藤井文彦(ふじい・ふみひこ) ファン 代表・デザイナー
1976年生まれ。法政大学大学院建築学科修士課程修了。インフィクス、ワイス・ワイス勤務を経て、2010年に株式会社ファンを設立。11年からバンタンデザイン研究所インテリアデザイン科兼任講師。

飲食店から物販店、ホテル、病院まで多様な空間作り

「業種に捉われず店舗デザインを手掛けているのが当社の特徴」とファンの代表でデザイナーの藤井文彦さんはいう。店舗をデザイン・設計する事務所は何かの業種に特化、ないしは主軸としているケースが多いからだ。例えば美容院のデザインからスタートすれば、美容院の実績ができ、その業種ならではの設計もあるため、経験やテクニックを生かした事業展開になっていく。一方、ファンは2010年にカフェやレストランなど飲食店のデザインに始まり、その後は様々なカテゴリーの店舗デザインに対応し、ポートフォリオを充実させてきた。「業種ごとに押さえなければいけないことはありますが、そこを軸にしていないんですね。だから、その業種の店舗デザインに慣れた事務所とは異なる視点での空間作りになる。クライアントが多様化した理由かもしれません」。
現在は星野リゾートが開発するホテルを軸に、飲食店や物販店、病院、ジムなどの店舗作り、マンションのリノベーションを中心とする住宅のデザイン・設計なども担っている。重視しているのは、「店舗であればそれがどう人々に認知され、そこに来たお客様がどんな時間を過ごせば、ブランド力が高まっていくのか。ブランディングの発想です」という。

ファンの代表作で、多様な業種から依頼を受けるきっかけとなったのが、星野リゾートが2016年に開業した奥入瀬渓流ホテルにある宿泊客専用ビュッフェレストラン「青森りんごキッチン」だ。ホテルは奥入瀬渓流の国立公園内にあり、大自然の中のホテルライフを体験できる数少ない施設だ。東京をはじめ県外からの宿泊客が大半を占めることから、青森に来なければ体験できない空間作りを目指した。りんごの生産量が日本一という最大の特徴はもとより、地域の伝統工芸を随所に取り入れ、エントランスからビュッフェ、客席まで、それぞれに発見と驚きのある空間となっている。
宿泊客を迎えるのは、りんごを象(かたど)った270個ものガラスのオブジェが注ぐエントランス。「津軽びいどろ」の職人と共に製作したもので、手作りなのでよく見ると形や大きさが微妙に異なり、温もりを感じさせる。ここからビュッフェへと導く約20mのアプローチには、約1800個のりんごやシードルを貯蔵する「りんごセラー」が展開する。照明を抑えた空間はセラーの明かりで洞窟のように浮かび上がり、りんごを眺めながら歩を進めるとブナの木を多用したビュッフェゾーン、客席が拓けていく。

奥入瀬渓流ホテル「青森りんごキッチン」のエントランスと約1800個のリンゴを貯蔵する「りんごセラー」

青森県はブナの蓄積量も日本一で、有効活用するため「ブナコ」と呼ばれる木工品を生産してきた。薄いテープ状にスライスしたブナを螺旋状に巻いて立体へと成型していく。このブナコの技術を使い、りんごを半分にカットしたような形状の照明を設えた。ブナコではかつてなかった大きさで、宿泊客が料理を取るテーブルごとに配置され、ビュッフェエリアを明るく照らす。シェフが料理を提供するオープンキッチンや客席側に配置した木製のビュッフェ台は、側面を波打つように造形し、奥入瀬渓流の川の流れを表現した。
ビュッフェエリアと客席エリアの境には、光や視線を遮らないようにブナの木を組み合わせた間仕切りを造作し、双方の空間を分けつつも融合させた。この間仕切り造作と照明を連動させることで朝と夜では光と影が反転し、客席のムードが一変する。「1日の中で2回、同じビュッフェで食事することを面白く感じていただく仕掛け」と藤井さん。客席エリアにはりんごの木に見立てた柱がどっしりと立ち、上部には津軽びいどろのりんごのペンダントライトを衛星のようにレイアウトして、シンボリックな空間を生んだ。壁面には青森の四季をテーマに制作した「南部裂織(なんぶさきおり)」のアート作品が並ぶ。

りんごの木に見立てた柱と津軽びいどろのペンダントライトがシンボリックな客席エリア
ブナコによる照明が照らすビュッフェエリア。ビュッフェ台のカーブで奥入瀬渓流の川の流れを表現
客席(夜)
朝の客席。夜とはムードが一変。写真は朝
壁面には青森の四季を表現した「南部裂織」のアート作品

19年に同ホテル内にオープンしたフレンチレストラン「Sonore(ソノール)」もファンによるデザイン。「ここでしか味わえないドラマチックかつ唯一無二の体験を生み出す」ため、自然環境を存分に生かした。受付から伸びるエントランスアプローチは出口が見えない造りで、辿り着くのは何と森の中。奥入瀬渓流に面した屋外のテラスで自然と共にアペリティフを楽しみ、室内のレストランで青森の山海の幸を使ったフルコースの続きと希少なワインを味わう。客が移動しながら自然とレストランを体験するスタイルだ。室内も岩や木をテーマに空間を構成し、客席には森の木々を素材としたシャンデリアやパーテーションなど、店奥の壁面には八甲田山の噴火で形成された岸壁を擬したオブジェを設え、「奥入瀬の大自然と語り合う」というコンセプトを体現した。

フルコースの続きは室内のレストランで(ソノール)
アペリティフを楽しむ屋外の「ソノール」のテラス

「対話」を通してブランドの本質を空間に変換する

ブランディングの観点で顧客体験価値を高めていくファンの空間デザインは、様々な分野で世界観やホスピタリティーの発信が重視される時代の方向性と合っていたのだろう。ホテルのレストランを手掛けたことで客室へ、さらにホテルそのものもデザインするようになり、「ホテルのような考え方でデザインしてほしいという病院も増えた」。クライアントの広がりの中でファッションブランドの店舗デザインも手掛けるようになった。
「アパレル店舗をデザインした経験はあって、VMDなど業界ならではの空間の組み方も知っているけれど、最も重視しているのはブランドの背景を理解し、どう世界観として表現していくか。表面的な色や形ではなく、ディレクターと対話しながらブランドの本質を空間化していく」と藤井さん。ここ数年ではアダストリアの「JEANASiS(ジーナシス)」、グループ会社のエレメントルールが運営する「Curensology(カレンソロジー)」と「BRILL(ブリル)」の仕事がある。ブリルは初の直営店となるニュウマン新宿店(23年11月9日開店)、カレンソロジーは路面店として移転リニューアルした青山店(23年12月8日開店)の空間デザインを手掛けた。

カレンソロジー青山店
ジーナシス ルミネ有楽町
ブリル ニュウマン新宿店

ブリルは「輝く、光る」を意味するBRILLERを語源とし、「何気なく過ごす毎日がキラキラと輝く時間であってほしい」という思いから生まれたウィメンズブランド。30~50代の女性をターゲットに、ニットウェアを中心とする細部までこだわった上質なアイテムを提案する。初出店したニュウマン新宿店は78㎡のコンパクトな売り場だが、「シンプルな空間の中で、いかに個性を出すか。女性の日常がキラキラと輝くというコンセプトや、ニットなど服作りへのこだわりを伝えるため、ショップというよりは『現代アートのミュージアムを作る』という考え方で空間表現に取り組んだ」。
エントランスの大きな赤いガラスは、まず通行客が目を留めるオブジェだろう。薄く彩色されているので店内が透けて見え、閉塞感は感じさせない。だが、このガラス、一見するとシャープでクリーンなのだが、近づくとかすかな斑(むら)が見えてくる。本漆を塗り込み、磨くことで得られた模様だ。フィルムを貼れば似たような造作はできてしまうところを、「お客様の心をグッとつかむ何かがこの店になければいけない」と、漆職人の手仕事で仕上げた。このガラスを通して視野に入る店内の照明がまたユニークだ。クネクネとした形状で、何だろうかと思わず想像を巡らせてしまう。これはブリルの特徴であるニットを編んでいくイメージを表現したもの。整然とした空間に有機的な動きを生み、エントランスの漆ガラスと共にアイキャッチとしての役割も担っている。

近くで見るとモヤモヤとした模様が
エントランスの漆ガラスが印象的なブリル ニュウマン新宿店
ニットを編むイメージを表現した照明

ハンガーの下に配した靴やバッグなどの小物を陳列するステンレスのステージも、有機的な動きの仕掛け。うねりのある鏡面に仕上げることで、照明を受けると反射した場所に不思議な模様を描く。壁はアパレル店舗では一般に白が使われる。ブリルでも同様だが、これも近づいて見ると静かにキラキラと光っている。ラメを入れた壁材を左官職人がコテで塗り込み、仕上げたものだ。床も塗り床を採用し、手仕事を取り入れている。
「輝くとか、ニットの柔らかさとか、ブリルの根幹にある要素を漆や左官などの手仕事を使い、ディテールまで体現しました。ただし、あくまで『さりげなく』。そこが見え方へのこだわりであり、ディレクターと対話しながらブランドの個性を空間に変換していった結果なんですね」と藤井さん。「ディレクターによって考え方や思い、やりたいことが違うので、コミュニケーションを大事にすることで空間表現も自然と違ったものになっていく」という。実際、同時期に手掛けたカレンソロジーの店舗は全く異なる空間を創出している。

光の反射で有機的な動きを生むステンレスのステージ

カレンソロジーは「旅」から得たインスピレーションを落とし込んだ、知的でエレガントな女性のためのワードローブを提案するブランド。18年のデビュー以来、洗練された上質なアイテムをオリジナルとセレクトで構成し、幅広い年代の大人女性の支持を集めている。昨年12月に移転リニューアルした青山店は路面店で、ブランドの世界観を表現するにはうってつけの立地だろう。奥に裏庭があり、建物脇には通路があったりと構造も面白い。
ただ、天井高が2m弱と低いため、店内に入ったときにできるだけ高さを感じられるデザイン・設計に取り組んだ。「様々な文化が交わるモロッコや地中海沿岸の街のような雰囲気を表現したいという要望だったので、単にスケルトンにするデザインは違うなと思ったんです。スケルトンにした状態から木を組んで、天井高を極力落とさない設計を試行錯誤した」。
店内は無垢の木や地中海の風土を感じさせる床や壁が心地良く、「全てに手仕事が通った仕様で、ディレクターが目指す世界観を作り込んだ」。エントランスの大きな木製の引き戸は、不揃いな四角の枡目が連なった模様を形作り、それぞれの四角の4辺はわずかに斜めに削れたチョコレートのような形状。建築では「テーパー」と呼ばれるこの面取りを当初は機械で行ったが、精密できれいになり過ぎたため、その上から職人がカッターで削り味わいを生んだ。什器はブランドが様々な国で買い付けたビンテージ家具やインテリアを使いながら、ハンガーラックなどは空間に馴染むものをオリジナルで製作した。カレンソロジーの店舗には必ず置くという、スイスの建築家ピエール・ジャンヌレがデザインした椅子も健在だ。

天井高の低さを感じさせない広々とした店内。無垢の木や地中海の風土を感じさせる床や壁が心地良い
味わいにこだわったエントランスの引き戸

今回の移転リニューアルの大きな目玉は、ブランド初のカフェを併設したことだろう。カレンソロジーのコンセプトカラーであるブルーを基調にした「CSG BLUE CAFE AOYAMA(シーエスジー ブルーカフェ 青山)」だ。売り場とはっきりと色分けされているのだが、シームレスな印象を受けるのは店舗前のエントランスアプローチに立つサインや店内の要所にブルーを配しているからか、ブランドのDNAにブルーが組み込まれているからか。「ブルーを大胆に使っているのですが、床や壁、カウンターなどの素材は様々で、同じブルーでも濃淡があったりと、繊細に使い分けています。異なるブルーを同居させ、カレンソロジーのブルーの世界を生んでいる」と、1色の中の多様性で居心地の良い空間を創出した。

素材や濃淡の違いで多様なブルーを融合させた
ブルーの世界観を表現した「シーエスジー ブルーカフェ 青山」
オリジナルのスイーツやドリンクを楽しめる

ブランドを知ってもらう場としての実店舗

他のカテゴリーのデザインと並行して、最近はファッションブランドからの依頼が増えているという。「最初は飲食店で食事をする時間をどう過ごすかをデザインし、それがホテルに滞在している時間をどう過ごすかになりました。今は病院に入院・通院している時間をどう心地良くするか、もテーマになっています。アパレルに関しても同様で、そのブランドの店舗で買い物をして過ごす時間をどう作っていくか」と藤井さんは話す。ブランドの世界観を体験する主体である客=人が、店舗空間でどんな時間を過ごせば豊かさを実感するのか。物を買うだけであればオンラインで完結できる時代だけに、ファンは実店舗をブランドの魅力を知ってもらうための場と位置づけ、そこで過ごす時間をデザインしている。

日の入り方やレイアウトなど様々なことを入念に計算して、体現すべき世界観が細部に至るまでできていくんですね。今の時代、作りたい店舗の画像もすぐに検索できて、極端な話、それをコピーすれば同じような店舗はできてしまいます。でも、そのブランドにとって本当に良い店にはならないと思うんです。お客様も目が肥えているので、分かってしまう。僕らが提供しているのは空間というブランドの一部だけれども、ブランドの背景を捉え、その本質を空間全体へと変換しています。表面的な色や形ではない、ブランディングの視点に立った空間作りを続けていきたい」としている。

写真/遠藤純、ファン提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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