メイド・イン・ジャーマニーを継続し、「D2C」を強化

ビルケンシュトック一族の靴作りの歴史は1774年、ヨハネス・ビルケンシュトックの名がドイツのヘッセン州ランゲン・ベルクハイム市の教会の公文書に残されているところまで遡ることができる。足を安定させるため木や金属を使った硬いインソールが主流だった19世紀末、初めて開発した柔軟性のあるインソール「フットベッド」が転機となった。その後も歴代の後継者たちが「自然な歩行」「足の健康」を追求して改善を重ね、1963年に現在もビルケンシュトックの代名詞であるコルクとラテックスによる柔軟で深みのあるフットベッドを用いたサンダル「Madrid(マドリッド)」を完成させた。73年に発売されたダブルストラップの「Arizona(アリゾナ)」は当時のヒッピーから火がつき一躍人気を集め、76年に爪先をベロアレザーで覆ったクロッグ「Boston(ボストン)」、83年に特徴的なTシェイプの鼻緒を配したトングサンダル「Gizeh(ギゼ)」など、世界の都市名を冠した現在も継続するシグネチャーモデルを生み出し、フットウエアのグローバルブランドへと成長を遂げた。

ヒッピーカルチャーと結びついてヒットし、グローバルに広まった「Arizona(アリゾナ)」
ビルケンシュトックの最初のモデル「Madrid(マドリッド)」
ダブルストラップとアンクルストラップで安定感も抜群の「Milano(ミラノ)」
エレガントなデザインの「Gizeh(ギゼ)」
シューズタイプの「Montana(モンタナ)」
クロッグタイプの「Naples(ネープルス)」

日本には83年に進出。輸入代理店が卸売りとフランチャイズ(FC)店舗を展開し、ファッション感度の高い客層を中心に市場を広げた。2016年にはビルケンシュトック・ジャパンを設立し、グローバル戦略に沿ったブランディングを開始。代理店をベネクシーに絞り込んでパートナーシップを強化し、日本市場のニーズに沿った品揃えを充実させ、自社ECも立ち上げた。大手セレクトショップとのコラボレーションや別注アイテムの展開によってファッション性を高め、日本におけるブランドイメージを再構築した。
22年末には、国内展開のギアをもう一段階上げた。卸売りは全て自社で管理し、直営店の運営もスタートさせることを発表。ほぼ全てのアイテムをドイツで生産し、23年2月から日本における流通と販売促進はビルケンシュトック・ジャパンが担う「D2C」体制を強化している。ベネクシーは24年9月までにFC店の運営を終了し、自社店舗のセレクトアイテムとしてビルケンシュトックを扱う。

地域のカルチャーと共生しながらブランドのDNAを発信

路面の直営店は、出店する地域のカルチャーとビルケンシュトックの特性を融合し、世界でも「ここだけ」のコンセプトを備えた「コンセプトショップ」として展開する。23年2月に1号店の「ビルケンシュトック原宿コンセプトストア」、24年3月に2店舗目となる「ビルケンシュトック新宿コンセプトストア」を出店した。
原宿店は、原宿のアーバンなムードを前面に打ち出す。緩やかに湾曲した「シューズウォール」と呼ぶ壁面は象徴的だ。ビルケンシュトックのフットベッドの柔らかなフォルムからイメージを膨らませたもので、亜鉛メッキの鋼板で曲面を表現し、オークやパイン、ケヤキなど材質の異なる木材で1足ごとの棚を設え、コレクションを陳列する。店奥には210cmの巨大なフットベッド、レジ横にはフットベッドの素材であるコルク製の壁を据え、ブランドのDNAを伝える。原宿という街の空気感とビルケンシュトックのプロダクトの背景にあるストーリーが融合した空間となっている。
一方、新宿店は外観も内装も全く異なる。新宿は混沌とした繁華街もあれば、昔からの神社もあり、ファッションの先端を発信する伊勢丹があり、落語の寄席もあったりと、多様なカルチャーが入り混じった街。様々な要素が混在している新宿という街とビルケンシュトックの今に続く伝統などを共存させることがコンセプトとなっているという。

ビルケンシュトック新宿コンセプトストア
ビルケンシュトック原宿コンセプトストア

新宿店の売り場面積は約100㎡で原宿店より広く、空間を構成する素材の質感が心地良い。デザインはダイケイミルズが手掛けた。ファサードは元の構造を生かしつつ質感のある素材を用いて、「BIRKENSTOCK」の白いネオンサインと共にストリート感を醸し出す。エントランスを入ると、苔むす岩と植物、コルクの木の自然のオブジェが出迎えてくれる。店内は躯体を生かしながら、伝統技法による新たな造作も取り入れ、調和を生んだ。
左側の壁面は職人が書き記した文字やペンキの跡が残る躯体を剥き出しにしたインダストリアルな造り。コンクリート壁に2本1組の鉄筋を打ち込んで等間隔に配列し、シーズンコレクションや定番のアイテムを1足ごとにディスプレイして見せる。壁面には「FUNCTION」「TRADITION」「QUALITY」の文字をネオンサインで表し、機能性、伝統、品質というビルケンシュトックが重視している3つの価値を伝えている。

壁面のモニターではビルケンシュトックの物作りを伝える
「FUNCTION」「TRADITION」「QUALITY」のネオンサイン

3つの価値のうち、ビルケンシュトックが特にこだわってきたのは機能性だ。その象徴であるフットベッドは解剖学に基づいて設計され、複雑な凹凸が施されている。歩行時に足をしっかりと支えることで圧力を分散すると同時に、足の筋肉を刺激し、足の健康を促す。軽い天然コルク、厳選されたジュート、高品質の天然ラテックス、柔らかなスエードのライニングといった持続可能な原材料から採取される天然素材のみを使用することで、砂の上に立っているかのような自然な履き心地を実現している。健康な足で砂浜を歩くと砂は土踏まず部分が盛り上がり、爪先部分は指でつかんだ形が残る。足の健康を確認できることから、ビルケンシュトックでは自然な歩行と砂の関係を重視してきた。その靴作りに対する考え方が、新宿店の床には表現されている。フロアを巡る通路はコンクリートの躯体、その周りには砂をイメージした床材を施した。
店奥と右側の壁面は、日本で古くから土壁の下地として使われてきた格子状の竹小舞で覆い、新宿らしい「BIRKENSTOCK」のネオンサインと共存させた。エントランスを入って右手にはコルクオーク材で壁を立て、ブランドのDNAを感じさせつつ新作を紹介する。売り場内にはフットベッドを模したソファや木製什器が点在し、その曲線がインダストリアルな空間と和や伝統、自然を表現した空間を緩やかに一体化している。

竹を編んだ壁に新宿らしい「BIRKENSTOCK」のネオンサイン
砂をイメージしたフロアは自然な歩行を想起させる
ブランドを象徴するコルクオークによる壁
フットベッドの形をしたソファ

最新コレクションと定番

この空間で展開されるのは、最新のシーズンコレクションや定番アイテム、オープンに合わせて発売したニューモデル「Shinjuku(シンジュク)」。ハイエンドラインの「1774」も新作発表のタイミングで随時投入していく。
シンジュクは、都会的でスポーティーなルックスが特徴。素材のミクスチャーも面白い。フットベッドは、通常のコルクの上にマイクロファイバーのライニングを重ねることで耐久性とファッション性を高めた。インジェクション製法でPUアウトソールとの一体感を強め、ストリートでの使用に適したタフさを加えた。アウトソールには排水を促すパターン設計が施されている。アッパーは上質なヌバックレザーとウェビングを組み合わせ、メタル製のGフックバックルをアクセントに。サイドにはデボス加工でロゴをあしらい、ストリート感を表現した。オープニングではブラック、コルクブラウン、アンティークホワイトの3色を提案し、新色としてパイングリーンとユーカリプタスも追加される。新宿店の顔として、好調な売れ行きを続けている。

ストリートでタフに履ける新モデル「Shinjuku(シンジュク)」

24年春夏コレクションでは、誕生から60年目の「Zurich(チューリッヒ)」に焦点を当て、新たなモデル「Zurich Tech(チューリッヒ テック)」をプッシュする。ダブルストラップのクラシカルなデザインと安定した履き心地がユニセックスで人気のチューリッヒだが、今回はアーバンな印象が強い。大きく変わったのはバックル。従来のピンバックルから、ウィンタースポーツに想を得た黒のテックバックルに変更し、スポーティーなムードをまとわせ、よりフィット性を高めた。スエードのアッパーとEVA製のアウトソールによって耐久性を確保しつつ、軽量化も実現している。ブルー、ホワイト、ブラックの3色を展開し、アッパーとアウトソールのカラー合わせがおしゃれだ。

スポーティーなデザインの「Zurich Tech(チューリッヒ テック)」
今年で誕生60年を迎えた「Zurich(チューリッヒ)」

サンダルの定番では前述の「マドリッド」や「アリゾナ」、「ギゼ」などと共に、「Kyoto(キョウト)」や「Oita(オオイタ)」、「Uji(ウジ)」といった日本の地名を付けたモデルなども揃う。クロッグでは「ボストン」がここ数年、ビルケンシュトックの一番人気アイテムだ。ベロアレザーのアッパーはストラップでフィット感を調整でき、裸足にも靴下の上からも履け、季節を問わずコーディネートできる点が受けている。30代以上のファンが多いモデルだが、トープカラーのボストンは20代にもファンが増え、入荷するや売り切れる人気ぶりだという。靴下とサンダルのコンビネーションが一般化してきたことや、古着ファッションとの馴染みやすさも、人気の理由のようだ。一方、シューズは「秋冬にもビルケンシュトックを履きたい」というニーズの増加から、型数を増やしている。スニーカーの「Bend Low(ベンド ロー)」は、ベーシックでコーディネートしやすいデザインと履き心地が好評だ。

  • 34年ぶりに日本の地名を冠したモデル「Kyoto(キョウト)」
  • 人気のクロッグ「Boston(ボストン)」
  • ベーシックなスニーカー「Bend Low(ベンド ロー)」

新宿店はオープンして1カ月の時点で、「日本人客も訪日外国人客も多く訪れ、年齢層は20~60代と幅広く、家族連れも多く、とても好調な滑り出しを見せている。春から夏へ向かってはサンダル需要が増えるため、新作を毎月投入し、さらに売り場の魅力を高めていく。4月下旬から展開を開始したのは「Reykjavik(レイキャビック)」。甲を覆うスエードレザーのナチュラルなアッパーと、爪先から踵(かかと)までガッシリと包むポリウレタン製のアウトソールが一体化し、カジュアルシューズのような造りで、洋服とのコーディネートをスポーティーにまとめる。

「Reykjavik(レイキャビック)」

ビルケンシュトックは近年、グローバルで2ケタ成長を続けている。日本市場でも、コロナ禍を含むここ数年はグローバルと並ぶ成長率となっている。直営店は新たに名古屋のコンセプトストアがオープンし、9店舗目となる。地域によってどんな店舗空間を表現し、ビルケンシュトックのDNAを伝えていくのか注目したい。

写真/遠藤純、ビルケンシュトック・ジャパン提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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