日常と非日常がシームレスにつながる場
今年4月に開業した「東急プラザ原宿『ハラカド』」の脇、明治通りとのバイパスになっている静かな裏路地を歩いて行くと、ピンクに覆われたファサードが姿を現す。「アンリアレイジ オム」のアイコンカラーをまとった外装は鮮烈だ。店舗デザインは針谷將史建築設計事務所の針谷將史が手掛け、デザイナー森永邦彦のアイデアや思いを受け止め空間化した。コンセプトは「日常と非日常の共存」。針谷は以前から森永と親交があり、アンリアレイジの道程を見てきたこともあるのだろう、ブランドの根っこにあるものが手仕事で形になったような空間だ。
ピンクをアイコンカラーとしたのは、地球上に存在しない色だからだという。色が本来持っている波長がピンクには無く、赤と紫を見たときに人の頭の中で変換されて見えているのがピンクなのだ。見えてはいるけれど存在していない。その色は、過去には存在していたけれど、時を経た今は記憶として見えている原風景と重なる。アンリアレイジが過去に前例の無いことに挑戦し続けているのに対して、アンリアレイジ オムはビンテージや森永自身のアーカイブなど過去と向き合い、時代性やカルチャーを自在にミックスすることで今の服を生み出している。その服作りを象徴する色としてピンクを据えた。
ピンクはファサード中央のエントランス階段から店奥付近までカーペットのように続き、両側にピンクの壁を建てて生み出した通路にショーピースをまとったマネキンが並ぶ。正面と奥には扉が設置され、これらを開けると「非日常の店舗空間と日常の原宿の街をつなぐランウェイ」が出現する。anrealageANREALAGEに込められたa realA REAL(日常)、un realUN REAL(非日常)、ageAGE(時代)がシームレスに交わる場とも言えるだろう。
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店舗面積は約43㎡。ランウェイを中心として、壁を隔てた左側はコレクションを陳列する売り場、右側はレジスペースで構成されている。売り場とレジスペースは、使い古された家具や廃材などの木材や樹脂をコラージュし、様々な色と質感が融合された空間になっている。アンリアレイジがデビュー時から特徴とする手仕事によるパッチワークが体現され、まさにブランドの原風景のような空間だ。様々な形にくり抜かれた色とりどりのアクリル樹脂は、アンリアレイジのオリジナル服ボタンや雑貨アクセサリーのパーツ、ハンガーを生産した後に残った板。床は木材を中心としたパネルを重ね、凹凸を残して成形され、壁は扉や額縁などが打ち付けられ、トロンプルイユの作品の中に迷い込んだよう。ハンガーラックも「おやっ」と思わせる。逆さにしたハンガーを連ね、下になったフックにハンガーを吊り下げる構造。向きの逆転により新たな使用価値を生んだ。
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「過去」と向き合い、「今」という時代の服へ
アンリアレイジ オムは24-25年秋冬シーズンにデビューし、8月にはすでに25年春夏コレクションを発表している。特にシーズンコンセプトを設定するのではなく、アンリアレイジの原点である00年代の裏原のストリートカルチャーシーン、その熱量を今の服を通じて伝えたいという思いから、「過去」をベースにしながら新たなデザイン、スタイリングへと昇華させている。アンリアレイジとは対照的なアプローチだ。ブランドロゴもアンリアレイジが大文字の「A」と「Z」の鋭角的なイメージであるのに対して、オムは小文字の「a」と「z」で柔らかさを覗かせる。また、00年代からアンリアレイジのウィメンズ服をメンズ仕様にアレンジして着用し、アンリアレイジ躍進のきっかけとなったスタイリストTEPPEIとの共同作業で製作しているのも、オムの特徴的な取り組みと言える。TEPPEIは18年からアンリアレイジのショーのスタイリングも手掛けているが、オムでは服作りにもその感性を注ぐ。
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ファーストコレクションで強い印象を残したのは、ピンクの濃淡がビビッドな数千個のボタンを付け詰めたジャケットとハーフパンツ。「非日常を日常に変えたい」という「祈り」をテーマにした07年春夏コレクションのジャケットとスカートをベースに、ボタンをアイコンカラーに変更し、派手さや奇抜さよりも洗練さが立ってくるデザインだ。ボックスシルエットのスクールジャケットも上品な趣き。黒地にビビッドなピンクなどのハンドステッチが印象的で、コーディネートが楽しみになりそうな一着だ。原宿店ではこれらショーピースの魅力を「ランウェイ」で触れて確認できる。素材や色使いも柔らかな印象で、メンズでありながらジェンダーを超えて楽しめそうなラインナップだ。
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それゆえか、アンリアレイジのショーを見た客は「すごい」という反応が多いが、オムに対しては「着たい」という反応が強かったという。原宿店でもオープン後は比較的プレーンなアイテムの初速が速いようだ。「HIGH NECK SHIRT(ハイネックシャツ)」は、強撚キュプラと綿の交織高密度ブロード素材によるシンプルなシャツだが、ネック裏と袖口のボタン、背面のピンクのタグが装飾的なアクセントとなっている。色展開も充実し、1枚でも、コーディネートの差し色としても活躍するアイテムだ。「MINIATURE POCKET KNIT(ミニチュアポケットニット)」は、上質なラムウール紡毛糸を使い、ホールガーメント機でシームレスに編み上げたプルオーバー。求心編みの編地を無縫製で編んだミニサイズのプルオーバーをパッチポケットに見立てた。ミニチュアを500%に拡大した本体のプルオーバーは横広がりの短丈のバランスが絶妙で、ゆったりと着こなせる。
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アンリアレイジの07年秋冬コレクションで発表した「HARUKAHARU KNIT CARDIGAN(ハルカハル パッチワークニットカーディガン)」を、今のデザインと技術で再構築したシリーズも好評だ。後身頃に異素材の編地を複雑にパッチワークしたVネックカーディガンで、フロントには花を閉じ込めた樹脂をボタンとして使っている。樹脂ボタンは「時間を閉じ込める」「原風景を持ち歩く」の意味があり、アンリアレイジのアイコンでもある。「KNIT PATCHWORK JACQUARD PULLOVER(ニットパッチワーク ジャカードプルオーバー)」は、パッチワーク柄に編み立てた生地をリンキングしたプルオーバー。ラムの柔軟性と光沢感、成羊メリノの弾力性を兼ね備えた毛糸を使い、風合い豊かな1着に仕上げた。樹脂ボタンを施したアイテムには、通常はコートなどに用いられるトグルをシャツに落とし込んだ「FLOWER TOGGLE SHIRT(フラワートグルシャツ」)もあり、上質かつサステイナブルなウールの味わいを堪能できる。
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24-25年秋冬物では、パタンナー榎本紀子のバッグブランド「nori enomoto(ノリ エノモト)」とコラボしたシリーズも展開。ノリ エノモトのファンタジックな波型のモチーフをフロントや袖にスナップボタン仕様で配したスタジアムジャンパーとデニムブルゾンは、短めの着丈とボリュームのある袖のバランスで独特のシルエットを生んだ。ファーストコレクションのランウェイでモデルが着用したヘッドピースは店奥のスペースで展示し、ショーの映像とともに紹介している
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オムが拓く新たなアンリアレイジの地平
原宿店は開店以降、20代半ばから30代後半を中心とするアンリアレイジの顧客層よりも少し若い世代から50代まで幅広く来店する。「裏路地なので通勤で店前を通る服好きな人が多く、まずピンクの店舗を見かけて驚いて、『あっ、アンリアレイジがあるじゃん』という感じで入店されます」とスタッフ。アンリアレイジの渋谷パルコ店と回遊する顧客も現れている。ノリ エノモトとのコラボにより女性客の来店もあり、オムのジェンダーニュートラルな広がりの芽も感じられる。
取材時はまだ24-25年秋冬物のサードデリバリー前。「後半になるほど手仕事で作り込んだインパクトの強いアイテムが入ってくるので、よりアンリアレイジ オムの世界観が出てくる」というから楽しみだ。今後のコレクションは、アンリアレイジはパリ、アンリアレイジ オムは原点である東京を起点に、それぞれに異なる手法・表現で発信していく。原風景からブランドのどんな新たな地平が拓かれていくのか、挑戦に注目したい。
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写真/野﨑慧司、アンリアレイジ提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。