オリジナルではなく、セレクトで勝負する

――「アマノジャク」はファッションの発信地である表参道などではなく、東東京の北千住、千駄木という立地でハイエンドかつ多様なブランドをラインナップし、支持を集め続けています。今年に入って北千住店を移転しました。少し駅に近くなりましたね。
旧北千住店はもっと奥のほうでしたから。アマノジャクは同じセレクトショップで働いていたことのある大津寿成と廣川輝一と僕の3人が共同経営者として創業し、スモールスタートというか、自分たちの目が届く50㎡ほどのスペースで始めたんです。ちょっと不安になるぐらい駅から遠かったのですが、ありがたいことに業績を伸ばすことができ、事業の拡大に伴い千駄木にも出店しました。千駄木店は北千住店の約1.5倍あり、業績も北千住店を上回るようになったので、新しいエリアに出店するよりは創業の地を盛り上げたいと思ったんです。狭くてイベントがしづらかったんですよ。千駄木店でやっているイベントを北千住店でもできるようにしたいと思い、増床を前提に考え、今の場所に移転しました。
――どんなイベントをやっているのですか。
ブランドの新作の受注会をポップアップ形式でやることが多いですね。月1回は何かしら、服だけでなく、シューズやジュエリーなどもあります。せっかくのイベントなのに、いつもと同じ配置のラックに、掛かっている商品が変わるだけではワクワクが半減してしまうので、新店舗では天井にグリッドを巡らせ、ラックを自在に動かせるようにしました。

小山逸生・アマノジャクCOO/ディレクター

――創業した頃は遠方からの来店が多かったそうですね。北千住駅は路線の乗り入れも乗降客も多いからでしょうか。
北千住に店を出したのは、そこを狙ったんです。ある程度のトラフィックを獲得できれば、ファッションのセントラルエリアから離れていてもやっていけるんじゃないか。全く認知が無かった当初は苦戦したんですけど、インスタグラムでコーディネートを発信するなどして、ファッションが好きなお客様が遠方から来店するようになりました。わざわざ渋谷区や港区などから来てくださる方々も多くいます。店舗の周辺にも認知され、近隣や地元の方々も来店されるようになりました。立地はあまり関係なくなってきているかな、という感じです。
――品揃えに魅力があるんだと思います。セレクトショップはオリジナル比率が高くなっている中で、アマノジャクはセレクトで勝負しているのが潔いなと感じます。
デザイナーズが好きな方々にとっては、ニッチなブランドからビッグメゾンまであるラインナップは魅力なのだと思います。そもそも、エクスクルーシブは別として、セレクトショップにオリジナル商品を求める感覚が僕の中に無いんですね。オリジナルがやりたければブランドを立ち上げたほうがいいわけで。僕自身はオリジナル商品に対するプロフェッショナリズムがあるわけでもないので、得意でもないことをやる必要はないと考えています。

天井にはグリップを巡らせ、ラックを動かすことでイベント時には特別な空間を生み出す
アマノジャク北千住店

扱いたいブランドを扱えなければ店を始める意味が無い

――アマノジャクでは創業時から、「Rick Owens(リック・オウエンス)」や「Maison Margiela(メゾン・マルジェラ)」などのハイエンドブランドをはじめ、国内外の気鋭ブランドも扱い、ブランド揃えの幅を広げてきました。新参者には簡単に卸してくれなさそうですが……。
最初は苦労しましたけど、どんなブランドであっても双方にしっかりとメリットがあれば取り組むことはできる、断られる理由はないと思っています。初期の頃は資料を作って、アポを取って、面談をして、説得するかのように泥臭く交渉していました。

――セレクトで重視していることは?
自分たちが「これは絶対にいい」と思ったものを買い付けることです。セレクトショップの開業に際しては、扱いたいブランドを扱えないという壁がまずあると思うんですけど、扱いたいブランドを扱えなければ店を始める意味がありません。「扱えない」ことはセレクトショップにとって最もシビアなことなので、どう開拓していくかは最初から強く意識して取り組みました。結果、マルニが取れたり、マルジェラが決まったり。このブランドを扱っていれば、こういうブランドも信頼してくれるみたいなことも意識しながら、常に本意のブランドが店に並ぶようにしています。
――最初に買い付けることができたブランドは?
「MARNI(マルニ)」です。まだ店も無い状態で交渉に行って、「こういう場所で、こういうお店をやるんです」と。これはセレクトショップにもブランドの直営店にも言えることだと思うんですけど、ランウェイで表現されたブランドの世界観と売り場で見えてくるブランド像って違うじゃないですか。売り場は店の考え方で仕入れ、見せるので、そうなってくる。その違いは「人」の力というか、店で働く人たちのパワーによって乗り越えられる部分だと思うんですね。ブランドが見せたいのは、自分たちの世界観が色濃く出ているショーピースです。であればアマノジャクではショーピースも積極的に買い付け、ブランドの世界観を伝えていきたい、と訴えました。ブランドにとっては、抜かれることの少ないショーピースの販売チャネルが1つ増える。それで取り組みが決まっていくことが多いですね。
――とはいえ、取引です。条件は厳しくなかったですか。
最初は大変ではありました。でも、店をやっていく中で顧客がついてきて、単価の高いアイテムにチャレンジするお客様も増えていったんですね。客数増と客単価アップがあって、ビッグブランドもそんなに多くの枚数でなければ買い付けられるようになりました。

重厚感あるアクセサリーも魅力
シューズやバッグも充実
パリの時計ブランド「Fob Paris(フォブパリ)」とコラボした自動巻き腕時計も揃う
エッジの効いたフォルムの土台に天然石を取り付けた「talisman necklace(タリスマンネックレス)」

――北千住店と千駄木店では品揃えを変えているのですか。
千駄木店は売り場面積を求めて出店したんですね。だから、ウィメンズ以外の品揃えはだいたい同じです。ただ、店を運営している中で両店の適性が見えてくるというか。集まってきているお客様、そのときに展開している商品のテイストに応じて、「こっちの店のほうが良さそうだな」と感じるブランドを適宜、投入しています。そのときそのブランドが輝くほうに配置してきた結果、それぞれの店舗のキャラクターが出てきています。北千住店はちょっとアッパーというか、玄人好みのものが増えている感じで、千駄木店は勢いのあるドメスティックブランドなどが比較的多い構成になっています。
――どちらの店舗もMDは少しずつ変わり続けている。
それがもともとの考え方なんです。全く同じラインナップで近隣に出店してもお客様を取り合ってしまうだけなので、屋号は同じだけれど、内容は違う。「ラーメン二郎」みたいな考え方なんですよ。ラーメン二郎のファンはいろんな立地にある店舗に食べに行くじゃないですか。ファンにとっては「あそこの二郎はちょっと違う」から。アマノジャクも、同じ屋号で千駄木と北千住に店舗はあるけれど、それぞれに味がある。コンセプトは同じなんですけど、クオリティーが担保されながらベクトルはちょっと違うということを意識しながら、ブランドのラインナップを増やしてきました。

アマノジャク千駄木店

「まとまりがない」からこそのワクワク感

――特に支持されているブランドは?
イタリアのレザーシューズブランド「GUIDI(グイディ)」は、店としてもすごくプッシュしていて、お客様からの評価も高いですね。北千住店だとグイディ、それからリック・オウエンスがすごく支持され、主力になっています。他にも、デビューして間もないブランドや、国内では取り扱いが少ないブランドも入れつつ。そのブランドを知らなかった人、知っていたけどそれほど好きではなかった人が、たまたま店に置いてあったことで興味を持ち、着てみたいと思う。そこがセレクトショップの一番面白いところだと思うので、偏りなく揃えています。ジャンルが小さくまとまっている店にはしたくないんですよ。すごくアバンギャルドなものもあれば、クラフト感のあるもの、シンプルなもの、モードなものもある。「まとまりがない」ことがアマノジャクの特徴です。僕自身もそうですが、服が好きな人は新しいものに関心があったり、新しいスタイルを手に入れることにワクワクしたりします。その要素が多様にあるほうが、セレクトショップという器としてはいいのかなと思っています。

  • 北千住店で人気の「グイディ」のシューズ
  • 「リック・オウエンス」の「HEADON FLIGHT -HDU-(ヘッドオンフライト エイチディーユー)」(写真左)と「BAUHAUS CARGO(バウハウスカーゴ)」
  • 「リック・オウエンス」のシューズ

――新鋭のデザイナーやブランドが今、国内外で結構出てきています。
僕は今35歳なんですけど、僕より若いデザイナーが増えてきていますね。ブランドが増え続けている中で、アイデアを絞り出してやっていると感じます。技術が進歩していることもありますが、すごいものがいまだに出てくる。素晴らしいことだなと思います。お客様に薦められるものだったら有名か無名かは関係ない。特に若手のブランドは知名度が無いがゆえにチャンスを得られないこともあると思うので、僕らはなるべくフラットに評価していきたい。「こういうブランドが出てきたぞ」という発信は、もっとやっていかなければいけないと思っています。昨年からはその年にデビューしたブランドからも買い付けています。
――アジア出自のデザイナーブランドも積極的に入れていますね。
例えば「Aviva Jifei Xue(アヴィバジフェイシュー)」は、日本ではまだうちぐらいしか扱っていないと思います。中国で生まれ、日本で育ったデザイナーが、ニューヨークで20年に設立したアルチザンブランドです。天然繊維にこだわり、愛知県一宮市の老舗工場と協業で生地を製作し、アジアの文化から着想した色柄を天然染料で染め上げる。縫製はクチュールや舞台衣裳を手掛けるアトリエと共に、ディテールまで趣向を凝らして仕上げています。そうしたクリエイティブなアイテムがあったりするのもセレクトショップのワクワクするところで、ここに来ないと見られないという魅力でもあります。ヨーロッパの場合は脈々と踏襲されてきたものを昇華している新鋭ブランドが多いという印象ですが、アジアの場合は画期的というか、それまでに無かった感覚のものを創造している。ハングリーなんですよ。例えば、上海のブランド「ZIGGY CHEN(ジギーチェン)」。自分たちのアトリエでハンドメイドに近い服作りをしています。アルチザンブランドというと、以前は「本当に好きな人が買ってくれればいい」みたいな感じでしたが、パリの公式スケジュールでランウェイをやって、ファッションの第一線でしっかりと輝こうとしている。それってハングリー精神の表れだと思うんですね。やり尽くしてくる強さがあるので、注目しています。

ジギーチェンの「LAYERED DOUBLE BREASTED LONG COAT(レイヤード ダブルブレスト ロングコート)」
「アヴィバジフェイシュー」の「 Reversible Collarless Pullover Top(リバーシブル カラーレス プルオーバートップ)」
オーストラリアのブランド「SONG FOR THE MUTE(ソングフォーザミュート)」のデジタルプリントによるオーバーサイズシャツとメルトン製のパンツ
ジギーチェンの「ASYMMETRIC PLEATED SHIRT(アシンメトリー プリーテッド シャツ)」と「FRONT PLEATED WIDE LEG TROUSERS(フロントプリーテッド ワイドレッグトラウザーズ)」

ブランドの世界観を「人」のフィルターを通して提案する

――セレクトショップは売り場に立つスタッフがとても重要な存在です。
ブランドが世界観を創り出していくのに対して、セレクトショップはその世界観に「人」のフィルターを通して提案しています。人の「色」で接客をするというか、キャラクターをもってお客様との接点になっているだけに、人はすごく重要です。
――店の成長に伴い、人を育てることも必要になってきますね。
その人のキャラクターが色濃く出て、ファンができていくことを重視しています。まずは人に好かれる要素を養ってもらいたいので、イベントの企画などいろいろチャレンジしてもらっています。教えたことができるようになっても、ファンがつくかどうかは別問題なので、自分にとって自然な方法でお客様との関係を育んでいってもらいたい。僕みたいな働き方を新しいスタッフに求めても、価値観が違うので、どうしても矛盾が出てきます。接客・販売は人に対して訴求する仕事であり、その人らしさが出たほうが感情の届き方はスムーズですから、なるべく自由度を持たせています。
――一方、アマノジャクにはどんなお客様が来ているのですか。
30代を中心に、次いで20代、40代が多く、幅広いですね。みなさん、気合が入っています(笑)。意外と「このブランドのこのコートを見に来た」というお客様は少ないかなあ。ありがたいことに店を信頼してくださって、「ここのお店で何かいいコートがあれば」とか、「ブランドをいくつか試してみたい」という買い方です。セレクトショップは同じ商品がずっと置かれ続けないじゃないですか。服好きなお客様は在庫の流動性も理解しているので、例えばあるブランドのコートに片思いし続けて「ついにこのコートを買いに来ました!」というよりは、その場での刹那的な出会いを大切にしているお客様が多い。多様なテイストの服を置いているので、着てみて湧いてくる感動は感じていただけていると思います。

――創業以来、購入客のカルテをつけているそうですね
前回対応したスタッフが次回もいるとは限らないので、少しでもそのお客様のことが分かっている状態から接客に入れるよう、全員がカルテをつけ、共有しています。服が好きな人は経験があると思うんですけど、何度かその店で買っているのに、新規客として対応されるということがあったりします。懇意にしてくださっているお客様には懇意にしているという意思表示をしたいですし、リピートしてくださっているのであればもっと安心して買い物をしていただきたい。店を信頼して買い物をしていただくことが、カルテの目的です。最近はSNSのアカウントを交換するケースも多く、インスタグラムなどでも情報がアップデートされています。

実店舗が絶対的に在り、オンラインとイコールでつながる

――実店舗での接客を重視する一方、ECにも力を入れています。
オンラインストアもまたファーストコンタクトの場と捉え、創業時から取り組んでいます。EC比率は今、25%ほどです。なるべく実店舗の写し鏡というか、リアルの空気感をバーチャルでも伝えることを意識しています。服を着用するモデルはもちろんスタッフですし、ブログのコンテンツもスタッフファースト。インスタグラムのアカウントも各自が持っています。オフィシャルアカウントはプラットフォームとして在って、そこにスタッフが発信したものが反映されていく。人によって見方が違ったり、表現が違ったりすることでお客様も楽しめる余地が広がると思うので、個人による発信は大事にしています。
――その発信を見て、実店舗に来店すると。
オンラインストアやSNSを見て店舗に来るお客様が、今の時代はほとんどです。フラッと来店する人もいますが、目的意識を持っているお客様や、店に何かを期待しているお客様は一次情報を得たうえで来店します。そこをつなぐのが「人」。いつもSNSで見ているスタッフが店に行ったときにいるといったように、オンラインとリアルがつながっている。人も商品もリアルが絶対的に在って、オンラインとイコールでつながるよう努めています。
――実店舗では修理も受けているそうですね。
ブランドとお客様をつなぐのが店の役割であり、長く気に入って着ていただきたいので、修理にも対応しています。僕らの知見レベルで直せるものは自分たちで直し、ブランド側とコミュニケーションを取りながら解決に向けて動くものもあります。靴もケアの仕方が不安、分からないというお客様がいるので、メンテナンスをしています。修理への対応は、何かの拍子にボタンが取れてしまって「値段は高かったのに品質が悪いじゃん」ってなったら、ブランドが損をしてしまうと思ったのが始まりなんです。緻密にクリエーションをしているのに、ボタンが1つ取れたことでがっかりされ、ファンが1人いなくなる。そういう部分を埋めてあげる役割は店が担うべきではないかと。実際、修理が必要になったときに、お客様はブランドではなく、店に問い合わせてくるんですね。「ブランドに問い合わせてください」と振ってしまったら、「それなら直営店で買う」ということになります。なので、そこは親身に。お客様と距離が近いのがセレクトショップだと思うので。

「ブランドを増やす」から「ブランドと共に成長する」へ

――急成長を続けているイメージですが、売上高はどのくらいになりましたか。
実店舗とECを合わせて、24年8月期は3億3000万円ほどです。初年度の1億円から始まって前年度が3億円だったので、手堅く増やしていけているかなと思っています。今が見極め時というか、アマノジャクの活動を全体的に精査しているところです。ブランドラインナップこそあるけれど、それほど買い付けていないブランドもあれば、多く買い付けているブランドもあります。今後は可能性のあるブランドはさらに買い付けを増やし、エクスクルーシブももう少し増やしていきたい。
――別注は結構、やっているのですか。
僕自身はインラインが好きなタイプなんです。だから、アマノジャクでは生地違いとか色違いは出さない。それらはバリエーションであって、リミテッドとエクスクルーシブは違うんですよ。エクスクルーシブをやるからには、ブランドとのリレーションが深まっているからこそできるものを作りたい。そういうスタンスで取り組んでいるエクスクルーシブが好評なので、より注力していく考えです。例えばグイディとは、インラインのモデルをベースにしながら、新しいデザインのブーツを生み出しました。来年1月にも新作をローンチする予定です。世界中にファンがいるブランドだけど、アマノジャクにしか無い、ちょっと変わったグイディがある。そういう取り組みを心掛けています。ブランドからも「アマノジャクのためならわざわざやるよ」と言われるようなパートナーシップを広げていきたいですね。

24年秋冬の「グイディ」エクスクルーシブモデル

――オファーも多いと思うのですが、出店の計画はいかがですか。
新しい店を出さなきゃという思いもあるんですけど、それに見合う人材がまだ育っていません。出店するには人も増やさなければならないので、僕らが自信を持って素敵な人だと思える人材が育ってこないとなかなか。出店は人をベースに考えないと、今の店の魅力も担保されないでしょう。ファンがすごく着くスタッフが育ってきたら、どういう出店の仕方をするのか、そこで自分たちはどういう表現ができるのか、可能性を模索したい。一方で、ブランドとの取り組みを深め、徐々に買い付け高を上げていこうと思っています。この6年間は「ブランドラインナップを増やす」だったんですけど、今後しばらくは「ブランドと共に成長する」ことに注力したい。取り組みを深めていく中で見えてきたものをベースに、新しい構想を生み出していこうと考えています。

写真/野﨑慧司、Amanojak.提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、e

Journal Cubocci

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