――これ、私物で恐縮ですが、3ウェイのヘルメットバッグ、愛用しています。淡い色のサテン地なのでだいぶ汚れてしまいましたが。

山根敏史「ありがとうございます(笑)」

久保雅裕「ずっと気になってたんですが、鞄って洗濯していいものなんですか?」

山根「や、僕は結構洗濯しちゃいますけどね」

――このモデルは定番シリーズで、毎シーズン素材違いやカラバリが出るので、どれにしようかなって迷っているうちにソールドアウトしちゃうんですよね。

山根「ですよね、すみません(笑)」

――いや、こちらこそいきなり脱線しちゃってすみません(笑)。で、無理やり本筋に引き戻しますが、山根さんのこれまでのキャリアって、波乱に満ちているというか……

山根「本当、波乱万丈です。自分でもそう思いますもん」

――収録を聴いていて、人生の転機がたくさんあったと思うんですけど、迷ったり挫折したりという局面はありましたか?

山根「めちゃくちゃありましたよ。20代はほとんど挫折しかしてないです(笑)」

――いま現在の山根さんは、20代の頃に思い描いてたポジションに立っていると思いますか?

山根「いや、挫折しかしていなくて。クロックス・ジャパンを始める前、メンズ・ビギで働いていたころ、実は結構借金があったんですよ」

久保「それは洋服に使っちゃっていたって事ですか?」

山根「そう全部洋服です。自分が洋服を作る人になりたいから、自分がやっぱりいちばんお洒落じゃないと……っていう。ジョン・ガリア―ノとかめちゃくちゃ買ってました」

久保「尖ったのを着てたんですね」

山根「そういうモードな服も買ってたし、ビギではスーツとかもやっていたのでクラシコ系のセットアップを買ったりとか。古着とアウトドアの洋服は結構持っていたんですけど、やっぱりモードな洋服が欲しくて。お給料入ったら消費者金融が入っているテナントビルの上から全部順番にキャッシングして(笑)。その繰り返しでしたね」

――モード方面の服が好みにあっていた?

山根「最終的に自分で独立したかったので、モノを作る人になるのを前提として、いろんな洋服を着て勉強しようと思っていたんです。でも、金に糸目を付けずに服を買っていたので、自己破産しそうなほど借金が膨らんでしまって(笑)。その後、クロックスの日本法人の立ち上げにマネジメントとして参画することになりまして。クロックスが上場するときにストックオプションがあったんですよ。当時のクロックスって人気のフットウェアだったので、すごい高値がついたんです。その時にぽんと株を売って一気に借金を返したんです。今度はさっきの消費者金融ビルの上から順番に現金で返していって、下に着いたとき泣きました(笑)」

久保「すごいエピソードだ(笑)」

山根「でもその時に借金をして服を買っていたから今があるし、いまのアウトドアブームというか、アウトドア界隈の人たちって、わりとそのカテゴリーの外に目を向けない。自分はいまでもいろんなものを買うんですけど、そういう事をやっていて良かったなって」

――いわゆる身銭を切って買った服だからこそ身につくということなんでしょうね。TOKYO BASEの谷さんも同じようなお話されていました。「服が欲しいから働くんだ」って。

山根「そうなんですよね。毎週土日は洋服屋さんをまわる、みたいな感じでしたね。メンズビギのディレクターだった斎藤久夫さんは、“着るのはタダだからなんでも着てこい”って教えの人だったので、斎藤さんに認められたいからめちゃくちゃ頑張ってました」

――F/CE.ってアウトドア・ブランドの文脈で語られがちですが、個人的にはそこまでアウトドアのイメージでは受け止めていなかったんです。でも山根さんのお話を聞いてすごく腑に落ちました。アウトドアのエッセンスをシティユースに落とし込むというアプローチなのかなと。

山根「どちらかと言うと僕はアウトドアのアクティビティが好きじゃないんですよ」

久保「やらないんですか?」

山根「ガチなのはやらないです。山登りは苦手だし(笑)。でもキャンプだけは好きです」

久保「キャンプってアウトドアの1カテゴリーじゃないんですか?」

山根「や、もちろんそうなんですけど(笑)。自分の中ではキャンプってすごい原始的な行為なんです。コンセントもないようなところに道具を持ち込んで、テントを張って……ってやっていると、映画の1シーンみたいだなって。自分が主役になれる。よくソロキャンやってて、ウィスキー飲んで焚火して、携帯の電源も切って、本が好きだったのでいっぱい持ち込んで、“カッコいいなあ”って(笑)」

――僕も仕事仲間にぼっちキャンパーがいるんです。キャンプ場までは仲間と一緒に行くけど、みんなそれぞれにテントを張って、ご飯も別々に作ったりするそうです。

山根「それ、わかります。僕、料理は好きなんですけど、キャンプでおしゃれな料理を作るのが苦手なんです。大体カップラーメンです。バーナーでお湯を沸かして。でも家族が増えてキャンプでカップラーメンだとさすがにブーブー言われるので(笑)。最近ロッジのフライパンを買ったりして。で、あれは鉄のフライパンなのでオイルを塗って手入れをしなきゃいけないんですよ。たぶんそういうめんどうな儀式が好きなんでしょうね。革靴を磨くのといっしょ」

――いまはいろいろなキャンプ道具を使ってる人がいますもんね。ストウブ使ってる人もいたり。

山根「いまはノルディスクの店舗運営も手掛けているので、欲しいと思うものを店で仕入れられるんです。自分の好きなものを全部会社で揃えられるので」

――さきほどショップで見かけたんですが、ヘリノックスともコラボレーションをしているんですね。マウンテンスミスもありましたし。

山根「コラボは去年くらいからやるようになりました。今まではあまりやらないでおこうと思っていたんです。僕が目指してる会社の理想像って、ちょっとずつ階段を上って売上を伸ばしていくイメージなので。コラボをやると一時的に火が付いて、次はあれをやろう、次はこれをやろうと、次のネタ探しに縛られることが嫌だったんです。ただ、アシックスさんのグローバル・プロジェクトでフットウェアを作らせてもらったりというのをきっかけに、いま自分たちが欲しいものを作っていくっていうマインドになりましたね。ウォータープルーフのライダースとかね」

――ライダースジャケットですか?意外なところ行きますね。

山根「僕、ワンスターと呼ばれているショットの618というモデルが好きなんですけど、完全防水のライダースがあったらいいなと。日本の革屋さんで防水加工してもらって、プリマロフトのキルティングライナーを入れました」

――仕事に向きあう動機というか、好きなものを追い求めるために稼ぐんだというマインドが伝わってきました。山根さんはtoeのベーシストとしても知られていますが、F/CE.の活動とアーティストとしてのそれは全く別のものとして捉えていますか?

山根「いいえ、全然。自分のスケジュール管理するのがすごく苦手で(笑)。いただいた話をなんでもOKして入れちゃうと、F/CE.の制作スケジュールとレコーディング時期が被っちゃったり。そうすると寝ないでやりますね」

――アーティストとしての活動をファッションに還元して、あるいはそれぞれの活動が影響を与えあって……という実感はありますか?

山根「どうですかね。いちばん聞かれるのはファッションと音楽のどっちが本業なのかってことなんですけど、僕のなかで音楽は商売じゃなくて趣味なんです。それを言うとみんなびっくりしますけど」

――toeのメンバーの皆さんもそれぞれバンド以外の本業を持っているというスタンスですよね。

山根「そうですね。結局バンドをやるにはお金も時間も使わなきゃいけなくて、もちろん家族の理解もないとダメなので。音楽って権利関係が複雑なんですよ。それを自分たちの好きなようにやりたくてセルフマネジメントしていますし、原盤権も自分たちが持っています。趣味だから全部自分たちでやろうってことになって。そういう活動を続けてきて、会社組織になって、いまではメンバーはみんな役員でもあります。僕はバンドが出来ればなんでもいいなって思っています」

――いまは自身のファッションブランドを持っていて、好きな音楽もやれているわけですが、これからやってみたいことは?

山根「そうですね……教育関係の取り組みに興味があります。保育園とか英会話スクールをやりたいなって。なんでかっていうと東京って、待機児童が200人とかで、本当に入れなかったんですよ。うちの奥さんもそうだったんですけど、入れないと仕事が出来ない。そうなると夢を持った人たちがきちんと働ける環境がないから。うちの会社って女性社員が多くて、そういった人たちがこれから結婚して子供を産んで戻って来られる環境を作りたいなと思っています。理想はオフィスと託児所がセットになっているとか、そういうのが夢のひとつであります。英会話は、僕がそうだったんですけど、英語が出来ればものすごい世界がひろがる。英語が出来れば展示会をして自分でセールスも出来たので、そういうファッションに特化した英会話スクールを作りたい。『レバレッジ英語勉強法』という本を書いた本田直之さんという方がいるんですけど、その方の本を読んだときに、そもそもネイティブに話せる人なんていないけど、自分が興味あることだったらすぐに覚えられるからって書いてあって。自分にとっての興味はファッションだったんですけど、それを読んだときに急に英語が出来るようになったんです。社内のプレゼンでも最初は“サトシの英語はよく分からない”って言われてたんですけど(笑)」

久保「それも挫折のひとつですね」

山根「いちばんの挫折かもしれないです。それまで2年間も英会話に通って、スピードラーニングもやりましたけど、全然入ってこなかったんですよ。それが本田さんの本に、ネイティブになろうと思わずに自分の興味あることだけ覚えればいいって書いてあって。HaveとGetを使った文法を20個だけ、あとは好きなことに特化した100個の単語を書き出してそれを覚えればいいって。そのとおりにしてみたら、街を歩いてる人のおしゃべりが、全部英語に変換されているような脳になってたんですよ。僕、本田さんにお礼の手紙書いたんです。だって、夢も英語で見られるようになったんですから(笑)。ちょうどクロックスを辞めたあと、独立してころだったので、当時の同僚が“サトシ、急にどうしたんだ!”ってみんなびっくりしていました。いまはF/CE.の海外セールスも全部自分でやっていますし。だから英会話のスクールもやってみたいです」

――自分の成功体験を他の誰かにも伝えたいと?

山根「そうですね。あとコロナで実現していなかったんですけど、実はF/CE.の拠点をロンドンに移すするつもりだったんです。本当は向こうに会社を作る予定があって。会社を登記する一週間前にロックダウンになっちゃって。だからそれを近いうちにやりたい。そうすればもっと海外の小売店に還元できる仕組みが作れるんです。イギリスでセールスとクリエイティブ、情報発信、そういうのを全部やって。ロジスティクスはオランダの倉庫と契約をして、同じタイムラインでEU圏内に出荷する。たとえば、イタリアのナイロンとかすごく品質がいいんですけど、日本に輸入すると、すごく高いものになっちゃう。東欧あたりにも僕らがやりたいようなハイブリッドな洋服を作れる工場があるので、そういうところで生産する。EU圏内だったら関税も運賃もセーブできるので小売店も喜んでくれる」

久保「早くコロナが落ち着いて、実現できるといいですね」

山根「そうですね。いろんな人に大丈夫か?って言われるんですけど、今は何のためにブランドが存在しているかっていうのをすごく考えますよね。ブランドって別になくても死なないと思うんですよ。必要不可欠なものではないけれど、いい音楽も、いい服も、やっぱりそれで気持ちが高まるし、そういう意義はあるかなと。だからそれを届けるロジスティクスも大事だと思っていて。僕はそれも自分でデザインしたいというか」

――F/CE.の拠点を海外に移転するとして、山根さん自身は日本を離れられないですね。

山根「僕はバンドをやらなきゃいけないので(笑)。モノ作りはどこにいても出来るんですけど、自分はこっちで経営のハンドルを切っていかないといけないですし。ファッションウィークの前後2ヵ月だけあちらに行くとかかな。ルックブックを作るにしても、海外はモデルの数が違うし、やっぱり良いのが撮れるんですよね。写真ひとつでSNSでの見え方も違うので」

――便利なツールも増えましたけど、逆にやらなきゃいけないことも増えてしまって。

山根「確かに。毎週なにがしかのチェックがありますからね。うちのカミさんも見てくれていますし、僕もしょっちゅう海外出張に行くんですけど、そういう環境を作れるんだったら向こうにも拠点があったほうが楽ですから」

(おわり)

協力/ROOT / OPEN YOUR EYES株式会社
取材・文/高橋 豊(encore)

写真/柴田ひろあき


※「ジュルナルクボッチのファッショントークサロン」2021年5月の番組収録時のインタビューより

山根敏史(やまね さとし)

F/CE.クリエィティブ・ディレクター、メンズデザイナー。1975年、愛知県生まれ。メンズビギを経てクロックス日本法人の設立に携わる。2010年、OPEN YOUR EYES株式会社設立。FICOUTURE(フィクチュール)をスタート。2016年、ブランド名をF/CE.(エフシーイー)に変更。2017年、デンマーク、NORDISK社のリテイルパートナー事業を開始、NORDISK CAMP SUPPLY STORE by ROOTをオープン。インストゥルメンタル・バンド、toe(トー)のベーシストとしても知られている。

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター/ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長

杉野服飾大学特任教授。ファッションジャーナリスト、コンサルタント、マーケター。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任。現在はフリー。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)

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