店舗は「つながり」を育むコミュニティー

「ルルレモン」はヨガウェアブランドとして立ち上がり、創業者のチップ・ウィルソンは昼間はデザインスタジオ、夜間はヨガスタジオとして店舗を運営した。このような形態を採ったのは、身体的にも、精神的にも、そして社会的にも満たされた状態である「ウェルビーイング」を実現するブランドを目指したことによる。ウェルビーイングに至るプロセスとして「ともに汗をかき(Sweat)、成長し(Grow)、つながる(Connect)」ことを重視し、それらの意味を包含した「Sweatlife(スウェットライフ)」をブランドのフィロソフィーとした。店舗は運動を通じて顧客とのつながり、顧客同士のつながりを育むコミュニティーであり、ルルレモンはモノとコトを通じてウェルビーイングの実現をサポートしていくという姿勢を体現した空間なのだ。店舗近隣のスタジオとの連携や、各地で活躍するトレーナーのアンバサダー起用といったパートナーシップの取り組みも、ライフスタイルへのプラクティスとブランドの浸透を促した。

今で言う「コミュニティー型マーケティング」の先駆的な取り組みにより、ルルレモンは飛躍的な成長を遂げることとなる。スタジオにやって来る人たちと共にヨガを楽しみ、コミュニケーションを通じてつかんだニーズをプロダクトに反映させ、ランニングやトレーニング、ゴルフなど新たなスポーツカテゴリーの開拓にもつなげていった。バンクーバーの海沿いの一画で生まれた店舗兼スタジオは北米を中心としてグローバルに広がり、出店した地域ごとにコミュニティーが育まれた。また、ルルレモンの商品はもともとはヨガなどのアクティビティー向けに作られたが、高機能で日常やビジネスシーンにも着用できる汎用性の高いデザインであることから、デイリーウェアとしての人気も増した。ブランドを運営するルルレモン・アスレティカは北米で売上高2位のアパレル企業へと躍進し、営業利益は売り上げトップのギャップを大きく上回る。経営の健全性もブランドへの評価を高めた。
目下の目標として、コミュニティー型マーケティングをベースに、北米以外の海外市場の収益を26年度までに21年度比で4倍に拡大することを掲げる。実現に向け、アジア太平洋地域のコアマーケットの一つとして位置づけているのが日本だ。日本では17年に店舗展開を本格化し、まずはブランドの認知を広げるため東京と大阪に絞り込み、その中でもトラフィックの多い都心立地への出店を進めた。東京では六本木、銀座、原宿、新宿、青山、麻布台、大阪では心斎橋、梅田に直営店を出店。御殿場にアウトレット店舗も設けた。25年からの5年間で日本全国への出店を計画し、その拠点として24年10月には「ルルレモン御堂筋」、同年12月には「ルルレモン渋谷」を立て続けに出店した。共にメンズ・ウィメンズのフルラインナップを揃え、御堂筋ストアは関西の旗艦店、渋谷ストアは日本の旗艦店と位置づける。

シグネチャーアイテムとメンズを強化、「Sweatlife」の世界観を発信

日本の旗艦店である渋谷ストアは渋谷スクランブル交差点に面し、地上1階と2階の2フロアで日本最大規模となる約650㎡の延べ床面積を持つ。クリーンな外観が雑踏の中でひときわ目を引く。象徴的なのはファサードに配された木のウェーブ。「パラメトリック」という統計手法で設計された木製フィンを幾重にも配列し、ルルレモンのヨガマットの柔らかさと滑らかさを表現した。その自然を感じさせるデザインと、マットな黒に赤のロゴマークと白の「lululemon」のロゴタイプが一体化し、モダンでインパクトのあるファサードを出現させている。1階のエントランスと2階のウインドーには大きなデジタルサイネージを設え、シーズンコレクションに込めたメッセージをビジュアルで発信。街そのものがビルボード化した渋谷エリアで存在感を放つ。オープン時はホリデーコレクションのテーマ「Open the moment(あけてみて、今しかないこの瞬間)」を打ち出した。

ルルレモン渋谷のファサード

内装は木を多用しているのが特徴だ。1階はモルタルの床が広がる無機質な空間を生かし、エントランスのステージや壁面の什器、試着室、レジカウンターなどを木で造形し、随所に植栽を配すことで温かみのある自然で落ち着いたムードを醸し出した。壁面の要所にはブランドが大切にしている考え方をメッセージとしてデザインしているのも、ルルレモンらしい。エントランス脇の壁面には「Open to Possibilities(可能性に対して柔軟であれ)」とあり、試着室には「Set humongous goals.」「You are everything you need to be.」など一室ごとに異なるポジティブなメッセージが記されている。デジタルサイネージからはシーズンキャンペーンや、地域で開催されたワークアウトイベントなどの動画が躍動感をもって発信される。2階は1階のマテリアル構成が反転し、床一面に木を用いることで安心感をもって回遊できる空間を生んだ。

  • 1階ではウィメンズを展開
  • デジタルサイネージでシーズンコレクションを発信
  • 着心地をしっかりと確かめてもらうため、試着室はゆったり。中には顧客へのメッセージも記されている

「渋谷スクランブル交差点は様々な国・地域の方々が1日平均で約50万人も往来する。ターゲットをあえて絞り込まず、店舗空間もMDも誰でも気軽に来店できることに注力した」と同社。商品は1階にウィメンズ、2階にメンズとユニセックスのウェアを集積し、ヨガやランニング、ゴルフ、テニス、ハイキングなど、ルルレモンが展開する全製品カテゴリーを網羅する。新作が毎週投入されるのも魅力。ブランドの多様性を打ち出す中で特に強化したのは、顧客に長年にわたり支持されているシグネチャーアイテムとメンズウェアだ。
ルルレモンは、ウィメンズでは肌触りと伸縮性を追求したヨガ向けのレギンス「Align(アライン)」、メンズでは人間工学に基づいたマチ設計でディテールに創意を凝らしたパンツ「ABC(エービーシー)」シリーズなどロングセラーアイテムが多い。その型やカラーのバリエーション、サイズ展開、機能性などへの理解が深まる専用の什器「アイコンフィクスチャー」を日本では初めて導入した。

ウィメンズのパンツやレギンスの特徴を伝える「アイコンフィクスチャー」

一方、メンズは後発だが、ルルレモンの成長戦略で重要な一翼に位置づけられ、ここ数年は伸びている分野だ。日本ではメンズの売り上げが勢いよく伸びている。渋谷エリアは原宿と並んで若者の街としてストリートカルチャーを牽引してきたが、最近では再開発を背景にビジネスの街としての側面を強めている。ビジネスパーソンへの提案として、また「ルルレモン=女性のヨガブランド」のイメージを変えていくため、メンズウェアを拡充することでさらに認知拡大を狙う。こちらもアイコンフィクスチャーでしっかりと見せている。

メンズパンツの「アイコンフィスクスチャー」
2階にはメンズウェアを集積

階段の壁面には「Sweatlife」をテーマに創作されたアート作品が描かれ、ウィメンズフロアとメンズフロアをコンセプチュアルなアートでつなぐ。描いたのは、国内外のあらゆる壁に絵を描く壁画制作とライブペイントで活躍する2人組のアーティストユニット「WHOLE9(ホールナイン)」。人物や動物など具象的なモチーフを描くhitch(ヒッチ)と、自然から受けたインスピレーションを抽象的に描くsimo(シモ)が、2人で1枚の絵を描き、絵のある日常をもたらし、気の合う仲間と日々を彩っていくライフスタイルを提案している。ちなみに御堂筋ストアにはルルレモン製品の生産時に出た端材や廃材を活用し、現代美術家の谷敷謙が制作したアート作品を店舗空間にレイアウトしている。今後出店する旗艦店クラスのストアにも、ルルレモンや地域のコミュニティーを象徴するようなクリエイティブを組み込んでいく考えだ。

御堂筋ストアにはルルレモン製品の端材・廃材を生かしたアート作品を展示
渋谷ストアの階段に描かれた「Sweatlife」を表現した「WHOLE9」の壁画

コーディネートの汎用性と高機能が光るアイテム群

渋谷ストアはオープン以降、国内外から来店客が押し寄せ、とても好調だ。30~40代を中心に20代から70代まで幅広い客層を獲得している。
オープニングで人気を呼んだのは、ウィメンズの長袖ダウンジャケット「Wunder Puff 600ダウンフィル ジャケット」。900フィルパワーのダウンは軽量で温か、撥水性や保温性を備えた「PrimaLoft(プリマロフト)」断熱素材も使い雨や風にも対応する。大きめのアイテムとの重ね着ができるリラックスフィットで、裾を絞ってシルエットの調節も可能だ。初日に揃えた在庫は開店1時間で一部のアイテムが売り切れた。シグネチャーアイテムもしっかりと動いている。「Scuba オーバーサイズ ファネルネックハーフジップ」はウエスト丈のオーバーサイズシルエットがおしゃれなロングセラーアイテム。コットンを混紡したフリース素材は伸縮性と通気性に優れ、フルハイネックで首回りも温かい。カンガルーポケットの中にはスマートフォンを収納できる隠しポケットも付く。

「Scuba オーバーサイズ ファネルネックハーフジップ」
「Wunder Puff 600ダウンフィル ジャケット」

メンズでは、「ABC」シリーズのパンツが渋谷ストアでも不動の人気だ。「ABC クラシックフィット 5ポケットパンツ」は、ベーシックな5ポケットジーンズをルルレモン仕様にアップデートした定番モデル。ヒップと太もも部はタイト過ぎず程よいすっきり感のシルエット、股周りは人間工学に基づいたマチ設計により締め付け感を軽減した。四方向に伸びる4WAYストレッチ、形状維持性、撥水性、速乾性などを備えたオリジナル生地「Warpstreme(ワープストリーム)」の素材感を実感するパンツだ。バンクーバーは自転車を交通手段に使う人が多いため自転車通勤向けに作られ、裾を折り上げるとリフレクターが付いていたり、鍵やクレジットカードなど大事なものを入れても落ちないようポケットにはジッパーが付いていたりもする。「カナダでは1週間はけるよう7枚をまとめ買いするお客様も少なくない」という。

「ABC クラシックフィット 5ポケットパンツ」

トップスでルルレモンを象徴するのは「New Venture クラシックフィット長袖シャツ」。カジュアルにもビジネスシーンにも着こなせるシンプルなデザインで、胸とウエストにゆとりを持たせ、脇下にマチを入れることで動きやすいシャツに仕上げた。4WAYストレッチはもとより、吸汗発散性や速乾性も備え、ノンアイロンで着られる。素材には臭いの原因を抑えるジンクピリチオン加工が施されている。
ルルレモンは22年からゴルフウェアも手掛けているが、そのきっかけとなったのが「Evolution Polo(エボリューション ポロ)」。ストレッチ性と形状維持性を兼ね備え、臭いの原因を抑制する機能を持たせた「Silverescent(シルバーセント)」素材を使い、あえてブランドのロゴマークを付けず、シンプルなデザインと機能を際立たせたポロシャツだ。カジュアルウェアとして展開していたが、そのデザインと機能、耐久性からゴルフ用に購入する顧客が多く、ゴルフラインの立ち上げに至った。

「Evolution Polo(エボリューション ポロ)」
「New Venture クラシックフィット長袖シャツ」

ヨガマットやバックパック、ソックスなどアクセサリー類も充実。渋谷ストアのオープニングでは、日本初上陸となるウォーターボトル「Back to Lifeスポーツボトル」を先行発売した。ボトル表面には濡れた手でも滑りにくい加工、飲み口は片手でも開けやすい設計を施し、保冷・保温に優れる。

渋谷ストアで先行発売したウォーターボトル

渋谷ストアを「日本最大のウェルビーイングハブ」へ

ウェルビーイングを促進させるための商品をプレゼンテーションすることと並行して、「体験」を提供し、渋谷エリアに新たなコミュニティーを醸成することにも力を注ぐ。渋谷ストアを「日本最大のウェルビーイングハブ」と位置づけ、様々なイベントをアンバサダーや近隣のスタジオやジムなどとのパートナーシップを軸に企画していく。
渋谷ストアがアンバサダーとして迎えたのは、モデルやスポーツイベントのMCやリポーターなどで活躍するヤハラ リカさん。ハンドボール(都代表・関東代表を経験)やビーチハンドボール(日本代表候補)、スキューバダイビング(レスキューダイバー取得)などのスポーツ経験があり、ファンランナー(楽しんで走る)として砂漠マラソン3連続完走(サハラマラソン・ナミブレース・アタカマクロッシング)、南極マラソン出走権を獲得している。渋谷ストアのオープニングでは、アンバサダーのヤハラとトレーニングスタジオ「GRIT NATION Shibuya(グリットネーション シブヤ)」がコラボしたランニングイベントを開催した。「今後も定期的にお客様と運動をする機会を作っていきたい」とする。

オープン記念のランニングイベントの様子
渋谷ストアのアンバサダーに就任したヤハラ リカさん

その一環として、近隣のスタジオやジムと連携して100クラスのワークアウトメニューを顧客に無料で提供することにも取り組む。「何か運動を始めてみようと考えているお客様はたくさんいるけれど、自分一人だとジムに行くこと自体のハードルが高く、『いつかやろう』になってしまいがち。私たちが「一緒にやりましょうよ」と言うことで、一歩を踏み出す後押しになれば」としている。

写真/lululemon athletica JP提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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