド)」シリーズはこの十数年来のヒットアイテムだが、単体で機能性を訴求するケースが多かった。「Tシャツであれば、それを使ったコーディネートによってお客様が自身の魅力を発見し、ナノ・ユニバースだからこそのスタイルを作っていけるブランドになることが大事。顧客様に応じたスタイル提案に向けて店頭を最重視」し、ECとの連携で顧客化を進めていく。

汗ジミを防止するTシャツ「Anti Soaked(アンチソーキッド)」
汗ジミを防止するTシャツ「Anti Soaked(アンチソーキッド)」

新コンセプトに基づく店舗のリニューアルも進める。リニューアルの第1号としたのは、千葉・幕張のアウトレット店舗だった。売り場面積は約210㎡で、ナノ・ユニバースのアウトレット店舗では小さめ。以前の濃いウッド調を特徴とした空間からガラリと変わり、ホテルをイメージした白と黒が基調の空間を出現させた。売り場奥の大きなレジカウンターにはテラゾー加工を施した人工大理石を採用し、モノトーンの売り場にテクスチャー感を取り入れた。什器はオリジナルで製作し、「ごくシンプルだが、お客様にとっての見栄えと使い勝手を優先」している。壁面の棚やラックも含め全てを可変式にすることで、週単位で変化するMDに応じて見せ方も変えていく。
3月15日にリニューアルオープンしたところ、30代を主要購買層として、メンズ・ウィメンズとも20代から60代まで幅広く集客している。今春はメンズではカットソー、ウィメンズではワンピースの動きが活発で、平日の買い上げ客数は改装前の2倍以上に増え、売り上げは予算比40%増で推移している。
今後の直営店のリニューアルは幕張店の造りを基本に展開し、「お客様には分からないかもしれないけれど、創業時から大切にしてきたウッドや石などのテクスチャー感をどこかに組み入れながら、ブランドに通底するストーリーを表現していきたい」とする。11月にはルクアイーレ大阪の店舗をリニューアルし、今秋冬に再開業するマリンピア神戸に新店舗をオープンさせる予定だ。

メンズはカットソーが売れ筋
リニューアルした「ナノ・ユニバース 三井アウトレットパーク幕張店」のメンズ売り場
春シーズンはワンピースがよく動く
ウィメンズ売り場に通じるエントランス
店奥にはテラゾー加工を施した人工大理石製の大きなレジカウンター
什器は全て可変式。売り場の変化も楽しめる

コミュニケーションの量と質を圧倒的に上げていく

「ナノ・ユニバースはECにかなり注力してきて、自分自身もその一人だったのですが、ブランドの価値を伝えていくために最も重要なのは店頭だと思っています。リアルの接客はやはり、とても大切」と大塚さん。接客力を高めていくため、販売スタッフを対象とした様々な制度をスタートさせた。
1つは、販売スタッフの偏差値制度。個人の「売上高」「その店舗売上高に占めるシェア率」「セット率」「客数」「客単価」「顧客売上高」のデータを基に、店舗売上高などの違いによる格差を無くすため変数を掛けて偏差値化する。毎月のランキングを出し、上位20人はインセンティブを得られる。「6つの計数のどれかが上がれば偏差値も上がる仕組みで、一人ひとりのスキルが可視化されるので、自分が得意なことを発見したり、伸ばしたりできる。事業部としては、スタッフのスキルに応じたキャリアパスを検討できます」。社内インフルエンサー制度も設けた。社内インフルエンサーとして登録すると、SNSの1フォロワーにつき1円のインセンティブがある。「モチベーションを高め、お客様とのタッチポイントを作り、関係を深めていってほしい」としている。また、顧客とのつながりを強めるツールとして「LINEスタッフスタート」も導入した。
販売の現場での取り組みと並行して、CRMチームを編成し、新規客の顧客化や顧客との関係の深化に向けたコミュニケーション戦略を強化中だ。様々なデータを収集、分析し、可視化するダッシュボードもオリジナルで作製し、今期は顧客プログラムを刷新する。多くの優良顧客が離反してしまった経験を踏まえ、「顧客とのコミュニケーションの量も質も圧倒的に上げていく」と大塚さん。ブランドやその商品、サービスに対する顧客ロイヤルティーを測るNPS(ネット・プロモーター・スコア)も専門家を配置し、毎日データを収集・分析し、結果をMDなどにフィードバックしている。

ブランド体験の入り口と位置づけているのが、アウトレット店舗だ。データの分析結果から、会員制度「ナノ・ユニバース メンバーズ」の顧客の約6割がアウトレット店舗で商品を購入後に登録していることが分かった。そこで「アウトレット店舗では1回目の来店時の購入体験をより良いものにする」ことを重視し、プロパー店舗では2回、3回と来店してもらえるようNPSとCRMとの連携で顧客体験価値を高めていく。アウトレット店舗とプロパー店舗をつなぐのが自社ECだ。アウトレットで初めて商品を購入し、会員登録をしてECでも購入できるようになる。さらにEC上で試着予約できるようにすることで、プロパー店舗への来店を促進する考えだ。「今年5月にECがリプレイスしたタイミングで試着予約を稼働させる」という。
「お客様はやはり『人』に着いている。だからこそ、売り場のスタッフは、いかにお客様に自分を愛してもらうかが大事になります。EC担当者は、いかに商品を愛してもらうか。MDは、いかにブランドを愛してもらうか。『愛してもらい方』はそれぞれ異なり、それぞれに相応しいアクションがあると思うんですね。お客様に愛してもらうための施策を様々な接点を通じて打っていきたい」と大塚さん。まさに様々な施策を打つことで、24年3月期の売上高は回復し、利益率は売り上げのピーク時よりも高まった。サードパーティーを含むECはピーク時から半減したが、実店舗を強化。現在、売上構成比は実店舗が約60%を占める。とはいえ、「200億円規模までは戻し、営業利益を再現性のある形で出せるようにしたい」と、売り上げ追求とは質の異なる成長を目指す。
ハウスブランドの展開も始めた。23年4月にはメンズブランド「ATTACHMENT(アタッチメント)」のデザイナー榎本光希氏による「Commonuse(コモンユース)」、同年10月には「benine 9(ビナイン)」を手掛けるデザイナー境文雄氏による「HÔTEL PALACE(オテルパラス)」、24年3月にはゾゾの生産支援プラットフォーム「メイド・バイ・ゾゾ」を活用して最少1着から受注生産する「Apo(s)ture(アポスチャー)」を立ち上げた。
「お客様の魅力を引き出し、自信を創出するスタイル」への挑戦は続く。

写真/野﨑慧嗣、ナノ・ユニバース提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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