――昨年11月にメジャーデビューした心境から聞かせてください。

「メジャーデビューは私の中で大きな夢の通過点というか、一つのゴールでもあって。今はスタートラインにようやく立てたみたいな気持ちです。14歳から地元の小さなライブハウスで弾き語りで出演させてもらったりして…志したのは小学生の頃からなので、本当に長年の夢がついに一つ叶ったんですけど、現実味で言うと、ガラッと変わったみたいな印象はなくて。それよりも、ここからどうやって小玉ひかりの音楽を作り続けていけばいいのかな?っていうことを真剣に考えている状況です」

――音楽活動を始めてから約10年になるわけですね。改めて、ここまでの道のりをお伺いできますか?

「4歳の頃からクラシックピアノをやってたんですけど…」

――ピアノの発表会でバッハの「インベンション」を演奏している小玉さんが10歳の時の映像を見ました!

「ありがとうございます。バッハが大好きだったんですよね。その頃から音楽には親しんでいたんですけど、小学校2年生の頃に、音楽番組でアンジェラ・アキさんがグランドピアノを弾きながら「手紙」を歌っているのを見て、自分で作って自分で歌う人がいるんだっていうことを初めて知って、感動を覚えて。ピアノを弾いていた自分とも重なって、私も自分で作った歌を歌いたいっていう気持ちが湧いて。小学校の卒業アルバムに“シンガーソングライターになってみんなを元気づけたい”みたいなことを書いていました」

――その頃から作詞作曲も始めたんですか?

「そうです。この間、実家でキッズ用の五線譜ノートが出てきたんです。そこには音符と歌詞が書いてあったので、曲作りの真似事みたいなものはずっとやっていたのを思い出しました。ちゃんと1曲になったのは13歳ぐらいからかな?」

――15歳の時に作った「熱」のリアレンジバージョンが一昨年にリリースされていますよね。

「中学3年生の冬に初めてソニーミュージックのオーディションを受けたんですけど、それが女優さんのオーディションだったんですよ(笑)。間違えちゃったので、案の定、落ちちゃったんですけど、特技の審査で弾き語りをさせてもらって、それを見たスタッフのかたの目に留まって、ソニーミュージックアーティスツの育成が始まり、その後のアーティスト養成講座“the LESSON”も受講させていただいたんです」

――幾田りらやeill、にしならを輩出したアコースティックユニット“ぷらそにか”の前身ですね。

「その“the LESSON”でオムニバスCDを出した時に初めてちゃんとしたレコーディングを経験しました。その時に書いたのが「熱」という曲です。その頃、家族を離れる夢をよく見ていて…当たり前に考えたら、両親は先にいなくなってしまう。未来を考えると怖いけど、だからこそ、この瞬間を大切にしなきゃいけないなって、15歳ながらに考えていて。母の温かい部分を書いた曲で、今も手作りのリリックビデオがYouTubeで公開されています。ただ、自分が思い描くようにはトントンと進まない10代を過ごしていて…」

――どうしてですか?

「中高時代は学校が厳しくて、あまり表立った活動ができなかったんです。例えば、カラオケのテレビ番組のお誘いがあって、学校に確認してみたら、“退学するなら出演してもいいですよ”って言われたりして。だから、カツラを被ってライブに出たりもしていたんですけど、家族とも相談して、“ちゃんと大学に進学したら音楽を続けていいよ”という話でまとまり、進路が決まってから、誘ってもらっていた“ぷらそにか”にようやく参加できるようになって、オンラインで繋がるアカペラサークル“ホワイトボックス”でも活動できるようになりました。シンガーソングライターの中では、1人で活動する時間が少なかったタイプかな?って思っています。同世代の歌い手や、自分で曲を作ってライブしている方がたくさんいたので、“やめる”とか“やめたい”っていう感覚にはあんまり陥らなかったというか…刺激を受け合う素敵な環境に恵まれていたので、ここまでやってこられたのかな?と思っています」

――気持ちが折れることはなかった?

「そうですね。ただ、最初の頃はライブが思うようにはうまくできなくて。毎回毎回、ライブの後に泣いたりしていました。ライブ後の物販で、“小玉ひかり、物販やってます!”って大声を出すような経験もたくさんしていて。幾田りらちゃんやにしなとか、ライブでご一緒させていただくこともあったので、顕著に人気が見える現場ではあったんですよ。YouTubeの“ぷらそにか”のコメント欄も毎回びくびくしながら見たり。もちろん、温かいコメントもあるんですけど、何人かでカバー動画を出すので、また自分はいないものみたいになっちゃってるな…って感じることもあって。正直、すごく悔しいし、辛い時期もあったんですけど、私は悔しさがバネになるタイプだったので、逆にその経験があってよかったなと思います。きっと、うまく行き過ぎていたら、今の自分はいなかったと思うので、踏ん張れた自分に感謝です」

――Hi Cheers!やアニメ『UniteUp!』のmasaなどもメジャーシーンで活躍していますが、全員がライバルという感覚でしたか?“ぷらそにか”での5年間はどんな経験になりましたか?

「最初の頃はライバルっていう感覚が強かったんですけど、時間が経つにつれて、仲間っていう意識が芽生えています。みんな、自分には持ってないものがあって、逆に私はみんなが持っていないものを持っている。それは競う部分ではなかったんです。最初の頃は本当に意識して、他人と比べたり、他者から見られる自分の評価ばっかりを気にしていて。その中で、自分の強みとか、“小玉らしさって何だろう?”って考える機会をもらえたので、本当に感謝しかないです。いいところは盗みたいなと思って、リリースされた曲もたくさん聴いていましたし、ライブがあったら見にに行ったりとか、いろんな勉強をさせてもらいました」

――そこで見え“小玉ひかり”らしさというのは?

「最初の頃は、高橋優さんみたいな雰囲気に憧れていたんです。ピアノ弾き語りでいうと日食なつこさんのようなかっこいい楽曲も。私は元々の声が低いので、当時はもっとロウで歌っていて。でも、“ぷらそにか”として活動していく中で、みんながびっくりするぐらい歌い方が変わっていって。カバー動画で、自分はここまでしかできないって思っていた部分を超えられた瞬間があったんです。そこを超えてからかな…私は性格もオープンに笑顔でずっといたい人なので、歌声を聞いて、私が笑顔で歌っているのが伝わったらいいなって思うようになって。カッコつけて歌うより、素のまま歌った方がいいんじゃないって気づいた瞬間だったんです。そこから等身大の自分みたいなのを歌うようになった気がします」

――今は明るくてポップで可愛い歌声というイメージにもなっています。そして、2021年に入ってからは声のお仕事もしていますよね。

「アニメ『Vivy』の劇中歌の歌唱は大きな経験だったと思います。そこで小玉の存在を知ってくださった方も多くて。それまでは“ぷらそにか”の人だったり、YouTubeの“歌ってみた動画”で知ってくださる方が多かったんですけど、テレビ越しに小玉の声を聴いてもらって、日本だけじゃなくて、海外の方からもたくさんコメントをいただけるようになって。グレイス役の歌唱だったんですけど、戦闘シーンで流れる歌で、すごい激しいBGMの中で無機質に歌わせていただいて。自分の新しい扉をここで開けたなと思っていますし、ライブでも本当に貴重な経験をさせていただいたんで、このアニメ作品に関われたことが小玉の中では大きなターニングポイントだったと思っています」

――その後、2023年にTVアニメ『絆のアリル』で声優デビューも果たしています。

「声優としてのお仕事をさせていただいたのも大きいですね。自分以外の誰かになれる経験って、イメージはあったんですけど、実際にやったことはなかったので、「ドラマチックに恋したい」を生むにあたってすごく貴重な経験だったと思っています」

――声優としての経験と、メジャーデビュー曲でTVアニメ『カノジョも彼女』Season2のOPテーマの制作ははどう繋がっていますか?

「台本を読ませていただいて、Season2は、紫乃ちゃんの思いが描かれてるなって感じたんです。親友の彼氏でもあるし、彼は二股もしている。この気持ちを止めたいけど、やっぱり私も好きだっていう複雑な心情が描かれていて。言いたいけど言えないっていうのは、この世の中の恋愛で普遍的な想いだし、そんな紫乃ちゃんに想いをはせて書いた楽曲になっています。私自身が紫乃ちゃん側の立場になってアニメを俯瞰で見れたのは、『絆のアリル』での声優経験があったからかな?と思っています」

――完全にアニメに寄せて書いた曲なんですね。

「台本があって書くっていうのが初めての経験ではあったんですけれども、私ひとりでは引き出せなかった引き出しを何個も開けられてすごく楽しかったです。でも、紫乃ちゃんを中心には書いたけど、小玉ひかりとして、“恋愛をする全女子に告ぐ!”っていう気持ちもあります(笑)。好きって気持ちをまっすぐに伝えることはなかなか難しいと思うけど、私はがむしゃらに好きを伝えているヒロインたちに感激して。こんな恋愛があってもいいなって思えちゃうぐらいのまっすぐさが描かれていたので。恋愛をする中で、それぐらいに強気に好きって伝えちゃいなよ!っていう気持ちも込めています」

――メジャーデビュー直前を少し振り返ると、2023年5月には「キミ細胞」をリリースしています。

「自分自身の経験が大きく書かれてはいるんですけど、私は一度、好きになった人のことを嫌いになることは一生ないだろうなという感覚があるタイプで。いろんなお別れの仕方があると思うので、“喧嘩別れして一生連絡取りません”みたいな人には全く刺さらないと思うんですけど、今の自分という存在の中には絶対にその人に作られた部分があるよなっていうのを考えていたときに、それって細胞みたいだなって思って出来た曲です。「キミ細胞」っていうタイトルから書き始めて、スラっと歌詞も書けて。この曲が出来たときは、何かが解き放たれた気分ですごい泣いちゃったんです。こんなに曲を書いて泣いたのは初めてかも!?っていう曲でした」

――曲にすることで、一つの別れを自分の中で昇華できたんですかね。

「“別れが来たけど、私はその人とまた会ったら好きになっちゃうだろうな”みたいな人がいるんですよね。ラスサビの歌詞で、みんなが“この歌詞はどういう意味なんですか?”って訊いてくれる箇所があるんですけど…私は曲を放った瞬間に、皆さんのものだと思っているんで、いろんな解釈していただけたらと思いつつ、自分としては、私はあなたの細胞をもう持っているから、またきっと巡り合ってしまうっていう意味で歌っています」

――その後ですね。音楽バラエティ『芸能界特技王決定戦 TEPPEN』に出場し、8月には“ぷらそにか”を卒業。インディーズ最後の曲として、「Buddy」をリリースしました。

「その頃、すごく悩んでいて、本当に毎日泣いてるような日々があって…もういっぱいいっぱいなときに制作した曲なんです。本当に自分の中で切り替わる前の瞬間というか。ハードなタイミングでしたけど、この曲がインディーズ最後の楽曲になるっていうのも決まっていたので、何も変わることではないけど、私らしさMAXな楽曲を届けておきたいなって思って書きました。「Buddy」こそ小玉ひかりっていう感じではあります。インディーズ時代から聞いてくださってる方には特にそう思っていただけるかなって思っているんですけど、2020年にリリースした「good night my dear」っていう楽曲のアンサーソングというか続きです。そこを経てからの今の小玉が書いた楽曲になっています」

――どんな思いを込めてますか?

「いろんな葛藤です。皆さんもきっと、種類は違えど、自分を責めてしまう瞬間がたくさんあると思うんですね。でも、最終的に自分がその道を選ぶしかないし、選んだ道を正解にすることが自分の役目だと思うんです。できるだけ自分を信じて、その道を正解だったって言えるようにしたいって思って書いた曲です」

――「Buddy」ではまだ悩んでいる最中っていう感じがします。

「小玉の曲は、基本的にはあんまり解決している曲がなくて。ずっと悩み続けるだろうし、ずっと自分と向き合っていかなきゃいけないと思うんです。だから、曲の中でも綺麗事で終わりにはしたくなかったというか…向き合っていきたいっていう願望を込めていて。聴いてくださる皆さんも、小玉も悩んでるし、悩んでるのは1人じゃないよって感じてほしいです。一緒に悩みながら歩いてこうねっていう気持ちで書きました」

――小玉ひかり濃度100%の曲を経て、4つ打ちのダンスポップという新しい扉を開いた「ドラマチックに恋したい」でメジャーデビューした2023年を駆け足で振り返っていただきました。改めて、どんな1年になりましたか?

「2023年は濃すぎました。この2〜3年走り続けてきてMusicRay'n(所属事務所)に出会うまでは、自分がこれからどうなっていくのか、本当にわからなかったんです。“ずっとインディーズでやってこうかな?“とかそれまではいろんな葛藤があって。今は支えてくださるスタッフの方がいて、その力を借りながら、2024年はもっと走っていけたらいいな!って思っています。でも、2023年は忘れられない1年になりました」

――最初に“一つのゴールであり、新しいスタートラインに立った”とおっしゃっていましたが、シンガーソングライターとして、今後はどんな道を歩んでいきたいですか?

「私って何か特別なものを持っている人間ではないんですね。すごく悩むし、すごく葛藤するし、すぐに転ぶし。いろんな駄目駄目な部分がたくさんあるけど、だからこそ書ける曲があると思って信じてやってきました。SNS上には、小玉の今までの軌跡もたくさん残っているし、これからもそれが広がっていくと思うので、みんなと一緒に人生を歩んでいけるような、長く付き合ってもらえるようなアーティストになりたいです。その中では、それこそ今回の「ドラマチックに恋したい」のように振り切った曲を突然リリースすることもあるかもしれないし、急にすごい暗い曲を出すかもしれない(笑)。どうなるかはわからないんですけど、一つ言えるのは、"どんなことがあっても、前を向いているよ”っていうのを一歩先を歩いて、みんなに手を差し伸べていけるアーティストになりたいです。悲しみで終わらせない楽曲を作り続けたいなと思っています」

――そして、2024年は2月12日のバースデーライブから始まります。どんなライブになりそうですか?

「2月から6月まで毎月、弾き語りのワンマンをしようって決めたんです。弾き語りのライブも久しくやっていなくて。最近のワンマンはバンド編成が多かったので、近いところでピアノの音色と一緒に、古い曲もやりつつ、新曲も毎月やるつもりです。なので、“ライブが楽しいんだぞ!”っていうのを少しずつ広めていけたらなって思います。そして、今後、規模感が大きくなっていって続けていけたらって思うので、2月14日が誕生日なんですけど、12日は素敵な始まりになるように頑張ります!」

――弾き語りライブは小玉さんにとってどんな場所ですか?

「原点です。最初の頃はライブハウスの店長さんにライブ後に感想をもらうと、“クラシック出身でしょ”って言われて。“音数が多すぎ”とか、“ピアノを弾きすぎ。歌をもっと聞かせた方がいい”ってよく言われていたんです。その言葉からいろいろ自分の中でも苦戦して…でも、家で曲を作るときはピアノとニコイチなので、その姿を皆さんにお見せしたいです。四谷天窓っていう、今はなくなっちゃったライブハウスでたくさんライブさせてもらった頃のことを思い出しながら、メジャーデビューというタイミングで、自分の音楽のスタートラインに戻る気持ちでやれたらなと思っています」

(おわり)

取材・文/永堀アツオ

RELEASE INFORMATION

小玉ひかり「ドラマチックに恋したい」

2023年11月29日(水)
SMCL-851/1,300円(税込)
CD販売リンク:https://mra.lnk.to/06IW8i
配信サービスリンク:https://mra.lnk.to/dramatic

LIVE INFORMATION

LAWSON presents #こだまつり2024 フライングバースデイ!
2024年2月12日(月) 東京 下北沢・ニュー風知空知
開場/開演 ①14:00/14:30 ②18:30/19:00
料金(税込) 4,000円(税込)+1Drink600円
チケット発売日 2024年1月14日(日)午前10時~

LAWSON presents ミュージックレイン / MiCLOVER Sub Session「小玉ひかり & somei 2人のライブ」
2024年6月8日(土) 東京 渋谷WWW
開場/開演 17:00/17:30
料金(税込) 4,000円(税込/ドリンク代別)
https://www.creativeman.co.jp/event/kodamahikari-somei/

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