――茉ひるさんが音楽を始めたきっかけは、偶然通りかかった路上ライブを観たことだったそうですね。
「そうなんです。もともと歌うことは好きで、よく1人でカラオケに行ったりもしてたんですけど、あくまでも趣味というか。音楽を仕事にっていうのは考えたこともありませんでした。でも、今から4年前に、たまたま通りかかった路上ライブでその方の歌を聴いて、音楽に興味を持つようになりました」
――音楽は趣味と考えていたところから、いきなり自分で曲を作り始めるっていうのがすごいですね。
「それも、今お話しした路上ライブのアーティストの方が、“作ってみぃひんか?”と言ってくれたのがきっかけだったんです。その人は最初に“路上ライブやってみたら?”と声をかけてくれた方でもあって、その人がいなかったら、今の自分はないと思いますね」
――そこから今に至るまで数々の楽曲を生み出しているわけですが、音楽のどんなところに惹かれていますか?
「やっぱり曲を作るのが楽しいなって、最近特に思いますね。一緒に作ってくれてるRINZOさんというサウンドプロデューサーの方がいるんですけど、曲を作ってるときって、メロディとかがあんまりハマらないときもあれば、これだ!ってなる瞬間もあって。その“これだ!”がRINZOさんと一致したときは、やっぱり楽しいし、うれしいし。で、そういうハマる部分が多い楽曲がたくさんの人に聴いてもらいやすいという結果に繋がってもいるので、そこが楽しいと同時に、やりがいを感じる瞬間なのかなと思います」
――6月9日には初のフルアルバム『Handle』がリリースされました。リリース日は茉ひるさんのお誕生日でもあったということで、ダブルでおめでとうございます!
「ありがとうございます! いつかアルバムを出したいねって話はRINZOさんとも話してて、時期とかも相談していたんですけど、今年がいいんじゃない?ってことになりまして。というのも、昨年出させていただいた「フレグランス」という楽曲で、活動に広がりが生まれたんです。例えば、これまで踏み入れていなかった海外でのライブが、この曲がきっかけで決まったりして。そういう新しい変化もあって、“今”なんじゃないかっていう。上半期には誕生日もあるしってことで、そこを目指して制作を進めていきました」
――今作を紹介する文言のなかに「多彩な“愛”と“哀”が入り混じる制作過程」とありましたが、その“愛”と“哀”は茉ひるさんの楽曲制作にどう影響しましたか?
「本当にいろんな“あい”があったんですけど、まず、私が音楽を始めるきっかけの一つでもあった失恋っていうのが大きくて。その恋が終わったのは結構前のことなんですけど、失恋した瞬間、自分でもなんでかわからないんですが、そのときの感情を全部メモに残してたんですね。それを見返したとき、これは書ける!と思って。そこから生まれた曲がたくさんあるので、そのメモの存在は、自分が受けた影響の一つだったのかなって思います」
――“哀”は失恋からくるものなんですね。
「そうですね。ずいぶん時間が経っているので、今でもその彼のことが好きってわけじゃないんですけど、まだどこかで忘れられないみたいな感情が残ってて、その感情をそのまま乗せて今の楽曲たちができあがったというか。「ダブルベッド」だったり「フレグランス」だったり「ディスタンス」だったり「end...」だったり……たくさんの曲が作れたので、今となっては、その彼には感謝しかないです(笑)」
――ポジティブですね(笑)。茉ひるさんの感情がストレートに乗っているからこそ、聴いている私たちに刺さるんだと思うんですけど、歌うときはどんな気分になるんですか?思い出して辛くなったりしませんか?
「思い出したりするときもありますが、これがもう日によるというか。例えば、ライブの前日にその人が夢に出てくるみたいなことも、たまにあったりして。そうなった場合は彼に伝えるように歌う日もありますし、逆に彼のことは一切頭になくて、目の前のお客さんたちに伝われって思いながら歌う日もありますし。気分屋なのか、そのときによって本当にバラバラで。ライブに来てくださるお客さんからも、聴こえ方が違うって声をいただきますね」
――アルバムを聴いたファンのみなさんからの声っていうのは、どういうものが届いていますか?
「やっぱり失恋ソングが刺さるねって言ってもらえることもあれば、新しい自分を表現したくて作った「Handle」での私の変化を感じ取ってくださってる印象もあります。「Handle」はこれまでの楽曲と雰囲気も違えば歌詞の内容も違うし、ちょっとK-POP要素を含めて作らせていただいたので、また新しい層の方々に届いてるなっていう実感もありますね」
――アルバムのタイトルにもなっている「Handle」が誕生した経緯を教えてください。
「これもいろんなタイミングが重なったなって思うんですけど、その一つが、私が最近、aespaっていうK-POPアーティストが大好きで。その話をRINZOさんとしつつ、K-POPって最先端だよねって話から、こういうテイストの楽曲もいいかもねってなって、RINZOさんがこのトラックを作ってくれたんです」
――RINZOさんから最初に上がってきたトラックを聴いた印象はどうでしたか?
「とにかく新鮮でしたし、もうこれはK-POPだ!と思って。最近の自分がずっと聴いていたような楽曲でありながら、それにも似てないようなトラックだったので、これは絶対形にしたいなと思いました。この曲には私自身もいつもとはまったく違うメロディを乗せたいと思って、それからずっと、これに何が合うかな?と考えていて……。そんなときに、また人生の分岐点じゃないですけど、“勇気を出すことも大事なんだな”って感じた出来事があって、この楽曲に合うのはこれかもしれない!っていうので書いていきました。今まではどちらかというと自分を守るような楽曲だったり、私が相手のことを思ってばっかりの楽曲だったりが多かったんですけど、そんなのもういいやと思って(笑)。わかりやすく例えると、“男なんて捨ててやる!”みたいなイメージで作った楽曲です(笑)」
――そういう茉ひるさんの姿勢に勇気をもらうファンも多そうです。
「そうですね。ライブで披露したときにも今と同じように話したんですけど、一歩踏み出せないで悩んでいた方も結構いたみたいで。わかる!とか、自分も踏み出そうと思ったっていう言葉をもらえたときは、自分が作った楽曲で背中を押せたのかなと、うれしく思いました」
――ちなみにK-POPというとダンスのイメージもあるのですが、「Handle」には振り付けみたいなものもあったりするんですか?
「実は、ただいま絶賛練習中でして、7月末に三重で行うライブで初披露する予定なんです」
――そうなんですね!
「友人でもある2人のダンサーが一緒に考えてくれたもので、K-POP色の強いダンスになってるんじゃないかなって」
――8月からは始まる全国ツアーでも披露されることを楽しみにしています。サウンドだったり、ダンスだったり、これまでにない要素を盛り込んだ「Handle」は、茉ひるさんにとっても新しい自分を発見する楽曲になったのでは?
「本当にそうですね。最近はなかなか吹っ切って書くことがなかったので、歌詞を書きながらも、こういう気持ちになるんだっていう発見がありました。アルバムの中では一番最後に完成した曲になるんですけど、今回の作品に相応しい1曲になったんじゃないかなって思います」
――一番新しい「Handle」が加わったこと、あるいはアルバムに収録したことで、以前作った楽曲の中で聴こえ方や捉え方が変わったものはありますか?
「いくつかあるんですけど、今ぱっと思い浮かぶのは「押ボタン式」です。これはアルバムの中でも割と最初のほうに作っていた楽曲なんですけど、アルバムの中では後半に入っていて。曲順通りに聴いていくと、“このときはこう思ってたんだな”っていう感覚になりましたね。すごく悩んでいたときに作った曲だったんですけど、今とは違うことで悩んでいて、過去の私はこういうことで悩んでたんだって気付いたというか」
――そのときの想いを率直に歌にしているからこそ、今との違いを感じたり、今だったらこうするのになと言った解決策が見つかったりするんですかね。
「そうですね。たぶん、このときの自分では解決できなかったんだと思います。自分の中にいいときと悪いときの波があって、当時は悪いほうに沈んで行けば行くほど、浮かび上がるまでにめちゃくちゃ時間がかかるタイプだったんですよね。でも、今はそういうのがなくなったので、“ああ、私、なかなか抜け出せなかったんだなぁ”って客観的に思えます(笑)」
――個人的には「押ボタン式」の前に入っている「そうじゃない」に、毎回引っかかるというか。聴くたびに、あ“あ”あ“と言葉にできない気持ちに駆られていました(笑)。
「ですよね?(笑)。これも音楽を始めるきっかけになった失恋の彼のことなんですけど、別れてからも悩んでました…って感じの時期の曲ですね。本当、その時期は悩み倒していて。こっちは好きなのに、向こうは好きじゃない。それがわかってるのに、会いたいから会いに行ってしまう、みたいな。今思うと、相手に依存していたんだなってわかるんですけど(笑)」
――今作に収録された全12曲のうちのほとんどが失恋にまつわる楽曲になっていますが、辛い気持ちを楽曲にすることによって、さらにはこうして1枚のアルバムにしたことで、茉ひるさんの気持ちにも一区切りみたいなところがあるんでしょうか?
「そうですね。曲にすることで気持ちが浄化されるというか。今はもう相手のことを思っても暗い気持ちにはなったりしないので。引きずっている最中は、心に穴が空いたような感覚がずーっとあったんですけど、音楽に集中することで全部なくなっていきました。そういうマイナスな気持ちも、曲が全部吸い取ってくれたんじゃないかなって思います」
――そういう意味では、やはり『Handle』という新しいタイプの楽曲の誕生は大きいと言えそうですね。それによって茉ひるさんが今後目指すアーティスト像も変わってきたりしました?
「本当におっしゃる通りで、どんどんハンドルを切っていけたらいいかなと思っています」
――どんなアーティストになりたいですか?
「最終的に、誰が何を言おうと、自分のしたいことをしていけたらいいなと思いますね。生きていればそれこそいろんな分岐点があると思うんですけど、そこには“勇気を振り絞らない選択肢”というのもあって。もし、そっちの道を選んだら…って考えてみたりもするけど、やっぱり後悔はしたくないので。どうなるかわからなくても、勇気を振り絞ってでも、自分のしたいほうの道を選びたいと思います。そしてなにより、それを楽しみたいですね。これはずっと思ってることでもあるんですけど、自分が楽しんでやっているのか、それとも苦しみながらやっているのかって、絶対みなさんに伝わると思うんですよ。なので、楽しみながら活動することは忘れずに。そして、欲を出し過ぎないようにしながら、自分がしたいことはする。って、そのバランスが難しいんですけど(笑)。でも、周りに助けてくださる方もいらっしゃるし、今回のアルバムもたくさんの方の協力を得ながら完成したので、そうした方々の力をお借りしながら、いい方向に進んでいけたらと思ってます」
――そんな茉ひるさんが、もし今目の前に出てきたら絶対にその方向にハンドルを切るだろうなと思うことは?
「海外進出、でしょうか。10月にまた台湾にお邪魔することが決まってるんですけど、例えば香港とか、別の場所にも行ってみたいなと思っていて。もし、そういうお話があったら、どんどん出て行きたいと思います」
――そして、8月10日から東京を皮切りに全国ツアーが始まります。どんなライブになる予定ですか?
「今回のアルバムをはじめ、初めてすべての楽曲を持って開催するワンマンライブツアーになるので、それこそ「Handle」で見せたような新しい自分を出していけたらと思いつつ。でも、大事にしている芯の部分は変わらないところがあるので、そこもしっかり伝えていきたいです。今回はセットリストもそこを意識して、いつもとはまた違う流れで組んだりとかしてるので、そこに注目してもらえたらうれしいですね」
――今回のツアーに行くことで、アーティスト=茉ひるのすべてがわかるみたいな感じでしょうか?
「きっとそうだと思います。私、あんまり嘘がつけないので、MCでも結構正直にいろいろ喋っちゃうんですよ(笑)。なので、楽曲だけでなく、そういったMCも含めたところで、私という人間がダダ漏れになってると思います(笑)」
(おわり)
取材・文/片貝久美子
写真/平野哲郎