終わりと始まり

4月から放送開始となる、94作目のNHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』。その主題歌を宇多田ヒカルが担当する。2012年に映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の主題歌として書き下ろされた「桜流し」以来の作品となる。この新曲に関して「配信はあるでしょうけど、CDシングルは出ない可能性があると思います」と宇野さんは言う。

「今、フィジカルのCDを宇多田ヒカルが出しても、どうなんだろう?という気はします。もちろんアルバムの時はCDが出るでしょうし、どの程度かは未知数なものの今もCDを売るパワーはもっていると思うんですが、シングルを出して、ヒットチャートの土俵に、彼女が上がる必要はないんじゃないかな?って。〈桜流し〉はDVDシングルという形態でしたけど、あれは、シングルチャートには参加しないよっていうメッセージだったわけです。そこで1位になろうが、2位、3位だろうが、もうそこに価値はないでしょ?っていう。期待したいのはライヴなんですけど、子育て中ですし、難しいかもしれませんね」

「もしかしたら全然、違うかもしれないですが」と前置きしながら、そう遠くない未来にリリースされるであろう宇多田ヒカルの次なるアルバムに関して、宇野さんは話してくれた。

「ビヨンセがいきなり配信でアルバムリリースをしたり、このあいだのリアーナのフリーダウンロードだったりということが、ここ5?6年??2010年代に入って、海外では一通りやられてるんですよね。宇多田ヒカルさんって、もともと、新しいメディアに常に初期段階でコミットしてきた人なんですが、だから、そういったリリース形態がもしとられたとしても、どれだけのインパクトを持ちうるかは、分からないですよね。僕の予想だと、朝ドラでわっとバズらせて、まず配信だけでリリースして、その盛り上がりの中でアルバムを出す。そのタイミングで、リリースされないタイアップ曲が他にも何曲もあって、アルバムにはその全部の曲が入っている、その中心にNHKの朝ドラの主題歌があって……という。それが一番有効なんじゃないかな」

『1998年の宇多田ヒカル』は、音楽にまつわる、ある時代の終わりに着目して書かれた本でもある。当然だが“終わりは始まり”でもある。

「“プロデューサーの時代が終わった”“タイアップに絶大な効果があった時代も終わった”“CDシングルに価値があった時代も終わった”そして、“音楽メディアが特権的にアーティストとファンを繋いでいた時代が終わった”という、90年代末に起こったいくつかの終わりについてをこの本の中で書いていて。いろんな“終わり”がある反面、始まっているものもたくさんあって、それに対して期待があるっていうことだけは、言っておきたいんです」
(終わり)

QUIET VILLAGE

YMOがカバーした「ファイアー・クラッカー」が収録されているマーティン・デニーの『QUIET VILLAGE』は、当時、入手困難と言われているレコードの1枚だった。こういったレコードが続々とCD化され、入手が容易になっていった時代が90年代初頭から90年代後半。東京、特に渋谷はあらゆるジャンル、あらゆる時代の音楽を体験できる、世界でも有数の都市だったといえるかもしれない。



宇野維正
「ロッキング・オン・ジャパン」「CUT」「MUSICA」等の編集部を経て、現在は「リアルサウンド映画部」で主筆を務める。編著に『ap bank fes official document』『First Love 15th Anniversary Edition』など。

1998年の宇多田ヒカル
宇野維正
『1998年の宇多田ヒカル』
(新潮新書)
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