「M」と「W」が重なり合った独自の「M(ムウ)」
「M TO R(ムウ ト アール)」って何だ?素朴な疑問と共にこのブランドと出会った人が多いのではないか。不思議な名前のブランドが誕生したのは、ジュンが2015年から展開していたウィメンズブランド「MADEMOISELLE ROPÉ(マドモアゼル ロペ)」のリブランディングがきっかけだった。そのタイミングで入社した現ムウ ト アール事業部ディレクター・バイヤーの目木葉月さんがリブランディングを担当し、結果的に「今の時代、今の世の中にこういうブランドがあってほしいと思う、新しいブランドをゼロベースで形にしていった」という。
コンセプトは「ファッションの解放」。「男性的でも女性的でもない自由な価値観でプロダクトやカルチャーを捉えていく」と、ジェンダーニュートラルで長く大切に着続けられることを基本として、多様なクリエイティブを通じて表現・伝達し、コミュニティーを醸成していくブランドを目指した。「Man」「Woman」に関係なく自由に想像して着こなしてもらえるブランドでありたいという思いから、「M」と「W」が重なり合った独自の「M」をグラフィックで表現し、ロゴとして採用した。ブランド名にある「R」はROPÉを表す。

ブランドデビューはまだコロナ禍にあった22-23年秋冬シーズン。D2Cブランドとしてスタートし、ジュンの公式オンラインストア「J’aDoRe JUN ONLINE(ジャドール ジュン オンライン)」をベースに販売し、ギャラリーなどでのポップアップイベントを通じてオフラインでも顧客とのつながりを育んできた。MDはジェンダーニュートラル、サステイナブルの観点からデニムをキーアイテムとし、オリジナルとビンテージのセレクトアイテムで構成。シーズンごとにテーマを設定し、服作りとバイイング、作り込んだビジュアルによる発信に取り組んだ。



デビューシーズンの22-23年秋冬は「Modern Vintage(モダンビンテージ)」がテーマ。フレアとストレートのスタンダードデニム、ビジューやペイントをあしらったデザインデニム、ビンテージシャツから着想したブラウスなどを製作したほか、韓国人デザイナーによるファッションブランド「KIMHĒKIM(キムへキム)」や日本のシューズブランド「Tomo&Co(トモアンドシーオー)」からセレクトしたアイテムも揃えた。
以降も23年春夏はウェスタンから連想されるイメージを表現した「Modern Western(モダンウェスタン)」、23-24年秋冬は90年代から2000 年の空気感とトラッドなアイヴィースタイルを融合した「Desperado IVY(デスペラードアイヴィー)」、24年春夏は性差の無い並行な世界を意識した「Parallel World(パラレルワールド)」、24-25年秋冬は混沌とした暗い時代を自分たちらしく壊していくという思いを込めた「Grunge/Paradox(グランジ/パラドックス)」、そして25年春夏は各地で戦争が起こっている中で平和について考えようというメッセージとして「TEACH PEACE(ティーチピース)」と、シーズンを重ねてきた。

「テーマを表現したルックや動画も制作し、SNSでも情報を発信し、実店舗が無いので様々なクリエイティブを使ってブランドの今を伝えてきた」と目木さん。ポップアップイベントはライブでシーズンコレクションを提案できる機会だけに、見せ方にもこだわった。「インスタレーションのような形でテーマごとの世界観を表現したかったので、それが可能な場を選んだ」。ブランドが発信するカルチャーと親和性のあるエリアのギャラリーを中心にポップアップを行うことで、コミュニティーを醸成していくという狙いもあった。
奥渋エリアに出現した「TOKYO CHAOS」
オンラインストアと神出鬼没のポップアップ展開によりブランドのファンを増やし、今年4月に出店したのが「ムウ ストア」だ。ようやく構えた実店舗という感があるが、「当初からデビュー3年後の出店を計画していた」という。ポップアップイベントで各地を巡りながら立地を探し、巡り合ったのが代々木公園の西側に位置する富ヶ谷、最近では「奥渋」として注目されるエリアのオフィスビルだった。
カーペット敷きで壁に換気扇の付いたザ・事務所な空間で、しかも2階と立地は決して分かりやすいとはいえない。だが、代々木公園駅から近く、渋谷からのカルチャー好きな人たちの流れも多く、人気のカフェやブックストア、ビンテージショップ、訪日外国人観光客が宿泊するホテルもある。「ブランドとしてやりたいことがハマる立地だと直感した」と目木さんはいう。「既存空間をリノベーションして、いろんなマテリアルをミックスした空間を作りたかったんです。文字通り混沌とした感じではなく、都会的で洗練されたカオス。『TOKYO CHAOS(トーキョーカオス)』というストアコンセプトを追求しました」。
店舗は2階。1階の階段前には店名をデザインした京提灯の老舗「小嶋商店」の提灯
2階に上がるとエントランスが現れる
「トーキョーカオス」をストアコンセプトとした店内
内装はデザインスタジオ「FORMULA(フォーミュラ)」を主宰する空間デザイナーの柳澤春馬さんが手掛け、既存のオフィスデザインを洗練された空間に生まれ変わらせた。ストアコンセプトから柳澤さんが発想したのは「THEATER(シアター)」というテーマ。劇場の舞台美術や装飾さながらMDを構成する要素のゾーニングを設定し、什器のほとんどを可変式にすることでコレクションの切り替わりやイベントの開催時などにも臨機応変にレイアウトを変えられるようにした。
店内は白を基調とし、見渡すと棚や台は木材、ラックはアルミやスティール、ラグジュアリーなファーの椅子があったり、石製の台には石川県小松市の特産である「日華石」を使っていたり、フィティングルームには1909年創業の長田製紙所の「越前和紙」を使ってデザイナーの高田陸央さんがデザインした椅子が置いてあったりと、様々な素材が使われている。片面に棚、もう片面にハンガーラックを設えた什器は、柳澤さんがいつか使いたいと思っていた特殊な木材という。「TAY」という樹種で、その木の粉砕をミルクレープのように何層にも重ね、四方から圧力をかけて固めた板をスライスすると、地図の等高線のような杢目が現れる。今回はその上にクチナシから抽出した青色色素を塗布し、カオスな模様を浮かび上がらせた。売り場ではシューズの棚と初めて投入した「DIESEL(ディーゼル)」のラックとして使った。
洗練されたカオスをよりムウ ト アールらしく感じさせているのは、床の特殊な仕上げ加工。もともとあったカーペットを剥がし、コンクリートの基礎を整えた上で樹脂を流し込み、職人が仕上げた。この樹脂加工によりガラスや鏡のような艶がありながらモヤモヤとした模様が浮かび、雲の上にいるような浮遊感を生む。

ビンテージを軸にライフスタイルを網羅
ムウ ストアでは、ビンテージやセレクトのアイテムをMDの軸に据え、オリジナルアイテムは全体の2割ほど。ビンテージは90~00年代のデザイナーズブランドのアーカイブコレクションに焦点を当てた。メンズラインを展開していた頃の「MIU MIU(ミュウミュウ)」やジェンダーレスファッションの先駆者とされる「Jean Paul GAULTIER(ジャン=ポール・ゴルチエ)」など、「マニアックな人がちょっと見てみたいと思うようなものを意識して、セレクトしました」。デザイナーズ以外にも、「ROLEX(ロレックス)」が92年からアメリカの自動車ショーのタイトルスポンサーをした時代に作られたTシャツやスエットもあったりする。「コレクターがいて海外では高値で取引されていますが、ムウ ストアでは製品に見合った価格で提供しています。そういう面白い発見があり、買ってからディグる楽しさもある店にしていきたい」という。

ビンテージでは時計も「HERMÈS(エルメス)」や「CARTIER(カルティエ)」、ロレックスなどが揃い、オープン以降は「エルメスが人気。カルティエは男性客、『Grand Seiko(グランドセイコー)』は中国からの観光客の需要が増えている」。アイウェアも「FENDI(「フェンディ」)や『YVES SAINT LAURENT(イヴ・サンローラン)』などのビンテージが思った以上に品揃えされ、オープンからの3日間で20本ほどが売れた。アイウェアと時計は専門メーカーと協業し、メンテナンスにも対応している。


ブランドのキーアイテムであるデニムは、前述したディーゼルに加え、デザイナー香村茉友による24年秋冬デビューのウィメンズブランド「QUIITO(キイト)」のリメイクデニムジャケット、デニムブランドの「Lee(リー)」と「BELPER(ベルパー)」とのトリプルコラボによるデニムジャケットやダンガリーパンツ、ダンガリーショーツ、オリジナルのデニムジャケットを提案。意外なほど品揃えしているのはシューズだ。「SALOMON(サロモン)」や「ADIDAS(アディダス)」、「KEEN(キーン)」、前述のトモアンドシーオーなど充実。加えて、英国のカルチャーや反骨精神を背景に東京のトレンドをミックスしたシューズを展開する「KIDS LOVE GAITE(キッズラブゲイト)」、アメリカのアウトドアブランド「MERRELL(メレル)」も導入した。
「キイト」のリメイクデニムジャケット
「リー×ベルパー×ムウ ト アール」のトリプルコラボによるアイテム
「富ヶ谷の一角にこんなにシューズを揃えた店があるのか」と思ってもらえるような集積を考えたという




他、京都で200年余り、10代にわたり続く京提灯の老舗「小嶋商店」とコラボしたフロアライトの受注販売や、ナチュラルワインのボトル販売も行い、ボトルキャップやワインオープナー、グラスなども揃える。

人、モノ、コトをつなぐ「コミュニティーハブストア」へ
売り場を活用したポップアップ企画も今後、ムウ ストアの魅力になっていきそうだ。10日間ほどめどに実施し、初回は陶芸家のKAE NAKAMURA(カエ ナカムラ)さんのコレクションを紹介した。ナカムラさんは「アディダス オリジナルス」のデザイナーアシスタント、フリーランスのグラフィックデザイナーなどを経て、出身地である愛知県の常滑焼を修業し、有刺鉄線や蜘蛛、蛇など伝統的な陶器にエッジの効いたデザインを取り込み、使い方も自由な発想で楽しめるアイテムを手掛けている。今回は別注アイテムを含め提案し、ナカムラさんのデザインを落とし込んだTシャツやスエットパンツも展開した。

ゴールデンウイーク期間中の第2弾は、オンライン古着店「Linco(リンコ)」によるポップアップストアを開催し、同店が蒐集したラグジュアリーブランドや裏原ブランドのコレクションアーカイブを中心に約300点の古着を集積。フリーランスディレクターの吉岡レオさんが来店し、リンコとムウ ト アールのアイテムによるスタイリング提案も行った。

「ポップアップを通じてそのブランドのファンが増えたり、次のステップへのきっかけをつかめたりしたらいいなと思うんです。これまでのように私たちがポップアップに出ることもあります。フレキシブルに活動しながら、この店を起点として、人と人、様々なモノとコトがつながる『コミュニティーハブストア』を作っていきたい」と目木さんは話す。

写真/野﨑慧司、ジュン提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。