新たな旅へ、ブランドのチャプター4を開く
「マディソンブルー」のデザイナー兼ディレクター中山まりこさんは1980年代からスタイリストとして活動し、独立後はニューヨーク(NY)にわたりファッションメディアの第一線で活躍した。ブランドを立ち上げたのは、要望を受けて形にするレシーブ的な仕事ではなく、自身がサーバーとなって「自分という物語にきちんと落とし込める服」「長く愛用してもらえる服」を直接、着る人に届けたいという思いからだった。ファーストコレクションは自身も大好きで、長年にわたり着用してきたシャツに絞り込んだ。シャツのみでブランドの世界観を表現するというチャレンジだ。スタイリストとして培ってきた審美眼とノウハウを生かし、わずか6型のシャツでスタートした。
「Hampton(ハンプトン)」は、二つの胸ポケットなどメンズ仕様のディテールやサイズ感が女性らしさを際立たせるシャンブレー生地のワークシャツ。ワンウォッシュとビンテージウォッシュの2タイプを製作した。ニューヨーク郊外の避暑地ハンプトンで休日を過ごすおしゃれに通じた人たちのスタイルをイメージしたシャツで、程よい開きのデコルテや袖をたくし上げたときの手首の華奢さが強調され、女性の色気を醸し出す。袖を折り上げるとさりげなく覗く「B」の刺繍も魅力だ。「Madison(マディソン)」は、ブランド名の由来にもなったNYのマディソンアベニューからネーミング。オックスフォード生地によるクラシックなボタンダウンシャツは、コンパクトなボディと長めの丈が特徴で、半袖と長袖の2型を揃えた。「Chelsea(チェルシー)」は、上述のオックスフォード生地を使ったラウンドカラーシャツ。こちらも半袖と長袖がある。6型はいずれも現在に至るまでアップデートしながら継続し、リピート購入が多い一方、今なおマディソンブルーにはまるきっかけとなっているアイコンモデルだ。中山さんの「好き」と「こだわり」を詰め込んだシャツは、着込むことで愛着、味わいが増し、経年変化を楽しめるシャツとしても定評を獲得している。
シャンブレー生地のワークシャツ「ハンプトン」
オックスフォード生地のボタンダウンシャツ「マディソン」
オックスフォード生地のラウンドカラーシャツ「チェルシー」
このシャツに始まり、様々な素材や作り手との出会いを通じてアイテムを増やし、ブランドとして成長を遂げることとなった。とはいえ、顧客層を広げるためにトレンドを取り入れるとか、流行りのアイテムを量産するといったことに走らず、自立した大人の女性に寄り添う上質でオーセンティックなリアルクローズを1着1着、作り込んできた。ブランドの成長は、マディソンブルーの服やその背景にある一貫した姿勢に対する共感の広がりとイコールの関係にあるといえるだろう。
もともと中山さん自身は大きなブランドにする考えはなく、顧客との関係を大切に育み、ブランドが消費されない環境を意図的に作ってきた。ECもコロナ禍で顧客のリピート購入への対応や新たな顧客との出会いの場として開設したが、それまではオンラインでの販売も避けてきた。コミュニケーションと試着を通じて服の素材や着心地などを実感するというプロセスを重視するからだ。その場となる実店舗はブランドの成長に伴い移転を重ねたが、「ブランドを愛してくださっているお客様を守るため、静かにひっそりと営んできた」。
スタートは祐天寺のオフィス兼ショールームだった。中山さんが「購買部」と呼ぶ小さなスペースでの1年間を、ブランドでは「チャプター1」としている。その間、ファッション業界の女性たちからブランドが口コミで広まり、「買いたい」という声が多く寄せられたことから、目黒区中町の商店街にある中山さんの自宅を改装し、オフィス兼店舗を開いた。遠方から新幹線で東京駅まで来て、タクシーで店舗前に乗りつけるといった熱心な顧客も多く、一方で百貨店やセレクトショップへの卸も急増した。「チャプター2」となるこの2年間を経て、表参道に旗艦店を出店したのは2017年のこと。あえて裏路地の立地を選び、サロンのようにゆったりと来店客とのコミュニケーションを育める場を設けた。路面店では顧客重視の場作りをしてきたが、表参道での「チャプター3」の7年間で「ブランドのエッセンスが固まった」とし、「より多くの人にブランドを届けたい」と設立10年目の24年には伊勢丹新宿店に出店。さらに11年目のチャレンジとして、今年2月7日に新たな旗艦店「マディソンブルー トーキョー」を南青山にオープンさせ、「チャプター4」の扉を開けた。
洋服が主役ながら、内装やアートも楽しめ、人がリラックスできる空間
新たな旗艦店は南青山のみゆき通りから一歩入った裏路地に立地し、全面がガラス張りになった建物の2フロアで構成。中山さんが世界中を旅して得たインスピレーションを基に、セットデザイナーでアーティストのEnzoさんと共にディテールの一つひとつまでやりとりを重ね、店舗空間に落とし込んだ。
外観はガラスの枠をブランドカラーのディープネイビーで彩り、エントランスのドアの上にはマディソンブルーの新たな「B」のロゴタイプを配した。ドアノブも特徴的だ。赤い砂岩の岩山に囲まれたアメリカ・アリゾナ州の街、セドナの教会から着想したゴールドのオブジェが用いられている。店内に入ると右側から中央へと2つの壁がゆったりとアールを描き、ゴールドメタルにレザーを組み合わせたハンガーラックにコレクションが並ぶ。壁はスタッコ(漆喰)仕上げにより土の色のような温かみのあるピンクを生み出し、異国情緒を感じさせる。ウインドー前にはブラウンとホワイトの煉瓦を交互に組み上げ、外から注ぐ自然光を加減するルーバーの機能を持たせた。ショーケースのディープネイビーや植栽のグリーンが空間にアクセントを添える。様々な素材と色がミックスされながら壁や棚などはそれぞれが異なる角度で配置され、どこに身を置いても洋服が見えるよう「洋服が主役の舞台」が設計されている。
2階はウッドを基調に、よりリラックスしたムードのサロン空間が広がる。1階や階段スペースと同様に2階フロアにも絵画や写真が随所に飾られ、聞けばアートコレクターでもある中山さんの自宅コレクションから持ち込んだものだという。アート関連のコーディネートなどを行う「plugin+(プラグインプラス)」代表の武田菜種さんがセレクトし、Alex Katz(アレックス・カッツ)やRobert Bosisio(ロバート・ボシシオ)などの現代アートもあれば葛飾北斎の作品もあり、バラエティーに富む。アートを眺めたり、服を手に取って見たり。ゆったりくつろげるソファやバーカウンター、絵画の飾られた広いフィッティングルームも備え、気づけば長居していそうな空間だ。
音楽は1960~70年代のフレンチミュージックをベースにジャンルレスに構成。中山さんがスタイリスト時代から仕事を共にしてきた「FPM(ファンタスティック・プラスティック・マシーン)」の田中知之さんがプレイリストを編集し、マディソンブルーの感性と通底する音世界を表現している。
マディソンブルー トーキョー2階のフロア
ソファやバーカウンターも備え、大サイズの絵画作品も飾られている
ゆったりとしたフィッティングルーム
オーセンティックなデザインだからこそ光る素材、ディテールの妙
マディソンブルーでは、ブランドの核となる「エッセンシャル」と新作コレクションの「シーズン」をミックスし、パーソナルなスタイルを提案する。一つひとつの服にストーリーがあり、袖を通すと着る人にとっての新たな物語が始まるようなイメージだ。
エッセンシャルは、アイコンアイテムのエッセンスはそのままに、時代と共に少しずつ変化し続けているコレクション。「香水の原液」から様々な香水ができるようなイメージだ。街や人にインスパイアされて生まれたアイテムを展開し、世界の都市や映画の登場人物などの名前が付けられているのも特徴となっている。
10周年を迎えた昨年には、マディソンブルーの代名詞「ハンプトン」を「逆進化」させた。デザイナーの中山さん自身が10年間にわたり愛着し、経年変化に耐えられることは折り紙付き。そこで「10年間育てたシャツ」を想定し、これからも服を育てる楽しみを伝えたいとビンテージ加工でエイジング感を醸し出し、さらにバイオブリーチ加工で経年変化を再現した。メンズライクなオーバーサイズでユニセックスに着られる。発売以来、男女共に好評だ。
「MARRAKESH(マラケシュ)」は、イヴ・サンローランが愛した別荘がある街の名前。サンローランが60年代に女性のファッションに初めてミリタリースタイルを取り入れたことに着目し、マディソンブルーではミリタリージャケットを製作した。オリジナルのバックサテン生地は甘く織り上げ、原反で特殊なバイオ加工を施すことで独特のぬめり感を生み、着心地の良い一着に仕上げた。両袖のワッペンの一方にはMADISONBLUEを表す「MB」ロゴの刺繍がある。25年春夏はオリジナルのマラケシュをもとに、ポケットの上にワッペンを付けて、外した跡をデザインにしたり、一度縫い付けたポケットを外し、あえて縫った跡を残しつつ少し位置をずらして付けるなど、遊び心も覗かせる。
マンハッタンのブリーカーストリートに由来するのは「BLEECKER W6B BLAZER(ブリーカーW6Bブレザー)。フロントダーツを腰ポケットとつながず、脇に移動させて止めることで、長めの着丈と袖丈を生かした細身でスタイリッシュなシルエットを実現した。ディープネイビーにゴールドのメタルボタンが映え、袖を折り上げると裏地の赤が現れるマディソンブルーならではの紺ブレだ。メンズも揃える。
2021年春夏に発表して以来、大人気なのが「GRAFFITI SHOP COAT(グラフィティーショップコート)」。超長綿のコンパクト糸と綿麻の混紡糸を高密度で織り上げた生地を使い、中山さんが走り書きしたメッセージや服作りチームのメンバーの落書きをプリントし、アタリ出し加工によりビンテージ感を出した。ブランドのファンには「落書きコート」として知られる。ラフに偏ってしまいそうな表現方法だが、品を感じさせる仕上がりがこのブランドらしい。落書きを取り入れることでブランドのマインドやカルチャーが体現され、マディソンブルーだからこその表現が立ち現れる。実店舗では「発売日の朝には行列ができ、数日で売り切れる」人気ぶりで、卸先からのリピートも継続しているアイテムだ。
スカジャンは意外にも初登場。「MB SOUVENIR JK(エムビー スーベニアジャケット)」は、あえて日に焼けて褪せたような加工を施し、昔の刺繍の入れ方をすることで着古したスカジャンを再現した。刺繍ではブランドのアイコニックなキャラクターのイラストを表現している。
発売以来、大人気の「グラフィティーショップコート」
服作りに携わる中山さんらの手書きの言葉がデザインに
「スーベニアジャケット」
直営店ならではの幅広いラインナップにも注目。ウールギャバジンを使用したボタンレスロングジャケット、サイドにプリーツを仕込んだフレアラインのワイドパンツ、同素材でパールボタン付きのベストのセットアップ、先染めのジャカード織でボタニカル柄を表現したフラットカラーコートとセンターフロントにプリーツを施したAラインスカートのセットアップ、天然繊維のラフィアとリネン・コットンを撚り合わせた糸を使ったウーブンファブリックによるカーディガン風ジャケット、プルオーバー、ペンシルラインスカートなど、リュクスな存在感と、軽やかさ、涼やかさを備えたアイテムが揃う。
ウールギャバジンのボタンレスジャケット、ベスト、ワイドパンツ
ボタニカル柄を表現したフラットカラーコートとスカート
ウーブンファブリックのジャケット、プルオーバー、スカート
オリジナルツイードのカプセルコレクション、名物Tシャツの特別版も
新たな旗艦店のオープンに際しては、エッセンシャルアイテムのミリタリージャケットやデニムジャケットなどを上質なツイード素材で表現したカプセルコレクション「TWEED ESSENTIAL(ツイードエッセンシャル)」と、「HELLO」のメッセージをスパンコールであしらった「HELLO TEE SPANGLE(ハローティー スパングル)」を先行発売した。
ツイードは経糸に膨らみのある綿糸、緯糸に多様な意匠糸を使い、甘い打ち込みにより膨らみと柔らかさを表現したリボンツイード。ナチュラルな生成りと白度の高い意匠糸を組み合わせ、上品なコントラストとボリューム感のあるアイボリーと、これを後染めしたオリジナルのディープネイビーの2色を展開する。ツイードで表現したミリタリージャケット、Gジャンを意識したショートジャケット、ウエストのシェイプが印象的なクルーネックのベスト、パッチポケットが特徴のローウエストのミニスカート、ベントにデザインを取り入れたペンシルラインのタイトスカートの5型を揃える。
「HELLO TEE(ハローティー)」は、18年から展開するアイコンアイテム。初期の抜け感を再現するため、糸から作り込み、生地に着込んだ風合いを生んだ。文字は顔映りやインナーとして着たときの見え方を考慮してやや高めの位置に配置し、大小様々なサイズのスパンコールを手作業で施すことでスペシャルなハローティーに。半袖とノースリーブ、白と黒の各2色を展開する。
マディソンブルーは春夏と秋冬にコレクションを発表しているが、上質な素材は長く着用することができ、オーセンティックなデザインはトレンドに左右されず着続けられる。そうした特性を生かし、アーカイブアイテムを新たなコーディネートで提案する「タンジェリン」を主に公式オンラインストアで展開している。スタート当初は毎月3日と18日(現在は不定期)に更新し、過去のアイテムを使った今シーズンのスタイルを紹介・解説し、販売まで行う。更新日はかつて一世を風靡したティーンズ向け女性ファッション誌『Olive(オリーブ)』の発売日。「その日には書店に行こうとウキウキしたように、タンジェリンのシリーズを楽しんでいただきたい」との思いからだ。マディソンブルーは創業以来、自らも卸先もセールをしたことがない稀有なブランドだが、作った服を定価で売り切っていく仕組みにスタイリングを生かしているのがこのブランドらしいアプローチだ。

客層は現在、30~60代を中心に「トレンドや周囲の意見に左右されず、自分の意思で服を選ぶ自立した女性が多い」という。直営店には夫婦などカップルでの来店も多く、ウィメンズもメンズライクなデザインや幅広いサイズ展開で、メンズやユニセックスも展開していることから、アイコンのシャツやコート、ブレザーなどは兼用で購入する人も少なくない。今後は「より若いの方々にもブランドを体験していただきたい。お客様の層をさらに厚くしていくことが課題」とする。旗艦店のマディソンブルー トーキョーはファンとのコミュニケーションはもとより、新たな出会いを重ねながら、ブランドの第4章の物語を紡いでいく起点としていく考えだ。
写真/遠藤純、マディソンブルー提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。