2019年の「さかいゆう 10th Annivaersary Special Live “SAKAIのJYU”」開催の後、2020年、2021年はコロナ禍の影響で中止になった野音公演。その4年越しの開催となった今回は生憎の雨と暴風、季節外れの寒さの中にあっても集中力を切らさないステージとオーディエンスが作り上げた素晴らしい時間になった。今回はホストバンドとともに贈るオリジナルと、所縁の深いorigami PRODUCTIONSのミュージシャンとコラボレートした初のカバーアルバム『CITY POP LOVERS』からの選曲の2部構成のスペシャルバージョン。現在のさかいのモードやプレイヤビリティを知ることができる構成である。

雨が降ったり止んだりする中、登場したさかいは開口一番「すいませーん!」と、雨に濡れた鍵盤をタオルで拭きながら弾くという、なんら取り繕うことのない姿勢を見せる。思わず笑ってしまうが、受け手のこちらもマイペースで行こうという気持ちになる。ポップな初期ナンバー「まなざし☆デイドリーム」、デビュー曲「ストーリー」と、軽快にスタートしたが、雨で鍵盤が滑るようだ。一旦、ブレイクし、機材を調整している間、所属事務所のフェスである「Augusta Camp」が雨中開催だった時、山崎まさよしに「お前誰やねん?」と驚かれるほどずぶ濡れになったエピソードトークを披露して笑わせる。仕切り直すと、オリジナルの中でもシティポップテイストの「煙のLADY」、ジャズピアノ的なリフやフレーズが冴える「リベルダーデのかたすみで」と、幅広いアーカイブから現在にアップデートした演奏で聴かせていく。

すでに野音がさかいの世界観に満たされる中、最初のゲストとしてMichael Kanekoを招き入れ、彼とレイ・パーカーJr.との共作曲「Get it Together」を披露する。Michael Kanekoのレイドバック気味のギターカッティングがバンドに化学反応を起こし、さかいのハイトーンとMichael Kanekoの柔らかなファルセットが溶け合うデュエットがどこか温かい場所へワープさせるようだった。一転、コロナ禍でなかなか新曲をライブで披露できなかった旨を述べて、この日初披露となる「嘘で愛して(Tell Me a Lie)」が迫真の演奏と歌唱で届けられる。大きなグルーヴと静謐なサウンドで表現されるラブソングがよりドラマチックに届いたのは、横一本の白いバックライトと、その光に浮かび上がる雨。この日だけの自然の演出に感情が動かされた。映画の世界にいるような時間を抜け、“愛は正義を超えられるのかな?”というフレーズが刺さるメッセージ性の強い「愛の出番」も深く響いた。
驚異的な集中力でオーディエンスを引き込む演奏と選曲は1部のクライマックスであり、さかいのアーティスト性を象徴する場面でもある。「愛の出番」で個々の内面に向かうモードは続くレパートリーのピアノソロのイントロに繋がっていく。そこでさかいは言葉ではなく演奏で坂本龍一の名曲をリアレンジし、追悼を捧げていた。そのピアノソロが「君と僕の挽歌」に接続していく意味の大きさ。彼が音楽を続けている理由がここに結晶していたと言っていいだろう。1部のラストはゴスペル要素を含んだ「薔薇とローズ」で力強く締め括ったのだった。

2部のスターターはorigami PRODUCTIONSの面々が登場し、「SPARKLE」をネオソウル味溢れるグルーヴで構築していく。オリジナルの山下達郎顔負けのパワフルなさかいのボーカルを現在のアンサンブルで盛り立てていく感じだ。関口シンゴとMichael Kanekoのツインギターが聴けるのもこのライブならでは。さかいの歌の表現力は続く「ゴロワーズを吸ったことあるかい」での迫真のトーキングボーカルで加速。HIP HOPに関しては解釈以前に体に染み付いているOvallの面々としてはハマりすぎな選曲である。ジャパニーズHIP HOPの元祖的ナンバーが描くかっこいい大人の矜持めいたリリックに惚れ惚れしてしまう。
アルバムからの選曲だけでは10曲で終わってしまうので、とオリジナル・ラヴの「接吻」をカバー。グッと音数を絞ったソウルジャズなアレンジが粋だ。「ゴロワーズを吸ったことあるかい」にも感じたことだが、さかいのボーカルにどこかカーティス・メイフィールドのような色気と慈愛が満ちている。さらに同じ面々でシティポップ名曲の代表曲、「プラスティック・ラブ」を披露。女性の一人称だが、歌の方向性は「SPARKLE」に近い。それを支えるビートやギターカッティングは非常にタイトに刻んでいて、徐々に徐々にグルーヴが増していく。世界的な流行になったシティポップヒットを独自に解釈し、演奏できるのはさかいのルーツであることはもちろん、モダンなソウル、ファンクが内在しているOvallら、origami PRODUCTIONSのミュージシャンならではだろう。もはやこのバンドのオリジナルに聴こえたぐらいなのだから。

2部はメンバーが入れ替わりながら進行するのもユニークで、Michael Kanekoを残し、ギター、ベース、ドラムはホストバンドが担った「PINK SHADOW」。なんでもMichael Kanekoの同級生の父親がブレッド&バターの岩沢幸矢なのだというエピソードには驚いた。そのMichael Kanekoがカバーアルバムの中でもこの曲のプロデュースを担当しているということに縁を感じずにいられない。特徴的なサビの掛け合いにそれぞれの個性が表れていた。続くコラボはorigami PRODUCTIONSの新星さらさ。冷たい風がますます強くなり、「次の曲行けるぐらい風、集めちゃってますが。集めたくないですが(笑)」とさかいが言うと、もう何を演奏するかは自明。丸い音のローズのリフから「風をあつめて」を交互に歌っていく。このフォーキーなナンバーが、スローなBPMとさらさのスモーキーな声質、さかいのコード選びも相まって、ニューエイジっぽい響きを醸成。野音のステージが少し異世界にワープしたような感覚に陥った。寒さもあって「すごい集中力いるね」と、さらさと共に気合を入れるさかい。続いても二人でじっくり聴かせる「オリビアを聴きながら」を届ける。二人のジェンダーレスなイメージのハーモニーに、トライバルなビートとローの効いたシンセベースがよく似合う。一曲一曲のアレンジと音選びが広範な音楽体験に繋がっている感じだ。
共演者が袖にさがり、さかいの弾き語りで届けた「夏のクラクション」は最も歌力で突き通した場面になり、体感温度とイメージの夏のギャップがすごいことに。それぐらい音楽の中では太陽が照り付けていたのだ。そして、「渋谷のクラブでジャムってた」というNenashi a.k.a. Hiro-a-Keyとはクラブジャズにリアレンジした「夢で逢えたら」をデュエット。Patriq Moodyのトランペットソロも加わり、原曲からの飛距離を生んだ。
終盤は再び楽曲のプロデューサーを迎えての展開に。ホストバンドのギター&ベースにドラムはmabanuaという珍しい組み合わせで、大きなグルーヴを纏った「やさしさに包まれたなら」を届ける。空間系のギターも新鮮な超感だ。続いてはさかいの「温まりたいな。熱い曲を!」と、曲の“担当者”である関口シンゴを招き入れ、「砂のおんな?!」とタイトルコールするも強風に煽られ仕切り直し。4月の東京でこれほど自然と戦うライブになろうとは……。ステージ上はむしろ加熱し、さかいはタメの効いた太いボーカルを聴かせていた。本編ラストはシティポップ最強のヒットチューン「真夜中のドア~stay with me」を担当したShingo Suzukiの強力なベースをフィーチャーして大団円を迎えたのだった。

寒さをものともしないファンの熱いアンコールに応えて、まず一人で登場したさかいは今年逝去した敬愛するボビー・コールドウェルとのエピソードを披露。日本では「風のシルエット」の邦題で知られる「What you won’t do for love」を弾き語りで届けた。そしていよいよ正真正銘のラストは「ほいたら、全員来なさい!」と高知弁で全メンバーを召喚しての「DOWN TOWN」。スローな3拍子から始まり、スイングするブルーノートも挟み込むこのメンバーならではのアレンジが楽しい。さらに間奏ではインストジャムバンドの趣きでプレイヤーがバトルし、シティポップというよりスペーシーなロックの様相を呈していた。
ポップス最前線の更新という予想を遥かに上回って、ミュージシャンの魂をむき出しにしたさかいゆう全方位のパワー。この事実はもっと広く音楽ファンに伝わるべきだと思う。貴重な時間だった。
(おわり)
取材・文/石角友香
写真/岩佐篤樹

SET LISTSAKAI YU "LOVERS" CONCERT 2023 in YAON@日比谷野外大音楽堂(2023. 4. 8)
■第1部
1. まなざし☆デイドリーム
2. ストーリー
3. 煙のLADY
4. リベルダーデのかたすみで
5. Get it Together
6. 嘘で愛して(Tell Me a Lie)
7. 愛の出番
8. 君と僕の挽歌
9. 薔薇とローズ
■第2部
10. SPARKLE
11. ゴロワーズを吸ったことあるかい
12. 接吻
13. プラスティック・ラブ
14. PINK SHADOW
15. 風をあつめて
16. オリビアを聴きながら
17. 夏のクラクション
18. 夢で逢えたら
19. やさしさに包まれたなら
20. 砂の女
21. 真夜中のドア
■アンコール
22. What you won’t do for love
23. DOWN TOWN
GUEST/Ovall 、Shingo Suzuki、mabanua、関口シンゴ、Michael Kaneko、さらさ、Nenashi a.k.a Hiro-a-key、Patriq Moody

DISC INFOさかいゆう&origami PRODUCTIONS『CITY POP LOVERS』
2022年11月30日(水)発売
初回生産限定盤(CD+DVD)/POCS-23909/4,950円(税込)
newborder recordings / Office Augusta Co., Virgin Music Label & Artist Services

2022年11月30日(水)発売
通常盤(CD)/POCS-23029/3,300円(税込)
newborder recordings / Office Augusta Co., Virgin Music Label & Artist Services

さかいゆう&origami PRODUCTIONS『CITY POP LOVERS』
2023年1月25日(水)発売
限定盤(LP)/POJD-23002/3,850円(税込)
newborder recordings / Office Augusta Co., Virgin Music Label & Artist Services