4つの視点と10のエシカルポリシー
人類による地球環境の破壊が問題視されて久しい。特にファッション産業は、石油産業に次いで世界で2番目に多くのCO2を排出している。環境に配慮した持続可能なサプライチェーンの構築は待ったなしの状況にあり、コロナ禍を挟んでその取り組みが活発化した。だが、ファッションに限らず、日本の取り組みは後れていると以前から指摘されてきた。カーサフラインの原田直哉CEOは、その強烈なギャップ経験が現在のエシカルビジネスの出発点になったという。
「僕は大学時代に環境経済学を学び、卒業後はファッション業界に入りました。2000年前後にはセレクトショップのディレクターとして、商品の買い付けでアメリカと日本を往復する生活をしていたんです。当時、アメリカではすでにエシカルやサステイナブルが当たり前のことになっていて、特にロサンゼルスではその中身も細分化していたんですね。一方、日本ではその言葉すら知る人が少なかった」
あまりの意識の違いに驚かされたが、エシカル、サステイナブルは世界的な潮流であり、日本でも遅かれ早かれ必須になると直感し、オーガニックコットンのシャツやスキンケア用品などのエシカル商品を開発・販売する会社を立ち上げた。そうしたセレクトショップやエシカルビジネスの経験から17年にスタートさせたのが、ファッションを軸にエシカルなプロダクトを提案するライフスタイルセレクトショップ「カーサフライン」だ。
「ファッションを軸にしたのは、集まったメンバーがアパレルに携わっていたから」という。服を扱うことを前提に、最初に着手したのは何と洗濯洗剤の開発だった。「エシカル、サステイナブルであろうとすると、服だけでは完結しないんです。服を着たら洗濯をしますよね。そこで洗濯排水の94%が24時間で自然に還る洗剤を開発した」。その名も「CLEAN OCEAN Natural Laundry Liquid(クリーンオーシャン ナチュラルランドリーリキッド)」。一般的な洗濯洗剤は海に流れて生分解されるまでに約1カ月かかるが、クリーンオーシャン ナチュラルランドリーリキッドは1日でほとんど、7日後には全てが生分解される。人が自然に悪影響を与えず、豊かに、快適に暮らすためには生活の中で使う全ての物が対象になることから、歯ブラシや歯磨き粉、シャンプーやボディソープ、除菌クリーナー、漂白剤など多様な商品を国内外からセレクトした。
ファッションを中心とするオリジナルアイテムは、自然と調和するモードなプロダクトを作り込む。重視しているのは、①オーガニック/サステイナブル素材(環境負荷がより少ない素材、天然素材、エコ化学繊維を積極的に使う)、②ローカルメイド(地域に根づいた物作りを活性化させ、雇用や技術の伝承へとつなげる)、③リユース/アップサイクル(余剰素材を使って新たな商品を作り、ごみゼロを目指す。在庫商品はリメイクなどにより新たな付加価値を生んで再販につなげる)、④クラフトマンシップ(国内外の伝統的技術を取り入れた物作りで文化や人々の暮らしを未来へとつなげていく)。いずれかの視点を持ったプロダクトのみを生産する。セレクトアイテムは、ウェアはもとより、服飾雑貨や生活雑貨、コスメなど多様にあるが、カーサフラインのビジョンと親和性のあるものを厳選し、1点1点の背景を伝える。
ブランドが取り組んでいくことは、エシカルポリシーとして10項目をアイコン化(写真)した。「その商品はどのような取り組みによって生まれたのか、お客様がそれを購入することによってどのようなエシカルな取り組みに寄与できるのかが一目で判断することができる」よう、アイテムごとに該当するアイコンを商品下げ札にベジタブルオイルインクで記している。アイコンに示す取り組みが無い商品は扱わないという表明でもある。他にも、ウェア類に縫い付けるネームにはオーガニックコットンを使用。ハンガーは木製を採用することでプラスティックフリーを目指す。ショッパーは汎用性の高い布製にすることで包装ごみの削減を推奨している。
- カーサフラインのエシカルポリシー
- カーサフラインのエシカルポリシー
- カーサフラインのエシカルポリシー
- カーサフラインのエシカルポリシー
- カーサフラインのエシカルポリシー
- カーサフラインのエシカルポリシー
- カーサフラインのエシカルポリシー
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- カーサフラインのエシカルポリシー
- カーサフラインのエシカルポリシー
サステイナブルを体現する定番を育てる服作り
メインとするウェアは18年から展開し、現在、売上高の約9割を占める。一般にエシカル、サステイナブルな服というとシンプルなものが目立つが、カーサフラインの服は都会的なモードが表現されている。素直に「可愛い」「着たい」と思うデザインが、エシカルであること以前に女性の気持ちを引き付けているのだろう。デビューから5年間で定番化しているアイテムも多く、まさにサステイナブルな服作りを体現している。24年春夏コレクションのテーマは「Record de Voyage」。日常の合間に訪れた異国の旅の記録を意味し、心地良い散策のひとときを演出するカラーや素材が印象的だ。
「コットンティアードスカート」は、カーサフラインの顔と言えるアイテム。繊細な透け感と温もりのあるコットンを使い、幾重にもパーツを重ねたボリュームスカートで、足を踏み出すごとにパーツが揺れ、表情を変える。シーズンごとに限定カラーも展開し、24年春夏はイエローを投入した。立体的な袖が特徴の「オーガニックコットンTシャツ」は、20年春夏に発表してヒットしたアイテムの改良版。糸の原料や撚りから試行錯誤して作り上げた生地が特徴で、今季は顧客の声を反映し、着心地の良さや洗濯性を高めた。構築的なデザインは「大人のカットソー」として好評だ。
ニットは表現したいデザインやゲージに応じて機械編みと手編みを使い分ける。手編みでは、ふっくらとした風合いと透け感が魅力のクロシェ編みのカーディガンやドレスなどを揃える。生産できる工場や職人が減る中で「手編みの技術文化をつないでいきたい」と、毎シーズン、一定枚数の発注を続けることで安定供給している。
「フロントホックロングワンピース」はブランドデビュー時に岡山のデニムを使って発表し、現在も通年展開する人気モデル。現在はベージュのコットンギャバジンを採用し、しなやかな質感とカラーリングでフェミニンな印象に仕上げた。トップはアシンメトリーのストラップやコルセット風のディテールでエッジを効かせ、スカート部はプリーツの切り替えでボリュームとモードをバランス良く融合した。カーサフラインのエシカルポリシーでは、「ローカルメイド」「ジャパンファブリック」「ナチュラル100」を満たすアイテムだ。
今季からは鹿革を使った物作りも始めた。鹿は国内だけで年間約60万頭超が害獣駆除され、肉は食肉として消費されているが、皮革は焼却処分され、CO2排出の要因にもなっていることから、「環境への負荷の要因になるよりも、少しの量でも製品化して長く愛用してもらうことを選んだ」。鞣(なめ)しも薬品などを使わない方法を選択し、赤ちゃんが触れても安心安全な革に仕上げた。この鹿革で製作したのは「マルチケース」。廃ペットボトルからアップサイクルされた生地を使ったヒット品番の素材を鹿革に置き換えた。スマホケース、コインケース、キーケース、ベルトの4アイテムがあり、用途や好みに合わせて購入し、組み合わせて身につけられる。
「個」の発信から、「面」の発信へ
サステイナブルな物作りにこだわりながらも、デザインには都会的なモードが通う。早々に支持を増やしたのはおしゃれであることが大きな理由だろう。実際、カーサフラインの顧客はエシカルであるかどうかをチェックして買っている人だけでなく、デザインが気に入って買ったら環境に優しいことを知り、ファンになったという人も多い。エシカルと社会が素直につながるファクターとしてデザインがある。
「エシカルだから買うということでなくてもいいんです。買ったら、実はエシカルであることに気づいた。それでいいと思っています」と原田さんは話す。「エシカルな社会を実現するには様々なことをしなければなりません。しかし、経済が動かないと世の中は変わっていかないんですね。消費者の購買があるから、関わっている人たちに利益を分配でき、エシカルの取り組みも継続し、次のトライも可能になります。最終的には経済に紐付いていかないといけないからこそ、お客様は何にお金を払うのかがすごく大事。『購買行動は投票と同じ』と言われますが、選択・判断の力が社会に培われるきっかけを投げかけていきたい」。
エシカル発信のリアルな起点となるのが、18年に表参道に出店した旗艦店だ。内装は躯体を生かしつつ、白を基調にクリーンかつ優しいムードの空間を生んだ。壁面はコンクリートを白く塗装しているのではなく、職人が漆喰を塗って仕上げたもの。調湿性があり、何よりも店内に居心地の良さを生んでいる。
棚や台には木材、ラックには鉄と革など「できる限り土に還る素材を使った」。天井からはエシカルポリシーのロゴマークをプリントしたオーガニックコットンの幕を吊り、インテリアのように見せる。ウインドーには「地球に優しい、人に優しいモノづくり、生産背景にこだわり、エシカルな思考で常に考える。生産者への想いや、地球環境に配慮した、哲学のある商品。ひとつひとつの商品にメッセージがあり、温もりのあるオリジナルコレクション。ストーリーと共にメッセージを届けるべく、同じビジョンを持つストーリーのあるセレクトアイテム。CASA FLINEの商品を選択することが、未来へ繋がる一歩となりますように。」という、エシカルな世界を目指すカーサフラインのメッセージが英字で記されている。
「ウインドーのメッセージは、訪日外国人客が客数全体の約3割を占め、とりわけアメリカ西海岸からのお客様が多いため、西海岸に住んでいる翻訳家に依頼しました。今の西海岸で使われる言い回しにしています」と原田さんは話す。約7割を占める日本人客は、カーサフラインの感性が好きな人とエシカルの哲学・思想に共感する人がいて、年齢層は30代後半を中心に60代ほどまでと幅広い。
今年は店外での活動もスタートさせた。カーサフラインがセレクトで展開しているブランドと共にエシカルな生活に寄り添うプロダクトを紹介するイベント「CASA FLINE ETHICAL MARKET(カーサフライン エシカルマーケット)」を2月に開催した。
カーサフラインはもとより、ドライフラワーと観葉植物、インテリア雑貨のライフスタイルショップ「Foretment(フォートメント)」、廃タイヤを再利用したフットウェアブランド「indosole(インドソール)」、リサイクル素材のみを使ったオランダのライフスタイル雑貨ブランド「MADEoutof(メイドアウトオブ)」、国産ヒト脂肪由来幹細胞培養液配合化粧品と国産JONA認証オーガニックオイル化粧品ブランド「olukanMo(オルカンモ)」、ビーガンレザーのバッグブランド「Vestella(ヴェステッラ)」、サステイナブル素材によるアイウェアブランド「WAITINGFORTHESUN(ウェイティングフォーザサン)」、リサイクル素材によるアウターやスーツケースなどのイタリアブランド「ZOOMBags(ズームバッグズ)」の8ブランドが参加。バイヤーを対象としたイベントで、2日間で約200人が集った。
「小さなカフェで開催したのですが、来場者が多く、参加希望のブランドもたくさんあった」ことから、今年7月に2回目の開催を予定している。参加ブランドや来場者によるインスタグラムの投稿数が「想像を超えていた」ことにも、同イベントへの期待が窺える。「個々のブランドが普段からやっている『点』の発信を『面』の発信へと広げていく取り組み。会場に消費者を招いたとしても数百人ですが、点から面へと発信を拡大することで、結果的にさらに多くの消費者とブランドがつながっていく可能性が生まれる」としている。
やりたいこと、やるべきことはまだまだあるが、原田さんは表参道店の出店時に出会ったエシカルな暮らしを送るカナダのヨガインストラクターに言われたことを大事にしたいという。「その方はカーサフラインの取り組みを見て、こんな店が日本にできたことに驚いていました。でも、一番大事なことは、目についたことを全て実現することではないと言うんですね。まずは会社自体がサステイナブルでないといけない。会社が持続すれば、カーサフラインに関わる一人ひとりに気づきが生まれていく。それは全てを実現するよりも、あなたが思っている以上に意味があることだと」。日本でもエシカル、サステイナブルの概念が普及し、意識は高まってきている。エシカル、サステイナブルをコンセプトに掲げるブランドも増えてきた。「競合が増えたというよりは、もっと出てきてほしい。エシカル、サステイナブルが前提になって、自分がいいなと感じ、自分の価値基準で判断し、選べる社会になることが理想」と原田さんは話す。
写真/野﨑慧嗣、カーサフライン提供
取材・文/久保雅裕
関連リンク
久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。