ファインゲージニットの老舗、直営展開は日本から
来年で創業240年を迎えるジョン スメドレー。長い歴史を支えているのは、やはりそのニットウェア作りに対する信頼感だろう。製品の元になる原材料へのこだわりは強く、現在は提携する特定の牧場で羊や環境に配慮して採取したメリノウールと、最高級の天然素材とされるシルクのような光沢とカシミヤのような肌触りを持つシーアイランドコットンを主に使用している。トレーサビリティーを徹底した最高品質の原材料による糸を最新の編機で編み、リンキングは熟練職人による手仕事を貫く。十数ゲージでハイゲージと呼ばれるニットにあって、ジョン スメドレーは30ゲージ、24ゲージを中心とするファインゲージニットの先駆的存在だ。
そのポロシャツやセーターなどのニット製品は英国王室御用達で、本国はもとより世界にファンを持つ。ただ、実店舗は11店舗と、グローバルブランドにしては少ない。それもロンドンに3店舗、他は全て日本にある。「自らのブランドを展開しながらも、近年までファクトリーとしての意識が強かったためではないか」とリーミルズ エージェンシーでビジュアルマーチャンダイジングを担当する上松道弘さん。生産背景の確かさを裏付ける話だが、30年前までは店舗すら無かった。世界で最初の店舗が銀座店だったというのも興味深い。「かつて銀座にルノアールという洋品店があり、ジョン スメドレーのニットウェアをずっと扱っていたんです。その後、リーミルズ エージェンシーが店を引き継ぎ、ジョン スメドレーの旗艦店としたのが93年のこと」という。その後、本国のロンドンに店舗を構えた。
日本の直営店は銀座をはじめ、二子玉川、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸にあり、百貨店や商業施設ではショップ・イン・ショップを展開している。この4年間で出店した二子玉川、京都、神戸では既存店とは異なるアプローチに取り組んだ。シーズナルなニットコレクションに加え、布帛を中心としたライン「ジョン スメドレー クロージング(JSC)」も揃え、ニットとのコーディネート提案に力を入れている。今回出店した青山店はその旗艦店として、英国ブランド、ジョン スメドレーならではの空間表現に挑戦した。
青山店は南青山を高感度なファッションエリアとして浸透させる端緒となった南青山FROM-1st(フロムファースト)ビルのグランドフロアに立地する。みゆき通り側からは地階に位置し、反対側は路地と直結する路面店だ。みゆき通りから来て、まず目を引くのはウインドーに面したキャビネット。本国でも使用されているシェルフ型の木製什器で、ジョン スメドレーを象徴する無地のニットポロをカラーパレットさながらに陳列している。コレクションのカラーバリエーションはシーズンによって変わるが、「ニットでは毎シーズン、20色程度を展開し、10色ほどが入れ替わる」。それぞれのカラーに名前が付けられ、例えばネイビーはミッドナイト、チャコールグレーはヘップバーンスモークなど想像を掻き立てるネーミングだ。キャビネットの横には、ニットとJSCによるメンズとウィメンズのトータルコーディネートがトルソーで表現され、店内の品揃えへの興味が喚起される。
空間から感じる英国、ジョン スメドレーのカルチャー
売り場面積は約100㎡。白を基調にした空間に木製の什器やレジ台などが配され、クラシカルモダンなムードを醸し出す。特に存在感があるのは売り場中央のテーブル。英国では家具の素材として知られるウォルナットの一枚板を贅沢に使い、メインのステージとした。ニットウェアとJSCの品揃えの中からユニセックスで着用できるアイテムをセレクトし、フォールデッドで見せている。ウェアの下に垣間見えるロンドンの古地図がトラッドな英国情緒を感じさせる。レジ台も木製で、表面には同じ形に切り抜いた木の木目をずらして寄せ木することでハンドメイドの味わいを生んでいる。背後の棚にはオーディオシステムが並び、アンプは英国を代表する老舗オーディオブランド「QUAD(クオード)」が1967年に発売した「クオード33」、スピーカーは70年代に英国のBBCが開発した「Rogers(ロジャース)」とマニアックな選択。知る人ぞ知る英国の銘機で、60~80年代を中心とする英国ミュージシャンのレコードを聴くことができる。
売り場は3面がウインドーになっていて、壁面はギャラリーとして活用しているのは青山店ならでは。創業時から現在に至る239年間を象徴する写真やアーカイブアイテムも展示し、ブランドが培ってきたヒストリーとカルチャーを紹介している。オープニング企画では、50年代に製作した肌着や80年代のボーダーポロ、ヴィヴィアン・ウェストウッドとのコラボアイテムを展示。「ボーダーのカラーは今ではなかなか出せない配色。肌着はジョン スメドレーが最初に製品化したもので、ニットブランドとしてのルーツ。トレードマークのジェイバード(カケス)のイラストが入ったパッケージと合わせて展示しました。ヴィヴィアン・ウェストウッドとは2004年にカーディガンを製作し、英国のみで販売されたもの」と上松さん。今後も本国のストックからセレクトした銘品を展示していく考えだ。「アーカイブに象徴される歴史と文化の蓄積があって、今のコレクションの表現があることが伝わる空間作りを意識しています」と語る。
「ニットコレクション×JSC」によるスタイル提案
ニットウェアは現在も英国の自社工場で編み上げ、ボディーと袖のリンキングは職人の手で行っている。23-24年秋冬コレクションでは数十型を展開し、その軸をなすのが30ゲージ、24ゲージだ。タートルネックの「LEVINE(レビン)」は、30ゲージのエクストラファインメリノウールを使い、表面の滑らかさとほのかな光沢感が特徴。肩幅や着丈、腕回りに若干の余裕を持たせた「モダンフィットシリーズ」の新作だ。また最近、支持が高まっているのが24ゲージのアイテム。今季は、24ゲージのベーシックアイテムの型はそのままに、サイズ感を見直した「スウェーターシリーズ」で、エクストラファインメリノウールを使ったクルーネックカーディガンを投入した。ゆったりとした肩幅や身幅にストレートショルダーが特徴で、30ゲージより厚めの生地だが、ハンドリンキングにより肩の当たりも滑らか。カジュアルなアイテムながら、上品さを失わないサイズバランスが心憎い。
ミドルゲージでは、環境に配慮したサステイナブルな製品作りに取り組む。リサイクル繊維の仕様とその責任を証明するGRS(グローバル・リサイクルド・スタンダード)に準拠したリサイクルカシミヤ「ジョン スメドレーズ エコカシミヤ」を独自に開発。エコカシミヤとメリノヤーンの混紡糸を畔編みし、肉厚な素材感ながら柔らかな風合いで肌触りの良い7ゲージシリーズをスタートさせた。フルジップカーディガンはブルゾン感覚で着用でき、コートスタイルにも馴染む。XSからLまでのサイズバリエーションがあり、ジェンダーレスなコーディネートを楽しめる。グレー、ホワイト、ネイビーなど、アウターにもボトムスにも合わせやすいベーシックな14色が揃う。
- 30ゲージのエクストラファインメリノウールによる「レビン」
- エクストラファインメリノウールを使ったクルーネックカーディガン
- エコカシミヤとメリノウールの混紡糸による24ゲージのフルジップカーディガン
青山店限定アイテムも注目だ。モデルとしたのは、30年代に発表され、今日に至るまで90年以上にわたり継続しているシーアイランドコットン製の半袖ポロシャツ「ISIS(アイシス)」。大きめの襟やクラシックなフィット感は踏襲し、素材をエクストラファインメリノウールの30ゲージニットに変更することで上品なドレープによる独自のシルエットを生んだ。ブラック、スノーホワイト、フクシア(ピンク)、グリーンエメラルド、ミッドナイトの5色、XSからXLの5サイズ展開。モデル名も「AOYAMA(アオヤマ)」とした。ジョン スメドレーのモデルは地名由来のネーミングが少なくないが、英国以外の地名を採用するのは異例という。
これらコレクションに加え、JSCがある。JSCは「ニットを引き立てるアイテム」をコンセプトに、メンズとウィメンズのコーディネートラインとして20年春夏に立ち上げ、国内の直営店のみで販売してきた。自然素材を中心にジャケットやパンツ、シャツ、ブルゾンなどトータルに展開する。世代を問わず多様なスタイリングに対応するミニマルなデザインに程よくトレンドを取り入れているのが魅力だ。
今秋冬はダブルフェイスのアウターがお薦め。メンズの「ウールダブルフェイス バルマカーンコート」は、梳毛を織り上げたビッグツイル生地を使い、温かで上品な1着に仕上げた。60年代のデザインをベースにシングルラグランスリーブと脇に深く入れたベントによりAラインが強調されたシルエットを描く。ウィメンズの「ウールダブルフェイス ショートコート」は、ノーカラー、ドロップショルダーのフォルムが特徴。スーパー160'sの上質なウールを二重織りした生地を用い、ビーバー仕上げで女性らしい柔らかさを表現した。リバーシブル縫製で裏地が無いためカーディガンのように軽やかに着こなせ、共布のマフラーとのコーディネートができるのも嬉しい。
メンズの3つボタンテーラードジャケット「ウールダブルフェイス ビーバージャケット」はゆったりとしたボックスシルエットで、ニットの上から羽織りやすく、襟を立てて着崩すのもおしゃれ。取材時には、タイトなニットに、上質なコーデュロイをセミワイドシルエットに仕立てた「ブリティッシュニードルコード ワンプリーツパンツ」を合わせ、ジャケットを羽織るスタイルをトルソーで提案していた。ウィメンズでは、「ウールダブルフェイス ピーコート」と「ウールギャバジン Iラインスカート」のコーディネートが好評。ピーコートは大きめの襟にオーバーサイズのデザインながら、すっきりと見えるシルエットを演出している。バックに深いベントが入ったIラインスカートと合わせると、モダンでフェミニンな着こなしを楽しめる。
ニットを軸にしたライフスタイル提案
青山店はオープン以来、客足も好調に推移している。「南青山エリアは、感度が高く、普段からジョン スメドレーのニットウェアを着てくださっているお客様が多い印象です。また、これまで協業してきた様々なブランドからジョン スメドレーを知ってくださった新しい世代のお客様も来店してくださっています」と上松さん。ウインドーに陳列したニットウェアとJSCのコーディネートごと購入する訪日外国人客も多いという。客層はメンズが7割、ウィメンズが3割程度となっていることから、ニットウェアはもとより、メンズ、ウィメンズとも同規模で展開するJSCとのシナジーで女性客の開拓を目指す。
ギャラリー機能を活用したイベントも検討している。「アーカイブに関しては継続して企画、展示していきます。一方で、例えば器やフラワー、フードなどブランドと親和性のあるプロダクトやカルチャーを体感する場作りや、過去に販売したジョン スメドレーのニットウェアを回収して販売するビンテージマーケットのようなイベントも構想中」とのこと。ライフスタイル提案の充実も新たな旗艦店の特徴と言える。
こだわりを凝縮したニットコレクションはもちろんのこと、一人ひとりにとってのニットの楽しみを広げるコーディネート、ジョン スメドレーの歴史と文化を感じるアーカイブなど、ブランドの世界観を体現した日本だけの、南青山だけの空間。今後も注目したい。
写真/遠藤純、リーミルズエージェンシー提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。