――7月3日の“ななみの日”にリリースされた「夜の隨」は、七海さんが主人公・千夜役で出演しているTVアニメ『戦国妖狐 千魔混沌編』のエンディングテーマ。美しくドラマチックなミディアムバラードになっていますが、やはりご自身が主人公を演じているだけに、千夜の思いも表現しようと考えてレコーディングに臨みましたか?
「「夜の隨」は、この楽曲の作詞、作曲、編曲者である松本明人さんが、もともと歌詞も含めて『戦国妖狐 千魔混沌編』のために作ってくれました。実は、自分が千夜を演じていることもあって、私が作詞をしようかという話もあったのですが、松本さんが上げてきてくださった歌詞が、あまりにも素晴らしすぎて。私には、とてもこれを超えるような歌詞は書けないと思ったので、そのまま歌わせていただくことにしました。歌うときに意識したのは、エンディングテーマということもあって、アニメを見てくださった方々が見たストーリーと楽曲がうまくシンクロするようにということ。この曲をレコーディングしたのが、ちょうどアニメのアフレコもドラマチックな展開になっている時期だったので、千夜を演じているときの気持ちやアニメの場面を思い出しながら歌った感覚があります。でも、千夜のキャラクターソングではなく、あくまでも七海ひろきとして千夜の気持ちを歌っています。本当に素敵な楽曲なので、千夜の気持ちを思い出しながらも、その中に私自身としての届け方も意識しながら歌いました」
――儚さもある楽曲ですが、同時に千夜が持っているヒロインを守るという強い意志も歌声に込められています。1曲の中でそういった変化があるところに聴き応えを感じました。
「アニメと同じように、この1曲の中でも千夜の気持ちがどんどん成長していっているのを私も感じました。だから、そのあたりは楽曲の中でも表現できるようにということは考えました。例えば1番が終わったあとに出てくる<おぼろげな旅路に また 結び付く記憶と 引き合う命>という部分や<誰のためにもならない痛み>というフレーズは、作品とすごくリンクするんです。松本さんが作品中のどの部分を思って歌詞を書いたのかは確認していないのですが、私には“たぶんここだろうな”と思う個所があります。千夜は霊力改造人間という存在で記憶がないところから始まります。そんな千夜の人格形成に一番最初に影響を与えたのがヒロインの月湖。それだけに千夜の月湖に対する気持ちって、とても一言では表せないんです。恋とか愛だけじゃなく、友情や家族への気持ちも月湖から知る。そうやって千夜は成長していくので、その部分は意識しました」
――先ほど『戦国妖狐 千魔混沌編』のエンディングテーマではあるけれど、あくまでも七海ひろきとしての作品なので、歌う際には自分自身の届け方も意識した、とおっしゃっていました。それは七海さんご自身もこの楽曲に共感する部分があるということですか?
「そうですね。私も自分のためというよりも応援してくださる方や支えてくださる方、そういう方たちのために変わっていく面があると思います。この曲にも<君がためなら 僕は変われる>という歌詞が出てくるんですけど、そこは私自身の気持ちとも、とてもリンクしています。だから、千夜にとっても私にとっても「夜の隨」は大切な曲になりました。それにそもそも千夜と私って、そっくりと思えるようなところがたくさんあるんですよ(笑)」
――そうなんですね!
「はい。千夜は言葉数が多いわけではないんですけど、千の闇(かたわら)を身に宿しています。私自身も心の中にはいろいろな感情がありますし、演じる人間だけに、様々な人物の気持ちを引き出しとして持っている部分もあるのを感じています。それに千夜は言葉に出すのが苦手だから、月湖のことを好きだと思っているのに、それをなかなか口にしません。でも、情熱は常に内に秘めていますし、正義感もあれば意外に頑固な面もある(笑)。そういうところも自分と似ているなって思います」
――だとしたら、演じているときも共感しながら演じることができますね。
「そうですね。やればやるほど自分の気持ちとリンクする部分があるのを感じています」
――残念ながら現時点ではまだアニメの放送が始まっていないので拝見できていないんですが、どんな作品になっているんですか?
「とても面白い作品になっています。『戦国妖狐』は、今まで“世直し姉弟編”が放送されていて、“千魔混沌編”から第2部になるんです。1部の主人公だった迅火は、わりと成長している段階の人物だったんですけど、千夜は真っ白。だから、そんな千夜がどうやって成長していくのか? 視聴者のみなさんは、その過程を応援しながら見ることができると思います。それに千夜に限らず、2部に出てくるキャラクターは、みんな1部に比べて未熟なんです。心が成長しきれていないところから始まるので、そういうキャラクターの成長や変化を楽しんでいただきたいです。1部から出ている真介というキャラクターは2部にも登場するんですけど、真介の変化もすごく描かれています。1部からご覧になっていた方は、その姿も印象に残ると思います。そしてエンディングに流れる「夜の隨」もアニメの世界観をより深めてくれる楽曲で、しかも、エンディングの映像もすごくステキなので、それも味わっていただきたいです」
――『戦国妖狐 千魔混沌編』は、七海さんの声優活動において、初めての主演作です。特別な思いはありますか?
「とにかくスタッフのみなさんやキャストのみなさんを信じてついていく。それが主演を務めていく上で大切なことだなって思いました。作品に臨んでいて特に強く感じるのは、監督をはじめとするスタッフのみなさんの熱量です。みなさんが『戦国妖狐』を愛して作っているのが伝わって来るので私もそれに応えたいと思います。もちろん私もこの作品が大好きです。特に、1部で迅火の声を担当なさっていた斉藤壮馬さんは大の原作好きなんです。もともと原作者の水上悟志先生の作品のファンだとおっしゃっていたこともあって、お芝居や言葉から愛を感じました。私自身も原作にハマっていて、収録の前の日には練習しながら必ず原作を読み返していますし、そのたびに最後まで読んでしまい、毎回心を揺さぶられます。何回読んでも常にいろいろなメッセージを感じることって、なかなかないと思うんです。それくらい素晴らしい作品なので、私が千夜を演じることで、“原作はもちろん最高だけどアニメも最高だね!”って言っていただけるように頑張りたいです」
――そうやって声優業や俳優業もなさっている七海さんですが、アーティストとしては、今年がデビュー5周年のメモリアルイヤーとなります。この5年間はアーティスト・七海ひろきにとって、どんな5年間でしたか?
「それを言語化するのは本当に難しいんですけど、様々なチャレンジをしながら、自分なりのアーティスト像をこの5年をかけて形作ってきたような気がします。その結果、最終的に行きついたのは、私は芝居が好きで役者だからこそ、1曲1曲を演じるように歌うということ。といっても、それは決してキャラクターになって歌うということではなく、七海ひろきというフィルターを通して演じるということなんです。例えば、この曲の主人公は明るい人物なのか?、それとも闇を秘めているのか?をイメージしながら歌います。そうすることで私の場合は歌い方も変わることに気づきました。その結果、アーティストとしての七海ひろきに1本の芯が通ったんです。それに5年かけてたどり着きました」
――その中でもターニングポイントになった出来事はありますか?
「“これまでとは全然違う楽曲を歌ってみよう”と一番チャレンジしたミニアルバム『FIVESTAR』(2021年7月リリース)です。自分に歌えるかどうかギリギリの楽曲もあったので、アルバム制作もそうですし、それを引っ提げたライブも含めていろいろなものを吸収しました。それって私にとってはちょっとキャパオーバーになったくらいでした。実際に風船が膨らみに膨らんでパーンと弾けるみたいな瞬間がありました…。でも、そのおかげで、自分にはここまではできるけど、ここからは無理なんだっていうことがわかってきたんです。そうやって今の自分には、“これはできない”ということを知ったのは大きかったです。それまでは全部に“やれます! 頑張ります!”って言っていたんですけど、自分の技術的にもメンタル的にも“もう無理だ!”って感じるときがあったんです。その結果、“できないことは相談する”という当たり前のことがやっと出来るようになりました」
――そのときの自分を知る。それもとても大切なことですよね。
「そう思います。自分を知って、その自分の中で最大限の努力をする。そうすることでそのときの自分を超えることができると思いますし、そうやってできることが増えていく。そういうやり方でいいんじゃないか?と思えるようになったのが、この時期です」
――そういう経験もした5年間を経て、8月21日には5周年を記念した楽曲「Dearest」をリリース。七海さんご自身が作詞をなさった楽曲になっていますが、どんな思いを込めて制作なさいましたか?
「5周年ということで、これまで私を支え、一緒に歩いてくれている方たち。そういう“Dearest”なファンのみなさんへの思いを届ける楽曲を作ろうと思いました。私はデビューしてすぐに『GALAXY』というアルバムを作ったんですが、その中にポエトリーリーディングの「GALAXY」という曲があって。この曲は宝塚時代に応援してくださっていたファンのみなさんに向けて作った曲なんですけど、「Dearest」には、その続きというような意味も込めています。宝塚を卒業し、新たに七海ひろきとして歩き出した。その新たな一歩を踏み出した自分のことも表現しています。宝塚時代に応援してくださっていた方も、宝塚を卒業してからファンになってくれた方も、みんな私にとっての“Dearest”なんです。だから、その方たちに向けて、デビューして5年たった今の私が新たな気持ちで書いたラブレターになっています」
――5周年という節目の年だからこそ、そういうご自身の思いをきちんと提示しておきたかったんですか?
「そうですね。「GALAXY」のときの思いより、さらに深い思いを今は感じています。みなさんに本当に感謝していますし、みなさんのことがとても大事なんです。5周年を記念して7月14日に『Hiroki Nanami 5th Anniversary Orchestra Concert “Dearest』を開催したんですが、そこで「GALAXY」を久しぶりにやりました。その「GALAXY」は、デビューしてすぐにやった「GALAXY」と自分の中でかなり変わっていて、ファンのみなさんへの思いが増しているのを感じました」
――ファンの方の支えがあってこそ、アーティストは存在できるんですね。
「本当にそう思います。だから、その思いを「Dearest」にはしっかり込めました」
――今、お話に出たオーケストラコンサート。なかなかない機会だと思いますが、実際に経験してみてどんなことを感じましたか?
「想像していたよりも音圧を感じました。宝塚時代もオーケストラで歌っていましたが、50人編成ではなかったと思うので。それだけの人数の方たちの音と一緒に歌えたことは、私にとって本当に貴重で素晴らしい経験でした」
――オーケストラピットから音がするのと、また違いますもんね。
「まさに! 私のすぐ後ろから音を感じられるので、それが本当にすごかったです。1日限りではありましたけど、オーケストラのみなさんもすごく思いを寄せてくださいましたし、私の前には応援してくださる方たちがいた。その間に挟まれるということは、ハンバーガーでいうとパティの部分で、とてもいい味を出せるような舞台を用意していただいたということ…たとえが下手ですみません(笑)。本当にありがたく感じました」
――またやってみたいと思いますか?
「そうですね。また何かの節目とかに出来たらいいなと思います」
――そこで「夜の隨」と「Dearest」を披露なさったわけですが、お客さんの反応はいかがでしたか?
「「夜の隨」は、すでにリリースされていたんですけど、フルサイズを生で歌うのは初めてだったんです。だから、「夜の隨」をみなさんに届けたいという気持ちで歌いました。「Dearest」に関しては、楽曲を作ったことをお知らせするのもあの場が初めてでしたし、もちろん人前で歌うことも初めてだったので、私自身にもまだ歌いなれていないところがありました。でも、いつもライブなどでピアノを弾いてくれている西村奈央さんがすごく素敵なメロディを作ってくれて、そのメロディに乗せて、ファンのみなさんへの私の思いが溢れている言葉を届けたい。そういう思いで歌いました」
――オーケストラコンサートでは、西村さんとも共演。それもステキなことですね。
「奈央ちゃんとは1周年のときに出会ったんです。それ以来、4年間一緒にライブもやっているので、私のこともファンの方のこともわかってくれた上で、この曲を作ってくれました。私がイメージを伝えたら、すぐこの曲が出来てきたんです」
――それはすごいですね!
「はい。本当に“ありがとうございます!”って思いました。それに聞いたところによると、一緒に私のライブをやってくれているバンドメンバーのみなさんがアレンジの相談にも乗ってくれたらしいんです。そうやってこれまで一緒に歩んできたものが楽曲にも込められていると思います」
――支えられている感じがしますよね。
「いつも、出会いに感謝だなって思います」
――これもその出会いのひとつになると思いますが、9月14日からはミュージカル『七色いんこ』に出演されます。手塚治虫先生の名作をミュージカル化したもので、七海さんは主人公の七色いんこを演じます。
「手塚治虫先生の原作がとても面白いので、この作品は絶対に観てほしいです! 七色いんこは代役専門の天才役者で泥棒なんですけど、それはなぜなのか?というのが最終話近くになって全部わかるんです。“ああ、全てはこのためにあったんだ”と、それまでの伏線が回収される。その流れが本当に素晴らしいです。ミステリー要素もありつつ、自分の人生において何が大切なのか?ということが作品の中で描かれます。ミュージカルなので、そこに歌も加わって、素晴らしい原作をより素晴らしいものにしたいと思っています。それに七色いんこを追う刑事役を有沙瞳ちゃんが演じるのですが、宝塚時代は、彼女とはあまり芝居で絡んだことがなく、ガッツリ芝居をするのは、今回が初めてで。それもすごく楽しみにしています」
――俳優、声優、そしてアーティストとして幅広く活動なさっている七海さんですが、5周年を経て、さらに深めていきたいと考えていることはありますか?
「欲張りなので全部深めたいんですけど(笑)、声優は私にとって本当に難しくて、最初はあきらめようかと思ったこともあったんです。でも、今回の千夜もそうですが、他にもいろいろな役をやらせていただけるようになってきて、これからも続けたいと今は思っています。奥深さをヒシヒシと感じていますし、素晴らしい先輩方から学ぶものが沢山あります。今はまだ技術が満たないのでもどかしいのですが…私なりのものを深めていきたいです。“七海ひろき”だからこそ出せるものを声優としても培っていきたいです」
(おわり)
取材・文/高橋栄理子
写真/中村功
RELEASE INFORMATION
出演情報
ミュージカル『七色いんこ』
9月14日(土)~9月16日(月・祝) 大阪 COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール
9月20日(金)~9月29日(日) 東京 品川プリンスホテルステラボール