革の素材感が引き立つモダンで温かみのある空間
高品質な英国製革靴のブランドが軒を連ねるロンドンのジャーミンストリートに例えられる南青山の骨董通り。「J.M.WESTON(ジェイエムウェストン)」や「Tricker’s(トリッカーズ)」、「ALDEN(オールデン)」、「Paraboot(パラブーツ)」など、世界にその名を知られる老舗シューズブランドの店舗が立ち並ぶ。その一画に新たな魅力が加わった。今年9月6日にオープンした「フレーム 青山」だ。
大きな特徴は、英国の老舗革靴ブランド「クロケット&ジョーンズ」の品揃え。英国靴の聖地とされるノーザンプトンで1879年に創業し、「John Lob(ジョンロブ)」など高級革靴ブランドのOEMを通じて百数十年にわたり技術を培ってきた。その靴作りの背景を生かして1990年代から自社ブランドを手掛け、ドレスからカジュアルまで様々なスタイルに馴染むデザイン性と、シューズメーカーとして追求してきた靴本来の機能性が高く評価され、英国では2017年にロイヤルワラントを授与された。高級革靴の代表的ブランドとして世界に多くのファンを持つ。
クロケット&ジョーンズの代理店の一つがグリフィンインターナショナルだ。「作り手の顔が見える高品質なプロダクト」の日本におけるブランディングに取り組み、取り扱うのはクロケット&ジョーンズをはじめ、革小物では「Whitehouse Cox(ホワイトハウスコックス)」、その技術を引き継ぎ23年にデビューした「BEORMA(ベオーマ)」、老舗革ベルトの「McROSTIE(マクロスティ)」、カナダのラグビージャージーメーカー「BARBARIAN(バーバリアン)」、フランスのダウンブランド「PYRENEX(ピレネックス)」、高品質なシープスキンを使ったアウターウェアブランド「Owen Barry(オーウェンバリー)」と、クオリティーに定評のあるブランドばかり。各ブランドの生産者や卸先であるショップ、その顧客とのパートナーシップを重視し、プロダクトの価値伝達に専念してきた。
これらブランドの世界観をリアルに体感できる場としてセレクトショップ「フレーム」を福岡に出店したのは99年のこと。25年が経ち、実店舗もオンラインサイトも関東近郊の顧客が多く、日本にはクロケット&ジョーンズの直営店が無いことから、そのプロダクトをメインに据えたショップを構想。立地は名立たる革靴ブランドが集積する骨董通りに焦点を合わせた。なかなか空店舗が無い通りだが、約半世紀にわたり親しまれた「古民藝もりた」の移転により、その跡地への出店が叶った。
売り場面積は約50㎡。「空間を最大限に生かして、広く、抜け感のある売り場作りを目指した」とグリフィンインターナショナル営業・企画の関口文也さん。その要望を受け、ウッドワークにこだわった家具や内装を手掛けるモーブレーワークスが店舗のデザイン・製作を担当した。商品を陳列する両サイドの棚や店奥のレジなどには、希少な柾目のナラ材を使用。塗装ではなく、木材に含まれるタンニンと鉄酢酸を化学反応させる「鉄媒染」の手法を用い、植物性オイルで仕上げることで単なるウッド調とは異なるきれいな黒色を表現した。床材もフレーム青山のために作ったもの。エントランススペースにはタイルを張り、店内のフローリングスペースはナラ材をタイルと同じサイズに一つひとつ製材し、敷き詰めた。試履きスペースに敷かれているのは、山形で90年にわたる歴史を持つ「山形緞通」の特注ラグ。椅子もナラ材で作り込んだ。背後にはラタン(籐)を丹念に編み込んだ引き戸を設え、ストックを収納し、取り出せるようになっている。素材や手法に創意を重ねることで空間の広がりを引き出し、革靴・革小物専門店からイメージされるクラシカルな重厚感に寄らず、革の素材感が引き立つモダンでありながら温かみのある空間を出現させた。
本国との連携で生むクロケット&ジョーンズの「新しい顔」
MDの軸とするクロケット&ジョーンズは2つのコレクションで構成する。「メインコレクション」はモデルも色もバリエーションが豊富で、アウトソールもレザーからラバーまで多様にあり、ドレスにもカジュアルにも多様なコーディネートが楽しめる。
メインコレクションよりもハイグレードな素材を用い、製造工程もさらに細分化し、熟練職人の技術や手間ひまを結集して作り込まれるのが「ハンドグレードコレクション」だ。特徴的なのは「ヒドゥンチャネル仕上げ」。アッパーにアウトソールを取り付ける方法の一つで、ソールの底側から薄く切り込みを入れ、めくれたところに縫うための溝(チャネル)を掘り、縫い終わったら革を伏せて縫い目を隠す(ヒドゥン)。取り付け後に職人がペイントし、磨き上げていく。縫い目を出したオープンチャネルと比べ、縫い糸の摩耗が軽減され、何よりもきれいで高級感のある仕上がりになる。ギュッとシェイプされた土踏まずも上品。インソックは、メインコレクションが半敷きであるのに対して、ハンドグレードコレクションは全敷きで、ロゴマークも異なる。メインコレクションは現在のロゴがゴールドで印字され、ハンドグレードコレクションは30年代に使用していたロゴが刻印されている。
「クロケット&ジョーンズの靴はセレクトショップや百貨店などでも扱われていますが、ハンドグレードコレクションも、かなり流通しているメインコレクションも、より充実したラインナップから選べるのがフレーム青山です。ブランドのファンや靴好きには魅力だと思います」と関口さん。特にハンドグレードコレクションはしっかりと見せていきたいと、クロケット&ジョーンズが初めてこのコレクションを製造したときに採用したラスト(木型)であり、英国らしさを感じさせる「330」に着目。ブランドの原点に通じる330ラストを中心に展開し、3アイレットプレーントゥやシングルモンクなど様々なデザインを揃え、「クロケット&ジョーンズの新しい顔」と出会えるのも青山店ならではだ。
一方、メインコレクションは「クロケット&ジョーンズの守備範囲の広さを伝える」プロダクトと位置づける。ドレスからカジュアルまで多様なシーンに対応するデザインはもとより、素材、色、ラストも充実。米国の老舗タンナー「Horween Leather Company(ホーウィンレザーカンパニー)」のシェルコードバン(馬革)を贅沢に使ったモデルもあり、その色もウイスキーブラウンやバーガンディー、ブラックなど多様に揃える。独自のオイル仕上げによるコードバンは耐久性が高く、美しい光沢を放つ。「コードバンは今、需要が供給を上回り、入手するのも難しい中で、『選べる』楽しさがあるのはフレーム青山の魅力」という。
本国とのコミュニケーションを密に、日本のファッションマーケットの情報を伝えながら既存モデルをコレクションとは異なるラストで作る、既存モデルの素材を変えるなどの仕様変更も行うことで、日本の顧客に寄り添いつつ、英国靴のど真ん中をいくクロケット&ジョーンズの世界観をしっかりと発信している。「本国の工場はもちろん技術力はあるけれど、新しいことに対しても柔軟なんです。日本でスニーカーが売れていると伝えると、革靴でありながらスニーカーに近い履き心地の革靴を作ってくれたり。僕らからニーズを聞き出して、新しいことにチャレンジする姿勢がある」と関口さんは話す。
こだわりと履きやすさを兼ね備えたプロダクトが好調
レザーシューズではオープン以降、ローファーやサイドゴアブーツなど「履き脱ぎに煩わしさが無いものが人気」という。
特にローファーは「1足持っていれば、オンのスーツにもオフのジャケット&パンツにも合わせられる」ことから、現在は国内外でニーズが増加しているアイテム。クロケット&ジョーンズの名作とされる「BOSTON(ボストン)」のサイズ感やラストを日本人向けに改良して新開発のラバーソールを搭載した「BOSTON2(ボストン ツー)」、サドルのホースビットがエレガントなビットローファーの新作「FENTON(フェントン)」、タッセルローファーの定番モデル「CAVENDISH(キャベンディッシュ)」のスリッポン「CAVENDISH 3(キャベンディッシュ スリー)」などが好評だ。
サイドゴアブーツは、すっきりとしたフォルムにサイドのクラシカルなU字型の襠を備えた「CHELSEA 14(チェルシー14)」が好評。スタンダードなモデルだけにドレスにもカジュアルにもコーディネートでき、薄型でありながらグリップ力に富んだオリジナルのラバーソール「シティーソール」もスマートで心強い。ローファーにもシティーソールを施したモデルがあり、レザーソールなどと履き比べてみる楽しさがある。
ブーツでは、映画「007」シリーズでジェームズ・ボンドが履いているチャッカブーツも有名だ。ボンドを演じるダニエル・クレイグはクロケット&ジョーンズの顧客なのだとか。青山店のオープニングでは、21年の作品「ノー・タイム・トゥ・ダイ」で履かれたモデル「MOLTON(モルトン)」にフィーチャー。このモデルのために作ったラスト「336」によるチゼルタイプのトゥが特徴的だ。アッパーにはラフアウトスエード(オイルスエード)を採用し、履き込むことで味わいが増す。ソールには、グリップ力に優れた英国のゴム形成製品の老舗メーカー「Harboro Rubber Company(ハルボロラバーカンパニー)」の「ダイナイトソール」を使用している。
- サイドゴアブーツ「チェルシー14」
- 「ノータイム・トゥ・ダイ」モデルの「HIGHBERY(ハイベリー)」
- ジェームズ・ボンドが履いたチャッカブーツ「モルトン」
老舗のDNAを継ぐ革小物ブランド「ベオーマ」
フレーム青山のもう一つの魅力は、英国製革小物ブランド「ベオーマ」。23年の創業と歴史は短いが、英国製レザー製品の名門ホワイトハウスコックスのDNAと技術を引き継ぐブランドだ。きっかけは22年末のホワイトハウスコックスの工場閉鎖だった。現オーナーのアレックス・シンプソンがホワイトハウスコックスの生産の要となっていた熟練職人をはじめ25人を超えるスタッフを集め、ベオーマレザーカンパニーを設立。レザーの聖地バーミンガムに隣接するウォルソールに工場を新設し、ホワイトハウスコックスの「ハンドメイド・イン・イングランド」による新たなブランドを興した。
ベオーマが使用する素材は、イングリッシュブライドルレザーやビンテージブライドルレザー、高品質なベジタブルタンニングルレザー。ベルトや手編みのメッシュベルト、財布などの小物やラゲッジを生産し、一つひとつのプロダクトに英国伝統の技術が注ぎ込まれている。クラシカルでシンプルなデザインでありながら、ディテールにさりげなく今の感性が覗く。デビュー以来、セレクトショップなどでも好評だが、フレーム青山ではクロケット&ジョーンズと同様、ベオーマもフルラインナップを揃える。取り扱いを始めて以降、「クリスマスなどのギフトシーズンには財布やコインケースなどがよく動く」とのことで、じっくりと選べる環境が整った青山店だけに今後の動向が楽しみだ。
- 職人が手編みしたメッシュベルト
- コインケースやキーケースはギフトに人気
- ナチュールレザーの二つ折りウォレット
取材時は出店して2カ月余りだったが、客層はフレームの福岡店やECサイトで購買経験のある関東近郊の顧客や、界隈の靴ブランドのショップを巡りながらフレーム青山に訪れる新規客など様々。価格帯も含む商品特性から購買は40~50代が中心だが、20代客の来店もある。「今後に向けたブランディングとして、若い世代に歴史あるブランドの背景、革靴の魅力を体感していただきたい。次の世代とブランドをつなげていくことも青山店の課題と考えている」としている。
クロケット&ジョーンズのMDはメンズでスタートしたが、今後はウィメンズも取り入れていくという。ベオーマはユニセックス提案を基本とし、硬質なブライドルレザーだけでなく、柔らかな質感のナチュールレザーなども展開していることから、ジェンダーを超えた客層の広がりが期待される。革の靴と小物に特化したショップだが、フレームが扱うウェアブランドのポップアップも展開し、コーディネートなどより幅を広げた提案も行っていく。
写真/遠藤純、グリフィンインターナショナル提供
取材・文/久保雅裕
関連リンク
久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。