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――「僕は僕で僕じゃない」は、「Matsumuro Seiya Tour 2019“City Lights”」ファイナルだった2月のO-WESTが初披露でした。

「あのときはまだタイトルがなく、アンコールで“新曲です”って歌いましたね」

――内緒ってわけじゃなくて、まだ決まっていなかった?

「そうですね。本当にレコーディングも終わったばっかりで、とりあえずライブでみんなに聴いてもらおうって感じでしたから。タイトルは歌詞に出てくる言葉から取りましたけど、この曲で僕がいちばん伝えたいことや全体の空気感も含めて、歌詞のこの部分がいちばん相応しいかなと」

――会場の雰囲気に引っ張られた感じもあるかもしれませんが、大サビの「胸の奥が叫んでも/聞こえやしないんだ」あたりの絞りだすようなボーカルが、ある意味、らしくないなと。

「まあ、いままでの曲――「毎秒、君に恋してる」は片想いの曲で、「きっと愛は不公平」は失恋の曲だし――は恋愛を描いていましたけど、今回は、よりパーソナルな、人間が抱えている葛藤にクローズアップして書いた曲なので、歌うときもいままでとは違う感情が入っていたんだろうなとは思いますね」

――「僕は僕で僕じゃない」からの、「ラストナンバー」っていうセットリストもすごくドライブ感があってよかったです。

「あの日、お客さんも初めてこの曲を聴いたわけじゃないですか。たとえば失恋の歌だと歌詞的にもストーリーがあるし、比較的わかってもらいやすいんですけど……こういう曲でね、泣いてくれはってるお客さんがいたんですよ。それを見たときに、いままでとはちょっと違う、僕にとってはある意味、挑戦でもあるこの曲が、ちゃんと伝わったって感じることができたんですよね。だからこの曲の方向性が間違ってなかったっていうことをCDのリリース前にお客さんから教えてもらうっていう、すごくいい体験ができたと思うんです」

――冷静ですね。ちゃんとまわりの景色が見えていて、そういう考察をする余裕があった?

「O-WEST、お客さんが近いですからね(笑)。目に入るんですよ。それはもう、単純にうれしかったですね。“あ、ちゃんと伝わってるんだ!”っていう喜びです。CDでリリースする前にライブで歌えるってあまりあることじゃないですし。それがこの曲でできたのはよかったです」

――東京工芸大学の学生さんたちの映像演出もすごくアルバムの世界観を伝えていましたし。

「そうなんです!そうなんです!あれ、素晴らしかったですよね」

――あと、さかいゆうさんのそっくりさんが物販紹介してくれて(笑)

「ははは!たぶんですけど、あれ、さかいさんご本人やったと思いますよ。いや、本当、僕も聞いてなかったんで、びっくりしましたけど」



――「僕は僕で僕じゃない」は、照れたりせずに、ちゃんと二枚目でシリアスな松室政哉として歌っている気がします。大人の男性というか……

「そうですね。この曲のテーマ自体が――サビで“あの日の僕は僕で……”って言ってるんですけど、こいつは本当はそう思っていないというニュアンスだし――シリアスなので。たとえば新社会人になった、転職して職場が変わった、進学して新しい学校になった、でもいいですけど、自分が想い描いてた場所と実際に自分がいる場所にギャップを感じたりすることがあると思うんですよ。きっと、いまここにいる僕は、本当の僕じゃないと思うことで楽になろうとしているんです。もっと言うと、本当にやりたかったことは何なのか?僕も22のとき大阪から東京に出てきて音楽をやってたわけですけど、いままで知らなかったこともいっぱいあるし、自分の実力もわかりましたし。そうやって葛藤して、主人公が“本当の僕じゃない”って思い込んで心のバランスを取ろうとしている状況を歌にしたいなと思って。だから決して強い人間を描いているわけじゃないし、僕自身も決して強い人間じゃないし、この曲を聴いてくれている人が、“ああ、そうやって葛藤しているのは自分だけじゃないんだな”って思ってもらえたらいいなっていう気持ちですね」

――22歳の上京当時だとしたら、松室さんはまだオーガスタにデモテープを送る前ですね。

「まだですね。何も決まっていないまま上京してきて、バイトをしながら、ライブハウスで歌ってましたけど、お客さんも全然来ぃへんし……そりゃそうですよね、僕のことなんて誰も知らんから。東京って華やかなイメージがありましたけど、まあ、あたりまえですけど、結構大変で。“俺、何しに東京出てきたんやろ……”って思うこともいっぱいありましたし、その1年間の経験がこの曲に影響を与えている部分もあると思います」

――松室さんが、当時見ていた景色とか感情ってそれだけ印象に残っているんでしょうね。

「そうですね……まあ、根拠のない自信みたいものはあったんですよ。自分の作った音楽に。そうじゃないと東京に出てきて音楽をやろうなんて思わなかっただろうし。でもライブハウスにはお客さんは来ないし、どうやってCD作ったらいいのかもわかれへんし。ただ、もっとたくさんの人に音楽を届けたいって気持ちは揺るがなかったし、そう信じることで、しんどいときもあったけど、なんとか心のバランスをとってたんだと思いますけどね」

――たぶん不安はあっても迷いはなかったんでしょうね。

「きっとそうだったんでしょうね」

――確かにもどかしい気持ちだったり、自分を偽ろうとするリアルな感情が描かれていますよね。作詞にはいしわたり淳治さんが参加していますが、なぜいしわたりさんに?

「作詞家のかたといっしょに仕事をするのも初めてなんですが、まあ、いしわたりさんがこれまで手掛けてきたものが素晴らしいというのはもちろんありますし。僕、映画が好きで、『シティ・ライツ』は映画でいうと、群像劇みたいにしたいなと思いながら作った作品なんですね。いろんな街に生きる人びとを描いてゆくという……それが2月のO-WESTまでのツアーで完結できたかなと。で、今回はよりパーソナルな視点で曲を書きたいなと思ったんです。そうですね……『シティ・ライツ』が映画を撮るカメラのような視点で描いた作品だとしたら、「僕は僕で僕じゃない」はもっと違う視点から内面を描こうと。だからこのタイミングでいしわたりさんのような人と仕事するっていうことが僕自身にとってチャレンジになるだろうと思ったんです」

――実際、コラボレーションしてみてどうでしたか?

「いや、すごく勉強になりますし、ひとりで書いていると探しても探しても出てこない言葉がありますから。やっぱり、いしわたりさんは、圧倒的に知識もテクニックもあるし、“そんな考えかたがあるんや!”とか“こういう言い回しをしたらこんな伝わり方をするんや!”って、自分ひとりでやってたら気付かない、思いつかないことが多々あったので」

――たとえば松室さんがタタキを作っていしわたりさんに送って、投げ返してもらって、という手順ですか?

「メールでそういうやり取りもしましたし、お会いして話をしながら作業もしましたし」

――そうやって言葉を交わすことによって自分で答えを見つけたりするものですよね。

「そうなんですよ。漠然とふわふわした答えが最初からそこらへんに浮かんでいたりするんですよ。言葉を交わすことでそれに気付くというか。まあ、こうやってインタビューしていただきながら、しゃべっている言葉のなかで“あ、そういうことやったんだ”って気付くこともありますし」



――M2の「Hello innocence」はイントロがですね……

「ああ、はいはい(笑)」

――松室作品にはあまりない質感ですよね。不協和音のストリングスが不安感を煽ります。

「前衛映画のBGMのような。デヴィッド・フィンチャーだったりヒッチコックだったりね……この曲にそういう音が入っていたら面白いんじゃないかなと思って急遽録らせてもらったんです」

――なるほど、じゃあ現場のアイデアをそのまま取り入れたんですね。

「そうです、そうです。まあ、気持ちいい音ではないですよね。でもこの曲の世界観に誘うという意味では入れてよかったなと思ってます。すごく効いているかなと」

――個人的には、出だしの「嘘に嘘を重ねて真実を造る」ってフレーズにやられました。俺のことか!?って(笑)。

「ははは!それマジですか?この曲、原型は大阪時代からあったし、オケも3、4年前に録ってあったんです。インディーズ時代に1回か2回ライブで歌ったこともあって。もちろん出来上がった曲は聴いて欲しいですし、世に出してあげたいと思っていたんですけど、なかなかタイミングがなくて、自分でも出しどきがわからなくなってたんですよ。で、「僕は僕で僕じゃない」ができたときに、“あ、ここなら行けそう!”と思ったんです。全然違うことを歌っているんですけど、なんかこう、大きく捉えると、ひとつのまとまりになるんじゃないかって」

――間奏のストリングスが盛り上がれば盛り上がるほど息苦しくなるんですよね。

「そのあたりはライブもイメージしましたね。バンド演奏がガーン!と鳴っているところにストリングスが絡んでくる曲って僕のレパートリーにはなかったので、ある意味お客さんを裏切るようなタイミングでセットリストに入ってくるといいなと思いました」

――それでいて、鍵盤のラストノートが素っ気ないほど潔く消えていくじゃないですか。

「なんかこう、ガラスがパーン!って割れたときに、みんな一瞬静かになるじゃないですか。そういう終わり方がこの曲にはあってるかなと」

――ストリングスのアレンジも松室さんが?

「これは打ち込みで作った音をベースにしてチェロの橋本 歩さんにアレンジしてもらったんですが、まあ、あのストリングスのテーマになっている主旋律ありきでこの曲は作っていったんで。それはオリジナルのデモから変わっていないですね。今回のシングルは2曲ともメッセージとかテーマ性がガツンとしているので」

――元気なときに聴かないと。

「ですね。でも「僕は僕で僕じゃない」はネガティブなことだけを延々歌っているわけじゃないし、聴き終えて“ああ、明日はちょっとがんばってみようかな”って気持ちになってもらえると思うんですよね」

――確かに言葉だけを切り取るとネガティブに見えちゃうんですけど、楽曲として耳から入ってくると“それでも前に進んで行くんだ”っていう前向きな意思のようなものを感じさせられました。

「そうなんですよ。サウンドもポップですし、ちょっときらっとした感じになっているんで、詞と曲の対比というか、バランスがいいところに収まったなと僕自身も感じています」



――先ほど『シティ・ライツ』を群像劇に例えていましたが、あの作品は、ある意味2018年時点の松室政哉ベスト的なアルバムだったとも言えますよね。いまの松室さんに、次に作るべきアルバムの姿かたちは見えていますか?

「んー……アルバム云々というよりも、「僕は僕で僕じゃない」で、よりパーソナルな視点で歌うというマインドにはなっていますので、またこういう視点で曲を書いてみたいなとは思いますね。結局、パーソナルな部分を歌えば、それが聴いてくれている誰かの曲になると思うんです。感情移入しやすいというか、その人自身を歌った曲として感じてもらえるはずなので」

――別に斜めに見てるつもりはないんですが、『シティ・ライツ』でいうとシングル曲よりも「アイエトワエ」とか「午前0時のヴィーナス」、「今夜もHi-Fi」あたりに松室さんの音楽的嗜好を感じてしまって。

「なるほどなるほど。もちろん曲作りもサウンド面もまだまだやりたいことはたくさんあるんです。『シティ・ライツ』で一応やり切った感じはあるんですけど、あれでも“まだ一部やなあ”と思いますし。なんていうか、僕、結構影響されやすいんですよ(笑)。音楽を聴いても、映画を見てもその雰囲気の気持ちにずっとなってたりするんで。それを松室政哉としてどう表現していくかっていう作業をしているときが楽しかったりしますし。だから僕の楽曲に趣味性を感じてもらえたならそれはちょっとうれしいですね」



――そういえば、『シティ・ライツ』のツアー前にスキマスイッチのツアーに帯同していましたが、いかがでしたか?

「それはもう、なるほどな!ってことだらけでしたね。いや、本当にスキマスイッチのツアーに帯同させてもらってから自分のツアーをスタートできるっていうのはめちゃくちゃ贅沢なことじゃないですか。おふたりのツアーへの向き合い方――それは本番だけじゃなくて、リハーサルだったり、スタッフさんと関わり合い方であったり――を間近で見させてもらいました。“ああ、リハであんなふうだと本番はこんなふうに見えるんや!”って」

――前のインタビューで「曲を作るってことが音楽をやっている意味の大部分を占めている」って言っていたんですが、その気持ちはいまも揺るがない?

「揺るがないですね。揺るがないんですけど、『シティ・ライツ』のツアーを経て、自分のなかで見えてきたものもありますね。ライブで歌うときに“もっとこんなふうに歌えたらいいな”って思うことがあったりして。だからいい意味で歌うことへの向き合い方が変わってきたのかなと思いますね」

(おわり)

取材・文/高橋 豊(encore)
写真/いのうえ ようへい



■LIVE INFO
6月28日(金) Matsumuro Seiya presents "LABORATORY" session 1(w/wacci)@shibuya duo music exchange(東京)

6月30日(日) 松室政哉ニューシングル「僕は僕で僕じゃない」発売記念ミニライブ&サイン会@相模大野ステーションスクエア 3F アトリウム 特設ステージ(神奈川)

7月6日(土) BRADIO 47都道府県ツアー“IVVII Funky Tour”@長町RIPPLE(宮城)

7月13日(土) JOIN ALIVE 2019@いわみざわ公園(北海道)

7月18日(木) ムロとシュンゴはじめての夏びらき~13歳はなれています~(w/伊藤俊吾)@月見ル君想フ(東京)

7月23日(火) 松室政哉 “cafe de MURO”@LIVEHOUSE UHU(静岡)

7月25日(木) 松室政哉 “cafe de MURO”@umeda TRAD(大阪)

8月23日(金) 松室政哉 “cafe de MURO”@HEAVEN’S ROCK Utsunomiya 2/3(VJ-4)(群馬)

8月25日(日) 松室政哉 “cafe de MURO”@SENDAI KOFFEE CO.(宮城)

9月15日(日) Augusta Camp 2019@富士急ハイランドコニファーフォレスト(山梨)

 



松室政哉「僕は僕で僕じゃない」
2019年6月26日(水)発売
通常盤(CD+DVD)/UMCA-50056/1,600円(税別)
ユニバーサル ミュージック
松室政哉『シティ・ライツ』
2018年10月31日(水)発売
通常盤(CD)/UMCA-10061/3,000円(税別)
ユニバーサル ミュージック




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