再上陸では日本のマーケットならではのニーズに対応

表参道・原二本通りに新たな映えスポットが誕生か。キャス キッドソン表参道店のエントランス前のテラスにはロンドンを示すバス停が設置され、ブランドのアイコニックなフラワープリントをまとった一匹の犬が佇んでいる。創業者キャス・キッドソン氏の初代愛犬スタンリーだ。道行く人たちはスマートフォンのシャッターを切り、ペットの散歩で通りがかった人たちはスタンリーと記念撮影。英国の伝統的なレンガ積みを表現した外壁やピンクのブランドロゴ、併設するアイスクリームショップの可愛らしいイメージがミックスされたポップな空間に、ハッピーなムードを醸し出している。店舗の空間コンセプト「キャス キッドソンの遊び心とモノづくりのストーリーに出会える場所」のプロローグだ。

創業者キャス・キッドソン氏の初代愛犬スタンリー
キャス キッドソン表参道店

キャス キッドソンはキッドソン氏が1993年、ロンドンのノッティングヒルに出店したビンテージショップが起源。「モダンビンテージ」をテーマにセレクトしたアイテムと、ビンテージの生地を使ったオリジナルアイテムを提案した。ある日のこと、アイロン台の生地が無地でつまらないと感じたことが、現在に至るブランドのストーリーの始まりだった。手描きのフラワープリントを施した生地を張ったアイロン台を作り、店頭に並べるとこれがヒット。「日常に楽しみを増やしたい」と、身の回りのものから着想を得たハンドペイントプリントのバッグやテーブルウエア、家具など様々なアイテムを展開し、英国有数のライフスタイルブランドへと成長を遂げた。
日本には2002年に上陸し、06年に初の直営店を代官山にオープンするや人気に火がついた。以降、20年近くにわたりファンを増やしてきた。しかしコロナ禍の影響を強く受け、20年4月に突然の撤退。店舗もECも無くなったが、これで終止符とならなかったのはブランドが浸透している証しだろう。商品を並行輸入して購入する熱心なファンも多かったという。その根強い人気に着目したのが、インポート雑貨ショップ「PLAZA(プラザ)」などを運営するスタイリングライフ・ホールディングスだった。キャス キッドソンの独占輸入販売権とマスターライセンス権を取得し、24年9月からECやポップアップストアを通じて日本での販売を再開した。

再上陸に際して重視したのは、日本のマーケットならではのニーズへの対応だった。「例えばアイコンアイテムのブックバッグも可愛いのですが、使ってみるとお弁当箱が入るようで入らなかったり、ペットボトルがちょっと飛び出してしまったり。そこでブランドの強みである手描きのプリントを最大限に生かしながら、日本人の使い方に対応した仕様のアイテムを多く揃えました」とスタイリングライフ・ホールディングスのシモンズ ティアラさん。以前は本国が企画した商品のみを展開し、撤退前からローカライズは課題だったようだ。今回は日本独自の商品展開ができる契約を結び、本国のクリエイティブチームとコミュニケーションを重ね、仕様変更だけでなく、日本企画による限定アイテムを投入しているのも大きな変化だ。新たなMDとキャス キッドソンのクラフトマンシップを体感できる場として、今年3月6日に出店したのが旗艦店となる表参道店だ。

「The Joy Makers Since 1993」としてのキャス キッドソンを体現

表参道店は、約130㎡の売り場全体でブランドの世界観を表現した色彩豊かで躍動感のある空間だ。店舗設計を手掛けたのは、ブランドデザインプロデュースを強みとするジョージクリエイティブカンパニー。壁面や天井に配置されたフラワーやストライプ、ドットなどキャス キッドソンのアイコニックな柄が印象的だ。

キャス キッドソンのアイコニックな柄を配した売り場

売り場中央にはカラフルな階段を増築し、昇った先には天井裏の書斎のようなスペースを設けた。インテリアや家具、書籍などがディスプレイされ、英国のライフスタイルを感じさせる。階段下に生まれたスペースは小さな部屋のよう。取材時には本国で販売しているソファやライトスタンド、クッションなど(日本では非売品)が配置されていた。各プロダクトを彩る柄のデザイン画も展示され、キャス キッドソンの物作りのストーリーを感じることができる。このスペースはシーズンごとに内容を変え、キャス キッドソンのアートとプロダクトを紹介していく。アーカイブのデザイン画やルックを展示した壁面もあり、キャス キッドソンが育んできたカルチャーを伝えている。

  • 英国のライフスタイルを感じさせる階段と書斎
  • キャス キッドソンのホームコレクション(日本では非売品)とデザイン画
  • アーカイブのデザイン画やルックなども展示

物作りに関してはシーズンコレクションの製作現場の動画をデジタルサイネージで流し、店内に並ぶ商品と連動させている。また、オープンに際しては、スタイリストの山本マナ氏がディレクションしたキービジュアルも発信した。キャス キッドソンの世界観が一目でわかるよう、山本氏が選んだアプローチは商品をモデルに着せたり持たせたりすることではなく、ブランドを象徴する手描きプリントを際立たせることだった。その生地を造形し、モデルと一体化したオブジェのように見せることで、手描きの柄が際立つアーティスティックなビジュアルを生み出した。山本氏は今回、スタッフのユニフォームもディレクションしている。内装との調和を意識し、キャス キッドソンのストライプ柄を淡いピンクとクリームで表現したビッグシャツに落とし込み、ロゴの刺繍が入ったネクタイとのコーディネートで見せる。来店客からは「これは売っていないのですか」と聞かれることも多いという。

表参道店のスタッフユニフォーム
山本マナさんがディレクションしたキャス キッドソンのキービジュアル

エントランスを入って右の壁面に描かれた絵からは、今なお「日常に楽しみを増やしたい」と物作りに取り組むキャス キッドソンの充実ぶりが感じられる。表参道店のオープンに合わせて来日したヘッド・オブ・クリエイティブのホリー・マーラー氏が手描きしたもので、愛犬スタンリーがキャス キッドソンを引き連れて東京にやって来るイメージが表現されている。店前のテラスにスタンリーとバス停があるのは、そのストーリーの続編か。絵の中には「The Joy Makers Since 1993」というブランドコンセプトを手書きし、人々が喜ぶものを作り、届けるというメッセージを打ち出した。
店内に流れるBGMは、国内外で活動するロックバンド「The fin.」のYuto Uchino氏が担当。ブランドの歴史やクリエイティビティーに共感し、出来上がっていく店舗を見て、イメージを醸成させ、オーガニックで心地良い楽曲を書き起こした。

ヘッド・オブ・クリエイティブのホリー・マーラーによるウォールペイント

日本限定アイテムを軸に約450品目でスタート

商品はシーズンコレクションを中心に、定番アイテムや前述した日本限定アイテム、アジア限定アパレルコレクションなどをラインナップ。約450品目を揃えたが、完売が続出する人気ぶりとなっている。約1カ月が経過した時点で、売り上げは予算の3倍と絶好調だ。客層は20代半ばから30代半ばの女性を中心に幅広く、親娘での来店も多い。
好調を牽引しているのは日本限定アイテムだ。早々に完売したのはコットン生地にローズの小花柄をプリントし、縁にフリルをあしらった「フリルトートバッグ」。薄手で軽く、見かけ以上に大容量。内ポケット付きで、肩掛けもできる長めのハンドルもうれしい。5月に再販が決定した。トラベルシリーズも人気。フロントのファスナーポケットにバッグを折りたたんで収納できる「ポケッタブルキャリーオンバッグ」や、PVCコーティングしたコットン生地製の「ハンギングポーチ」などを集積する。「可愛い」と手に取り、使い勝手の良さに納得して購入に至っている。

フリルトートバッグ
オープン早々に完売した「フリルトートバッグ」。5月に再販する
トラベルシリーズ
ドローストリングポーチなども展開

定番のコットントートバッグは、25年春夏は12柄を展開。シーズンごとに新しい柄が登場するので、ぜひチェックしたい。また「ブックバッグ」はブランドの顔といえる人気定番。色柄ともに充実し、PC用のサブバッグとしても使えるラージサイズと日常使いしやすいスモールサイズがあり、表参道店でも動きの良いアイテムだ。

  • 25年春夏シーズンの「トートバッグ」
  • 人気定番の「ブックバッグ」
  • 人気定番の「ブックバッグ」

アパレルでは、スエットやTシャツの動きが活発。Tシャツはオーバーサイズでゆったりと着られるが、ラフになり過ぎず、フェミニンなムードを漂わす。ローズとリボンを描いた「Ribbon Floral(リボンフローラル)」とブーケを描いた「Flower Bunch(フラワーバンチ)」のアイコン柄に日本再上陸に合わせて新たに描き下ろしたロゴを組み合わせたタイプと、無地に小さな花々で表現したロゴを載せた「Harmony Ditsy Logo(ハーモニーディッツィーロゴ)」など、各6柄・2~3配色はある。これからの季節にはワンピースやドレスもお薦め。「ショルダーリボンドレス」は、エアリーなシアー素材による肩のリボンがフェミニンなワンピース。凹凸のある生地を使い、ネイビーに小花のアートプリントを組み合わせた。裏地付きなので透ける心配もなく、1枚でも、インナーに薄手のトップスを重ね着してもおしゃれだ。袖のラッフルが特徴のチェリー柄のドレスや、繊細なチュールにローズ柄をプリントしたレイヤードワンピースなども揃う。

「ハーモニーディッツィーロゴ」のTシャツ
「フラワーバンチ」(写真左)と「リボンフローラル」のTシャツ
ワンピースやドレスも充実
「ハーモニーディッツィーロゴ」のTシャツ

コラボアイテムも人気、アイスクリームは新たなブランドの顔に

表参道店のオープンを記念し、今話題のブランドと協業したアイテムもローンチした。17年にデビューした「Liquem(リキュエム)」は、「宝石を溶かした架空のカクテル」をイメージソースとして、身に着ける女性の気分が高揚するアクセサリーし、アイドルやインフルエンサーにファンが多い。今回のコラボではキャス キッドソンを象徴するリボンの柄をピックアップ。手描きの柔らかな風合いをリキュエム特有の繊細な立体造形で表現し、店舗限定カラーのリング、ピアス、イヤリングなどに仕上げた。
ニットバッグブランド「KNT365(ケイエヌティーサンロクゴ)」は、「地球、人、動物にとっていいことだらけの365日使える作品」をコンセプトに、回収ペットボトルから作られた再生ポリエステル糸やオーガニックコットンを使い、3Dニッティングマシンでプロダクトを自社生産している。コラボでは、ストライプとリボンにリボン柄を組み合わせた表参道店限定デザインのマチ付きショルダーバッグを数量限定で揃え、たちまち完売となった。他にもハートの中にバラを描いたローズ柄のニットバッグを6タイプ製作。昨年12月に発売して以降、完売、再販を重ねる人気となっている。
キャス キッドソンのアートピースを使ったギフト向けのメッセージカードやステッカー、ハンカチやポーチ、ディフューザーなども展開し、「ポーチやハンカチとメッセージカードとか、Tシャツとバッグなど、組み合わせて購入するお客様が多い」。

  • 「リキュエム」とコラボしたアクセサリー
  • 「KNT365」とコラボした表参道店限定デザインのショルダーバッグ
  • ローズ柄のニットバッグ(KNT365とのコラボ)

多彩なプロダクトもさることながら、オープン以来、予想を超えてヒットしているのがアイスクリームショップだ。アイスは英国の紅茶や菓子をイメージしたこだわりの6フレーバーと、フレンチの名店で腕をふるってきた宮田真代シェフが手掛ける六本木の人気デセール店「Pâtissière MAYO(パティシエール マヨ)」とコラボした2フレーバーを提供。コーヒーとカフェラテも楽しめる。「通りからエントランスまで距離があったので、キャス キッドソンを知っている人もそうではない人も気軽に立ち寄れる場としてアイスクリームショップを併設しました」とシモンズさん。蓋を開けてみれば連日の賑わいで、「数あるキャス キッドソンのプロダクトをしのいで、日販の上位にランキングする勢い」だ。

こだわり素材の8フレーバーのアイスクリームを提供

表参道店は店奥にイベントスペースも設置し、今後はブランドのクラフトマンシップを感じながら楽しめるようなワークショップなども企画していく予定。現在、直営店は表参道店と今年3月19日に出店した京都ポルタ店の2店舗。今秋以降、主要都市を中心に直営店を増やす計画だ。

写真/野﨑慧嗣、スタイリングライフ・ホールディングス提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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